第74話「百足と蠅」
―――12:43。
浜辺から先の林で炎が起りつつあった。
煙を上げるようなものではない。
だが、樹木の合間に煌々と輝く篝火が点火されて15分後。
島全体が霧に覆われていた。
そして、陽射しを遮った白い微弱な魔力を遮断するソレの中を赤黒い脚が次々に連鎖して耳障りで不安を掻き立てるような音と共にやってくる。
空は薄曇り。
陽射しが届かないという程では無かったが、黒い霧が混じり始めると途端に周囲は空まで染まって光を遮断された。
その中に輝くのは赤光。
最初こそ、青だったり紫だったりと大人しめな輝きだったのが、今は警戒色らしい攻撃的な色彩に染まっていた。
血濡れた宝石を思わせる蟲の複眼。
シュルシュルと近付いて来て、ソレが篝火をグルリと全周から移動しつつ見つめ、最後には脚の1つで叩き壊す。
周囲に視線を向けても何も見えず。
しかし、探せとばかりに黒い霧が広がろうとして―――。
超小型のZ化した無数の蟲が次々その身体を地面へと落としていく。
異常に気付いた巨大なムカデが周囲を思わず見渡し、その鎧のような甲殻を鋸染みて回転させて、周辺の樹木を薙ぎ払う。
だが、蟲達の落下は止まらず。
それどころか。
次々に地表へと落下して最後には地面で蠢く黒い絨毯となってしまった。
パチュン。
そんな蟲の内部に銃弾が貫徹する音。
豪雨のような銃弾が次々放たれ、ムカデの全身を穴だらけにしていく。
蟲に感情など無い。
だが、怒れるソレが周辺で暴れのたうち。
黒い蟲の群れと土砂に塗れながら、敵を探す。
それでも周囲に隠れている相手をムカデが発見する事は無かった。
通常なら貫く事すら不可能なはずの分厚い甲殻が銃弾で破砕され、内部の血肉を抉って噴出させていく。
『全隊櫓の上から殺虫剤の散布を継続。完全に相手が動かなくなるまで相手の中心に弾を撃ち込んで下さい』
声は小さな軍用無線のインカムに告げられていた。
海中に建つのは目に見えぬ不可視の櫓が数十。
ベルのスコープで数十倍まで見えるようになったサブマシンガンを持つ兵達が立っている。
30mの高さを持つソレの上で数人ずつの編成となった彼らが400m先から
その集弾性と命中率は驚異的だ。
また、銃器からの音は殆ど発されていない。
マズルフラッシュも同様だ。
通常なら衝撃波が出ているはずの超高速だというのに不可思議だった。
『こいつ!? 凄い銃ですよ!!』
『この距離でスコープ内の相手に必ず命中するって……どうなってんだ?』
『弾丸も物凄く固いだけで動体誘導弾とか言うのじゃ無いって話だが……』
『とにかく、あのデカブツの甲殻を撃ち抜けりゃなんでもいいッ』
『ここから以外にも銃弾を撃ち込んでるようだが、あの角度……一体どうやって?』
彼らが驚くのも無理はない。
照準装置の中央に的が見えている限り、必ず当たる弾丸。
そんなものを彼らは不可思議に思いながらも使っていた。
次々にムカデが胴体中心部を狙い打たれて身悶えながらも最後にはまるで溶解液のようなものを大量に口から周囲に撒いて、蟲達を巻き込んで煙を上げながら地表へと倒れ込んだ。
「ベルさん。この銃って……」
櫓の1つに陣取りながら、ヒューリが今までよりも格段に威力を増し、命中精度が視線誘導せずともおかしな事になっているサブマシンガンを見た。
「今まで色々と工夫はしてきましたけど、重火器の命中精度に対して銃弾で補うばかりで銃本体は軽量化を主軸として頑強に造るだけだったんです。今回のコレは銃そのものの完成度と同時に銃弾を命中させる為の考え方を変えました」
「考え方?」
敵は倒した。
しかし、現状は維持。
次の敵が来ないとも限らないと10分程の待機が言い渡され、未だ兵達の緊張感は保たれたまま。
「どうして、銃弾は直進しないんだと思いますか?」
「え?」
「重力で弾が地球に引かれたり、コリオリ力とか風の影響があるんだそうです。でも、この世界で使われているレーザーサイトという照準器を見た時、そういう事なんだなと僕には分かりました」
「そういう事?」
「この世界の重火器は携行する武器として不完全です」
「不完全?」
「封入可能な機構で発射出来る弾の性能には限界がある、という事です。火薬を使った弾丸の初速の遅さから来る環境からの影響を込みで銃弾を放たないと当たらないくらいに……」
「でも、それは仕方ない事なんじゃ……」
「魔術師にも初速の早い攻撃を当てる【
「何が言いたいんですか?」
「レーザーサイトは相手に当たっているのが見えます。弾丸じゃなくて光なら相手には届いていた。要は重力と環境の影響を弾丸よりは受け難い光の性質と速度があれば、照準器で見た相手にはそのまま光を当てる事が可能なんです」
「………」
ヒューリの前で少年が小さなチャンバーとバレルの部品、銃弾を取り出した。
