第83話「その日」

「ベルさん」


「はい。あちらの壁の生成に常時、工程が割かれてるので基本的に武装は固定でお願いします」


「ベル様。三時の方角に高い魔力波動を感知しました。日本政府から渡された機械に映るによると此処から1km先で最後の戦闘があったと」


「どうしますか?」


「まずは魔力波動の方に向かいましょう」


 ハルティーナ、ベル、ヒューリが完全装備のスーツに装甲、外套姿で今や無人区画のように人気が掃けた街の中を歩いていた。


 猫ズ用の寝具を街で調達している最中にベルの持つ端末で呼び出しがあったのだ。


 すぐに騎士団本部のガウェインからも連絡があり、日本国政府からの要請で初めて自衛隊と警察を後ろにしての合同での対処が決定。


 だが、未確認の人間らしい部隊とパンデミックの相手が

 交戦が確認されているらしく。


 そちらの方は一応、制圧時に出来れば死なせないよう投降を呼び掛けるようにとの話が為された。


 まぁ、どうなるにしても彼らがやる事は然して変わらない。


 陸自は戦車砲と重機関銃、LAMなどの一斉射で相手に一定の手傷を負わせたらしいのだが、直撃弾も少なく、それどころか当たっても致命傷に程遠かったとの話。


 その時の映像からもソレが少年達には先日、食事後に道路上で出会った爆発で数人の警官と民間人を焼き殺した相手と同じような変異を遂げた相手だと分かった。


「ベルさん!! 誰か倒れてます」


 少年達が人が退避した建物の横。

 未だざわめきが店内から聞こえて来る場所の背後。

 ゴミ箱の影に脚が投げ出されているのを見付ける。

 夕暮れ時は当に過ぎ。


 しかし、屋内から灯りが見えない都市はまるで死んだかのよう。


 微風に混ざる腐臭よりも血臭の方が生々しく。


 その蒸し暑さの中、薄汚れた路地裏で見付けたのは擦り切れ血に染まるブラウスにボロボロのスカートを穿いた女性だった。


「大丈夫ですか!?」


 ヒューリがすぐに手当てを開始する。


 治癒術式の魔術具と魔力電池をどちらも首に下げさせ、ヒューリの超常の力で更に傷口を塞いだ後、数十秒で意識が混濁していた日本人らしきショートカットの女が目覚める。


「ぅ……あなた達、は……?」


「我々は魔術を用いる者です。この騒ぎを聞いて、お役に立てないかと見回りを」


 馬鹿正直に日本政府や警察や自衛隊に協力していますと言うよりは相手に警戒させないかとヒューリが嘘ではない事実を告げる。


「に、逃げて……私達、あいつとあいつらの戦いに巻き込まれて……」


「あいつとあいつら?」


「私達、逃げてきたの。魔術をやってる家系で……それでいきなり黒尽くめの連中に何年も前に襲われて……研究所みたいなところに押し込められて……それで数日前に……力強くなったから逃げ出したら……あいつ……乱暴ものだったけど、優しい処も……あったのよ……なのに……壁の粉みたいなものを嘗め始めて、魔力がどうこうって……うぅうぅ……」


 女がボロボロと涙を零した。


「大丈夫です。心配しないで下さい。私達が貴女を保護します」


「だ、ダメ……まだ、あいつらが私達を追って……それに他にも仲間が13人いるの……銃で撃たれて重傷で……お願い……あいつとあいつらから……仲間達を……」


 感情が降り切れたらしい女が気を失う。


「八木さんに連絡を入れました。シエラ・ファウスト号内にこの女の人を保護します。自衛隊と警察には魔力で汚染された危険性があると説明を。傷口は塞がっているので治療は必要ないですし」


「此処に置いていくんですか?」


「八木さんには物を運んだり、空中から内部に出入りする用に動魔術の魔術具も渡してますから、大丈夫だと思います。ヒューリさんは八木さんが来るまで此処で待機を。僕達は他の人達を探して保護します」


「分かりました。それにしても粉って……」


 ヒューリの言葉に少年が頷く。


「ディミスリル粉末の魔力は固定化して容易には再利用出来ないようにしてたんですけど、恐らくばら撒かれた魔力と形質が似ているか、あるいは利用出来る体系の魔術を使っていたか。どちらにしても、今は他の人達を保護してから、その彼と拉致したとされる部隊を制圧しましょう」


 コクリと頷いたヒューリとハルティーナに頷き返して。


 少年は碧い少女のみを引き連れて更に都市の中に駆け出していく。


 区画内部では対ゾンビ避難訓練。


 もしもの時の為、刺激するような光や音を出さないよう屋内でやり過ごすというマニュアルに従って、多くの民間人が窓際からも離れ、近頃ようやく普及率が100%になったパニックルームに誰もが入り込み、息を潜めていた。


 戒厳令や夜間外出禁止令が出されていた為、都市のライフラインを維持する業者や食料品の配給、備蓄を放出して届ける運送業などの人員ばかりが外に出ていた為、実質的な人数は商業店舗がメインとなる都市部では然程では無かったが、区画内に済む民間人はそれでも尚数千人以上に及ぶだろう。


 街灯のLEDの灯りが通路を灯し始めても、殆どの店舗から灯りが消えている為、街の景観は地方の錆びれた商店街並みだ。


 魔力波動を次々に見付けて、少年とハルティーナがヒューリに保護と回収を依頼して二時間。


 区画内の大半を見て回った彼らは最初に告げられていた人数のほぼ全員を何とか助ける事に成功していた。


 ほぼ、というのは銃弾の怪我で事切れている人間が1人いたからだ。


 ゾンビ化しないよう再び起き上がった場合には首が弾け飛ぶよう術式を施してヒューリに回収を依頼した二人はそれまでに戦闘痕は幾らか見付けていたのだが、当人達を発見するには至っていなかった。


 1km四方の狭い区画である。

 陸自の包囲が崩されたという話も今のところない。

 ならば、彼らは何処に行ったのか?


