第86話「砕けた命」
昔々、あるところに古の王国がありました。
彼らは王様を一番偉い人として崇め、騎士達は皆強く、国民は精強で他の国々より大きな領土を持っていました。
でも、ある時。
彼らは知ってしまうのです。
ああ、本当に強いとはどういう事なのか。
神様すら超える軍隊を前に人々は王様を偉い人から降ろす事に決めました。
お姫様は嘆きます。
『ああ、祖国よ。永遠なれ』
国民も嘆きます。
『ああ、祖国よ。永遠なれ』
王様だけは嘆けませんでした。
『これで王国も終わりか……』
幸いにも神滅ぼせし軍隊は極めて善良な人々でした。
人々にパンを配り、仕事を教え、善の道を説いて、世界を救う。
そんな七人の聖女様に率いられていたからです。
やがて、時が過ぎ去り。
世界に暗雲が立ち込めました。
元王様は考えます。
このままでは民に災厄が降りかかるかもしれない。
その決意で王様はお姫様の孫娘を……王女様を女王にする事を考え付きます。
しかし、もう国民は嘆きませんでした。
「王様はもう要らない」
王国は何も変わらず。
王様の一族は捕らえられ、牢獄に繋がれてしまいます。
そして、お姫様の娘は死に……王女様だけが騎士に連れ去られてしまいましたとさ。
―――めでたしめでたし。
「お姉様。王女様はどうなったの?」
古びれたお手製の絵本
「さて、どうなっちゃったんでしょうか……でも、何処かで生きているのかもしれません……私達が生きているように……地獄を這うようにして……」
「………」
単身者用や家族用のスペースの内、2人用のものを使うのは家族や恋人達。
狭いスペースはまるで刑務所を思わせるが、その扉はパンデミック防止の為、極めて頑丈な隔壁。
二人用の寝台の上。
パソコンとラジオが備え付けられたテーブルを横に十代後半の少女とまだ10歳にも満たないだろう少女が絵本を見つめていた。
小さな少女も大きな少女も金糸のように滑らかで膝まで届くような金髪。
日本人離れした整った顔立ちよりも先に彼女達の瞳の方が人目を引くだろう。
トパーズ色をした黄昏時を思わせる黄金の瞳。
だが、彼女達は左右で色が違う。
姉だろう高校生くらいの少女は左が深い紫色に染まり、妹だろう少女は右が深い黄昏色に染まっている。
虹彩の異常は往々にして肉体の遺伝子の異常であり、生物学的には何かしらの脆弱な部分を抱える個体に多い。
しかし、姉妹は線こそ細いが健康そうな肢体を夏の暑さを凌ぐように白いノースリーブのワンピース姿であった。
「あたし……怖い……」
良く似ている姉妹。
しかし、妹は常ならば吊り上がり気味で負けん気の強そうな顔を気弱にして姉の胸に埋まる。
「大丈夫、
「……お父様もお母様も……もういない……っ……」
豊満な胸で優しく受け止めた柔和で優し気な笑みの姉は背の高さもあって、妹を優しく撫ぜる。
「お父様は私達にこの容姿と大いなる遺産を。お母様は日々の思い出と沢山の愛情を残してくれました。私達は生きましょう……例え、そこが地獄でも……誰が私達を虐げても……」
「……ごめんなさい……お姉様だって辛いのに……」
「いいんですよ……いつ滅びるか分からない世の中なら、せめて悔いのないように生きたい……そう言ってたじゃないですか。あの人も……」
唇を噛み締めて、妹……悠音と呼ばれた少女は涙を堪えた。
「また、みんなでご飯食べたかったな……」
「ええ」
「あいつもきっとそうだったよね。お姉様……」
「ええ」
「今度……お料理教えて……」
「もちろんです。可愛い妹の頼みですから」
今度こそ強く頷いて、少女がキュッと姉の手に手を重ねた。
絵本が閉じられ。
大切そうに傍にある二人分の黒革のバッグに仕舞い込まれそうになった時だった。
ダガンッ。
「「?!!」」
そう大きく鋼鉄製の隔壁が響いた。
思わず息を止めた二人が寄り添い。
姉がすぐ横のスイッチを切る。
電灯が途絶えた。
「「………」」
息を殺して二人が隔壁を見つめる。
だが、間違いではなかった。
ダガンッ、と。
再び隔壁が叩かれた。
「―――ッ」
「お姉様……ッ」
「大丈夫です。大丈夫ですから」
震える妹を必死に抱き締めて、額から流れる汗も拭わず。
姉は隔壁を睨み付ける。
「もしもとなれば、此処を抜けて逃げ出しましょう。靴を履いて? さぁ」
二人が土足の室内でスニーカーを履いた時だった。
ドガンッ、と隔壁が明らかに凹んだ。
「「ッ」」
普通のゾンビならば、決してそんな事が有り得るような強度のものではない。
しかし、扉よりも先にその隔壁周囲の接合された壁そのものが罅割れていた。
先程までバックに入れていた絵本が取り出され、悠音と呼ばれた少女に手渡される。
「何があっても、きっとコレが護ってくれるはずです」
「ぅん……」
隔壁が極大の衝撃に初めて壁から内側に向けてめり込み、その壁との隙間から獣のような息遣いが多数聞えて来た。
妹を後ろに庇い。
姉は一人立ち向かう。
その手には小さなカメオが握られていて。
その巨大な衝撃で終に内側へと隔壁が破壊された。
土埃の中から出て来たのは乳白色の肉体と巨大な腕を持つ蟲のような乱杭歯の人型。
「ひ―――ッ?!!」
「聖痕よ。我が眼前の敵を退ける一助となれ。共に歩く精霊と巫女の名に因り、その
