第80話「逃げた男」
「つまり、自衛官の私達くらいの子達が全滅したって事ですか!?」
ベル達に緊急の連絡が入ったのは事件発生から3時間後の事であった。
カントウ圏への魔力電池供給や隔離用の壁の設置個所を八木と数名の連絡将校によって政府と緊密に連携を取りながら詰めていた最中。
その最悪の報が届いた。
「事務次官側からの緊急の要請だ」
フィクシーが事態のあらましを北米方面からの通信で語る。
「そして、あちら側からも幾らかの情報が開示された。この世界において我々と同じような力を持つ者が少ないながらもいるそうだ。MU人材という名で彼らは呼ばれ、陸自の襲われた師団はその若手を教練していたそうだ」
東京湾の海底。
一般の船の運航が禁じられた一角。
魔力を経由するディミスリル・ネットワークによる僅かな通信で彼らは遣り取りしていた。
先日の高位魔族などの案件をフィクシー、ベル、ヒューリ、ハルティーナの四人で協議していた最中に呼び出された副団長代行が会話の席に戻ってきて、彼らはその事実を知ったのだ。
「出来る限り迅速に生き残った子達に治療を施して貰えないかとの要望だ。ただ、あちらは極めて重症でどちらも四肢欠損状態。更に片方の少年は顎から喉に掛けて、少女の方は目をやられたらしい」
「そんな―――」
ヒューリが思わず少年が真っ二つになった時や四肢を失った時の事を脳裏に過らせた。
「シスコ側とも協議した結果。陸自に義眼と義肢を特例で提供する事になった」
「それってあのゾンビの?」
ヒューリにロス側から送られてくるフィクシーの映像が頷く。
「ああ、安全性は今のところ確かめられている。だが、生憎と今の段階でシスコとロスから普通の人間を送って大丈夫なのかどうかがまず確かめられていない。私も動けない状況では転移させるのは義肢と義眼が精々だろう」
「つまり、それを手術で付ける人がいないんですか?」
「後数日はこちらから送れない。だが、手はある」
「手?」
「これから義肢義眼の転移受領後、指定の病院へ向かう前に人材を1人拾って行って欲しい。シスコ側からの連絡を入れたら、あっさりと承諾したそうだ」
ベルが気付いた。
今、この日本にいて戦線都市由来の義眼やゾンビの体細胞の義手を取り付けられる人物がいるとすれば、それは一人しかいない。
「分かりました。迎えに行く人物は今何処に?」
「ヨコハマという街だそうだ。先日の一件で怪奇事件が未だに数十件確認されている。その湊にいると。日本政府側にも村升事務次官を通して連絡を入れた。シエラ・ファウスト号は乗船させた後、即座に内陸の指定された病院に向かえ。あちら側が一応は付近に待機場所を指定してくれた。野営が出来る場所だそうだ」
「分かりました。ただちに!!」
少年の言葉に頷いてフィクシーの映像が途絶える。
「ベルさん……迎えに行く人材って……」
「ええ、僕達に因縁のある相手です」
彼らの乘った巨大な白と朱の鯨は見えざるまま東京湾に浮上し、その姿を誰にも直接見せる事無く……急激に高度を上げて飛び去って行く。
その水がいきなり持ち上がり、シルエットが瞬間的に流れ落ちる水で確認出来た米軍の監視ユニットは即座に後方へと連絡を入れたが、それ以外に何も異変は無く。
出会いが呼ぶ嵐はすぐ傍まで迫って来ていた。
*
その湊に不可視化したシエラ・ファウスト号が入港し、八木達の操艦によって海面をホバーのように移動してその岸壁付近に付けた時。
周囲からは緊急で船舶が退避させられていた。
そして、岸壁の上。
一人の男。
鋭い眼光の遠目にも堅気ではないと分かる男がいた。
そして、少女を一人連れているのが分かる。
男は手に鞄を持っており、何処か不満そうな顔をしていた。
出迎えは少年だ。
不可視化したまま。
縄梯子が降ろされれば、男は一度振り返ってから少女の頭を撫でようとし……それを止めて、肩に手を置いて何かを告げてから昇り始めた。
不可視化結界内に入って甲板に引っ張り上げられた男が少年を見る。
「久しぶりだな。異世界人の少年。君達と二度と会わない事を祈っていたよ」
「それはお互い様です。でも、それが許されない立場という事もあるでしょう。過去の柵はいつだって追い掛けて来ますよ。誰が知らなくても……」
