第103話「休日の使い方Ⅲ」


「クソ野郎め!! 人間の鎖を使ってやがる!! ご丁寧に自爆ベスト付きか!!」


 ダンッと。

 現場に設営された仮設テントの中。


 ツリージャック事件に対応していた警視総監以下、数十名の男達が善導騎士団から提供されているスーツと装甲姿で次々に入って来る特殊部隊からの報告に歯噛みするしかなかった。


「あちらはプロですね。自動銃セントリーガンがツリー施設のあちこちに仕掛けられており、監視カメラにはカメラが止まったら一人ずつ人質を殺すとの張り紙が……真実、そうなると見た方がいい」


「電源を落とすのも恐らくあちらにとっては織り込み済みでしょう。発電機の音がしたと近付いた隊員からの報告です」


「床に可燃性のコールタールと地雷らしきものまであるとの話だ。狙撃ポイントにはこっちも見てるよの張り紙が多数……用意周到で済ませるべきじゃない。コイツは明らかに極めて組織的な犯行ですよ」


「テロ屋というよりは戦争屋か……」


「ついでとばかりに大量のRPGと重機関銃との記念写真まで一緒です。あの量の武器弾薬をツリー内に持ち込まれたと考えると……此処はもう警察で対応するのは不可能なのでは?」


「だからと言って、今陸自を出してみろ!! 突入でツリーが吹き飛ぶぞ!! 実際、大量の爆薬がツリーの根本に仕掛けられていたし、本物という報告も受けている。解体しようとしたら起爆するタイプだそうだよ……」


「……一体、奴らどうやって、こんなに大量の重火器や武器弾薬を……」


「狙撃ポイントから見える場所に大量の武器弾薬の箱が満載。ついでに人質も大量……クソ、こっちの手を読み切ってやがる……」


「最初から自分達の安全は考慮されてない。不用意に起爆したければ、どうぞどうぞとあちらさんは言っているわけだ」


「……ネゴシエーターの選定は?」

「もう既に……」

「それで政府の方からは?」


「……現状待機。今、要求を訊いて藪蛇になるのを恐れているようですね。ロシア系と第一報で入った時から、北方諸島域で米海軍に動きがあると」


「分かった。一歩間違えれば、大虐殺か」

「ええ……国境の開放なんぞ迫られたら、マズイですね……」


「米国とは近頃距離が置かれている。あちらとの意思疎通の手違いで国境域から雪崩れ込む数百万からなるロシア系住民の乗った船が撃沈されたら……考えたくも無いな」


「あの頃の二の前ですね」

「それにしても未だに要求は無いのか?」


「それがあちらは沈黙を保っています。巌流島じゃあるまいし、焦らしているつもりなのでしょうか?」


「分からん。分からんが、こちらの準備を整える為には利用させて貰おう」


「警視総監!! 善導騎士団から一報!! 我らが団員の一部が休日にツリーへ赴いている。あちらから詳細な連絡が入った。これより人質救出の為に警察には今のまま活動を続けて欲しい。我々は奴らがそちらを見ている間に準備を整える、と」


「……囮。いや、カモフラージュに使われろと?」


「警視総監!? 如何しますか!?」


「官房長からも今、そのようにとメールが入った……よろしい。では、諸君は引き続き職務を遂行してくれ。私はこれより善導騎士団東京本部に伺う。随時、進捗を入れてくれ」


「自ら行かれるのですか?」


「今、彼らと日本政府はべったりだ。実際、我々に出来る事など、この状況では高が知れている。何をしようとしているのかお聞かせ願うならば、こちらから出向くしかあるまい」


「分かりました。オイ、手の空いている者は!!」


「何か重大な件があれば、すぐに戻る……もしもの時はを使え」


「―――自己責任で、ですか?」


「ああ、他の命の為に人生を掛けられるなら、だ」


「通達しておきます」


 テントを出ていく数名の男達を見送って。


 対応する本部は『また……また、善導騎士団か』と思わずにはいられなかった。


「彼らにおんぶにだっこの状況だけでもプライドはズタズタだと言うのに人質事件で横から見ていろと言われるとは……何とも無力感漂う話だ」


「ですが、最優先は人質の命です。力が無ければ、無いなりに全力を尽くす。警察官ならば、それが当然でしょう」


「だな……狙撃部隊には引き続き監視を。顔からの身元の洗い出しはどうなっている!! ロシア亡命政権と諸島政府の方からの回答は!!」


 次々に響く怒号の如き声。

 喧々諤々と人々は対処に追われていた。


 *


「そう言えば、お名前は何て言うんですか?」

「肝が太ぇなぁ。普通、この状況で訊くかぁ?」


「いえ、でも、こちらも自己紹介していなかったなぁと」



「オレはノヴィコフ。ノヴィコフだ。苗字は無ぇ。正確には知らねぇ、が正解か」


「僕はベルって皆は呼んでます」


 ポップコーンを食べ終わった男がピザを齧りつつ、一行に進展しない状況をじれったく思いながらも東京のシンボルタワー周囲2㎞圏内に入れず、上空から空撮したり、規制線の先からカメラを向ける番組を見ながら、横を向く。