ベキョッとシェルター内部の周辺区画がその巨大な圧力に負けて動き出し。
ボグッといきなり培養ゾンビを押し潰した。
それと同時に彼女達の背後の壁に亀裂が入り、脱出口が開く。
「走りますよ!!」
「は、はい!!」
少女達が逃げ出す。
その壁の向こうは塀となっていたが、その間にまで亀裂が入っている。
彼女達の背後。
シェルターからは悲鳴が聞こえていた。
だが、彼女は振り返らない。
逃げるのに必死な妹の手を離さず。
ただ、生き残る為にその街中の街路をすぐに奔り抜け、雑居ビルの内部を駆け上がる。
「!!」
彼女が妹と共に息を切らしながらとにかく階段を昇る。
普通のゾンビは意味も無く階段を昇らない。
すぐに身を隠せば、追跡は受けないはずだと防災訓練で彼女達は習っていた。
走り込んだ屋上の扉は内側から開いていた。
コレ幸いにと背後の防火用の扉を人力で何とか開いて道を塞ぎ。
彼女達は屋上の簡易倉庫らしきプレハブに逃げ込む。
鍵は開いていた。
窓も開いており、空が見える。
もう夕暮れ時。
しかし、その黄昏時の街には煙が幾つか棚引いていた。
「お姉様……街が……」
「必ず、護りますから。必ず……」
これから、どれだけの時間を過ごさねばならないか分からない。
しかし、彼女達が抱き合う間も煙の数は増え続け、火の手が雑居ビルの屋上から見えていた。
その二人の身体が薄ぼんやりと光る。
何処か優し気な燐光が二人の周囲を舞い。
その下腹部から胴体背中と太ももまでを艶やかに彩る。
「ご飯、食べそびれちゃいまいたね」
「え?」
「明日になったらビルの中を見てみましょう」
「ぅ、ぅん」
二人がこの中でも何とか互いに支え合うように笑みを浮かべた時。
彼女達の時間を引き裂くかのように無常の打撃音が屋上に響く。
「「!!?」」
そして、すぐにバカァアアアアッと防火扉が破壊された。
そしえ、ズシズシとした足音が複数。
そう複数体迫って来る。
「……悠音、私が時間を稼ぎます。引き付けている間にビルの下にダイブして下さい。着地の方法は分かりますね?」
「ダメ!? お姉様ぁ!?」
その言葉に何を考えているのか分かってしまった少女が涙声で首を横に振る。
「大丈夫ですよ。私、こう見えても悠音のお姉さんですから……」
汗を浮かべながら、震えながら言う姉を見て、終にポロポロと涙を零した少女だったが……姉は一度だけ軽く抱き締め、先に扉から飛び出して数体の同型のゾンビの姿を確認する。
「早く行って下さい!! お願いだから、私の命を無駄にしないで下さい!!」
「―――ッ!!!」
妹が走り出す。
姉に背を向けて、ビルの下へ。
彼女には逃げる術があった。
その為の訓練も積んでいた。
しかし、それよりも早く―――ビルの真下に陣取っていた大量の触手を纏い、四つ足で歩行するゾンビが壁を昇る方が早かった。
「きゃぁああぁああぁあああッッッ!??」
「悠音?!!」
思わず振り返った姉が見る。
見てしまう。
赤黒い触手が無数に妹を串刺しにしている光景を。
「―――いッッ?!!」
顔を歪めた少女が絶叫した時、その少女の首に齧り付こうとした赤黒い四つ足触手ゾンビ【アヴェンジャー】、北米にて【シャウト】を乗せていたソレの頭部が弾け散る。
そして、また―――姉を襲おうとしていたゾンビ【アーム】が次々頭部に食い込む弾丸によって思考中枢を弾け散らせていく。
が、ビルが鳴動した。
触手が抜けて四肢どころか。
胴体までバラバラになった少女の身体が巨大な魔力に浮き上がり、雑居ビルを中心として半径500mのエリアが衝撃で砕けながら浮遊し、まるで雑居ビルを護るかのように巨大な花弁にも似て捻じ曲がり、押し潰され―――否、己からそうなったかのように顕現して複数のシェルターを巻き込んだ。
莫大な魔力が渦巻く中心域。
周囲の建造物による巨大な蕾が形成され、黄昏を遮って全てが閉じられていく。
捩じり潰されたようなゾンビ達のオブジェが大量に雑居ビル周辺で地面に転がる。
ドス黒く染まる魔力を纏い。
魔力の放出によってほぼ内臓が弾け散った肉体を保護しながら、姉が未だ輝く妹の髪に手を伸ばし―――幽鬼のように蒼褪めた顔で顔を上げた時。
其処にはスーツに装甲と外套を纏った少年が一人。
二人の間に空から降りてくる。
「ッッ……精密修復を開始」
雑居ビルの屋上。
少年の言葉より先にバラバラにされた少女の身体が虚空に浮き上がり制止して、ゆっくりと欠けた部分を合わせるようにして湯気を上げながら接合していく。
再生と呼ぶには極めて速い。
胴体は4分の3が削れ、両腕も両足もバラバラ。
辛うじて心臓から上が繋がっているだけで少女の瞳は髪に隠れて見えない。
姉の方は意識こそあるものの、吐血していた。
もはや蟲の息なのは一目瞭然であった。
そう、その巨大な領域を捻じ曲げる魔力の出所は姉だったのだ。
「―――」
少年が二つの命の中間に立ち。
その肉体を前にして外套の内部から導線の輪を二つ出現させる。
そして、その二人を内部に沈めていく。
しかし、それが限界だった。
未だ滞留する高濃度の魔力。
その内部で少年は身体をそのまま倒れ込ませたのだった。
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