第92話「奇妙で愉快な陰陽自part1」


 ―――陰陽自衛隊富士樹海基地地下病院棟。


「カズマさんはどうですか?」


「ああ、本人は普段通り。おかげ様でもう身体も癒えています。だが、病院の精神医療スタッフからは無理をさせるなと。しばらく、メンタルケアをしながら、鍛える事になるでしょう。出動させるかどうかはその時の状況をこちらで勘案してという事で」


「分かりました」


「後1日安静にさせた後、通常カリキュラムに戻しますので」


 安治が病院棟の椅子に座っていたベルに一礼してから対魔騎士隊の運用に付いて各方面と調整する為の会議へと向かっていく。


 その背中にはいつもよりも少年には余裕が無いように見えた。


「カズマさんは大丈夫でしょうか?」


 ヒューリが本人に会えず。


 お見舞いの花束を医療スタッフに渡して戻って来た後という事で少し不安そうな顔をする。


「本人次第だと思います。でも、僕達は心配してるだけじゃなくて、カズマさんをちゃんとサポート出来るように仕事もしておかないと」


「そう、ですね。まずは自分の事を……ですよね」


「はい。今は戦力の充実と整備、それから連携訓練が急務です。一週間後には善導騎士団東京本部の隷下部隊、通常の陸自部隊や警察の部隊とも合同訓練がありますから、そちらに傾注しましょう」


「まさか、意志のある不死者になってるなんて……これも恐らくはクアドリスの……」


「ええ、恐らく。ですが、今は……彼らのような存在を増やさない事。そして、その手段を開発するのが先です。解析はある程度出来ました。次に来た時に対処は可能です」


「……カズマさん次第という事ですね」


「はい。幸いにしてフィー隊長が東京本部を回してくれているので、こちらには余裕があります。物流も回復して来ましたし、物資も緊急時以外はポケットを経由せずに良くなりました。此処から始めましょう……倒すにしても封印するにしても、きっと僕らの仕事は多いですから」


「……はい」


 二人が通路を通って病棟の入り口から基地地下へと戻る。


 今現在、対魔騎師隊は先日の市街地付近での戦闘状況でいきなり気化弾頭でも投下したような有様を生み出した事から威力が大き過ぎるのではないかと陰陽自衛隊内部で運用基準の策定が急がれていた。


 どのようなケースにどのように出動させて対処するのか。


 更に部隊員の選抜や訓練カリキュラムの本格的な運用は数日中。


 今のところ3000人規模の部隊が陸自から陰陽自衛隊として再編されてはいたが、その内実は未だ陸自そのものであり、魔術に関するアレコレは殆ど動き出していなかった。


『やっと、PXの品も充実してきたな』

『ですねぇ~~』

『でも、魔術関連全然だよな』

『ですねぇ~~』

『なぁ、あの弾丸とか重火器ヤバくね?』


『……(´・ω・`)童貞を殺す下着並みにヤバいと思う』


 ―――【此処がクアドリス様の情報にあった連中の城か。ふむ……この国に来てまだ然程立たぬが、中々の品揃えのようだな……くくくく、いつかこの店舗の全てがクアドリス様と我らのものになるのだな……愉快愉快……ふぅ、それにしても暑過ぎる。この国はもう少し涼しくなるべきだろう。どれ冷やしてやるか。フッ、元来将兵とは冬には勝てぬもの。酷界の極寒を味わい震えるがいい!!】


『ん? 涼しくね? ぁ~~涼しいわ~~PXってこんなに居心地良かったっけ? 騎士ベルディクトには感謝だなぁ……他の連中も呼んで来よ』


 ただ、少年が陰陽自衛隊に卸すスーツ、装甲、兵器に関しては既に配布済みであり、一般部隊は装備に慣れる為、地下訓練施設内での実弾演習などを通じて、少年が産み出した様々な対ゾンビ、対変異者戦用の戦闘プログラムを熟している。


 今まで陸自は実弾演習などは予算の都合から控える向きがあったのだが、陰陽自衛隊に関しては逆に実弾を使わない訓練が殆ど無い。


『え~~戦闘のあった田畑の賠償と保証額が~~~』


『あ、そっちは騎士ベルディクトが田畑を昨日、修繕してお詫びの作物の種を渡して来たって言ってましたよ』


『え、えぇ~~~ようやく見積もり終わったのにぃ(´Д⊂』


『というか、その後に自衛隊宛に感謝のメールが農家さんから届いてました』


『マジか……やるな。ベルきゅん!!』

『それ何処で聞いてきたんですか?』


『え? ああ、海自の友達がね。ベルきゅん可愛いって……』


 ―――【中々に良い設備をしているようではないか。参考ついでに幾つか機密を見せて貰おうか。くくく……読めぬ……汎用翻訳術式など持っておらぬぞ!!? クソ、どうして大陸標準言語で書かれていないのだ!!? しょうがない……数字でも改竄しておいてやろうか……フッ、兵站に異常を来たし!! 苦しむがいい!!! 元来、兵と民など数字には疎いものだからな!!! フゥーハハハハハハハハ―――】