「ベル。では、一幕の間にオレの生い立ちを聞かせてやろう」


「えっと、別に興味無いんですけど……」


「オイオイ。テロリストがわざわざ情報をくれてやるんだぜ? 人質代表としては極めて重要だと思わないかね? ワトソン君」


「ワトソン?」


「……はぁ、ホント、どっから来たんだよ。おめぇ……まぁ、いいわ。田舎もんにも分かり易く話してやるとだな。オレは紛争地域。詳しくは紛争終了後の国の住人だ」


「……紛争、ですか?」


「ああ、旧時代なんてもう言われ始めてるが、15年前のZ発生以前の世界じゃ代理戦争だの紛争だの低強度の危険な戦闘地域がアジアには大量でなぁ。その内の一つでオレは生まれた。ロシア系の親は東方正教会の信者で現地にボランティアしに行って住み着いた変わり種だった」


「宗教の司祭さんですか?」


「まぁ、んなもんだな。で、当然のように両親は死んだ。オレが6歳の頃だ。雪崩れ込んできた政府軍に追い立てられたテロリストさんが、両親の姿を見て、このロシア野郎ってぶっ殺してくれた」


「それはお辛かったですね……」


「ああ、当時のオレはワンワン泣いたよ。だが、銃を向けられてピタリと泣き止んだ。両親に言われてたんだよ。泣いちゃダメな時は絶対泣いちゃダメって」


「………」


「で、オレはキャンプに連れられてって、ロシア野郎の子って蔑まれながら人間爆弾にされたわけだ」


「人間爆弾……爆弾を付けて敵陣に特攻させられたりするんですか?」


「敵陣と来たか。ははは、いやぁ、オレの育てのクソ野郎共は単なるソフトターゲット。教会とか駅とか役所とかにオレを投げ込む手筈だったらしいぜ。だが、オレを使う前に連中は死んだ。ドローンのミサイル一発だったよ。で、オレはその時、地下の寝床兼牢屋だったから助かった」


「運が強かったんですね」


「ああ、強かったよ。小間使いとしても使われてたからな。そん時には11になってた。で、オレは連中が吹き飛んだ後、その後釜に座る事を思い付いたわけだ」


「テロリストになった?」


「そうそう。食ってくのも楽じゃなくてな。人間を撃つのは別に平気な性質だったし、人の死を何とも思わなくなるような素質もあったんだろう。で、このテロ屋が思いの他向いてた」


「天職ですか?」


「だな。政府軍やゲリラ。どちらにも雇われたよ。どちらからも殺されかけたが、オレはビジネスマンでもあったわけで最終的には狙うだけ馬鹿らしい立場になった。仲間に付けりゃ、仕事をする。敵になりゃヤバイ奴だってこったな」


「ふむふむ」


「で、ゾンビさんがワラワラする前には立派なブラックリストに載るくらいのクソヤベェテロリストとして国際的にも知られるようになってた。だが、生憎とオレは大国に向けて攻撃する程馬鹿でも無かった」


「……大国に雇われた?」

「ビンゴォ~~随分と物分かりがいいな」


「いえ、生き残ったのなら、理由があるんだろうな、と思ったので」


「オレは諜報員の伝手でロシアの諜報機関の外郭団体に入った。訓練が終わったのは20歳頃。で、対外的には言えない仕事、低強度紛争地帯で無類の成績を収めたわけだ」


「華麗なる転身とか言い出したり?」


「しますね。はいしますね。人の言葉を取るなよぉ~~」


 男が今度は足元のクーラーボックスからチキンとパンを取り出して齧り始める。


「オレはいつでも損切り出来る狗だったわけだ」


「ゾンビが出て以降は?」

「諜報機関をサクッと抜けたな」

「どうしてですか?」


「ロシアに輸入されたゾンビちゃんとお話したくなかった。オレは確実に人類が負けると踏んだ。だから、ゾンビ発生から2年後には日本に不法滞在してたな」


「此処だけ残ると思ったんですか? この国よりも大陸には凄い軍隊を持ってる国が沢山あったって聞きますけど」


「沢山は無かったが、実戦的な軍隊は山ほどあったさ。だが、負けると思ったね」


「何故?」


「単純な理屈だ。連中は感情主義者で祖国が好きだった。逃げられない戦いは戦いじゃねぇ。自殺っつーんだよ」


「………」


「此処の軍隊もそれは一緒だ。だが、諸島国家が残ると踏んでたし、そもそも米国の庭だ。護るには固い海上要塞としちゃ、此処は一級品だよ。そして、何よりもゾンビ・テロの標的になり難い国際関係が一番の決め手だった」