 少年が道端のマンホールに手を当てて、魔導方陣を展開し、内部を解析し始める。


 自身の処理限界まで規模を拡大した瞬間。


「全員がいました―――方位は東に400m。これって地下の鉄道の……ええと……」


 少年が八木から受け取った端末で区画内の地下の鉄道の線路を見る。


 GPSも機能しており、現在地も確認出来ていた。


「ハルティーナさん。今から僕を抱えて全速で移動して下さい。移動先はこちらで指示します」


「分かりました」

「では、通路を開けるので少し下がって下さい」


 少年がマンホールに手を当ててから数m後ろに下がった。


 すると、数秒後にマンホール近辺がまるで崩落したかのようにドロリと解け崩れて穴を大きくして拡大し、道路の中央に大穴が空く。


「今の戦闘地点から数百m先にトンネルの出入口があって、そこまで行くともう封鎖の外です。此処で食い止めないと被害が拡大しかねません。急ぎましょう」


 少年の腰を大きな手甲で下から支えるようにして抱き上げ、ハルティーナがストンと地下の下水溝へと入り込む。


 そして、少年の指示に従って時には壁を壊しながら一直線に薄暗く臭いの立ち込める場所を突き抜けていった。


 *


【目標は尚も再生中!! 全弾をありったけ叩き込め!!】


 特殊部隊。


 陳腐な言い方になってしまうが、シスコやロスの守備隊にも似た全身黒尽くめのマスク達はほぼ全ての火力をトンネル目一杯に広がった巨大な悪魔の胴体に向けて撃ち放つ。


 戦車並みの装甲があったとしても確実に仕留められるだけの物量。


 爆炎が20m先から吹き抜けて来てすら、男達の攻撃は止まらない。


 だが、その対戦車用のパンツァーファウストが数発ブチ当たったはずの目標周辺の爆炎内から高速で次々に飛翔するモノが多数。


 ソレが化け物の尻尾の一部の破片だと気付いた者はいないだろう。


 全てが全弾男達の胴体を薙ぎ払い、ブーメランのように通り抜けてからは頭部や腕を切り刻んでいく。


 だが、おかしなことにそれでも特殊部隊の殆どは重火器を撃ち続けていた。


【対象を第三段階と確認……以降の回収を凍結する。総員起爆用意】


 爆炎内から突撃してくる黒い人型が男達のバラバラ死体に留めの一撃を見舞おうと腕を伸ばして至近まで達した時。


 トンネル内に閃光が奔り、爆風がトンネルの終端から大量に噴き出して黒煙を上げた。


 その衝撃波に周辺の建物の硝子が割れ、一部では悲鳴も上がる。


 奥からノッシノッシと歩いてくる地鳴りのような音。


 トンネル内から窮屈そうに身を乗り出した黒い化け物。


 悪魔と呼ぶべき姿に変貌しているソレが炎で焼かれた身体を物ともせず。


 バサリと骨だけで形作ったような禍々しい硬質化した翼を広げる。


「待って下さい」


『?』


 ソレが背後から掛かった声に振り返った。


「貴方があの人達に言っていたお仲間の一人ですね」


『………×んだ。お○えたチ』


 言語が明瞭に聞き取れない程に声帯が変質している。


「僕らは善導騎士団。この事件の収束を依頼されたものです。貴方の仲間は全員保護しました。死んだ方もいますが、殆どは無事で今は治療中です。貴方もあの人達と共に治療を受けませんか?」


 くぐもった嗤い。


 それも少なからず己に向けて笑うソレが人間臭く顔を歪めた。


『きづ×たんダ……このセカイ……キラぃ……こわス……』


 少年がその瞳にある狂気というよりは悲哀と怒りを前にして見返す。


「それが貴方の選択ですか?」


『……ぁあ゛……この力……スバら×い……じユう……だから、しネ……』


 怪物の眼光が狂気と獣のような本能へと染め上がっていく。


「ベル様」


 少年の前にヒューリが出た。


「まだ、発砲許可は出ていません。そして、この人に通常弾は無力です。ハルティーナさん。お願いします」


「任されました」


 ―――ル゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッッ!!!!


 戦闘の合図か。


 少女がその何の獣とも言えぬ雄叫びに外套内の重火器と弾倉を全て落とした。


「行きますッ!!」


 両者が互いに前に出た。

 質量、加速度、魔力転化。


 この3つによって生み出される戦闘スタイルは基本的には常人の目では負えない。


 肉体の力を100%出し切って酷使する事も魔力による補助があれば、出来る程度の事だ。


 大陸の戦者達がそうであったように激突する小さな碧い少女と巨大な黒いケダモノは己の四肢をブツけて砕かんと速度を威力にして拳打に乗せる。


「ッ」


 激突。

 一撃目は相殺。


 少女の展開された手甲が相手からの衝撃を受け入れ、積層魔力を通して己の力として後方に噴き出させれば、威力が劣っていても衝撃は殺せる。


 互いに身体を円舞曲でも踊るように位置を入れ替え、二撃目が脚で放たれる。


 交わったXは―――しかし、黒い化け物が僅か後方へと下がった。


 だが、それでは終わらない。

 三撃目は化け物の回転が載った尻尾だ。


 逆立ち、硬質化したソレが間合いの外から少女の脇腹を薙ぎ払おうとして、突っ込んだ少女が相手の尻尾を掴んで足払いを掛け、己の上を通過させるようにして投げ飛ばす。


 トンネルの外のレールを破壊しながら地面を削った相手が即座に起き上がり、飛び上がるより先に踏み込みで瞬時に相手の間合いの内側へと入った少女の拳が腹部を柔らかく打った。


 生物である以上、物質である以上、振動はする。


 猛烈な衝撃が相手内部へと拳から伝達され、その痺れが相手を麻痺させる刹那。


「―――招演奏拳【縛崩カテナ・ルオ】」


 少女の手甲内から飛び出した原始的な魔術。


 少女の彩を帯びた魔力の鎖が幾重にも腕と相手が密着状態のままに縛り付けていく。


『ギ?!』


 相手が動く腕や尻尾で攻撃するより早く。


「砕ッッ!!」


 腕から放たれる拳打の圧力が次々に波の如く相手の肉体を捉え、戦車砲やロケットランチャー程度では焦げる程度だった相手を物理的な衝撃で砕いていく。


 その痺れと衝撃にあらゆる攻撃は威力を発揮するより先にキャンセルされ、彼女が跳び上がり様に上空の肉体に向けて次々に密着状態から拳打を魔力による動魔術による威力の補給で続けて連打し続ける。