『あ!! 先輩、此処間違ってますよぉ』

『ありゃ? ホントだ。メンゴメンゴ』


『……死語ですよねぇ。というか、主任も間違ってますよぉ?! というか、何かここら辺の書類が間違いだらけじゃありませんか!?』


『んお?! 本当だ。近頃、疲れてたのかなぁ? 大急ぎで直さないと』


 現場の意見の集約や使い易さ、取り回し易さの向上などを目的に幅広く部隊から話を聞いて回る少年はこの数日で多くの隊員達に顔を知られ、また設備に関してアドバイスを貰いながら基地機能を改善しつつ、本格的な各種の業務を軌道に乗せつつあった。


『は~~陰陽自衛隊って農業分野にも進出すんのか?』


『陰陽自畑にようこそ』


『ん? ああ、補給小隊の……で、陰陽自畑って何ぞや?』


『いや~~騎士ベルディクトがもしもの時の為に自給自足分の畑は基地内部に持っておいた方がいいって基地の野外で夏野菜、基地の地下水耕栽培場では色々な季節の野菜を栽培してるんです』


『ほ、ほう?』


『農水省経由で取り寄せた作物の種を魔導で処理して超長期栽培に取り組んでるらしいですよ。春キャベツとか冬キャベツとか10月に出回る果実とか』


『季節感ねぇな。ウチの実家もハウス農家してっけど。このきゅうり一本貰っていい? つーかさぁ、昨日まで無かったよね。畑』


『ええ、まぁ……来た方には何か野菜を上げて味に付いて感想を聞いて欲しいと言われてたので、この井戸水で冷やした方のきゅうりどうぞ』


『井戸、無かったよね? 昨日まで』


『はぁ、そう言われましても、ウチも何が何やらの状態なので……魔術ってスゲーと実感してる最中なんですよコレが……いや、物を動かす程度の術しかないんですけど自分』


『じゃ、一つ……』

『あ、食卓塩かマヨのどっちかどうぞ』

『(バリッ、シャリシャリシャリ―――)』

『どうです?』

『……きゅうりって嘘吐いたな!!』

『え?!』

『コレ、メロンじゃん!!?』


『いや、キュウリですよ? 何でも野菜全体の糖度を上げる研究もしてるとか』


『恐るべし……善導騎士団(。-`ω-)』


『あ、時間だ?! いっけね?! ゴーレム君達~~そろそろ収穫して~~』


『使い魔全自動時代とか……恐るべし、善導騎士団(゚д゚)」


 ―――【ぬ? 丁度、喉が渇いていたのだ。敵の糧食を貪るのもまた一興……(バリボリゴリムシャァアアアアアアアアアアアアア)……どうやら、この世界の野菜は甘味として味わえるもののようだ……やはり、塩味に限るな。此処を攻め落とす時は真っ先に此処を我が領土として確保して貰えるようクアドリス様に願い出よう(バリボリゴリムシャムシャムシャムシャァアアアアアアアアア)】


『アレ? 食卓塩切れてる……まぁ、いいや。後で袋詰めの塩でも買ってこよ』


 自衛隊の基地にあるまじき奇妙な畑でゴーレム達が働て今日と明日の朝の分の食料を採っている間にも奇妙な出来事はそこかしこにと蔓延り始めていた。


 実際畑から離れた一角では既に野外戦闘訓練を行う一団が廃墟街で少年の生み出すゾンビ型ゴーレム相手に動体誘導弾や視線誘導弾を用い実弾訓練をしている。


『200m先の小隊をその場から援護せよ』

『ゑ( ゚Д゚)?』

『角の先にいるんだが……(=_=)』


『動体誘導弾は映像や画像で相手を見分けてるわけじゃないつってたろ』


『ああ、此処から撃てば、勝手に曲がって当たる、と』


『ついでに弾丸は進行方向に対して45°までは即時曲がる、だ。斉射!!』


 ―――【フゥ……腹拵えは終わった。ぬ? 誘導術式の乘った弾丸か……速度はまぁまぁだな。敵兵器の現品として頂いていこう。あの本の蟲に頼めば、仕組みも分かろう。ぬ?! 次から次へと!? 何故、追い掛けて来るのだ!? 魔力は遮断しているのだぞ!? クソ?! パチパチ当たって痒いではないか!? ああ、痒い痒い!? クソ!? 此処は退却だ!!?】