「敵がゾンビを輸出しようとしたりしなかった、と?」


「ロシアも中国も自分のものにしたいとは思うだろうが、避難先としてだった。ゾンビの脅威を前にしたら核で汚染しても意味が無い場所だ。殆どのゾンビ・テロを起こした連中は憎しみに駆られたら狂信者だったしな」


 少年が調べた限り、日本に結局ゾンビを送り込もうとする国家勢力そのものは存在しなかった。


 歴史的に周辺国と摩擦を抱えていたにも関わらずという点で言えば、そうする理由が無く。


 そうしたところで米国に喧嘩を売るだけであるという事実の裏返しであり、日本国内の対ゾンビの水際阻止が幅広く世界中で真似られていた事からも、不可能だったと結論付ける事が出来る。


「オレの予感は的中。まぁ、元共産圏の皆様には悪いが、人種は残ったから結果オーライだろ」


「なら、貴方もそうすれば良かったのでは?」


「だな。だが、オレは今の今までひっそりこっそり昔の蓄えを食い潰しつつ、東京見物して毎日のように上手いもんを食って、ランニングして、身体鍛えて、幸せな毎日を送ってきたわけだよ。お分かり?」


「……そのままじゃダメだったんですか? 不自由してなさそうですけど」


「言っただろ? 天職で生き甲斐なんだ。ま、そろそろ生きるのにも飽きて来てたし、此処は幸せなテロリストになろうかと思ってな。エ(・ω・)エ」


 どっこらしょとソファーに手を付いて立ち上がった男がションベンと言い出して部屋から出ていく。


 内部には未だ死体が残っていた。


 少年はチラリと被せられたシートに大陸南部式の祈りとして小さく胸に手を当ててからその下にある方陣をじっくりと眺めて過ごした。


「ただいま。で、その死体の下の術が何かは分かったか?」


「いえ、術が何かの事象を増幅してる事しか分かりませんでした」


「さてさて、何を一体増幅してるんでしょうねぇ~~」


 男が再び座り、テレビを見やる。


 食い掛けのチキンを齧り、パンを齧り、コーラを飲み干し。


 自宅のように寛ぐ様はテロを起こしておいて厚かましいどころの話ではなく。

 被害者からしてみれば、憤死しそうな光景だろう。


「おっと、どうやら一幕目のハイライトが来そうだな」


 男が言うと。


 報道各局のヘリが次々に戒厳令下のツリー周辺を映そうと遠方からの最大望遠で周囲を飛び回っていた。


 ツリーの灯りは健在。


 しかし、その周囲にはサーチライトが多数焚かれており、物々しい雰囲気が画面越しにも伝わって来る。


 だが、その内の一台の中継映像が瞬時に途切れた。


 同時に各局のヘリの一台が虚空で爆発する機影を捉え、レポーターとカメラマンの悲鳴とこれから何が起きるのかを悟ってしまった故に緊急不時着しろとの怒号が響き。


 しかし、放送がシャットアウトされるより先に次々に虚空へ爆発光が輝き。


 各局が一斉に放送をしばらくお待ち下さいとのテロップに切り替える。


「……最初から報道のヘリが来る地点に何か仕掛けていたって事ですか?」


「そゆ事。今はドローン技術全盛だぜ?」


 ニヤァッと男がほほ笑む。


「単なるRPGでも自動で打ち上げる方式にしとけば、置いとくだけだ。通信網が使えるなら、従来の端末使えば、何処からでもスイッチは出来るしな」


「どうして報道のヘリを?」

「単なる布石だ」

「布石……」


「是非、推理しておいてくれ。報道のヘリが爆破される理由ってのをな」


 自社の社員が爆殺された。


 このまま報道を続ければ、世間からの風当たりは報道各社にも冷たくなる。


 それを分かっていたかのように地上波ではなく。


 衛星放送やケーブルテレビ系の番組に切り替えた男は各亡命政権独自にチャンネルを次々に回しながら、やっぱり美人アナのいる報道番組を選んで垂れ流した。


 殆どの番組は自国語であるが、同時通訳による日本語の字幕が付く。


 理由は幼年者向け政策の一環だ。


 第二外国語として日本語は必須科目として亡命政権下では子供達は教育されており、アニメ見たさに熱心に学ぶ子供達は多い。


「これでもう日本の報道は沈黙した。政府も好き勝手やれる態勢になったわけだ。どんな手を使ってくるか愉しみだねぇ~~はははは♪」


