第75話「小休止後お食事時」
三人の少年少女が引き起こした島を消し飛ばすかのような大スペクタクルを自衛官も米兵も誰一人として確認した者はいなかった。
だが、少年と少女達が結界で合流地点までやってきた時、彼らは喝采を上げた。
未だ外部を極秘裏に探索する船型ゴーレムなどは残されていたが、それは騎士が来るかどうかを観察する為だ。
三人はあの蠅の化け物達がもうこの世界から消えた事を理解していた。
少年が呼び出した巨大な奈落の暗闇。
迫り出した高次領域には死……つまり、新種の培養ゾンビ達や騎士達を形成する肉体のみを吸収する力があるらしく。
一匹すら残らなかった蠅達はもう二度と新たに造られぬ限り、世界に現れる事は無いだろう。
「ぅ……」
(ベルさんを休ませないと)
少年が僅かに消耗を見せ、ヒューリが隣で様子を見ながら何処で休ませようかと思案した。
全員が区画内に戻り、水を抜かれ、正規の潜水艦から降りた者達が使う階段状のタラップを使ってターミナルへと入る。
すると、待機組と共に八木が彼らをで迎えた。
『ご苦労だった。諸君!! 騎士ベルディクト……既に報告は聞いている。強敵の排除、本当に頭が下がる思いだ』
『八木さん。僕らはしばらく休みます。皆さんを指揮して船への乗船と内部への装備や設備の運び込み、よろしくお願いします』
『ああ、頼まれた。さて、全員の生還を喜んで宴会でもしたいところだが、まだ敵は残っている!! 各員は直ちに持ち場に付いて任務を遂行して欲しい!! 夕暮れ時の出航まで時間も然程無い!! 物資、設備の搬入班は急いでくれ!!』
八木の一声で男も女も無く。
次々に敬礼してから艦内へと持ち込む物を取りに向かった。
『艦内で寝るかね?』
『いえ、ターミナルの一番奥にある仮眠室を使わせて貰います」
ヒューリがフラッとしている少年の身体を横から支えるようにして八木に告げた。
『分かった。何かあれば、連絡する。次に向けてゆっくり休んでくれ』
八木へ頭を下げたヒューリとハルティーナが少年と共にターミナルの中層にある仮眠室と書かれた設備へと向かう。
エレベーターで下って、通路を曲がればすぐの扉だ。
扉が開かれる。
さすがに今、内部で眠っている者はなく。
奥へと続く通路の先には扉と部屋が大量に並んでいた。
少年を殆ど抱えたに等しい二人が一番奥の扉を開けて、まだ誰も使っていない事を確認すると常備されていたシーツをマットレスの上に敷いて、枕を配置。
少年をゆっくり横たえた。
「済みません。眠くて……ちゃんと時間になったら、起きます、から……ちょっと、だけ……」
辛うじて意識を保っていた少年がスゥスゥと寝息を立て始める。
少女達もまた無理も無いと少年の姿に笑みを浮かべつつも、激闘の後の疲れに今まで気を張っていたのが嘘のように……トサリとその横へ泥のように意識と身体を落していくのだった。
*
少年少女達がすっかりダウンとしている頃。
ようやく最後に基地へ辿り着いた者達がいた。
いや、2匹と言うべきだろうか。
船酔いグロッキーな黒猫と白猫の猫ズであった。
船型ゴーレムの上は仮にも快適とは程遠く。
渡されていた潜水用の術式を展開して、透明な結界で海中へと潜り、閉じている隔壁に丸く刻まれている少年の導線の中へと飛び込んだ瞬間には基地のターミナルの中央に置かれた導線から出て来るという荒技である。
シタッと。
ターミナルの最上階にあった無人のデスクに降り立った二匹は猫使いが荒い主人は放っておいて何処かで休もうと動き出そうとしたがグゥと小腹が空いた音を響かせる。
「マヲ……」
「クヲ……」
確実にお腹空いたというセリフを吐いたかと思えば、ターミナルの案内図。
自衛官と米兵が合同で造った簡易の白紙を何枚も張り合わせた見取り図を見て、食堂へと向かっていく。
一応、二匹は少年の血肉から造られたので肉体構造こそ猫だが、猫だから食べられないというモノは存在しない。
