第117話「悪夢の幕開け」
市街地の中でも団地が密集する地域は幾つかの結界が重なったり、外れたりと微妙に全てが呑み込まれたわけではない様子で中には未だ巨大結界内部にあるだけ、という場所もあった。
それを最初の時点で目標の一つとしていた為、礼貞は結界が一部破砕されたのを機にベルと共に内部へと突入し、別れて単独行動をしつつ、民間人を探索していた。
団地の殆どの建造物は5万人が死んだ頃の暴動で未だに煤けた場所や破壊されたところも幾つか見受けられ、彼が島内を回っていた時にも複数個所内部まで見て回ったが、人のいる区画といない区画が別けられていた。
「さて……と」
男はそのまま足音一つ立てずに堂々と玄関から団地のマンションへと入る。
オートロックのようなものは付いていないし、マンションの入り口はセキュリティーなどはない。
とにかく安く大量に造った時から内部構造はほぼ変わらず。
一棟にエレベーターが2台と階段があって、部屋は内部の通路で繋がっている。
外側からは部屋のカーテンが閉められていると内部がまるで覗けない。
霧が出てから何処の団地でもカーテンを閉め切っていた為、ゾンビが出てから初めて入る団地のマンション内は電力こそ供給されているようであったが、物音一つせず、屍がうろうろしている様子もなく。
血の跡も未だ発見するには至っていなかった。
「………」
目を細めた礼貞がゆっくりと一階から扉を触れて回る。
鍵が開いている部屋は幾つかあったが、内部からは人の気配も無かった。
魔術師として室内に何かいるかどうかくらいは術を用いれば、分かる。
軽く魔力の波動を室内に流し込んで反応があれば、生物や非生物が魔力の波動を変質させて反応が返ってくるのだ。
全てのドアノブに軽く触れながらの鈍行。
しかし、階が上がっていくに連れて、ようやく礼貞はおかしな事に気付く。
(マンション内の電源が入っているのに一切、電力が消費されていない? 冷蔵庫すらも……どういう状況であったのか……)
全ての部屋の全ての家電の電源が落ちていた。
冷蔵庫すらも通電しているはずなのにまるで壊れてしまっているかのように沈黙している。
5階、10階。
ようやく最上階まで上がって来た時には1時間近く掛かっていた。
礼貞が最後の部屋のドアノブに触れても内部に何もいない事を確認し、残る屋上へと向かう。
だが、そこで初めて床が赤黒く染まっている事に気付いた。
「………」
目を細めて、用心しながら、そっと屋上の扉に触れ、鍵が掛かっていない事を確認して、外の曇り硝子越しの場所に何かいないか聞き耳を立てて、安全を確認してから外へ。
扉を開いた時、礼貞が目を見開く。
其処には死体の山……は無かった。
だが、生きた死体の山……も無かった。
しかし。
「何だ。これは……ッ」
彼は口元を抑える。
魔術方陣。
術式を書き込む陣は幾らでも見て来た礼貞であったが、これ程に悪趣味なものは見た事が無かったはずだ。
死体を方陣に投げ入れる程度の事は倫理を意に介さない術師ならば、やりそうな事。
だが、ソレはそれよりも遥かに悪趣味だった。
ドクンドクン。
そう、蠢く内蔵が脈打ち、血管が次々に魔術方陣内部を駆け巡っては血液を循環させ、陣の中央にある塔に戻っていく。
『ぁ………ぁ………』
声帯が僅かに残っている個体がいるのだろう。
そして、同時に瞳がギョロリと彼を見やる。
もう涙を流す機能も無いのか。
肌は全て血に塗れ。
腕と足は絡み合わせた骨組みだ。
背骨と肋骨は全て組み替えられて繋げられ、その術の中央の骨組みとして用いられ、強制的に内蔵は絡み合わせて互いの機能を強化結合する。
滲むリンパ液までも貯め込む陣内部は浅いプールのようでもある。
血液は心臓のみならず、術によって更に必要な陣の領域を巡り温められる。
その動力源として用いられているのは集合した頭部の更に上に乗せられた小さな頭部。
魔力を持つ素養ある者だったのか。
しかし、五感を用いる全ての器官は見当たらない。
「生きた人間で陣を支えているのか。あのお嬢さん達には見せられないな」
それは塔だった。
