第110話「北の地で」


「では、定刻となりましたので始めさせて頂きたいと思います」


 陰陽自衛隊富士樹海基地大講堂。


 指令と佐官級以上の者にしか許されない会議の最中。


 少年は一人。


 年上の自衛官達と陰陽自の中核戦力である対魔騎士隊の面々を背後にして先日出したレポートの解説と同時に前々から計画されていた日米合同でのユーラシア大陸への揚陸作戦に関する重大事項の伝達の為、全ての大人達を前にして静かに大円卓と施設管理部隊から言われている巨大なテーブルの端で端末を操作し、テーブル中央に巨大な地球儀を投影した。


「レポートは皆さん読まれたと思いますが、日米合同での揚陸作戦が数年後に迫るというのに先立ち……善導騎士団は遺跡へ先遣隊を送る事となりました」


 一瞬のどよめき。

 しかし、すぐに声は鎮まる。


「あのレポートを見たならば、お解りだろうと思いますが、騎士団としては日米の動きは遅過ぎますし、それを座して見守っている暇も無いと断言致します。その為に騎士団本隊をユーラシア中央にあるという遺跡へと送る事は既に副団長、副団長代行及び全部隊の指揮官級の騎士達との間に合意された決定事項であります」


 少年のレポートは善導騎士団関連や少年関連の話を幾らか暈して陰陽自衛隊上層部には伝えられていた。


 無論、陰陽自衛隊内部の結城陰陽将の側近には暈さないレポートの全文が送られたが、それ以外の自衛隊員には黙示録の四騎士の使う頚城と呼ばれる鎧があった遺跡が存在し、地球規模の環境激変の前にソレを確保しなければならない、という体のマイルド版な情報が提示された。


「皆さんはユーラシア奪還という目的の為に今まで準備なさって来たかと思われますが、残念ながら数年も掛けていられないと我々は結論しました」


 全陰陽自衛隊員の代表者に等しい結城は笑みを浮かべたままだ。


「故に善導騎士団の先遣隊としてフィクシー副団長代行、クローディオ大隊長、善導騎士団東京本部隷下部隊及びこちらで選抜した者、十数名前後を率いて数か月後には出発する運びとなりました」


 今度こそどよめきが奔る。

 早過ぎる、というのは誰の声だったか。


「幸いにして日本政府との間に交わされた協定でこちらが用意するとしていたほぼ全ての物資の生産開発計画は陰陽自研において順調に推移しており、僕が抜けた場合でも最低限以上のものは出来上がるでしょう」


 恐らく、今日一番となるだろうどよめきが起きた。


 騎士ベルディクトが陰陽自からいなくなる。


 それは今も殆どベル無しでは回らないような業務体制を維持してきた事を自覚する彼らにしてみれば、自転車で補助輪無し、どころかタイヤ無しで進めと言われるに等しかった。


「今現在、警察、陸自、海自、空自には其々に合わせて今までの有り合わせではない。完全なスタンダード。対魔術、対魔族、対海獣、対ゾンビ、対変異覚醒者における計300種類程の装備品の開発が半数以上終了しております」