『隊長!! 援護出来てませんよぉ!! 部隊が全滅したって!! 何処に向かって撃ってるんだってあっちの班がカンカンですよぉ!!』


『何ぃ? 不良品か? ん~~新兵器の哀しい性というやつか。取り敢えず、後で報告せんとな』


 他にもアスレチック染みた極めて肉体を酷使する挙句に魔術を使わないと即ツルッツルの塗料塗られまくりで落ちまくりのロック・クライミング用岩壁やら、衣服を着たまま飛び込んで対岸まで泳ぎ切ららないとならない体力を限界まで喰らうスライム沼やら、延々と偽の蟻地獄(比喩表現無し)が牙でペイントして足を斬り取り判定しようとする砂場だの……少し見てみれば、『ん?』という顔になりそうな訓練が目白押しだ。


 その殆どが現代戦からは程遠いような状況ばかり。


 だが、バランス感覚を養う為とか。

 大陸派遣時のサバイバル訓練の代わりとか。


 適当な事を言われて放り込まれた人員の大半は微妙に何の訓練なのだろうとは思っていても、それを淡々と熟している。


 ヒューリは一度東京本部へと戻り、変異、覚醒した人々に対応する業務へ。


 少年は朝から走り込んでいたルカと悠音、明日輝を基地に幾つかあるグラウンドの端で待っていた。


「お疲れ様です。皆さん」

「あ、ベル君」

「ぁ~~ぅ~~」

「はぁはぁはぁ」


 さすがに陸自で鍛え込まれたルカとは違い。

 姉妹はどちらもバテバテであった。


「はい。どうぞ」


 二人にスポーツドリンクの入ったボトルを渡した少年が屋根のあるベンチに三人を座らせる。


「ルカさん。お二人の体力はどうですか?」

「うん。鍛えれば、それなりになりそうかな」

「ル、ルカさん……汗しか掻いてない……」


「そ、そうですね。さすがに陸自で鍛えていた人は違うみたいです」


 悠音と明日輝がボトルをグイッと一飲みしてから、タオルで汗を拭ってルカを少し尊敬した様子で見つめた。


「基本的に善導騎士団も資本は身体でしたから。お二人には無理にならない程度に鍛えて頂いて、まずは体力と持久力を付けてもらいます。ルカさんも今よりも持久力を高めて貰いたいので、今後もある程度は体力トレーニングはして貰います」


「分かった。カズマは?」

「もう少しで退院だそうです」

「そう……」


 姉妹達も何と言っていいのか分からず、沈黙した。


「僕達は僕達に出来る事をしましょう。カズマさんもトレーニングはしますが、恐らく皆さんとは別のカリキュラムになるでしょうから」


「そうなの?」


「ええ、カズマさんに必要なのは瞬間的な判断能力や瞬発力です」


「ボクと逆? でも、カズマの方が持久戦が出来るって話だったはずだけど」


「ああ、それは得意なフィールドが違うからです」

「ふぃーるど?」


 悠音が首を傾げる。


「対ゾンビ、対変異者戦闘は市街地戦程に長引く傾向にあるんです。逆にカズマさんが投入されて力を発揮出来るのは野戦……先日の力を見れば、皆さんにも分かりますよね?」


 カズマが産み出した巨大な破壊の爪痕。


 それが単独個人の能力によって出来たとは誰も到底考えないだろう。


 事実上、少年が早急に破壊痕を修繕という名目で現地から消去った為、カズマの能力に関しては陰陽自衛隊内でも本当の意味で危険視、問題視されるような事にはなっていない。


 事実上、陰陽自衛隊の候補者から、それも子供から裏切り者が出た、拉致改造された、なんて話も日本政府は断固としてダンマリを決め込むしかなかったのでそこら辺は内部でも知っているのは極少数だった。


「つまり、相手を殲滅して短期間で決着を付けるか。長時間、市街地で戦うかって事?」


「そういう事です」


 ルカにベルが頷く。


「私達は?」


 悠音が訊ねる。


「お二人は単純に体力が足りません。何処で戦うか。戦えるかも全て発展途上ですから、体力作りの後の座学もお二人には基礎の基礎からお教えします。ルカさんはカリキュラムに沿ってこちらで用意した教科書を使用しての自習ですね」