中肉中背。
今は出会った頃とは違って少し二枚目のスポーツマンのような顔の彼。
「エヴァ・ヒュークさん。善導騎士団、シスコ、ロス及び日本国側からの要請に応えて頂きありがとうございました。今回の件の報酬はシスコの市長のポケットマネーから支払われるそうです」
「……患者の容体は?」
甲板のミサイルハッチを開口。
少年がエヴァを抱えて真下に飛び降りる。
難なく身体の術式強化で着地した少年がすぐ傍の通路にあるリスティアの金属塊を横に見ながら、匿名希望という事で協力を受諾したエヴァの額に触れて、認識阻害の術式を付与し、要らない情報を遮断するように少しだけ配慮する。
「患者は二名。片方は15歳男性。両手両足を全欠損。更に顎から喉に掛けて脱落。片方は15歳女性。同じく両手両足を全欠損。両目が無いそうです」
「……あの義肢には体格に合わせて幾つか番号があるんだが」
「【
「あの場所はそう呼ばれてるのか今……それにさすが異世界……
男が半笑いで皮肉げな顔をした。
「患者の状態の映像と写真です」
少年が虚空に八木と調整して病院側に入れて貰った鳥型ゴーレムから受像した映像と画像を張り付け、男の前に提示する。
「……少女の方は5時間もあれば可能だ。だが……こっちの少年は何だ? 全身が爛れている? 重度の火傷でも負ったか?」
「そちらの方の状態には特殊な体質だそうです」
「体質?」
「熱量を無限に出力する能力、だそうです」
「自身の能力で焼け死ぬ
「今は治療と同時に全身を冷やしているそうですが、そう長くは持たないと」
「了解した。病院に付き次第施術させて貰おう」
エヴァを待機用の一等客室……シエラ・ファウスト号内の貴賓室まで案内して待機するよう言った少年はもう既に高速で富士の樹海方面へと向けている艦の航路を事前に示された通りに移動させながら、CICまで戻ってくる。
そこでは八木が軍用無線を横にして少年の出す虚空の映像、地図を見ながら、マーカーの付いた現在地を空自側に連絡している。
不可視化して航行するシエラ・ファウスト号はその金属の特性か。
巨大な割りにレーダーに掛からない性質を持っているらしく。
八木が事前の飛行計画無しに航行すると民間機や空自、米軍の機体と接触する危険性があると指摘してすぐ日本政府との間に取り決めが為された。
緊急時以外で動かす時は出来れば、八木を通して向かう場所と航路を提示する事になったのだ。
「八木さん。対象を乗船させました20分程で病院に付きます。ハルティーナさんと僕が直接病院内へ向かいますので残った方はヒューリさんと共に待機をお願いします」
「了解した。付近のキャンプ場で滞空しつつ駐機して欲しい」
「はい」
そうして30分が過ぎる頃には少年とエヴァとハルティーナの姿は病院内にあった。
エヴァは渋ったが、義肢義眼と器具一式が入ったバックパックを背負ったハルティーナに腰を掴まれて一緒に上空30mからダイブしたのである。
空からいきなり振って来たベルとハルティーナ、術式のせいで他者からの認識も阻害されている影の薄い男を前にし、病院関係者は唖然としていたのも束の間。
すぐに守備に就いていた自衛官達がシスコから機材を届けに来た善導騎士団だとの言葉に敬礼を返して病院の集中治療室前まで彼らを案内し、そこで重症を負った子供達の訓練担当教官だという男に彼らを引き継いで再び病院の防衛任務に戻っていく。
「
「善導騎士団大使ベルディクト・バーンです」
顎髭を蓄えた顔の上半分をマスクで覆った野戦服の体格がガッシリした男。
彼がベル達に敬礼し、集中治療室横の一室へと招き入れる。
「お待ちしておりました。善導騎士団の皆様。マスクをしている怪しい男だと思われるでしょうが、昔ゾンビとの戦いで顔を酷く齧られまして。御容赦を」
「いえ、お気遣いありがとうございます。それで患者の容体は?」
席に座った彼らを前にして男が室内に用意していた大型のディスプレイ付きの端末を提示し、集中治療室内に並んでいる二人の教え子の姿を映し出した。
「?!」
思わずハルティーナが口元を手で押さえそうになったが、グッと堪えた。