 まるで太鼓を平手で叩くような衝撃の連鎖が相手の肉体を終に限界まで罅割れさせ、虚空で真下へと反転した少女が背中から動魔術を全開で落下速を稼ぎ、レール直上から彗星の如く奔った。


 激突。

 土煙と衝撃波が巻き上がり、


 一瞬にして出来たクレーター内の中央に腹を完全に打ち抜かれて風穴を開けた化け物が横たわる。


 即座に後方へと跳躍して相手を警戒した少女の背後から少年が進み出て、クレーター内の化け物の横に立った。


「決意は変わりませんか?」


『………』


 血反吐に塗れた口元を歪めて、ソレが瞳を閉じる。


「貴方の死が始まりであるように祈ってます」


 少年が静かに瞳を閉じる。

 すると、ソレの身体が急激に萎んでいく。


 ニィッと最後に男が何処かホッとしたような、あるいは何処か残念そうに……人間らしい皮肉げな笑みを浮かべた。


 体内に取り込まれていた魔力が解放されたのか。


 青紫色の光の筋が周囲に幾つも飛び出たかと思うとまだあちこちにあるディミスリル粉末に吸収され、消えていった。


 痕には完全に干乾びた様子の老化の末に枯死した悪魔の彫像。

 そのようなものがあるだけだった。


「ベル様……私がトドメを刺しても……」


 少しだけ逡巡していたハルティーナがそう顔を曇らせて何とか呟く。


「いえ、ハルティーナさんにそんな事させられませんよ。それに僕の超常の力は相手に死を強要するものではなく。本質的に相手が死を選ぶよう誘導するものなんです……」


「死を誘導?」


「それが生き物であるならば、細胞と魂が死を受け入れる……元々、死を志向する機能は知的生命なら大抵の存在にあるので……それに働き掛けて強めているだけで……ある意味で一番卑怯な殺し方かもしれません。僕が殺したのではなく。相手が自分で死を選ぶ手助けをする力だから……」


 僅かに自嘲した少年が、もっと他に出来なかっただろうかと思いつつも、完全に変異して人を殺すのを躊躇出来ず、破壊衝動を治める方法も無かった事を再確認する。


 拘束も出来た。

 治療も出来た。

 しかし、その在り様だけは変えられない。

 そして、魔力を抜き去っても元には戻れず。


 人間の意識は時間経過で薄れて完全に化け物へと変貌していく。


 相手が辛うじて人間として終われる事に安堵していた事が少年には分かっていた。


 そもそも少年の力は相手を枯死させる能力ではない。


 相手が死を受け入れるかどうかの度合いによっては効き目もマチマチだ。


 それが殆ど瞬間的に彫像のように変貌したのは正しく当人の意思が死を求めていたからこそであった。


 自分を大切にし、己から生きたいと望む者にはまるで効き目すらない事がある。


 だからこそ、死なせてやる事しか出来ない自分の未熟さが少年には歯痒かった。


「ベルさん!!」


「ヒューリさん。こちらは終わりました。この方を埋葬してあげたいので調査名目で接収します。八木さんに連絡を入れた後、シエラ・ファウスト号で―――」


 ギュッと少年の頭が胸に包まれる。

 少女は何も言わなかった。

 だが、起きた事を即座に悟って、ただそうした。


「あ、あの~あんまりそうされるとは、恥ずかしいんですけど」


 その言葉を聞いてすら少女がギュッとしてポツリと呟く。


「帰ったら、ちゃんと今日は寝て下さいね」

「……分かりました。徹夜はしませんから」

「約束ですよ」

「はい」


 それを何処か微笑ましそうに見ていたハルティーナだったが、そう言えば、戦っていた部隊が自爆したらしき跡も調査しなければならないだろうかと振り返りトンネル内で天井が崩れ始めているのを音で悟った。


「逃げて下さい!! 崩落します!!」


 二人がハルティーナの声で慌ててトンネルから離れたと同時にドザアアアアッと大量の土砂と共にトンネルが埋まり、更にその上の道路などが次々に崩落に巻き込まれていった。


 都市の夜はLEDの単一の蒼い輝きに照らされて寒々しく。


 遠方からはパトランプと自衛隊の車両の輝きが群れを成している。


「……帰りましょう」

「はい」


 そう三人が上空にシエラ・ファウスト号を待とうと遺体の周囲に戻ろうとした時だった。


 直下からズガンと突き上げるような振動が彼らを襲う。


「ヒューリさん!! ハルティーナさん!!」


 少年が二人の手を掴み、動魔術で上空へと退避した途端だった。


 彼らがいる地域のみならず。

 東京都付近全域が猛烈な縦揺れに襲われた。


 巨大なビル群が震え、複数の木造の旧い建築の多くが倒壊していく。


「な―――」


 だが、それよりも何よりも彼らが驚いたのは東京駅近郊を中心にして東京都から埼玉、千葉、神奈川、横浜にまで地面内部から耀きが……魔力の波動が噴き出している事だった。


「コレって?!」


「国家単位の大儀式術です!? 皆さん!! 離れないで下さ―――」


 少年が二人の少女をしっかりと抱き締めた時だった。


 彼らの頭上に何かがバサリと羽搏く。


「キヒ……お前らかぁ。クアドリス様の興国を邪魔する奴らってのは……」


 三人が陰った上空を見る。

 其処にいたのはただただ広い翼を持つ何かだった。


 確かにシエラ・ファウスト号よりも巨大な翼が空を遮っている。


 まるで蝶の如く鱗粉替わりに薄ら緑色の魔力の粒を落しながらソレは3対の翼の中心で顔を嗜虐的に歪める。


 青白い肌に黒い鎧にも見える光沢のある体表で身体の胸部と腰部を隠しながらも、その柔らかな女性的な肢体は隠しようも無く。


「高位魔族?! まさか、クアドリスのッ!?」


 ヒューリの声に思わぬ事を言われたというような顔でポカンとした後。


 その声の主。

 まだ十代にも見える少女がゲラゲラと嗤い始めた。


「キヒャハハハハハ、アタシが高位魔族? こういまぞくぅ~~? こいつぁ、お笑いだぜぇ。そっか~~この世界じゃアタシって強いんだぁ?」


 ニタァと笑みを浮かべた少女が翼をはためかせた。


 途端、周辺区画の地表のものが巻き上げられそうになる程の突風と竜巻が数本。


 巨大な翼を廻り始めた。


「何が目的ですか!? 一体、この東京に何をッ!?」


「くくく、クアドリス様の伴侶候補にしては鈍いなぁ。アンタらが魔力を吸収するミスリルっぽいのバラ撒いたからだよぉ? 少し段階を繰り上げたのさ」


「段階?!」


「クアドリス様は小邦とはいえ、嘗て領主を務めていた程のお方……あの大陸の化け物共や主神級連中がいない以上、この世界に君臨するのは正しく天命!! ああ、その為には兵隊が必要なんだよぉ。あの屍共を滅ぼして魔族の国を興す為のさぁ♪」