「ようやく座学が始まるんですね」


 明日輝が今まで走り込みや屋内での水泳ばかりだった為、少し嬉しそうに笑む。


「ルカさんくらいになると自分の戦闘スタイルは分かってるし、必要な材料は全て提供も可能です。善導騎士団の基本技能の習得が終わった時点からクローディオさんの教導隊での指導を受けてもらう事になるかと」


「クローディオ? あの人が僕の……うん。分かった」


「僕は……ルカさんが教導隊クラスの技能を手に入れれば、本当の意味で騎士と渡り合える人材になれると思ってます」


「……ボクが黙示録の四騎士と……」


「勿論、一人じゃ絶対勝てませんけど。武装や戦術、連携を組み立てて戦えば、負けないはずです。カズマさんが対魔騎師隊の最大火力で矛とするなら、ルカさんは盾と同時に頭脳でもありますし、早めに戦術に対する見識を深めるべきでしょう」


「ボクが盾であり、頭脳……」


「カズマさんの二倍仕事がある以上、大変ですが……これから受け入れる事になる後輩に対してもルカさんが指示する立場になると思いますから……頑張って色々覚えて下さい。騎士に対抗出来るかどうかは其処から積み上げたもの次第だと思います」


「うん。じゃあ、もう一っ走りしてくる」


「切りの良いところで今日は切り上げて自室で待っていて下さい。今日から延期になっていた追体験型の学習カリキュラムを始めますから。ルカさんの能力の計測結果とかちょっと見てたんですが、色々試したい事があって。もしかしたら更に強くなれるかもしれません」


「分かった。楽しみにしておくよ」


 ルカが頷いて三人を置いて走り込みを始める。


 それを見ていた姉妹はルカの様子に凄い先輩だなという感想を持ったらしく。


 少しだけ尊敬の色を瞳に浮かべていた。


「お二人はシャワーを浴びたら、着替えて善導騎士団の区画にある僕のラボの方へ」


「は~い」

「はい」


 少年は姉妹を伴って基地内部へ。


 こうして陰陽自衛隊及び騎士見習い二人組の戦力化が始まる。


 *


 ―――悠音&明日輝戦力化プラン1


 姉妹が善導騎士団が所有する地下区画へと入った時、内部には当事者達は殆どいなかった。


 東京本部から来ていた2名の女性騎士達が陰陽自衛隊所属の女性自衛官や後方任務の自衛官達を前にして魔力電池やMHペンダント、治癒術式の講習を受けさせていたくらいである。


 彼らの後ろを通ってベルの個人所有区画へと入った二人はシスコやロス、東京本部にも置いてある少年が使う用の研究室とほぼ同じものを前にしてキョロキョロと物珍しそうに金属資源山盛りの壁際の棚やガンルームのように大量のカラフルな重火器が掛けてある一角までやってきた。


「あ、ベル」

「お二人とも来たんですね。こちらです」

「お邪魔します」


 二人が少年の座る椅子の横に置かれたクルクル回るフカフカな椅子に腰掛ける。


「おお?! 凄いフカフカ!? お姉様も座ってみて!!」

「あ、本当です。物凄く良い椅子ですね。コレ」


「何か日本政府側から送られて来たんですけど、恐らく、僕とヒューリさん、クローディオさん、フィー隊長の分なんだと思います」


「え? 座っちゃっていいの?」


 さすがにちょっと悪い気がしたらしい悠音が椅子から降りようとしたが、片手を前に出されて留められる。


「そのままでどうぞ。別に指定席というわけでもないので。では、さっそくお二人の騎士見習いとしての適正を詰めていきたいと思います。コレを」


 少年がザッと二人に今までのデータから少年が出した評価を提示する。


「うわ、細か?!」


「ほ、本当に……筋力や身長どころか。な、内臓の強度とか、特定の動作時の評価まで何か物凄く書き込まれてるんですけど、これって……」


「あ、はい。お二人には僕が特別カリキュラムを組んだので、観測出来る限りの情報からお二人の評価をキッチリ作りました」


「「………(・ω・)」」


「あの、どうかしましたか?」

「い、いえ、ちょっと……その……」


 明日輝が言い淀む。


「?」

「ねぇ。ベルって……数学とか好きなタイプ?」


「いえ、別にそういう事は……術師の嗜みとして暗算とかはかなりやりますけど」


 悠音に聞かれて、少年が首を傾げた。


 二人が渡された10枚にもなる自分の資料を見て、殆ど自分達の身体を丸裸にしたような密度の細かい文字に頭痛を覚えた。


「わ、私達にも分かり易く教えて頂けませんか? ベルディクトさん」


「あ、はい」


 明日輝の言葉に難し過ぎたらしいと少年が内心で二人の評価を完結に纏める。


「ええと、昨日お話しましたが、ガリオス王家の秘密である魔王の血統としては恐らくヒューリさんに並ぶものがあります」


「魔王……って、こっちじゃゲームくらいしか聞かない名前よね」


「ええ、まぁ、そうですね。魔王みたいな人って言うのも中々聞きませんし」


 二人が揃っておなじような感想を口にした。


「こちらの大陸での魔王というのは単純に言えば、大陸に降臨する魔族の取り纏め役です。魔族達の世界、酷界と呼ばれる場所から攻めて来る時に使われる尊称みたいなものです。なので、基本的に能力を全開にすれば、小さな国から中規模の国くらいな一夜で灰に出来ます」