全長15m全幅2m程の生きた人間を用いた悪趣味な塔だった。
生命活動は止まっていない。
五感は殆どが欠けているが、瞳は未だ塔のあちこちに鏤められている。
未だ、状況を理解出来ない彼らは理解しない方が良いと解って。
礼貞はそっと陣の端に手を付いて、何をさせられているのかを冷静に観測する。
「……コレは屋上の環境と生体の保全? 何だ? この塔を維持する為にこの塔の能力が使われている? この塔の中枢は―――」
その時、彼はふと気付く。
塔の一部が膨らみ、根本から何かが転がり出て、人間の体液のプール内に出でた。
何処かの小玩具を玉として引き出す販売機を思わせる。
だが、出て来たモノを見て、それが僅かな泣き声を上げ始めたところでようやく彼は理解する。
「―――この構造、この結果……これは……ッ……こいつを造った奴はッ!?」
礼貞とて狂気の世界に生きているつもりではいた。
そう、つもり止まりだったのだと今正に知る。
彼はその時、霧の奥から何かが近付いてくる気配と音を察して、咄嗟に屋上にある小屋の背後に隠れる。
それと同時にヌッと陰りの中から出て来たのは暗い色のレリーフの巨人。
人と同じほどの背丈のソレが生まれ落ちたばかりのモノを優しく抱え上げ、抱くようにして再び屋上から霧の奥へと飛び去っていく。
それから十数秒後。
再び塔の前まで来た礼貞は再度塔内部までも構造を確認して人の罪深さに溜息を吐く。
「今は眠らせてやる事くらいしか出来ん。救えるのかどうかも分からんが、如何な衆とて救わんとするのが御仏の教え為れば、汝らに如来の加護が在らん事を」
礼貞が陣に細工をして、そっと瞳が眠った事を確認し、そのままマンションから飛び降りる。
そして、何事も無かったかのように大地へと着地して、厳しい顔のままにまだ幾つかある避難民が居そうな候補地へと向かった。
*
北方において極寒の冬を支えるのは中東がゾンビに呑まれて以降、道県に存在する核融合発電所から引かれた海底ケーブルを伝って供給される電力だ。
まだ残暑という季節ながら、その電力が止められようとしていた。
道県北部での戦闘。
更に本島及び北方四島が霧に包まれ、外側から何も見通せず。
海域は完全武装の一個艦隊が護っているのだ。
他の艦隊によって沈めようとすれば、甚大な被害は必死。
元来、戦力を大切に温存してきた米軍からすれば、艦隊規模の喪失はそのままZ化した海獣類の脅威の相対的な増大に繋がるし、日本にしてみても被害は最小限に抑えたいという目論みから積極的攻勢には出られない。
結果として電力供給のカットという消極的な消耗戦の一環が内閣では非常時の判断として半数を超える大臣が支持する苦肉の策として決められようとしていた。
まだ、北方に人がいると確認されていない以上、妥当な話ではあった。
だが、一部にはまだ生きていた者達がいた場合、シェルターのロックや様々な生命維持に支障が出る可能性も示唆されていた。
理由は単純。
整備当初からとにかく人数を収容する為に金を掛けない仕様にした北方諸島域のシェルターは全て本土の電源を前提として内部の自己完結性が低いのだ。
その場合、電子ロックの解除から始まり、空調設備、水の浄化までもが滞る。
そうなれば、数日で内部は地獄と化す事が想定されて然るべきであり、もし生き残っていた者達がいたとしても、ほぼ確実に死ぬだろう。
重い決断が迅速に為されようとしていたのは日本が初めて首都において行政府機関の消滅を味わう一歩手前となった事に起因する。
良く言えば、ぶん殴られて目覚めた。
悪く言えば、慌てふためいて拙速に動いていた。
という事になる。
「では、これで電力の遮断を―――」
今は内閣府の機能も持ち合わせる善導騎士団東京本部の一角。
再組閣された大臣クラスの者達が会議室内でその言葉に了承を返そうとした時。
―――『ウッエエエエエエエエエイ!!!』
ズシャァアアアッと大扉が弾け飛んだかと思えば、大臣達の頭上を跳んで遥か後方の会議室の壁に激突。
ついでに未だ彼らの護衛として働くSP達が白目を剥いて数人が虚空を飛んだ。
生きてはいるが完全に気を失った様子でテーブルで囲まれた会議室中央に転がる。