 地球儀の上に大量の装備品の映像が映し出される。


 陰陽自研内の情報は陰陽自ですらもトップシークレットであるモノが殆どである為、初めて実態に触れた彼らが見たのは紛れもなく―――SFかファンタジーの類であった。


『(何だコレは……)』

『(一体何を見せられているんだ!?)』

『(笑うしかない……そう、笑うしか……)』

『(これをこの短期間で作り上げたというのか)』


『(……まさか、自分の子供より幼い男を畏怖する日が来るとはなぁ)』


 猛烈な業火やレーザー、他にも通常火器やレールガン、火砲の直撃する最中を歩くスーツと装甲を来た研究者。


 巨大な装甲車両が浮いて奔り、また着地して走行する様子。


 分厚い数mはあるだろう鉄板というよりは壁を貫徹する普通の銃に込められたカラフルな銃弾。


 レールガン、コイルガンにレーザーガンはデフォで装甲車両に付いており、大量の目標をハチの巣にしていた。


 スマート機雷が次々に海上を奔る目標を追い掛けて起爆する様子。


 自分が踏んでも爆発しないがゾンビが踏むと忽ち爆発するスマート地雷。


 そして、何よりも【黒武】と【黒翔】を用いた善導騎士団の機動部隊の展開速度と次々に繰り出される巨大な相手や強い個人に対しての戦術。


 それ自体はもう陰陽自でも訓練用として大量に供給されて部隊が訓練に励んでいたが、それにしても善導騎士団程の練度には及んでいなかった。


 陰陽自衛隊に足りなかった全て、どころではない。

 この歴史の節目を迎えた国に足りなかったモノ。

 全てが全てというだけ揃えられている。


 海自、空自から出向という形でやって来ている者達もまた己が乗る事になる大量の既存艦や既存航空機の改修設計や改修完了までの期日の短さ。


 更には新型艦や新型の戦闘機にすら取って代わる【痛滅者】の飛ぶ様子を見て鳥肌を立てていた。


「(F-2改修案にそれから……米空軍が持ち込んで日本に賃貸料代わりで売っ払ったB2にA10にシー・ハリアーにサイレント・イーグルの改修案まで……この設計……作ってた企業も噛んでるのか? もうあっちの企業体を相当に取り込んでると見て良い……米国防総省も真っ青だろコレ?)」


「(今は米の軍事系知財を全部日本が独断で使えるとはいえ……コレを知ってたら、あちらは相当にカリカリするだろうなぁ……)」


「(はは、何の冗談なんだ……F-15がアフター・バーナーも無しにマッハ20近い速度でインメルマンターンしてる映像って……一体何なんだ!!?)」


「(改修案を受け入れれば、戦闘機の連続戦闘の可能時間が空で500時間だと? 中の人間の方が持たないってのか?!!)」


「(術師を載せてシステム側からの支援で慣性制御?! 複座式なら魔術師をシステムに組み込んで凡人のパイロットでも物理の壁を殴り壊せるってわけか!?)」


「(馬鹿な!? 水上艦を潜水艦のように深度3000mまで潜らせられる? 改修しても既存艦だぞ!? 旧式の護衛艦がこんなのに化けるって!?)」


「(……改修する戦闘機の仕様は人搭乗型の制空戦闘機は誘導弾ミサイルを捨てて、端末化した子機のデータリンクと電子兵装、射撃兵器に全ての機能を集約?)」


「(長距離誘導兵器は専用のキャリア型のドローンに搭載。I3ファイター化する構想を踏襲。空対空兵器の威力が核よりも上だと?! 核物質を使わずに誘導弾の威力が戦術核を超えるのか?!)」


「(レールガンにコイルガンの速射能力にソレを防ぎ切る防御力……海上で1200ノット……もはやこの改修案のコレは船なのか!? 要塞や戦闘機の話をしているわけじゃないんだよな!?)」


「(F-35が軒並み陳腐化するどころか……ストライクZの既存品を遥かに超えるF-15にF-18だと!? クソッ、担がれてるんじゃないのか!? 魔改造に納まるレベルの話じゃないぞ!? 数世代以上先の兵器をこのは―――)」


 何もかもが違っていた。

 何もかもが違い過ぎた。


「(魔力式結界込みで改修すれば、既存の装甲戦力の防御力すら核の直撃に耐えるだって?!! 直撃だぞ!? 中の人間が生きて作戦行動に移れるってのか!!?)」


「(戦車砲の改修で既存のものも実質1000mm級の威力になる? 意味が……分かりたくない……サイエンス・フィクションすらもうちょっと控えめでマシな設定にするぞッ?!)」


「(新型のC4ISR……いや、C4IX? 自衛隊のデータリンク・システムの大半を置き換える気か!? 既存システムの発展応用したものをって、まだ最新型すら全部隊で共有出来てないんだぞ!?)」


「(改修案のデータリンク・システムに換装済みの改修10式戦車で940km先を狙撃可能? 何を言ってるんだろうなオレ……疲れてるのかな? ユーラシア大陸の内陸部まで遠距離砲撃支援するプランて……ははは……)」