 クイーンズ・イングリッシュの英国系放送では各局の報道番組が一斉に途切れる寸前の爆破映像が既に地表から撮られたらしく出回っていた。


『日本の報道各社のヘリが撃ち落とされました!! 何て事―――!!』


『軍事アナリストのマークさんにお聞きしたい。この今現在の日本の東京でこんな大規模なテロ行動が可能なのですか?』


 キャスターが専門家に訊ねる。


『信じられない出来事だ。普通に考えればね。だが、思い返して欲しい。我々はこの短い期間の間に信じられない出来事を幾つも体験したはずだ』


『そ、それは……』


『北米への艦隊派遣。Z化した海獣との日米艦隊決戦。その日に起きた超規模暴風圏と異常現象、大規模な怪異達の発生、ゾンビの国内発生、怪異化した人々と戦いながら当人達を集め、彼らをも救い始めた謎の超技術集団の登場……』


『善導騎士団、ですね?』


『そうだ。彼ら善導騎士団が齎した高度な技術による物理法則を超越したかの如き力の数々。M電池やMHペンダント。アレらはあきらかに通常の科学的な見地からは物理法則に反したと思われる効果を発揮している』


『確かに日本全国でもう1800万人以上の人々があの力で救われたと声を上げていて、善導騎士団へ感謝する人々の反響はかなり大きいようですが……』


『それに怪異化した人々は我々の既存知識の中にある単語、魔力と呼ばれるようになった力によって変化したと一部の人々は主張している』


『はい。それは過去の特集でも魔力は在るという答えに落ち着きました』


『考えてもみて欲しい。ゾンビはどうして生まれた? 何故、物理法則を超越して動いている? 魔力……そう、答えは魔力だ。私はそう感じている。魔力を使った力、超常現象、怪異化。これらは全て繋がっているんだ!! 恐らくは政府もコレを知っていた』


『陰陽自衛隊、ですか?』


『そうだ。君達も報道していたじゃないか。富士樹海に続く国道は封鎖され、ゲート内には一部の人間しか入れない。そして、多くの民間人もまた陰陽自衛隊とやらで働いているらしい、と』


『ええ、魔力を使った軍隊。それを日本政府は今急ピッチで建造しているのではと特集しました』


『あの空飛ぶ鯨。ロシア亡命政権側に訊ねても知らぬ存ぜぬと言われた戦略原潜が空を飛んで人々を救っていた事もそうだ。アレがもしも兵器に転用されれば、我々は正しくSFの世界に脚を踏み入れる事になる』


 専門家の言葉にゴクリとキャスターもアナも息を呑んだ。


『ならば、それが単なる軍隊だけのものか。考えれば解るだろう』


『つまり、マークさんは……魔力を使った超技術を使う集団のテロを疑っているのですね?』


『そうだ。もしもテロリストが善導騎士団や陰陽自衛隊のような技術の一部を僅かでも持っているのならば、彼らに既存の常識は通用しない!!』


『何て事……?!!』


 思わずアナが口元を手で覆った。


『あのテロリストに今の警察や自衛隊が対抗出来るとは思えない。善導騎士団製の新型装備を以てしてもね……』


『……善導騎士団そのものが出て来なければ、どうなるか分からないと?』


『逆だよ。出て来なかったならば、どうなるかは分かり切っている、と断言していいと私は思う』


 報道番組はかなり突っ込んだ話に突入していく。

 それにノヴィコフはニヤニヤしている。


「……楽しそうですね」

「言っただろ。人間ドラマだって」


 少年はその言葉にスナックを食べながら報道の行く末を見守る。


 出来る事は限られている。


 常に最善を尽くそうとする事が必ずしも最善であるとは限らない。


 人を助けたければ、やるべき事は戦う事だけではないのだ。


「ちなみに第一幕の終わりは何を以て終わりなんですか?」


「それはその内に解る」


 壁掛けの時計を見た少年が午後9時まで丁度10分を切った事を確認した。


 ノヴィコフは腹も膨れた様子で今はまったりと懐から取り出した甘い香りのする煙草を吹かし始めたのだった。

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