 巨大な竜巻が次々に周辺にある高層ビルを包んだかと思うと―――信じられない事に建築物が捩じ切れるように巨大な地鳴りを響かせて次々に巻き上げられて天へと昇っていく。


「アンタら人間が殺したり、捕まえたりした連中は立派なクアドリス様の所有物。塵も積もれば、手足にはなるじゃん? だ・か・ら・まずは~~」


 巨大な竜巻が天変地異染みて大地震で混乱し、今も魔力の光を噴き上げるライン上にビルを運んでいく。


「あらよぉ~~っと」


 邪悪な声と共に竜巻が次々に巻き上げた高層ビル群を関東圏の空を音速を超えて分解してバラバラにしながら、各地にある警察署と自衛隊基地、政府中枢たる霞が関、米軍基地、各国大使館、公的な政治軍事の中枢へと隕石の如く断熱圧縮に焼け付かせつつ、降り注がせていく。


「頭と剣を潰すのさぁ~~!!」


 一つ一つのビルは細分化されていたが、それでも巨大な3m強の塊が音速を超えて降り注げば、それは砲弾と然して変わらない。


 関東全域の基地と警察署が巨大な土埃と衝撃でクレーターと瓦礫、廃墟へと変貌していく。


「!!?」


 ヒューリが動魔術で空の相手に斬り掛かろうとするが、それよりも早く少年が二人に対物ライフルを渡した。


「無駄無駄ぁ!!」


 羽搏きと同時に風速90m以上の突風がベル達を巻き上げ、竜巻の内部へと閉じ込めていく。


「ベル様!?」

「ベルさん!!」


「照準さえ合えば、届きます!! 撃って下さい!!」


 ベルが自分から風に乗って竜巻の噴き上げる土埃の中に見えなくなると同時に2人は烈火の如き瞳で上空の魔族を照準しようとし、小さな中心を狙うのは不可能だと翼に目標を変更した。


 当たる当たらない以前の問題。

 的が自分の上一面にあるのだ。

 当たらないわけがない。


 対物ライフルが唸りを上げて、ベル特性の弾丸を撃ち放つ。


『―――?!』


 途端、左右の翼が猛烈な打撃を受けたようにして上空へと吹き飛び、ライフルが乱射された。


 その度に翼が何度も何度も上空へと見えざる力で吹き飛ばされるかのように上昇させられ、高度を維持しようとした魔族の女がカッと目を見開く。


 ブチブチと翼が背中の肩甲骨付近から砕けるようにして引き抜かれ、風に舞って周囲の地面へと落ちていく。


「アタシの翼をもぐなんてやるじゃぁん。ん、んふ、んふふふふ―――」


 だが、虚空で高度を保った女魔族がニタァァァと喜悦に顔を歪めた。


 痛みはあろう。


 だが、それよりもまるで絶頂し掛かったかのように頬を上気させ、ダラダラと口から構わず唾液が滴り落ちていく。


「ッ」

「?!」


 ヒューリとハルティーナがその眼光に怖気を奔らせた。

 翼の事などあちらは気にしていない。

 それどころか。

 戦いの悦びに魔力が増大でもしているのか。

 膨れ上がる魔力波動が無造作に腕に集束されて、振られた。


 ハルティーナが動魔術で前に出て、四肢の装甲の機能を全開にして全て積層魔力の円柱を通して吸収しながら後方に噴出させて散らせる。


「吸収? じゃあ、転化とかどうかにゃぁ?」


 嗜虐全開。

 女が魔力波動を収束して放った腕の指を弾いた。


 途端、カッと今までハルティーナが上空で防いでいた全ての魔力が励起から一斉に起爆。


 地表と上空200m内にある全ての空気を瞬時に数千倍にまで膨張させた。


 凄まじい威力。


 そうとしか言えない巨大な閃光が上空の魔族と地表の間で横に吹き抜けていく。


 その衝撃に全てが塵となり、音速を超えて周囲へと到達。


 あらゆる巻き上げられていた物体が超大な散弾となって周囲に弾け散る―――かに見えた。


「?」


 女魔族がその爆発に違和感を覚えた。


 明らかに威力が低かったのだ。


 それが竜巻の中に巻き込まれた少年による威力を導線とポケットを通して別空間に逃がす空間防御―――。


 東京湾内部の海中に威力を逃がしている故だとは分からず。


「さっきの坊主かぁ~? ん?」


 彼女は自分の頭部目掛けて面が迫って来るのをおもむろに確認し、固定中の身体で回避運動を試みようとした。


 が、転化した爆圧を下から受けた状態ではソレも遅く。


「……ああ、愉しかった♪ またな、お前ら♪ キシシシシシシ―――」


 ゆっくりと迫る死に僅か微笑んで、時速1500km程までに加速されたシエラ・ファウスト号の突撃を受けて、血の染みとなる。


 そして、女が消えた衝撃で爆圧が上昇し、その勢いで船体を呑み込んで、光と圧力の中に全てはゆっくりと消えていった。




 間章「東京壊滅」


 死傷者55万人、重軽症者推計440万人、帰宅難民32万人。


 関東圏の自衛隊基地、米軍基地、警察署、大使館のある区画は壊滅。


 市ヶ谷も全棟が機能を喪失。


 霞が関にあった全ての党本部及び野党与党問わず、関東圏の全ての議員の事務所周辺もビル群の散弾で壊滅。


 倒壊もしくは半壊した家屋は実に140万棟にも及び防災能力を高めていたとはいえ、それでも消防や病院は処理能力をパンクさせていた。


 与党は4分の1、野党は8割近くの議員が死亡。


 国難に際して空飛ぶ鯨や未知の金属粒雨、東京湾上空の大怪光などの一連の事件の追求をしようとしていた野党は国会議事堂内で与党糾弾の記者会見をしていた事から、議事堂の職員や官僚、多くのマスコミも犠牲となった。