「(何だ? 新型の全兵器の共通OS? FCSや兵装の全電子機能を全て集約代替する既存の量子コンピューターの1万倍以上の処理速度が出る半導体? ちょっと何言ってるか分かんないですね……待ってくれ!!? 何なんだコレは?!!)』


『(この新OSに使われてる新しいプログラム言語自体が魔術側の術式をマシン言語のように翻訳するものなのか!? OSのような数百万行単位のプログラムをこの短期間でどうやって記述したってんだ!? 新兵器の射撃誘導装置やデータリンク・システムと共に創り出したって、どうやったらそんな事が?!!)」


「(3次元式の積層半導体をこの短期間で開発終了どころか量産、全電子兵装の中枢として投入可能だと? 魔導量子ゲート理論? 量子ゲート理論を超える新ゲート理論の応用? ハハ、オレ夢見てんのかな)」


「(量子アルゴリズムすらまだ海のものか山のものかよく分かってない代物だってのに……コイツは本当に科学の話、なのか?)」


「(魔導による既存回路製造技術の最適化に問題解決。既存のフラッシュ・メモリが全て化石化するチップを既に量産可能、だと?)」


「(シリコンに代わるディミスリル・ウェハー……研究中の球体状回路? この形状……もはや有機物の根が中心から全方位に向けて伸ばしたような……こんなのが次世代の半導体だってのか!?)」


「(既存の回路技術の工作精度限界を無理やり魔術で超えたのか?!! 量子力学の基礎である物理法則を魔術で停止させる? これで素粒子すら完全静止したウェハーを掘削……世界最速のスパコンが腕時計内部の歯車並みの小ささになるって? はは……)」


「(超純金属元素による既存工作品のブラッシュ・アップ……何だ……ディミスリル皮膜合金の最高硬度はモース硬度320を記録? 32じゃないのか? 一体、オレは何を見て―――)」


「(魔導成果による既存技術で打破出来ない科学技術のブレイクスルーの達成? 【魔導機械学ハイ・マシンナリー・クラフト】による既存技術の高度化プラン!?)」


「(近代化改修どころの話じゃないッ。【遠未来魔導改修案フューチャー・ハイ・クラフト・プラン】……これが魔導の力か!?)」


「(大本となってるのはええと……コレか? 【DAPディミスリル・アドバンスド・プロジェクト】? コイツぁ―――こいつは兵器開発プランじゃねぇ!!? コイツは―――この目の前ののやろうとしている事は?!!)」