「な、何だぁ!?」
「だ、誰かぁ!?」
「まさか!? 魔族の強襲か!!?」
思わず大臣を護ろうとする官僚と総理を護ろうとする内部のSP達が拳銃を発砲しようとするが、それが総理の手によって制止された。
「待て!! 撃つな!!?」
扉を破壊し、土埃を濛々と上げながら人影が内部から進み出て来る。
「ふぅ。間に合ったぜ。ちょぉっと待ってくれ。その決断」
「貴方は―――」
官僚達の一部。
特に農水省系の政務官達が男の顔に見覚えがあった様子で目を見張る。
「善導騎士団北米教育農水部門長アフィス・カルトゥナーだ。あんたらの決断に水を刺しに来た。悪いがもう少しあいつらが連絡を寄越すまで待ってくれないか」
土煙から出て来たのはカーキ色タンクトップを汗と土で汚して、普通に顔にも土の後を付けた三枚目の優男。
「アフィス・カルトゥナー!? 善導騎士団のナンバー7か!?」
大臣達の一人が驚きに目を見張る。
「オレちゃんの前が誰かは気になるが取り敢えずだ!! 副団長、副団長代行、クローディオ大隊長などの諸々が今戦線で戦ってるので東京本部の現在の指揮権を持ってるのはこっちなわけだよ」
アフィスが肩に掛けた手拭で額の汗を拭く。
「ロシア亡命政権の依頼もあってやってきた。2日待って欲しいだそうだ。それと政権内部の裏切り者の半数が自首するって、こっちに連絡が入った。アンタらだってわざわざ汚名を被るのはイヤだろ? 何事も即断即決は世の常だが、ちょっと人間を信じてみちゃってもいいんじゃない?」
『………』
さすがに誰もが開いた口が塞がらない様子ではあった。
だが、チラリと誰かが白目を剥いたSP達に目をやる。
「彼らに危害を加えたのはどういった経緯で?」
SP達の一人が仲間を抱き起しながら鋭い視線で訊ねる。
「こういうのさ。一度でも決まると覆らんでしょ? 教授会ともさ。そうだったんだよね。いやぁ、魔術大学とかでも間違ってるのに重要な事を決めたら、それを訂正修正するのに更に時間が掛かったりとかしちゃってたわけよ」
アフィスがどっかりと傍の椅子に腰を下ろす。
「で、すっごく急いでたけど、ぜぇったい退かない不退転な決意だったもんで。あ、気を失ってるだけだから、大丈夫大丈夫。ホント悪いとは思ってます。ごめんなさい」
普通に頭を下げたチャラ男?に大臣連中が顔を見合せる。
「ウチのトップは優秀だし、アンタらが思ってる以上にぶっ飛んでもいる。オレちゃんはこういう時の為に何かあったら連絡寄越すか対処するようにって仰せ付かってんだけども、連絡が来たのはつい8分前。それまで農作業してたわけよ。いやぁ、ホント申し訳ない。本当ならカッチリしたスーツとかも持ってんだけど、着替えてる暇ねぇだろうなぁと」
テーブルの上のペットボトルをごっきゅごっきゅ飲み干して、男が初めて真面目な顔になった。
「ちなみに今回の件、連絡が来る直前に教えてくれたのはウチの隷下部隊にいるロシア系のカワイコちゃんだったんだよ。何でも未来予測系な能力持ってるとかでさ。ロシア系の肩身が狭いから北米に移民してたらしいんだよコレが。で、最悪の未来を回避して欲しいとか。いやぁ、これは頑張らないとならんでしょー」
「最悪の未来、か。我々の決断がそうなると?」
官房長が訊ねる。
「アンタらはオレ達を味方に付けたんだろ? だったらさ、もう少し信じてみてもいいんじゃない? 死人も出る。犠牲者もいる。だけど、それでもまだ希望がこれっぽっちも残ってないとは思えないんだ。だって、あの人達は……あいつらは……」
大臣達が無礼千万を働きながらも、その額に滲む汗がただ急いで来ただけではないと。
そう若者の顔に知るからこそ、その瞳を見つめる。
「日本だけじゃない。この世界を救って本気で立て直そうと思ってんだ。ばっかばかしいだろ? 自分達の業で死に掛けた世界だ。本当なら放っておいて帰る手段だけ探してりゃいいもんを……誰も、本当に誰一人も……救わずに帰るつもりがないんだ。いや、誰かが誰かを救えるようにしてから帰る以外の選択肢を考えてもいないんだ」
その言葉の重さが彼らにも分かった。
何故か?