『今回の大災害において内閣府及び首相官邸に集まっていた内閣の半数以上の人員が死亡、与党はただちに前大臣の起用、再組閣が決まりました』


『今回の大震災と大風害による死傷者は更に増える見通しとの発表が防災相から発表されましたが、停電の復旧の見通しは立っておらず、関東圏の謎の巨大発光現象について―――』


『全野党が緊急会議を開きましたが、その殆どの席が空白となっており、組織だった政治活動は困難として一時的に党の統合を―――』


 大地震による都市インフラの壊滅的な被害は先日の暴風雨の復旧が終わらぬ内の出来事だった為、追い打ちを掛けられた各自治体は政府中枢が壊滅した事実を持って統率が取れないままに各自の判断で救助、復旧を開始。


『自衛隊からM電池が届いたぞぉ!!』


『治癒用のMHペンダントを誰か病院まで届けてくれぇ!!』


『発電用に幾らか電池回してくれぇ!!』

『誰か粉採って来てぇぇ!! 電池切れそうなのぉ!!』


 しかし、関東圏全域を呑み込んだ巨大魔術方陣から急激に溢れ出した魔力が方陣の霧散後も滞留し、ばら撒かれたディミスリルに吸収され……しかし、その莫大過ぎる量に飽和した魔力を貯め込んだディミスリルは逆に魔力を常に微量放出し続ける魔の粉となった。


 同時に新規のディミスリル粉末の散布が行われるも、魔力を放出する最初の粉末からの被害を軽減する以外の効果は無く。


 それでも善導騎士団が災害への復旧用資材として大量に供給し続けている魔力電池の充足用の物質として人々には有難がられた。


 ただ、その力のせいで関東全域は再度怪奇事件や変異した者達の起す事件で埋め尽くされ、各地の治安は混沌として自警団までもが組織される始末。


 事件を止める警察権力も武力たる自衛隊も今は殆ど活動を半減以下の状態で保つ事しか出来ていなかった。


『横浜での連続殺人事件だが、優先順位を下げる事になった』

『どうしてですか!?』

『千葉で大量に児童養護施設からの脱走だそうだ』

『まさか?!』

『ああ、“目覚めた”らしい』


 夜という事もあり、警察は夜勤の者が犠牲になっただけで何とか半数以上が生き残ったが、自衛官の多くは基地内で寝泊まりしていた為、その被害は甚大なものだった。


 ただ、宿舎ではなく基地機能の集約された棟が優先的に狙われた事や関東圏の封鎖用の壁建設予定地の調査で多くの人員が出払っていた事から全滅する事はなく。


 だからこそ、幸運にも31と言えるかもしれない。


 しかし、逆に全滅しなかったからこそ、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された事も間違いないだろう。


 両手両足、胴体の一部、頭部の欠損した者達の多くが最初の1日で約4万人弱死亡。


 即座に関東圏全域へ配給された治癒の術式が織り込まれた魔術具と魔力電池。


 俗称でM電池とMHペンダントによって、その他の重軽症者は数日で回復するか。


 もしくは重症ながらも何とか一命を取り留めていた。


『エヴァン先生!! こちらの患者が!?』

『分かってる!! 分かってるから騒ぐな!!』


『先生!! あっちの患者さんがもう殺してくれと騒いでます!?』


『麻酔ブチ込んどけ!! 豪勢な薬品漬けでな!! 北米じゃ何処も麻酔薬無しで耐えてたんだぞ!! お前らそれでも軍人か!!』


『先生!! 予定に無い基地近辺住まいの子供の患者さんが搬送され―――』


『手術中止!! 子供が最優先だ!!』


 シスコ、ロス、善導騎士団は日本国との協定に則り、災害救助物資と人員の派遣を決定。


 その多くはZ義肢と呼ばれるようになった新型の義手義足の手術用人員。


 つまりはまだ十代の【無貌の学び舎フェイスレス・カレッジ】のエヴァの子供達であった。


『此処が東京……先生のいる場所……』

『先生は今、義肢の接続手術に掛かり切りらしい』

『僕らが少しでも負担を軽減しないと』

『1日1人10人のノルマ……120名で1日1200人だな』


『腕の増えた奴らが30人もいるから1日20人でも可能だけどね』


『それ死んじゃうよ。僕らの方が過労で……』


 彼らは親を己で説得後、生きる術を与えた男。


 元養育者のいる国へとようやく安定して転移が可能となった4日後の昼時。


 北米大陸で足止めを食っていた防衛省の重鎮である村升事務次官以下数十名の自衛隊の高級将校らと共に善導騎士団東京本部の中枢。


 魔導方陣が敷かれた地下儀式場に降り立った。


 彼らの帰還は正に自衛隊や政治中枢が半分以上潰れた現状では奇蹟に等しく。


 出迎えた一部自衛官と警察官僚達はよくぞ戻ってくれたと唇を噛み締め、各位と握手する。


『帰って来たか。東京に……』

『陸将。お体は?』

『ああ、大丈夫だ。朽木』

『事務次官。お具合は如何ですか?』

『いや、悪くない……神谷1尉』

『何でしょうか?』


『ただちに善導騎士団東京本部との間に新しい協定を結ばねばならん。この書類を騎士ベルディクトへ』


『分かりました』


『空間を一瞬で飛び越える、か……もし、彼らと協力関係になければ、我々は祖国の瓦解を北米で指を咥えて見ているしかなかったのだろうな』


 嘗て“夢の島”と呼ばれていた場所。


 日本政府の残存機能たる官邸関係者、官僚達が管轄する事になった其処は今や完全に1週間前の姿とは別次元の様相を呈している。


 直径1kmの大穴。


 壁際と床が全て真鍮のような輝きを帯びて、ディミスリル合金製の巨大な鍋にも似た大怪穴を怪しく彩っていた。


 巨大な虚空はその煌きの奥、陽光も射さない底に船を着陸させる専用の発着場を持っており、垂直離陸が出来なければ、入り込む事も出来ない航空基地と言える。


 報道から突如現れた地獄の大釜と呼ばれて1日。


 シエラ・ファウスト号を鎮座させられる基地は……基地というより何か地獄や奈落という言葉を想起させて外側からの出入りが激しい施設と見える。


 外壁と鍋底の内部は要塞線の見取り図の焼き回しであるが、導線となる通路の幅を大きく取り、3Dプリンター方式で最下層から一括形成した代物であり、殆ど配管以外は継ぎ目も無い。