 今、目の前の自分の半分も生きていなさそうな少年から提示された全てに男達の本能は悲鳴を上げていた。


 それは確実に単なる戦力の魔術化、などと括ってしまって良いような代物ではなかった。


 全てのデータと共に映像と共に情報と共に送られてくるのは妄念執念。


 とても科学と呼ぶには躊躇われるどころか。


 今まで人類が積み上げてきた科学のあらゆる文明を侵食し、魔力無しには生きていけなくなるような圧倒的な成果。


 性急に普及し過ぎれば、即座に人類全体に悪影響が及ぶだろう、否定すべきかもしれない力。


 無理やりに既存技術の壁を魔術ベルというテコで殴り壊した研究者達の怨念めいた異端技術の数々であった。


 彼らの円卓の前には次々に部署に必要とされる物品のデータが流れ込み。


 全て見切れないとばかりに目を忙しくさせた者達は十数秒で目を揉み解して、ただ感心を通り越した悲鳴にも似た声を上げる事しか出来ず。


「(オレの……オレ達の頭の方がどうにかなったと言うならば、まだ安心出来たのにな……)」


 彼らは知る。

 いや、知ってしまった。

 と言うべきだろう。


 少年の物腰や言動に実は安堵していたというか。


 他の善導騎士団の者達のブレーキの壊れ具合から少年はやる事こそ奇妙で愉快だが、それなりに分かり合える相手だと思っていたのだ。


 だが、少年もまた別世界の人間であるという事実を彼らも終に知ってしまった。


 今まで異世界の人間に感じていた違和感を遥かに超えて、更に危険を通り越して……目の前にいる者は畏れるべき何かだった。


「(オレ達の前に立ってるのはですらないのか)」


 怪物とは呼べまい。


 少年が日本国政府との間にどんな協定を結んだのかくらいは自衛隊にだって情報が少しは流れて来ている。


 だが、その中にすら、こんな数世代どころか。


 十世代でも追い付くか怪しい飛躍を遂げたを生み出す事なんて入っていない。


 彼らの意見は一致する。


 目の前の女の子みたいな顔のいつも他者にニコニコしている若者は少なくとも彼らの既存の常識内には存在しない未知の具現そのものであった。


 ―――『(我々は騎士ベルディクトを見縊っていたようだ)』


 そう彼らは悟ったのである。


「善導騎士団の総意として、この世界の破滅を食い止める為には遺跡の発掘調査及び黙示録の四騎士の完全消滅は決定事項。これに対して今も協力下にある日本国政府との間に米国基準の軍事同盟の締結が為されました。日善包括軍事協定です」


 一部の佐官級達は事前情報通りの話を聞かされても驚きはしなかった。


 いや、驚いている暇も無かったと言うべきか。


 今も食い入るように装備品やその装備開発計画の全容を全員が目で追っていたからだ。


「陰陽自衛隊には今後、日本国政府からの連絡が伝わると思いますが、我々は今現在の最高戦力である対魔騎師隊の遺跡発掘調査への帯同及び全兵装全装備の共同実験を行う日善合同の教導隊発足を提案致します」


 ビクリと男達は僅かに内心で少し臆病になる自分を感じていた。


「これは今後来るべきゾンビと黙示録の四騎士達との決戦に備えての一大プロジェクトです。兵器の総合評価総合運用マニュアルの作成を終える期限は1年。2年目までに教導隊のノウハウと装備を自衛隊において規格化して配備伝達習熟。部隊の兵科の転換や練度向上は発足前の時点での試験装備を用いて行い、即時黙示録の四騎士相手へと投入出来る状態を整えます」


 パチパチと沈黙が支配する中に結城が拍手した。


「素晴らしい。素晴らしい成果だ。騎士ベルディクト……いやはや、この短期間で恐れ入ったよ。我々はこのような成果の評価が正当に出来るような者ではない。だが、そんな我々にもコレが凄いを通り越したものであるのは理解出来る」


「ありがとうございます」


「だが、半分以上の装備は黙示録の四騎士を撃滅して、人類が生き残れたら封印なのだろう?」


「ええ、そういう事になるかと」


 その言葉に頷いて結城は佐官級の者達を前にいつもの笑みを浮かべる。


「安心したまえ。君達が考える程、彼らはぶっ飛んではいないよ。コレがどうされるべきかは今聞いた通りだ。そして、自衛隊は自衛の為に発足された軍事組織だ。現物が流出したところで解析出来なければ、意味も無い以上……その杞憂は心に仕舞っておきたまえ。顔に出ているぞ諸君」


 そう言われて、男も女も慌てて佇まいを正した。


「失礼した。だが、君達にも非はある。機密にしてた分、彼らには少し衝撃が大き過ぎた。無論、喜ばしい吉報である事に疑いはないが、人は大き過ぎる力を持つと、その魔力に魅入られる故に畏れるものなのだ。それが倫理と知性と合理の牙城たる我ら自衛隊ならばこそ、ね」


「失礼しました。結城陰陽将。これらの情報は出来る限り、秘匿しつつ戦う事が望ましいものでしたから。人間に化けるゾンビが存在する以上、彼らに力を解析されたり、奪われたりする事は極力避けねばなりません」


「米国に奪われる事も?」

「陰陽将!!?」


 さすがに外野から諫める声が飛んだ。


「まぁ、待て。腹を割って話そうじゃないか。日本政府も知っているし、実感している事だ。先日の東京でのツリージャックで投入された部隊の事についても我々は何も知らない。そう、一番米軍と付き合いのある我々がだ」