「灰って……」

「そ、そんなに強いんですか?」


「ええ、まぁ、基本的に低位神格や中位神格と同等。中には高位や主神クラスの神格と戦えるくらいの人もいたそうですし」


「「………」」


「お二人もヒューリさんと同じでそういう方の血を引いてるんです。なので、魔力を伸ばすカリキュラムは慎重に行わないと自滅してしまうかもしれません」


「じ、自滅?」


 悠音がビクリとする。


「大丈夫ですよ。お二人用にそういう事にならないよう、色々と用意はありますから。それで、ですが……お二人がご両親から習った魔術に付いて聞いてもいいですか?」


「え、ええ、それは構いません」


 二人が自分達が教えられた魔術の内容を細かく少年に教えていく。


「……術式を組む時の基礎方式は【秘儀文字アルカナ】を用いる大陸の極々一般的な魔術体系ですね。大陸中央の旧い方式ですが、魔導普及前の一般的なものですし、安全性も高いのでコレは変える必要もありません。ただ、教えられた魔術とお二人の資質は少し考えないと」


「どういう事ですか?」


「明日輝さんは特に資質として魔術体系的には精霊魔術特化型……僕やフィー隊長もあまり詳しくない代物に偏って先鋭化してます。魂魄内の内在魔力量が極めて高くて純粋波動魔力への親和性も特優、更に魔力の精霊への変質まで殆ど意識せず行えるのは稀有な才能です」


「ほ、褒められてますか?」


「ええ、明日輝さんはとりあえず妖精さんを扱わせたら凄そうという事です」


「お姉様いいなぁ~」


 悠音が妖精さんという言葉に何処か羨ましそうな顔をする。


「でも、悠音さんはそれに輪を掛けて凄いですよ」


「え? そうなの!!」


 目を輝かせた少女が自分にはどんな才能が眠っているのとワクワクした様子になる。


「悠音さんは、詳しくは空間制御魔術に関しての資質が極めて高いです。恐らく僕らの大陸でも大魔術師クラスになれる可能性があります」


「それってフィクシーさんと同じって事?」

「ええ、そういう事です」

「お姉様。凄いって!!」


 悠音が姉に満面の笑みを浮かべた。


「良かったですね。悠音……それでその何とか結界というのはどういう魔術なんですか?」


「お二人に僕が取り込まれていた時の事、覚えてますか?」


「「え?」」


 二人が思わずハモって、僅かに顔を朱くしてからコクリと頷く。


「アレはお二人の魔術が融合した結果だったんです」


「私達の魔術が―――」

「ユーゴー?」


「はい。僕の魔導の空間制御術式を基礎にして明日輝さんの魔力が術式を精霊化して自動的に運行し、更に悠音さんの世界を創る結界があの広大な世界を生み出していた。お二人の記憶から生み出されたアレは現実に極めて近しい性質がありました。僕も外部に使い魔がいなかったら、恐らく抜け出せなかったはずです」


 少年が二人の顔を見つめる。


「悠音さんは僕と同じ魔導師としての道を歩むのが恐らく自分の資質を最も生かせるはずです。明日輝さんは、精霊魔術の高度化なんかを用いれば、僕やフィー隊長よりも汎用性の高い戦闘スタイルを構築可能なはずです」


「良かったね。お姉様!!」

「はい。二人で頑張りましょう」


 姉妹が互いに頷くのを見て、少年がそっと己が使っている魔術具の複製。


 指輪を二つ掌に載せて差し出す。


「お二人とも基礎的な物を動かす動魔術、幻影を生み出す純粋波動魔力による幻影魔術、魔力による再生を促す治癒魔術、魔力励起後の制御による人体強化魔術に関しては計測や解析結果からも合格ラインです。なので、これを」


「結婚指輪?」

「こら悠音!?」


 茶化した妹を姉が叱る。


「どうぞ。お二人の術師としての門出に僕から送らせて貰う魔導の汎用式が入った空間制御用の魔術具です。いつも僕が使ってる空間を超えてモノを取り出す術式はコレが無いと極めて煩雑な手順がいるので、お二人にはとしてお渡ししておきます」