 今やその最奥には自衛隊と警察の残存者達が集結しており、基地機能や指揮系統が壊滅した後の合同本部として間借りしていた。


 重軽症者の大半も容態が安定している者は次々に穴の周囲の建造物。


 建前上は善導騎士団本部という事になっている詰め所から地下の医療病棟に運ばれ、エヴァの義肢接合手術によって肉体を復元された後は数日のリハビリを課されている。


『オレの腕ぇえええええ!!? どうして腕が無いんだぁあああああ!!?』


『鎮静剤!! 四番の患者さんよ!!』

『お母さぁ~~~ん!!?』

『十二番の患者さんに鎮静剤!!』


『トイレは携帯のを使って下さぁああい!! お願いだから零さないでぇええ!?』


『今、上下水道の整備は急ピッチで進んでますからぁ!!』


『ぁ~~錯乱中のクソ野郎共、黙って寝てないとチョン切るわよ(疲れた女医的発想)』


『―――はぃ(急激に股間が縮こまった男的回答)』×一杯。


 怒号が飛び交う自衛隊と警察関係者の集中治療病棟や無事な者達の合同での治安維持計画の策定を急ぐ合同本部内部は阿鼻叫喚だ。


 市ヶ谷が壊滅してしまった今、優秀な人材の残存者達は少なく。


 何処も彼処もリーダー不在で装備を善導騎士団に充足させて貰っている最中。


 この数日で完全に無法地帯が関東全域に広がっていたが、残っていた政府関係者と自衛隊の将校達がベルの封じ込め計画を推進した結果。


 関東圏は巨大魔術方陣の発現後30時間で直径30mの壁で完全に遮られ、各地の自衛隊と警察の検問所の周囲には車両が溢れ返っていた。


 支援物資の搬入はスルーだが、関東から出ていこうとする民間の殆どの関東圏内の車両は弾かれている。


『関東圏から出ていける車両のナンバーは控えられてますので~あちらの迂回用駐車場から戻って下さ~い』


『どうして出られないんだよぉ!?』


『政府広報を御覧下さ~い。残念ですが、政府の公認車両及び公認人物、関東圏外部の車両以外は離脱が認められておりませ~ん。は~い、迂回道路へどうぞ~』


『クソッ!! こうなったら―――』


『現在、非殺傷兵器による鎮圧部隊が巡回警邏中で~す。退かない方は公務執行妨害で新規の留置所に寝泊まりする事になりますのでお気を付け下さ~い』


『こ、此処は独裁国家じゃねぇんだぞ!? ちくしょおおおおおおおおお!!?』


『現在、憲法は停止されておりま~す』


『(完全マスク姿の部隊が無言で警棒と盾を引き抜く音)』


 国民から警察も自衛隊も非難轟々だったのだが、検問所がある各自治体に自衛隊と警察から今関東圏で起こっている事件をゾンビ付きで輸入したい方から手を上げて下さいとの報告に自治体は沈黙。


『知事、どうか受け入れをッ!!』


『ダメだ……ゾンビや変異者、事件を封じ込める政府方針に従う』


『これは独裁ですよ!!』


『そうやって民心に従った結果、滅んだ国を我々は見て来たはずだが?』


『―――だとしても!?』


『だからこそだ。我々は最終的に生き残ればいい……生き残った後ならば、幾らでも汚名を被ろうではないか』


『話にならない!! 失礼する!!』


『そもそも物資の一大生産拠点である東京が壊滅的被害を受けたせいで我々の生活の方が危ういのだ……何故、現実を見ようとせん……』


 最終的に報道も政府側から混乱やデマに拍車を掛けるならば、停波措置を実施せざるを得ないという話を前にして押し黙った。


 結果として政府がゾンビに変わる新たな脅威となる人間の変異現象に付いてをSNSより後に公式発表し、そのどさくさで北米都市国家との国交樹立と同時にその所属である善導騎士団との技術提携、業務協力による治安維持活動を大々的に発表。


『政府はこの事態に対して有効な手立てがあるんですかぁ(普通のマスコミ感)!!!』


『憲法停止後の独裁なんて日本で許されるはずがない(現実が見えない赤い意見)!!!』


『関東圏から離脱したい人々が壁の付近で難民化してるんですよぉ(逃げられなかった悔しみ)!!!』


『彼ら善導騎士団は怪しげな超技術カルト結社と繋がっているという報道が(オカルト板常駐者)!!?』


『え~政府からの発表は以上とさせて頂きます。引き続き政府広報で逐次状況報告を行いますので、報道各社の方は専用回線を―――』


『(怒号と絶叫)』


 結局のところ、混乱は収まらなかったが、混乱が更に拡大する事は防がれた。


 首都機能を分散させていた事から各地では続々と車両が東京方面に集結しつつあり、政府はその許可申請の精査と許可証の発行でてんてこまい。


 警察と自衛隊に少年がバラ撒いたスーツと装甲と相手を殺さず魔力だけ奪う刻印弾の一種、ディミスリル弱装弾、ディミスリル警棒が大量に集中運用される事で暴走した変異者の鎮圧は関東中で進められ、運び込まれた多くの元民間人にはヒューリとシスコの善導騎士団の先発隊。


 教導隊の人員が生活保障や能力の制御方法を合わせて個人へ提供する代わりに善導騎士団との契約によって、一時的に治安維持部隊として同じように変異に苦しむ人々を保護しないかとの取引を持ち掛けた。