どちらも両手両足のある部位に大量のコードが繋がっており、更に輸血用パックが大量に吊るされて今も危篤状態である事が分かった。
「事前にお送り頂いた治癒用の魔術具でしたか。アレがかなり効いて容体が改善しました。ショック症状で一時は生死の境を彷徨っていたのですが……本当に感謝したい」
男が擦り傷だらけで今も僅かに血が止まっただけのまったく治療がされていない腕を差し出し、少年のテーブルの上の手を熱く握った。
「その傷の手当は?」
「こちらは軽症です。打撲と擦り傷程度ですので。現場では陸自の隊員達が消火活動をしながら今も救出活動を続けています。緊急事態である以上、この程度の傷、構っていられません」
「……少女の方はすぐにでも義肢の縫合を始められる。5時間もあれば完了するだろう。だが、こちらの少年の方は……」
初めて発言したエヴァを安治が見やる。
「こちらの方が施術をしてくれるシスコ側の協力者です」
「あの子は……助かりますか? 先生」
「まず何よりも傷口が爛れ始めているのが問題だ。身体を冷やしているようだが、もっと体温が下がっていないと義肢を付ける時、厳しい……体表の発熱を押さえる手段はあるか?」
途中から少年に視線を向けたエヴァだったが、すぐに頷きが返るのを見て立ち上がる。
「では、さっそく施術に取り掛かろう。まずは重症化し掛けているあちらの少年からだ。少女の方は後回しでも十分間に合う。君も来てくれるな?」
「勿論です」
「では、患者を手術室へ。機材の搬入は病院側に一任するが、助手は要らん。全て専用機材でメス以外は殆ど分からないだろう」
立ち上がるエヴァに安治もまた立ち上がり、深く頭を下げる。
「どうか、お願いします」
「少女は確実に助けよう。だが、少年の方は少し難しいとだけ言っておく。手術の終了予定時間は少年に関しては10時間以内とだけ」
すぐに安治が看護師を呼んで、三人が準備に取り掛かった。
「一ついいですか?」
「何だ?」
少年の言葉に顔も見ずに男が静かな声で返す。
「その……娘さんと上手くいってますか?」
エヴァが先導していく看護師を追いながら苦笑する。
「毎日、怒られてばかリだ。こんな事も出来ないのかってね」
「そうですか。元気そうで良かった」
「あの事件が起きた時も私と娘とあいつの部下は横浜からも離れた場所で暮らしていた。幸いにもな……」
「この国を護るのは本質的に僕達じゃなくて、今この時も戦い続けている自衛隊や警察の方々、それを支える多くの人達です。どうか、力を貸してあげて下さい」
「フン。言われるまでも無いさ。もう逃げ場は無い。それくらいの事、分かってる」
それは本当に実感の籠った言葉だった。
男とて理解はしていたのだ。
権力も何もない男に後出来る事は抗う事だけだと。
「貴方のした事は許されないかもしれませんが、貴方がああしたからこそ彼らはあの日を生き延びる事が出来た……それは事実です」
「百万規模の群れ、だったか。私がいなくなってあの都市の連中が戦えただなんて驚きだ」
皮肉な口元。
しかし、その何処か安堵するような声が男の本質なのかもしれず。
「何れ……もう一度お伺いします。戦線都市の事について聞く為に……」
「歓迎は出来ないな」
「なら、お土産を持っていきます。ジェシカさんの好きなジュースを持って」
「……あいつ、要らん事を吹き込みやがって。まったく……どいつもこいつも……お節介な事だ」
彼らが準備を終え、患者が運び込まれた手術室に入ったのはそれから30分後。
剥き出しとなった両肩と足の付け根の部位は綺麗に両断されており、爛れていく身体を前にして少年が長丁場になりそうだと室温を術式で直接下げ、更に発熱する少年の身体、胸部に手を置いて冷やし始める。
「では、始めようか」
エヴァが告げる。
「はい」
それに答えた少年は用意されてトレイの上に乗せられた四肢と顎から喉に掛けての部位を見やる。
麻酔科医と軽く意思疎通した男はメスを持った。
二人の男は己の出来る限りを尽くす為、その命に向き合い始めた。
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