彼らは見て来た。
世界が互いに疑心暗鬼とエゴを剥き出しにして滅んでいく姿を。
憎悪、疑念、世界を覆い尽したのは間違いなくゾンビよりも先に人の心の醜さだったのだから。
そのせいであらゆる出来事が前に進む速度を遅々としたものとし、進む前に滅びたのだ。
「これはあんたらからすれば、馬鹿な若造からの……交渉でも陳情でも命令でもない。単なるお願いだ。待って欲しい。あの子の、これからまだ芽があるかもしれない多くの子供達の為に……」
総理以下全大臣が立ち上がり、直角に腰を曲げた若者を前に大人として、どんな態度を取ればいいやらと息を吐いた。
「顔を上げて下さい。確かに……我々はゾンビの恐怖に聊か切り捨てる覚悟を軽々に行っていたような感もある。確かに……善導騎士団を友とすると決めた以上、その重鎮の言葉は重く受け止めねばなりますまい。そして……若者の命を、ただ捨てる事になるよりは僅かでも希望を見せてくれる貴方達に預ける事は現実的な選択の範囲でしょう。総理。各々方」
官房長に大臣達も頷く。
「現状維持としましょう。ですが、時間制限はあります。米国が核のカードを切って来るまで恐らく時間も無いでしょう。引き延ばし工作はしますが、それでも限界は恐らく3日以内」
「十分だ。あの人達なら、きっと……じゃあ、ちょっと医務室へ行かせて貰っていいかな。転移のせいで気分が……うっぷ」
そう言って、腹部に手を当てたアフィスが一礼してから会議室をスゴスゴと後にする。
台風の去った後のような惨状。
しかしながら、誰もそれを追い掛けるモノは無かった。
こうして後から駆け付けてきた騎士団の隷下部隊が日本国への貸与領域前の通路で男を待っていた。
その全員にアフィスがこの世界で覚えたサムズアップで答える。
誰にも笑顔が僅か浮かんだ。
その中には件の少女。
ロシア系の小さな彼女もいる。
その顔は涙を湛えてパッと笑顔になった。
だが、その顔がすぐに凍り付く。
脂汗を浮かべたアフィスが警備を突破する際に相手へケガもさせられないと方陣を解いた時、密着状態で暴発した拳銃が貫通した腹部を見る。
「ちょっと、カッコ付け過ぎ、たな。はは」
何とか術式で止血していた傷口が開いたと同時に激痛を押し殺していた心の糸がフツリと切れた。
ドサリと倒れ込んだ男に人々が押し寄せ、次々に男にMHペンダントを掛けて、医療区画へと運んでいく。
それに涙目で少女が叫ぶ。
「アフィス先生ッ?!」
その様子を見ていた東京本部の後詰部隊の一部。
一部出向して新装備関係の会議に出向いていた騎士見習い達の教師役の一人が脳裏で今までのアフィスの評価にまた傍線を引いて。
彼らがこの数か月で引き続けてきた傍線の数を数えるのも馬鹿らしいくらいの変更の果て、こう新しく書き加える。
―――生徒を誑かす悪い男、と。
*
そろそろ昼も過ぎてオヤツ時。
ルカはようやく20体からなる巨大な敵影をビルの陰から排除し終えていた。
八面六臂の活躍だ。
相手が逃げ回りながら攻撃してくるのを捕捉して、攻撃で削り、連携を崩し、一体ずつ潰したせいで遂に方陣が明滅して途切れる。
魔力が切れたのではない。
ルカの脳に掛かる感触からの負荷が限界を迎えた為、強制的に術式がシャットダウンされたのだ。
ようやく間接装甲たる粒子の内部から出て来た彼が盾を持って、粒子の小山から降りて繁華街を抜ける。
繁華街の先にある行政区画の端に到達すれば、庁舎は2km先だ。
周囲には警察署や消防署などの公共機関が軒を連ねている。
だが、人の気配は相変わらず無かった。
「試験の時は9時間は持ったんだけどな……さすがに実戦だから、かな? いや、もしかしたら最初の相手の力が結構遠間からも効いてたのかもね……」
汗が浮かぶ額を拭って、不可視化の結界を盾の魔力で張って、そのまま軽いランニングのようにして速足となる。
しかし、その状態でゆけたのは1kmが限界だった。
半分ほどまで来た時、ルカは行政庁舎本棟の屋上に光の柱が立ち上る様子を見た。
転化された魔力の光。
漆黒と紫色の雷を絡み合わせたようなソレ。
最も大きな結界の中心と目された場所。
建物内部ではなく屋上にあるとすれば、かなり攻略は楽になると思ったのも束の間。
「―――ッ」