『我々は皆さんが日常に戻るお手伝いと同時に日常に戻す為のお手伝いをして下さる方を募集しています』


『知るかぁああああああ!!! オレは神だぞおおおおおお!!!』


『え~~このように錯乱した方などにはこうして―――』


『ガッフアアアアアアアア?!』


『制圧後に能力を完全封印する事になるので悪しからず。読心能力者がこちらにはいますので嘘は無駄です。皆さんには是非、心の底から本音で語って頂きたいです。一般人に戻りたいという方はこちらの列へ。何かあればすぐに善導騎士団へご報告を。皆さんの体調や能力の変調などに対処し、皆さんの日常を護る為の行動をお約束します。また、お薬や―――』


 騎士団の提案に同意出来ない人材は厳重に能力と魔力の吸収を妨げる封印を刻印方式で背部に焼き付けて開放という事になった。


 この契約に関しては日本政府は憲法停止の下、司法不介入の原則を示した為、後から訴えるなどの行為そのものが事後法的な工程を経なければ不可能という事もあって、念入りに契約書が書かれた。


 その条項を全て丁寧に教えて仲間を求める少女と背後の大人達。


 それを見た3分の1程の保護された者達が彼ら善導騎士団の隷下となる治安維持部隊として新設され、教導隊から促成の1週間の教練を受ける事が決まり、次々に地下施設へと入所。


 一度戻ると言った者達にも居場所が分かるよう術式での追跡を同意させた為、関東中から次々に集められた者達は選り分けられていった。


『……殺されるのかと思った』

『確かに研究材料にされるかもって……』


『でも、彼らみたいに強い人がいるから、逆にその心配はないのかもね』


『え?』


『だって、鎮圧出来る程度の能力を得る為に政府が人体実験なんてしないでしょ?』


『それは確かに……バレた時に困るのは政府だろうしなぁ……』


 狂暴性を剥き出しにした乱暴者の大半は一般人化させられた後、脳裏に暴力衝動を霧散させる術式をブチ込まれて犯罪を犯していた者はまだ機能するインフラの止まった留置所に収容。


 それが不可能な程に症状が進行していた上で犯罪を犯し、反省の色も無いような人格が崩壊しつつある存在に対しては生かしたまま対処療法が見付かるまで厳重に封印が決定。


 それを可能にするのは転移方陣の先にあるロスの施設。


 フィクシーの手によって造られた郊外の封印用地下儀式場だ。


 運び込まれ者達は凍結術式によって分子毎カチンコチンにされ、魔力や魔術などが織り込まれる未来の司法が出来る時代まで留め置く事が決まったのである。


『追加物資、来ましたぁ!!』

『よぉし!! 速やかに配給開始!!』


『二時間以内に緊急搬送が必要な患者さんをいつでも出せるようにしておいて欲しいと政府から市役所を通して連絡が!! 空輸するそうです!!』


『SNSで噂になってた空飛ぶ鯨が実は超大型の飛行船型プラットフォームだって話は本当らしいな。病院船代わりか……』


『でも、時速数百kmで飛ぶらしいですよ? そんな技術あるんですかねぇ?』


『お前知らんのか。テレビでやってた善導騎士団とやらは北米の戦線都市由来の魔法みたいな技術を使うそうだぞ』


『マジですか。そりゃロステクって奴なのでは?』


『さてな。北米でゾンビ相手に延々戦い続けて技術の最適化が進行してたって話だが……確かにそうと考えなきゃ、ありゃ魔法だよなぁ。空見て見ろ』


『そ、空飛ぶ鯨!? アレが噂のシエラなんちゃらですか!!? で、でけぇ!? 本当に飛行船なのかよ!? 殆ど金属じゃね?!』


『つーか、空間を超えて物資が送られてきてるんですが、人類スゲーというより善導騎士団がスゲー……ホント、どんな原理なんです? この輪っか』


 少年が設置した鳥型ゴーレムによるネットワークは次々に転移でロス、シスコ、少年の現地で製造していた大量の物資を次々に被害のあった関東圏に配給。


 更に魔術具では治療不可能な程の損傷でも辛うじて生きているという患者を各地の病院などから次々に空輸して集めつつ、艦内でフィクシーが送って来た副作用の大きい強力な再生用の術式を敷いた方陣に安置して満杯になったら東京本部に搬送。


 一命を取り留めた後に適切な治療を施せそうな高齢の医師免許を持つ高齢者や看護師を大量に集めた病棟に放り込むという事を繰り返していた。


『先生!! 次の患者が着ましたよ!!』


『わしゃぁ、若い頃はブイブイ言わせとったんじゃ』


『か・ん・じゃ・さ・ん・が・き・ま・し・た・よ!!!』


『何!? すぐに診察じゃぁ!!!』


『(ほ、本当に大丈夫? この人、年齢89歳なんだけど……)』


『帝国海軍に務めとったワシの父さん仕込みの鋸捌きをみせてやるぁ!!』


『お爺ちゃん!? 鋸必要な患者さんはさっき外科に送ったでしょ!? 此処内科!!』


『ん? お主誰じゃ!? は!? 此処は病院!!? つまり、ワシの助けを待つ患者が一杯……おお!! おおお!! ワシはまだ切れる!! 切れるぞおおおおおおおおお!!!!』


『(物凄く不安な顔の70代元看護師)』


 レントゲン、CT、MRI、その他の電力に頼るほぼ全ての機材が足りなかったが、それを全て代替可能な魔術具……フィクシーがロスで進めていたによって生まれた複数の円筒形が全てを解決した。


 見た目は魔力電池と色合いが違うだけだが、確かに能力は本物だ。


 ソレらが現場には必要なだけ大量供給された。


 電子カルテ的に共有はされなくても、情報を紙などに出力するプリンターも機能的に再現可能な範囲の力であった為、全て問題は無かった。


 魔力さえあれば動く仕様は全て魔術師と少年の魔力を当てにしている代物だったが、皮肉にも魔術具を用いる為の魔力が関東圏全域にバラ撒かれ、霧散もせずにディミスリルの粉末として大量に存在していた為、使えなくなるというのは極めて考え難く。


 電力が寸断された地域では既に民間へ卸され始めていた。


 こうして顕わになった善導騎士団の技術力は各所で話題となり、物理や科学を志す者達には摩訶不思議な物理法則ブッ千切り道具、狂気に陥りそうな代物として見られ始め。


 14:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 21:56:28.12 ID:/???