人間より胃袋が物理的に小さいという事を除けば、正当な食事を要求出来る立場であるが、少年の魔導は現在殆ど自動化されており、疲れているのに応答させるのもアレだと良心的な猫達はイソイソと自分達の脚で数百人の飯を賄う台所へと向かうのだった。
数分後。
2匹が辿り着いた一角は微妙に込み合っていた。
数百人の人間を数十人ずつ食わせているせいで出発前の腹ごしらえをする者達が大量だったのである。
幸いにしてターミナル内には数か月分の保存食が置かれており、許容量オーバーな人数にも関わらず、艦内で育て収穫された作物と合わせて食事を賄う事は出来ていた。
調理場に経つ15名程の調理班が缶詰と生野菜を駆使して残っていた調味料を使いまくり、まともな飯を提供していれば、賑わうのも頷ける。
ガヤガヤしている質素な暖色の床や壁の食堂のカウンターには長い行列が出来ていた。
2匹がその合間を縫ってカウンターまで行き。
シタッと上がって二声上げる。
「クヲー」
「マヲー」
それに気付いた班員と料理人達がギョッとした。
瞬時に拳銃を抜こうとする者すらあった。
ゾンビ化した動物かと思われたのである。
変な啼き声も相まって、彼らの形相は極めて驚愕に染まっている。
「マヲヲヲ?!」
「クヲヲー!!」
自分達はテキジャナイヨーと2匹が人間臭い二本足で立ち上がり、何やらジェスチャーを始める。
何を言っているのかは明らかでは無かったが、行列の中から声が上がった。
「あ、この子達って、騎士ベルディクトが先程連れていましたよ。何か作戦用に造った使い魔だとか……魔法ですよねぇ」
それに緊張していた行列の者が疲れた様子で汗を拭い。
何か釈明しているらしき猫達を見て、食事にでも来たのだろうかと考え、すぐに調理班に猫でも食えるモノを……という善意からのオーダーをした。
だが、これが限りなく面倒な事になったのは当然か。
猫なんだから、猫が食べるモノをお食べよ、と。
調理班は自信満々で猫に対してクッソ味の薄い猫が喰っても大丈夫な生野菜のサラダだの、消化出来そうな野菜の蒸し物だの、ヘルシー極まりないものばかり出してくる。
「「………」」
猫ズが見つめるのはテーブルの上に並んだ普通の料理なのだが、隊員達は気の良い笑顔で『お前達は食べられないから、悪いな』と頭を撫でるばかり。
いや、自分達は猫だけど普通に食えるよ、的な漫才染みたジェスチャーがマヲマヲクヲクヲ繰り返されるが、殆どの連中は意味は分からんけど、カワイイなぁ~という顔(*´▽`*)をするだけであった。
さすがに動き疲れた猫ズが仕方なくサラダを食おうと尻尾を器用に使って卓上のドレッシングを取り上げて入れようとするが……ガシッ、と。
「「?!」」
そのドレッシングのボトルが掴んで止められた。
「猫ちゃん達~~そんな味の濃いもの食べたらお腹壊しまちゅからねぇ~~♪」
「そうよ~~。猫ちゃん達はこれで我慢よ~」
女性達が2人。
仲良く2匹の最後の希望であったドレッシングを取り上げる。
「マ、マヲー?!!」
「ク、クヲー?!!」
『な、何をするだー!!?』的な顔で取り返そうとするも、女性達は猫相手に猫撫で声を発しながら、猫の瞬発力を物ともせずに善意の絶対ダメ―という微笑みで完全ブロックをかます。
「マ、マヲヲヲ~~~ッ」
「ク、クヲヲヲ~~~ッ」
絶望の表情を浮かべた2匹は『ドレッシングも満足に掛けられないッ、こんな世の中じゃ!!』と言っているかは定かではないものの……涙目でダダダッと走り去る。
もはや自分達で食料を確保するしかない。
そう決意する2匹の行動は早く。
今度はすぐに見取り図で見ていた食料保管庫へと向かった。
そう、狙うは保存食である。
これならば、こっそり持ち出せば、見咎められまいという算段に猫ズが悪い顔でほくそ笑む。
しかし、食料保管庫のドアノブにぶら下がり、ガチャリと開けた2匹を待っていたのは食堂に全ての食料が一括で纏められた後の空となった棚だけだった。