 その言葉に2人が思わず真面目な顔になって、そっとソレを受け取る。


「僕らの大陸での魔術師と魔導師は似て非なる者ですが、限界まで極めた二つはほぼ同じものです。これからお二人にはフィー隊長とヒューリさんからは魔術を、僕からはお二人とは違う魔術と魔導をお教えします。そして、ある程度の術師となった時点でクローディオさん。騎士団の一番凄い人に戦い方を教えて貰いましょう」


「それが終わったら実戦、ですか?」


 明日輝に少年が首を横に振る。


「いえ、僕と一緒に現場には出て貰います。その代わり、必ず後方での支援任務になりますが、絶対安全じゃありません。お二人用のあの装甲は今後、対騎士戦闘時に航空戦力として開発したもので……主戦場が空に移った場合はメイン戦力として運用されます。意味が分かりますか?」


 少年の問いにはさすがの二人もゴクリと唾を呑み込んで頷く。


「あたし達が……その……ゾンビ達の親玉って言われてるモノと戦うって事?」


「はい。お二人以外にもあの装甲を使えるように量産はしますが、恐らくアレを使って騎士と対等以上に戦えるのは魔力量から言って、今のところヒューリさん、僕、フィー隊長、片世准尉だけです。お二人もその範囲ですが、とにかく経験も体力も魔術のノウハウも全て足りません」


 少女達は……確かに堅く決意した瞳を向ける。


 それに少年が僅か笑んだ。


「指輪を嵌めたら、お二人はもう立派に魔術師と魔導師の卵……僕も半人前ですが、手加減は出来ません。お二人の命の事ですから……いいですか?」


 コクリと二人が頷いて、そっと指輪を薬指ではなく……中指に嵌めた。


「では、これより第一回目の勉強を始めましょう。まずは今お二人に出来る攻撃、防御、支援用の術式及び使い方をレクチャーします」


「「よろしくお願いします!!」」


「はい。あ、それとコレからお二人を鍛える為、常時術式を奔らせて魔力基礎運用の熟達を促す方式をお伝えしますね。これは可能ならば、寝ている時もやっているのが望ましいんですが、まずは日常生活で寝る時、非常時以外全ての状況で行って下さい」


「な、何か修行っぽいの来たわ!!?」

「そ、そうですね!!」


 姉妹が一体、何をさせられるんだろうと拳を胸の前で握って期待した瞳を向ける。


「では、まず明日輝さん」

「は、はい!!」


「明日輝さんは魔力の精霊化を用いて……自分と悠音さんをこちらで言う17歳くらいの外見で永続的に固定化して下さい」


「変身ってやつ? あの時は凄く綺麗だったし、あたしも期待しちゃう♪」


「わ、分かりました!!」


「ただし、高度な精霊魔術、魔力の精霊化と制御は時間経過で高度になる精霊をしっかりと自分の影響下に出来なければ、夢の最後の時のように自分の意志に反した行動を行い始める可能性があります」


「そ、それって……」


 夢の中で己の意志に反して相手を攻撃し始めた世界。


 そう、世界そのものが精霊だったからこそ起こった少年への攻撃を思い出して、少女が僅かに顔を強張らせる。


「基本的に精霊は生き物です……明日輝さんの魔力そのものがもう今の時点でも明日輝さん本人の半身……精霊化した人格みたいなものでもあります。そちらに引っ張られないようにしながら、己の魔力を己で完全に制御する。そして、同時に術式を他人に施す。これを安定した状態で永続させられるようになれば、その時点で並みの術師としては合格ラインでしょう」


「お姉様なら出来るわよ。だって、あの頃のお姉様、本当に理想のお姉様って感じだったもの……」


 妹の信頼を前にして明日輝がグッと拳を握って頷く。


「では、さっそくやってみましょう。自身の魔力の精霊化と同時にそれを纏う事は新しい肉体を得るに等しいものです。本来ならば、極めて高度な代物ですが……精霊は自身を高度化する上、明日輝さんの資質も相まって難しくはないはずです」


 少女が己の内側に沈む術式。

 肉体に刻まれた情報を意識する


「お二人のお父さんが施した刻印も半自動化した精霊魔術における書庫のようなものですから、処理工程は幾らか肩代わりしてくれるはずです」


 少年が解説しながら、少女の背中に手を当てた。


「この魔術はソレだけでも大きな鎧や剣を装備しているに等しい状態になります。魔力の制御は精霊化した魔力自身も担ってくれますから、恒常的な精霊化憑依による外見の変貌は―――」