 夢の島が何か地獄の窯になった件について……。


 21:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 21:57:23.1 ID:/???


 いや、地球内部の空洞に続いてんだろ? 映画で見た。


 32:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 21:58:11.32 ID:/???


 対ゾンビ用の地下研究所や大要塞ってオカ板で言ってたが。


 41:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 21:59:88.42 ID:/???


 鬼女版であそこが避難先にならないかって聞いてた人がいたなぁ。


 53:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 22:01:01.09 ID:/???


 君達、知らないのか? アレは地底人達が地上人を極秘裏に殲滅する為、建造していた超兵器なんだ。アレが起動した日が地球人類最後の日なのさ。オレは奴らと戦い続けてきたから分かる……もはや、ゾンビに任せておけなくなった奴らが本格的に地上侵略に乗り出してきた事がな。


 68:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 22:02:33.03 ID:/???


 定年した看護師とか老医師とか集めてるらしいよ。家の耄碌したジジイが何だかMHペンダント掛けられて数時間後に政府の募集広報聞いてタクシー使ってどっか消えたから間違いない。つーか、実際に政府要人や自衛隊や警察が集まってるっぽいし、撮り鉄連中の写真も出回ってる……ソースとして張り付けとくわ。


 75:(´・ω・`)さん@東京\(^o^)/:20××/××/××(×) 22:04:35.03 ID:/???


 つーか、スゲェ勢いでスレが消費されてんな。近年稀に見る……いや、何処のスレもか……人類終焉の瀬戸際だもんな……善導騎士団とやらの奇妙な便利道具まで出回ってるし、物理に詳しい連中が何か軒並みあの電池を前に発狂してんだけど、実際あれって本当に超技術なのかねぇ……粉から何かを吸収して動くとか……空間を跳躍して物質が届くとか、完全にSFか魔法だよなぁ。


 善導騎士団東京本部は―――SNS上では自衛隊と警察が国内がパンデミックを見越して秘密裏に建造していた対ゾンビ戦闘要塞だとか、日本政府がひた隠しにして来た政府要人や役人用の超大規模シェルターだとか、年老いた医師と看護師を集めて怪しげな研究をしている秘密研究所だとか、全ての人員を洗脳して支配下に置く為に超技術カルト結社が建造したSF機能満載秘密基地だとか、まったく根も葉もない事が言いたい放題に言われていた。


 そのどれも真実は言い当てるものでは無かったが、治療を施されて動けるようになった自衛官と警官が現場でのリハビリを放棄し、即時自身の努める地域に戻って活動を再開するという事例も相次いでいた事から、彼らの一時的な治療施設だという話だけは事実として認知されただろう。


 今は人手が欲しい為、警察も自衛隊も黙認してはいたが、エヴァン先生の一言はリハビリが必要な誰もが心に刻んだはずだ。


 ちゃんとした機能回復訓練を行わなければ、今後一生違和感や僅かな痺れなどの症状に悩まされる可能性がある。


 そう言われたが、一人として帰る事を止めた者はいなかった。


『これから現場に復帰します』

『フン。リハビリしない患者はさっさと帰れ!!』

『薬は確かに飲み続けます』

『お大事に~~あ~忙しい!!』

『次の患者さんが着ます!! 先生』


『言っておくぞ!! リハビリせずに帰る奴は覚悟しておけ!! この義肢はまだ発展途上だ!! 今後どんな症状で悩まされても自業自得な事だけは覚えておけ!!』


『了解です!! お世話になりました!!!!』


 未曽有の大災害。


 それを前にして国民を護れるのは彼らしかいなかった。


 そんな中、本来基地で陣頭指揮を執っていなければならない大使たる少年であったが、何処にいても魔導が届くのならば、彼本人がしなければならない仕事を行うべきという方針の下、今は富士演習場に程近い病院へと出向いていた。


 代わりに本部へ詰めているのはクローディオだ。


 自衛隊及び警察に治安維持に必要な変異者との戦いのレクチャーだのマニュアルだの充足中の装備、善導騎士団のスーツと装甲、外套についても使い方を教えにシスコから転移魔術の人体実験第一号として赴いていたのだ


 さっそく自衛隊と警察のマークを入れた専用の装備がマイナーチェンジ品としてベルによって供給された為、二組織とも理不尽に変異者や場所に殺される事は無くなったが、それでもやはり重火器に付く制限は如何ともし難く。


 正式採用されている口径の銃弾を刻印弾にしただけではまだまだ戦力的には怪異と戦うに十分とは言えなかった。


 だが、それでも現場からは劇的に状況が改善されたと感謝される始末。


 本来ならば、大口径のサブマシンガンくらいは渡すべきだと感じていたクローディオにしてみれば、もっと良い装備ならお前ら死ななくて済むんだけどなぁという感想しかなく。


『いえ、自分達にはこれでも十分過ぎる代物です』

『我々は人々を脅威から護る為の力ですから』


『ええ、警邏中に不意打ちで死ななくなっただけでも十分ですよ』


『クローディオ大隊長殿に敬礼!!』


 お人よしというか。


 己の職務に忠実な者達を見て、彼もまたその装備内での戦術の立案を更に推し進める事を決意した。


 善導騎士団東京本部より現地へと帰っていく者達は全員がクローディオが渡した戦い方の栞を持って帰っていく。


 組織力を急速に回復させつつある彼らにとって、再び国家の治安と安全を守る力を手にした事は確かに復権への大いなる一助であった。


『これで地域の人々を護れる……オレが、オレ達が、お巡りさんだッ!!』


『先輩……見てて下さい……地域の治安は必ずオレ達が……』


『行くぞ。この国の治安を守るはいつだってオレ達、警察官の仕事だ』


『『『『『『『『オウ!!!』』』』』』』』


 確かに関東圏は壊滅的な被害を被っている。

 今も各地で事件は起き続けている。

 だが、その事件が解決する日は遠からず来るだろう。


 新たな戦場を前にして戦場帰りの英雄は確かに確信していた。


 ソレと戦う者がいる限り、決して犯罪が無くならないのと同様にソレを止める力もまた無くなる事はないのだ。

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