残っているモノは一つもない。
今日食べる分以外は全て潜水艦に持ち出されていたのだ。
だが、今から潜水艦まで戻るとかいう苦行を我慢出来るようなら、彼らもこっそり忍び込んだりはしないわけで……(´Д`)(´Д`)という顔になった2匹は……冷蔵庫を襲撃する事にした。
気分はもう世紀末にモヒカンで車を乗り回すヒャッハーである。
冷蔵庫の扉バーン。
内部に死体袋がドーン。
後、ついでに廃棄決定済みの烏賊や蛸の一夜干しがドサー。
二匹はもう満面の笑みで虚空へ大量の一夜干しを浮遊させ始め、誰も見てない部屋で焼いて食べようと冷蔵庫を後にしようとしたが、そんな光景が見付からないわけもなく。
途中で気付いた女性隊員の一部がまたもやコレを阻止。
猫ちゃんは猫ちゃんが食べるモノを食べましょうねぇ~と一夜干しが冷蔵庫を出る前に扉が閉められ、今度は厳重に鎖で封鎖された。
「「(ノД`)・゜・。」」
希望の未来なんて無かった。
猫達がトボトボ去っていく背中はやさぐれていた。
だが、そんな時だ。
彼らが偶然通り掛かった場所が士官達の部屋で内部から声が漏れ聞こえて来ていたのは……。
『―――あの区画内の大量の蛸に関しては我々が受け持つべきなのでは?」
『いや、彼らならばきっとやってくれる。それに我々が操られた場合、敵が増える可能性も高い。足手纏いになるのは避けねば……』
「「( ^ω^)……」」
聞き耳を立てていた2匹がシタタタッと走り出し、『もはや生でも構わん。塩味くらい付いてるだろ』という清々しい顔でターミナルから未だ繋がっていない区画が格納されている場所が近い壁まで行く。
そして、おもむろにベルの丸い導線を何処からか口で引っ張って来るとその壁にビターンと引っ付けて、その中に飛び込んだ。
少年は知らないが、2匹にとって主の魔導を勝手に使う事など朝飯前であった。
導線内のポケットを経由して、少年が基地内部のあちこちに生成している導線を跳んだ猫ズは最終的に突入用に儲けられていた見えない蛸が沢山いる区画内の出口へと飛び込んだのだった。
―――午後5:40。
何とか激戦の疲れを魔術込みで癒した彼らが己の為すべき事をする為に区画への侵入準備を始めた時だった。
少年が再度、内部の解析をした瞬間。
思わず、首を傾げた。
内部に何もいない。
いや、違う。
何もいないというか。
大量のカラストンビしか落ちていない、というのが正しいだろう。
思わず八木や少女達に報告して、巨大蛸の区画も調べてみた彼らだったが、結果は同じであった。
30m以上のカラストンビと大量の乱杭歯だけがカランと区画内には残っているのみ。
何かの擬態かと少年達は一応、全ての区画を再スキャン。
だが、あれほどの体積はこの基地内の何処にもいない事が分かっただけだった。
三人がフル装備で区画内へと突入、少年が予め知っていた状況を確認し、明かりも付けたが……大量のカラストンビの残骸しか残っていなかった。
整備区画内にも向かってみたが、結果は同じ。
「………(チラ)」
少年が妙に腹が膨らんだ猫ズの方を見る。
しかし、猫達はケプッとおくびを漏らすのみでケロッとした顔でノタノタと少年の左右に素知らぬ顔で付いてくるだけだった。
「どうやら危険は本当に無いようです。解析に引っかからなくなったわけでもないので大丈夫でしょう。一応、此処に入るのは完全武装の人間だけにして潜水艦用の整備道具やら設備の一部で使えそうなのは貰っていきましょう。2時間程取ります。八木さんに連絡して運び込んだら出航しましょう」
「クヲ~~~けぷ(満足)」
「マヲ~~~けぷ(満足)」
少年の横の猫達の口は明らかに海鮮臭かったが、少年以外怪しむ者もいなかった。
こうして世界を滅ぼせそうな化け物その2はその威容を誰に見せる事もなく消えたのである。
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