まるで超重力に晒されたような圧迫感に思わず膝が折れた。
「コレ……単なる魔力の圧力? いや、こんな禍々しいッ!? 何だ?! 拒絶、拒否、否定的なイメージが―――う」
元々、精神的に消耗していたルカが思わず口元を盾を持っていない方の手で抑えた。
特異な魔力でなければ、大抵の魔力と名の付くエネルギーは凡そ励起状態ならば、他の術者にも観測可能だ。
そして、観測可能であるという事は影響を受けるという事に外ならない。
東京で膨大な魔力が励起状態であちこちにばら撒かれた時と同じように術師そのものが変質してしまう程の力が確かに屋上の光の柱からは溢れ出していた。
「解析結果―――魔力密度が1m立方メートルで推定300万オーバー? ハハ……あの柱一本でシエラ・ファウスト号並みって事か。さすがにコレはヤバイかな」
先程から汗が止まらない背筋が告げている。
逃げなければ、確実に後悔する、と。
気配だけで常人ならば、既得になっているか。
昏睡もあり得る魔力密度は通常の状態ではない。
(魔力の変質。積層化後の状態変化。エネルギー密度自体よりも特異な形質や変質した魔力の性質を警戒しなければ、即死もあり得る、か)
敵は常に強大。
そう考えた少年がルカに学ばせていた対超越者、対高位存在用の教材は殆ど馬鹿馬鹿しいような能力を相手にどう立ち回るかを教えてくれる。
「全力防御形態。敵攻撃の回避が不可能な場合は頭部を死守―――こういう時こそカズマの軽口が欲しいね」
唇の端を何とか歪めたルカが盾をそちらの方面に向けた時だった。
本能の命ずるままにルカが真正面に盾を構えて真横に跳んだ。
その時、起こった事を端的に語るならば簡単だ。
庁舎から一直線上に西へ全てが光の中に融け崩れた。
本島中心部である政庁の屋上から放たれた魔力の集束による純粋な閃光が結界の一部を割って地表スレスレを完全に焼き溶かしながら、海域までの直線距離にして数kmを直径20mの太さで貫通したのだ。
「クッ?!!」
その3m横に跳んだルカが盾による防御で辛うじて余波である熱量と衝撃を、人体が通常ならば粉々どころか消し飛んでいるだろう破壊の波を受けながら、巨大な周辺建造物崩壊の爆風で200m近い距離を吹き飛ばされる。
その合間にも彼は見た。
(人型ッ!? 魔術師なら大魔術師クラスッ。それ以外のゾンビだったら、それこそ黙示録の四騎士並みじゃないか!?)
屋上から何かが俊敏に浮き上がり、集束魔力砲撃の煮立つ跡地の上に静かに移動し、上空から降りて来て地表の上で滞空する。
それは人間の形をしていた。
髪一つ焼け焦げる様子も無く。
地獄のような熱量に凍て付いたような肉体が微塵も揺らぐ様子も無く。
ただ、佇んで周囲を顔で見回している。
そして、対空している状態のまま。
ルカはソレと目が合った。
盾で辛うじてソレ防御するも、追撃は飛んで来ない。
だが、それが良かったのか悪かったのか。
崩れ落ちる直線状から数百m圏内の構造物の土煙が全てを隠し、ルカは釣り出した敵をそのままに苦渋の撤退を選ぶ。
もし無理そうならば、後方へと向かうか。
もしくは逃げて隠れるというのも立派な戦術だ。
己のスーツに直前に付けられた加速用の金属片。
何も無い虚空で金属そのものをいつもの要領で常に重力に対して垂直に加速し続ける事で簡易的にホバーのように浮いた状態のまま。
流されるに任せて盾で身体を蔽うようにして少年は市街地から速やかに退去していくのだった。
廃墟と化した街並みの先。
ソレはルカから視線を外すとゆっくりと周囲を見回して、再び高速で何処かへと跳び去っていく。
『この能力、この威力……まったく、我々にとっても脅威そのものか』
肩を竦めた巨漢のゾンビがバラライカを鳴らして、自ら喚び出したモノの威力を賞賛する。
「あれだけの力ならば、道県の戦線に投入するのもいいでしょう。こちらが片付いたなら」
『……いやはや、ゾンビ稼業も楽じゃない。ああ、好きでもない落ち目のアイドルみたいなのの為に働かせられるなんて、世の中間違ってるなぁ』
「……腐っている癖に舌は回るのですね」
彼らはギスギスしつつ、観測を継続するのだった。
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