 その言葉に誰もが押し黙る。


「騎士ベルディクト。君達の計画は分かった。陰陽自も最大限、君達に協力しよう。日本国政府の意向ある限りね。だが、1ついいかね?」


「はい。何でしょうか?」


「既存技術の高度化までして良かったのかな? これらの技術だけでも随分なものだが……」


「最初は完全に封印出来るよう新技術の開発だけに留めようかとも思いました。ですが、それで勝てる未来は思い浮かびませんでした」


「ほう?」


「この世界の技術が、この世界にない我々の技術と共に高められて初めて、この世界の人達が黙示録の四騎士に対抗出来るものになる。そう確信したんです」


「何故かね?」


「彼ら黙示録の四騎士は恐らく米国に関係した僕らの世界の存在です。そして、僕らの世界にはない文化や文明でなければ、恐らく本質的に彼らに勝つのは難しい」


「どういう事かな?」


「単純な理屈です。僕達、善導騎士団だけでは恐らく彼ら相手には敗北します。本質的な部分で彼らは神に近しい上位者である為です」


「上位者……」


「突破するには同じ上位者の力か。もしくはそれに匹敵する技術や魔術、知識の成果がいる。ですが、我々はどれも持っていない。皆さんに提供してきた全ての知識は本質的には彼らに追いつけない代物なんです」


「つまり、知らぬ世界の未知の技術同士が融合して初めて対抗策が生まれると?」


「はい。この世界の叡智と騎士団が持つ既存知識や技術が一つに重なり、ようやく突破口が見えた……巨大な個人の力を上回るのは常に集団の力と工夫です」


「然り。当然の帰結だ」


 結城が頷く。


「でも、目的を達成しても大きな力を残せば、再び禍根となるでしょう。だから、振り上げた拳、手にした剣を再び自らの手で治められるだろう貴方達にこの力を託します」


「そう信頼して頂けると?」


「まずは信じてみようというお試し期間ですが、問題が無ければ構いません。剣を執る者は剣で滅びますが、剣を置く者はまた剣によって栄えるでしょう」


 少年の言葉に誰もが騎士という相手を見て、立ち上がり……自然と敬礼した。

 それは結城ですらも例外ではない。


「感謝する。騎士ベルディクト……」


「……各装備品及び各武装の開発者や研究者の方達をお招きしてあります。今後の運用に当たり、意見交換して下さい。実務者間の情報交流が彼らにも大きな助けとなるでしょうから。要望はドンドン出して頂ければ、幸いです。また、本日は一部の実用品として正式標準装備の一つである刀剣類の雛形を数十本お持ちしました。お願いします」


 会議室に白衣やラフな格好の研究者達がカートを押して入って来る。


 それが並べられて、上の白布が取られると下から出てきたのは大量の刀剣。


 要は実用品としての攻撃能力を持った機能性を有した刃だった。


「今後、通常弾どころか。強化済みの弾頭や射撃武器が効かない相手が出て来る事も予想されます。そういった時や拳銃の弾が切れた場合を想定しての近接武装がソレです。コレを打って貰ったお二方、剛山さんとディーンさん。お弟子さん達も来ていますので試してみて感想をお願いします」


 ざわつきながらも佐官級の者達が次々に結城が音頭取りするまでもなく刀剣類の周囲や装備開発者達との懇談を始める。


 自己紹介から始まり、次々に説明される話を聞きながら、会話する彼らの中から剣道有段者などが刀剣類を取って心底驚いた顔となる。


「ちなみにその刀剣類の規格として拳銃並みに軽い事が目標とされました。更に体格に合わせて刀剣類の長さも調整出来ます。刃は潰してありますが、実剣と同じ重さですので是非手に取ってご意見を……」