 必要な術式が肉体から浮かび上がり、明日輝が少年の言葉を遠くに聞きながらもしっかりと日常生活で最も必要だった魔術。


 大人になる為の言霊を発する。


「―――【聖霊憑依纏鎧スピリトゥス・アルマトゥナ】」


 少女の周囲に紫黒の魔力が立ち昇っていく。


 それは転化光を肉体に集束させながら、ゆっくりと足先より肉体に重なるようにして集積され、急激に実体化した。


 集積完了後の余剰魔力がボムンと周辺の空気から血肉の形成時に使った余分な水を熱量と共に水蒸気として排出して散る。


 煙の中から現れたのは正しく少年が初めて見た極めて豊満な胸部を持つお姉さん属性な明日輝の姿に他ならなかった。


 ビリッ。


「え?」

「あ?! ッッ!?!」


 思わず明日輝が恥ずかし気に顔を朱く染て、声にならない様子で胸元を押さえる。


 今現在、少女はジャージであった。


 しかし、当然ながら、元の体系にあったものを着込んでいた。


 ビリリッッ。


「ひぁ?!」


 思わず声を出した少女は無理やりに幼い頃の衣服を着せられていたような状態でジャージの胸元と股間周囲が思い切り破れて。


「お姉様?! ああ、そうよね。理想のお姉様ってグラビア・アイドルより凄いものね……それにしても……お姉様……その胸は盛り過ぎな気が……J……いや、K近いか。それよりも……ぅ~~ん。身長も180より高いから良いとは思うけど。さすがに……」


 緊急時であまり気にしていなかったが、よく考えてみれば、過剰と言われても仕方ないような豊満な胸部やしっかりと女性らしい臀部を前に悠音が素に戻る。


「ち、違いますぅ~~!!? 別に意識してこうしてるわけじゃないんですよぉ~~!?」


 涙目で身体を抱く少女に少年が外套をバサリと掛ける。


「す、済みません。此処まで考えてませんでした。それと恐らく大きくなった時に同じように成長するはずなので盛ってませんよ。明日輝さんは」


「そ、そうなの?」


 悠音が思わず訊ねる。


「はい。将来的な姿を先取りしてるだけのはずなので。基本的に自分で弄ろうと意識しない限りは意識した年齢 に即したものになるはずです」


「へ、へぇ~~お姉様、羨ましい……」

「何処を見て行ってるんですか!?」


 妹のゴクリと唾を呑み込んで自分の胸を凝視する姿に姉は紅くなって喚いた。


「今、着る物を出しますから、あっちの衝立の方で着替えて来て下さい」


 少年が体系にあったスーツを懐からサラリと取り出して渡すと。


 シュタタタッと猫の如く俊敏に明日輝が部屋の片隅に消えていく。


「後でお姉様みたいになれるのかな……楽しみ……それでベル。あたしは何をすればいいの?」


「はい。悠音さんにはコレを」

「?」


 少年が少女に手渡したのは小さな内部に何も入っていない硝子の玉だった。


「ビー玉?」


「それが何かは分かりませんけど、まずは持って見て下さい」


 少年に言われて受け取った硝子玉を少女が指先で摘まんで見つめる。


「空間制御魔術は極めて高度な数十万行から数百万行単位、大魔術になれば、それこそ数千万行から一億以上の処理工程が必要になる時間と手間の掛かる魔術です」


「へ、へぇ(汗)」


「でも、術式単位では殆ど僕らの大陸でも魔導においてすら機密が多いんです。それに資質があって、実用に足る程の人も殆どいません」


「ほ、ほぉ?」


「高度な術師になれば、術式を圧縮したり、自動化したりして対処しますし、洗練された空間制御魔術師は不死者よりも不死身と言われる程の防御力と世界を破壊する程の攻撃力を有します」


「ふ、ふぅ~ん?」


 何やら壮大な話を言われている気がしたものの。


 中身が基本日本人少女である悠音にはさっぱりであった。


「悠音さんは空間制御魔術内の一系統である、世界を生み出す魔術の資質があります」


「世界を……生み出す……」


 今までの小難しい言葉よりもスッと少女の胸にその言葉が入って来る。


「あらゆる定義、法則を自在に設定可能な領域を生み出す空間創世結界が属する空間制御魔術体系は大陸でなら……神に等しい存在、というのとほぼ同義です」


「か、神?」


「悠音さんの努力次第ですけど、汎用性無限大です。ただし、魔力を極めて消費する上、時空間内に新しい世界を生み出すという状況なので維持するのは極めて難しいです。でも、例え1cm四方の世界だとしても永続的に固定化したならば……」


