間章「逃走者」
「疾ッ!!!」
逢魔が時に足音が掛ける。
韋駄天の加護は魔力をより鋭く靴底より発し、全てを運動エネルギーへと変えた後、その衝撃を受ける足首を保護した。
よくビルからビルに飛び移るなんて事をする超能力バトルものがあったりするが、アレ自体は術師の中でもそういった自身の肉体に対して強く術を行使する者ならば、可能な程度の動きだ。
しかしながら、ビル風で軌道計算が複雑だし、その日の湿度や温度などの影響で体調も変化するし、などの理由からわざわざ自殺志願者でも無い術師がやったりはしない。
だが、生憎とそういうのに近いのが数人。
ビル屋上をわざわざ戦場に選んでいた。
別に魔物的なものに追われているわけでもなければ、伝奇的な狂気に襲われているわけでもない……が、恐らく現実において最も怖いモノが彼らの背後を襲う。
「クソッ!? 此処まで力が強まってもダメなのか……」
「逃げ切れないッ? やっと此処まで来たのに!!?」
「やはり、自衛隊か警察に助けを求めた方が……」
「馬鹿!? パンデミックのインフルエンサーを政府がそのままにしておくはずないだろ!!」
「でも、だって!? あいつらよりはマシかもしれないでしょ!!」
チューンと彼らが通り過ぎた足元。
ビルの端のコンクリが外部からの衝撃で弾ける。
「ッ、もう魔力も残り少ないよ!? どうすんの!? どうすんのよ!?」
「業界の連中は恐らく何処も日本政府と対応を検討中だ……」
「暴走した連中の処分方法もね!! どうしろってのよ!?」
「オレ達が幾ら理性を保ってるって言っても暴走の危険はある」
「また檻に入れられるのは嫌だよ!?」
「地方の亡命政権にいっそ入り込むか?」
「不可能だ!! オレ達の人種がバラバラでその地域の言語も幻術も使えんのだぞ!?」
十数人の男女。
彼らが速力の落ちてきている者を余裕のある者がカバーしながらサーフィンするかのようにビル壁面から速度を落としつつ滑空。
低いビルに移りながら最後には暗い路地裏へと入った。
『―――こちらは日本政府です。パンデミックに対して効果を発揮する殺菌用金属棒をまだご利用で無い方は速やかに市役所及び最寄りのスーパー、コンビニ、自衛隊の炊き出し、銀行、ファストフード各社の店舗などでお受け取り下さい。パンデミックの二次指定地域では―――』
路地裏には重い沈黙が立ち込める。
「クソ!! 何が殺菌だ!! そんなの出来るわけねぇだろ!?」
「で、でも、報道だと沈静化してるって、それに実際、魔力がこの2日で凄い勢いで消えてるし、空飛ぶ鯨がやったとか街灯のテレビで言ってたよ?」
「オレ達の知らない体系の連中の仕業か。それとも……クソッ、何処にッ、何処に逃げりゃいいんだ!?」
「ね、ねぇ、コレって政府がばら撒いた金属の粉じゃない?」
「ああ? そんなの今どうでもい―――」
魔力不足でフラ付いた男の一人が壁に付いたその不思議な色合いの金属粉を手に付け。
ドクン。
そんな音を己の中から聞いた。
「どうした!? 大丈夫か!?」
「なんだよ、コレ……魔力が……魔力が溢れて来る?!」
「何!?」
「は、はは……オレの身体、回復してる、してるぜぇ……」
様子がおかしい男が全身を震わせて、まるでその壁をまるで舌で必死に嘗め始めた。
「な、何してるの!?」
思わず女性の一人が声を上げる。
しかし、もうまったく声を聞いていない男が粉を大量に嘗め取った時。
ベキッと男の両手両足の骨が折れた。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?」
思わず他の者達が後ろに下がる。
だが、折れた骨が次々に血飛沫と共に外部に開放された男の肉体が見る間に巨大化し、衣服を破りながら急激に黒く体表を硬化させていく。
開放された骨が血飛沫に染め上がりながら金属のように鋭利に伸びて形成されては鎧のように両手両足を覆っていく。
「ふ、ふひ……な、なな、な゛ぁ゛」
ギョロッと男が後ろの者達を見た。
「お前らも一緒になろう? なろう? 一人は寂しいよボク」
ブジュッと男の頭部が裂けたような音と共に赤く角らしきものが伸びる。
だが、男の瞳は紅く紅く染まり、赤光を湛え、血涙が流れ、目の焦点が合っていない。
破壊されている。
少なくとも頭部がロクな事になっていないのを誰もが感じ取り、思わず逃げようとした……時だった。
彼らのいる路地裏に複数の銃声。
それに数人が打ち倒され、瞬時に沸騰した黒く巨大化した男がその銃撃の主達の方に突進し、銃弾を装甲で弾きながら、20m先の全身黒尽くめの明らかに特殊部隊しか思えぬ者達に襲い掛かる。
「い、今の内だ!! 逃げろ!! 何処でもいい!! 散るんだ!!」
打ち倒された数人が何とかヨロヨロと立ち上がり、他の者の手を借りて別方向へと向かって駆け出した。
1時間後、日本政府は東京都の一部区画を2次封じ込め地域に指定。
速やかに隔離が実行。
暴れている4m程まで膨れ上がった巨大な悪魔の如き何かを陸自の戦車部隊が水際で撃退するも、未だ民間人が区内には多数。
避難誘導を始めてはいたが、一部のSNSでは阿鼻叫喚の地獄絵図が世界中に拡散する事になっていく。
その中心では完全武装の重火器を持った男達と黒い化け物の戦闘の余波で次々に民間人がゴミのように千切れ飛び。
日本政府は対応を迫られ、一つの結論を出すに至っていた。
―――協定に基づき、日本国政府はシスコ、ロス及び善導騎士団に陸上自衛隊及び警察との共同作戦の展開を要請するものである。
その言葉が通信機越しにシエラ・ファウスト号の八木に伝達された時。
少年少女は不在。
敢無くベル達の休暇は即時打ち切りになったのだった。
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