 陰陽自衛隊と善導騎士団の合同会議。


 先方を務めたベルの滑り出しはほぼ最高のものとなったのは間違いないだろう。


 対魔騎師隊の面々も善導騎士団の面々も、どちらも少年がしっかりと己の役目をやり切った様子に大きく頷いて、ヒューリやハルティーナはさすベル状態であった。


 唸りを上げて歯車が回り始めた事を人々は知るだろう。


 それは小さな島国の基地から始まる。


 また、新たな戦乱を前にして彼らは戦う事を強いられ、その先へ向かう為に再び銃を取り、剣を執る者達と共に隊伍を組む事になったのである。


 *


 ―――陰陽自衛隊合同会議から数日後。


 ロシア北方諸島域近海。


 嘗ては日本領とちゃんと主張されていた北方四島と本島と呼ばれるようになったサハリンを主軸として運営されるロシア亡命政権の支配下地域。


 という建前が崩壊したのは10年近く前の事であった。


 ロシアによる大規模難民収容の実態は正しく地獄と呼ぶのが相応しい世界を出現させたのだ。


 米国とG7からの移民を最優先にしていた矢先。


 ユーラシア失陥寸前に満員電車よりも寿司詰めにされた彼らロシア難民の半数以上は家族を失いつつ、諸島域に到着する結果になったのだから。


 300万人という数値は純粋にそこまで辿り着けた者の数であり、当初は収容可能人数の20倍近い人間が北方には押し寄せていたのだ。


 だが、ゾンビの手がユーラシア極東を蔽う事になった瞬間。


 ロシア亡命政権は北方諸島への避難民の最後の希望。


 避難回廊、陸路と空路を遮断。


 最後の最後に駆け込み乗車に乗り遅れた数百万人程が海一つ跨いでゾンビの波に呑まれた。


 だが、運が良くと言われなかった生存者達の諸島域の生活は最初期から極めて悪辣と言って良い程に厳しいものであった。


 米国難民の腹を満たしてやるのが先であり、後回しになった諸島域への最初期の食糧支援は日本政府が本気で行っていたにも関わらず、毎日毎日100万人分に満たなかった。


 これが良くなかったと言う当時を知る者達もいる。


 半端に渡された食料が更に多ければ、まだ配給を少なくしてどうにかなると思われたが、ギリギリで人の腹を膨らませられない量は更なる欲求を喚起する。


 要は団結よりも奪い合いが始まったのだ。

 結果は5万の死者と多数の負傷者。


 日本政府が国民に少しひもじい食卓を我慢して貰って何とか諸島域はギリギリの線で内乱寸前の暴動が止まった。


 この頃から日本国内では缶詰食が主食として定着し始め、実際その恩恵を受けた米国民や亡命政権は日本の食糧事情に関して何ら不満を口にした事が無い。


『……境界ラインに漁船3隻……小型船舶の姿は無し。トローリング用の船のようですが、追い払われますか? 艦長』


『警告は続けろ。先日の一件が何とか治まったばかりだ。威嚇射撃は控えろと上も仰せだ』


『アイサー』


 米海軍による海上防衛は今現在も続けられている。


 先日の核テロ後、善導騎士団が公に北方諸島への進出許可を出すよう公的に諸島政府に依頼したのはニュースのトップで報道された。


 以降、その認可が下りるまでの数日間。


 彼ら米海軍の艦艇の大半は威嚇射撃を上層部から禁止され、穏便にという話が厳重に守られるよう通達されている。


『何も変わりませんでしたね。艦長』

『私語は慎め。勤務中だ』


『艦長はこの話題にお付き合い下さるかと思いましたが?』


『誰だとて話したくない事はある。私がどんなにお喋りでもな』


 米国の秘密が暴露されたし、ロシアの秘密も暴露されたが、だからと言って何が変わるわけでもないのは当人達にとって聊か驚くべき出来事。


 暗黙の了解であっただろう。


 末端の人間に対して、東西どちらの陣営も無言及び黙殺を貫いたのだ。


 ロシアは米国を非難せず。


 また、国民からの突き上げに対して一切テロリストの戯言だと切り返して強引に話を打ち切ったし、米国もまた前政権の重要人物達が軒並み本土か戦線都市で死亡していた上、残っている者達も知らぬ存ぜぬで貫き通したので議会が紛糾こそしていたが、大きく政局が動く事も無かった。