「したならば?」


「その世界の中でなら、悠音さんは神様にだって為れます」


「………神様?」


 呆然とする程に悠音……ユーネリアの内部にはその言葉がズシリと重く。


 しかし、確かな実感として感じられた。

 あの夢の世界で少女はそう願った。

 そう、いつまでも幸せなまま暮らしたかった。


 例え、自分が死んだ事が覆らなくても……その時、彼女は確かにあの世界の中でならば、己は生きていけるのだと確信していた。


「本当の意味での神様です。空間創世結界内は全て使用者当人の設定で動かせる世界。だから、あらゆる事象をその世界の中でならば、可能に出来る……」


「そうなんだ……」


「ですが、何もかもが可能になるかどうかは神様である悠音さんの力量次第です。この世界を形作る沢山の法則や事象の結果、あらゆる物事が定義付けられているから存在している。もし、この宇宙と同じものをその硝子玉の中に作るなら、無限に近い情報と入力時間と魔力が必要です。それを永遠に続ける為の寿命だって必要でしょう……僕の言いたい事が分かりますか?」


 少年の瞳に彼女は理解する。

 何が自分に必要なのかを。


「……あたしはどれも持ってない」


「はい。だから、悠音さんが現実的に短期間で可能なのは悠音さんが創れるだけの世界です。勉強して下さい。色々な事を見て知って聞いて体験しましょう。悠音さんがそうして成長すれば、創れる世界はより複雑になり、再現出来るモノは増え、やりたい事がやれるようになるはずです」


「立派な神様になるには努力しろって事?」

「はい」


 少年が断じる。


 それ以外に少女の力を本当の意味で開花させる道はないと。


 そして、その道にあるのは限りなくただ己で積み上げたものでしか生み出せない代物だと。


「あたし、頑張るわ。ベル……」


「そうして下さい。悠音さんなら出来ますよ。きっと……」


 少年が悠音の頭を撫でた。


「……ベルってユーヤとは違う……ユーヤはこういう時、撫でたりしなかったもの……でも、ベルにこうしてもらうの……あたしは嬉しいわよ」


 ニコリと少女が微笑む。


「い、嫌になったら言って下さい」


 思わず手を引っ込めた少年がその微笑みに少し赤くなった。


「さ、さすがにソレだけだと持ち運ぶのに困ると思うので」


 少年が再び硝子玉を受け取ってからポケットに沈め、すぐにまた引き出す。

 今度はその手に紅の紐に編み込まれたネックレス状の硝子玉が付いていた。


「コレって……」


「贈ったモノが無くなっちゃうのは寂しかったので。悠音さんはまずコレに日常的に魔力を込めて結界を創る為に溜めて下さい。一週間後に訓練開始です」


 それは夢の祭りで少年が悠音に送った鈴付きのネックレスに似ていた。


「あ、ありがとう。ベル!!」

「いえ、それとコレも」


 少年が狐面を少女の前に差し出す。


「紐じゃなくて魔力でくっ付く仕様なので身体の何処にでも付けられるようにしました。色々と機能を付けてスーツのバイザーと同等以上にしましたから、日常的に持ち歩いてくれれば……」


「ッ―――」


 少年の身体にギュッと少女が抱き着く。


「……本当にありがとう……」

「じぃ~~~|ω・)」


「「?!」」


 さすがにすっかり着替え終わって戻って来た明日輝がジト目で二人を見ていた。


「あ、お、お姉様。もう着替え終わったの?」

「はい。とっくの昔に着替え終わりましたよ」


「明日輝さん。それじゃあ、ええと、悠音さんにも同じようにしてあげて下さい」


「分かりました……悠音、お姉ちゃんはそういう事には寛容な方なので……その時が来たら、行って下さいね。私も覚悟を決めてちゃ、ちゃんと責任を取ろうと思うので」


 微妙に赤い顔で明日輝がそう言うと意味が理解出来たのか。


 悠音も赤くなった。


「あ、あの~~」


「はい。悠音も私と同じようにすればいいんですよね?」


「は、はい。よ、よろしくお願いします」


 何故かベルがそう言って、微妙な空気の中、再び少女が妹の前に立って同じように相手の魔力を精霊化し、その肉体へと纏わせていく。


 今度は紅黒の魔力が姉に良く似てすぐに少女の周囲に集積されていき。


 ボムンと煙が吹き上がった後。


 そこから出て来たのは―――。


「え?」

「エ?」

「ゑ?」


 少年少女達の驚いた声が陰陽自衛隊基地内に響いたのだった。

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