 その上で過去の追求に対して多くの超党派の政治家達が我々はを貫くと声明を発表し、一切の追求をしないし、追及をされても口を噤むと断言。


 結果、玉虫色の決着は為された。


 米ロ関係は悪化もしなければ、進みもしなかったのである。


『善導騎士団。彼らの来訪でこの海域も諸島政府も変わるでしょうか?』


『ゾンビに呑み込まれなかったならな』

『可能性があると?』


『知らんよ。我々の任務は海上防衛、Z化した海獣の駆逐だ』


『左様で……』


 どちらも負い目があり、どちらも秘密と謀略の最中だ。


 それが全て真実だと日本国内では言われていたが、野党は喚けど与党は踊らず。


 黙殺と暗黙の了解と善意の無言の三拍子が日米ロによる協調作戦かのように黙々と人々に灰色の決着を納得させる事になっていた。


 此処で取り残されたのは北方諸島民であった。


 ゾンビがいる。

 意志あるゾンビが潜んでいる。


 その疑心暗鬼を解消してくれる超技術集団の来迎までもう少し。


 内部では早く受け入れろとの突き上げが大量に上層部へ集中していた。


『艦長。我々の本当の任務はゾンビ化する可能性のあるロシア人の揚陸阻止だったのですかね』


『私語は慎めと言ったはずだ。我々の任務を上層部がどのような意図で行っていたとしても、命令された事を実行するのが兵隊だ』


『確かにそうですね。そう出来たら、良かったのですが……』


『何? オイ、何故、航路を島に向ける!? 何をしている!!』


『艦長。済みませんが、昨日一緒に呑みに行くべきでしたね』


『何だと?』


『そうすれば、こんな思いは味わわなくて済んだ。私も、貴方も―――』


『じょ、上官に銃を向けるのか!?』


『済みません。逆らえんのです……こうなってしまってはもう……』


『なッ、何だ?!! その傷は!? どうして平然としていられる!!?』


『お解りでしょう? 敵の攻撃です。北方諸島はもはや……艦長、貴方には他の船の艦長と違い、生きたまま政府との連絡窓口になって頂きます』


『な、他の艦も?!!』


『ええ、この海域にある艦の全てで今同じ事が起きているでしょう』


『―――馬鹿な。全員がッ!? 全員がそうだと言うのか!?』


『随分と前から侵食はされていたのですよ。私は昨日、でしたが……抗えない以上、従うしかない……』


『Z―――神よ』

『おっと、自殺はご遠慮願います』

『ぅ……何を、打った……?』


『単なる鎮静剤ですよ……お休みなさい。我らが艦長……どうか良い夢を……』


『こんな事が……こんな………』


『進路、如何しますか? 歯舞? 色丹? それとも本島へ?』


『……本島で揚陸戦力の抽出が済んでいるそうだ。我々はあの魔女の計画に従い、彼らを回収後、道県の沿岸地域に運ぶ。その後は……我らの祖国が有能である事を願おう』


『娘がいるんです。札幌に……』


『そうか……十勝までの侵攻さえ凌ぎ切れば、祖国にも芽はある……後、我々に出来る事は本州から騎兵隊が到着するのを待つだけだ』


『彼ら、ですか』


『信じるしかあるまい。もはや、この状況を核無しに収拾出来るのはあの異世界からの来訪者達しかいないだろう……』


『善導騎士団ッ、頼んだぞ……ッ』


『これより本島に向かう!! 全艦戦闘態勢!! 本島近辺にいる全艦艇を破壊せよ!! 最大船速!!』


 その日、北方諸島と道県北部近海に展開する全米海軍の艦艇が一斉に米国政府の制御を離れて離反し、本島の軍港にいた全艦艇を誘導兵器の飽和攻撃で破壊。


 そして、同時に港を占拠した正体不明の戦闘集団を載せて、自らの母港へと向かって、揚陸作戦を完遂させた。


 この間、約14時間。


 揚陸した戦力の進軍開始と共に北海道北部全域においてゾンビ警報が発令され、米国政府は即時陸軍による汚染区域の封鎖を決定。


 その各地にある大量の米国民を受け入れてきた新都市圏の実に20%近くが隔離された。


 隔離地域の人口は約430万人。

 戦術核で焼き尽くすにしてはあまりにも広く。


 日本最大の食糧生産地帯である道県の失陥や核汚染ともなれば、戦略次元では敗北以上の意味を持ち、滅亡へのカウントダウンが捗る事は明白。


 もはや引ける状況ではない日米は米陸軍と自衛隊による共同軍を即時展開。


 昼夜無き市街地や地域の包囲戦が突如として勃発したのだった。

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