「コレが手品のタネです」
「この弾丸、私が使っていた?」
ヒューリがその弾丸を手に取って己が使っていた対物ライフルの弾丸そっくりだと理解する。
「はい。この弾丸はヒューリさんが使っていた秒速4000mの初速を得られる弾丸の改良品で自身の進行方向に魔力を消費して真空を産みます。また、このバレルは更にソレを加速する為の術式が織り込まれた耐熱耐圧対衝撃特化の部品」
少年が次々に部品をなぞりながら織り込んだ術式を魔力で僅かに輝かせる。
「そして、このチャンバー部分は魔力転化した際の衝撃をこの部品から外に漏らさないよう吸収する改良した
「つまり、このサブマシンガンは重力とか風の影響を余程の長距離じゃなければ殆ど受けないんですか?」
「はい。それを振り切る莫大な加速と真空による空気の影響の遮断、秒速9000m程になります。激発時、魔力転化の衝撃で融けないディミスリル製の弾丸じゃなければ、あっという間にチャンバー内で融解して暴発します」
「ベルさんの造ったこの銃って要は……」
「高位の術者が使うような膨大な魔力に支えられた初速と連射性能と命中率の高い魔術の攻撃を銃という機構を使って再現しました」
「光や衝撃を超高速で相手にぶつける術式の銃版って事ですか?」
「大陸標準の強さで言えば、大魔術師よりは幾分か落ちるレベルの術師が使うようなのを目標にしたので、大魔術師クラスから見れば、児戯くらいかもしれませんけど」
「いやいや、それでも凄いですよ!! だって、普通の人が高位術師並みの攻撃をって事ですよね?」
「はい。コレが量産出来たなら、圧倒的な質相手でも……数さえあれば、戦う事が出来るはずです。魔力供給は全て魔力電池から。魔導には製造コストも有って無い様なものですし、魔力は運動エネルギー転化と衝撃の吸収に使うので反応も極めて微弱です」
「
ヒューリがベルの目指すところを理解する。
「はい。どんな大魔術師だとしても、己に及ばない人間とはいえ、それなりの相手に100人、1000人群がられたら、大抵落ちます。黙示録の四騎士もこの質の攻撃を同時に数千発覆す程の質はない」
少年が部品を拳に握り締める。
「既に僅かながらも復元に成功した緑燼の騎士、白滅の騎士の装甲を使って、先程試験した結果、破壊可能である事も確認されました。これなら、彼らの装甲を撃ち抜けるはずです……次はもう負けません」
「―――もう凄いとは言いません。でも……」
キュッと少年を少女が抱き締める。
「ふぁ?!」
「ベルさんの頑張りを褒めさせて下さい」
「ぁ、あの……み、皆見てます、よ?」
少年が周囲の櫓から集まる視線に先程までの黙示録の四騎士だって倒せちゃうという顔をしていた姿も何処へやらオドオドし始める。
「ふふ、見たい人には見せ付けておけばいいんです」
「その、ヒューリさん。少し変わりましたか?」
「……そうかもしれません。もしかしたら、これが母親になった威厳というやつかも?」
冗談めかして言う目の前の野菜の聖女様に頬を朱くして少年が思わず顔を逸らした。
「嘘です。そういうのは後数年先にする予定ですから」
「え?」
少年が真意を問うよりも先に周囲のデバガメ達に視線を向けて、思わず自衛官と米兵達が視線を逸らしたのを確認し、彼女が櫓の下に続くロープを握る。
「あのムカデの死骸を調べて来ます」
「わ、分かりま―――!?」
少年が思わず少女の袖を掴んで、倒れていたムカデの方を凝視する。
「え……?」
ヒューリもまた気付いた。
島の遠方。
中央付近から黒い霧が雲霞のように流れ込んで来る。
「やっぱり、まだ何処かにムカデの仲間か、更に大きいのがいたんです!! ヒューリさん!!」
「分かりました!!」
少年が己の外套から対物ライフルを取り出した。
「あの大きい【リヴァイアサン】相手でもこのフルビルドした対物ライフルなら次は脚毎撃ち抜けるはずです。全導線をアクティブへ。殺虫剤を更に広範囲に散布します。敵が現れたら出鼻を挫きます!!」
黒の霧の津波がムカデの死体がある森林地帯へと押し寄せ、沿岸部に到達するより先にベル特性の殺虫剤……七教会謹製疫病防止用の強力な環境破壊効果すら有する使用に制限のあるソレの海に突っ込み、次々に落ちていく。
ムカデを境にして島の端が蟲の津波と黒の大地に別たれた。
「こんなに蟲がいるはずありません!? やっぱり、この蟲は新種ゾンビと同じ……」
少年が相手の正体を看破しつつも、その根源を探して映像解析を繰り返す。
「何かいます!! マーキングするので撃って下さい!!」
少年の魔導によってスーツのマスクへ誘導用の丸いアイコンが空間に表示される。
兵達が一斉にその蟲の津波の奥。
約900m先に照準を付けて撃ち放つ。
あまりにも軽い手応えと共に蟲の奥に無数の弾丸が突き刺さり―――しかし、その相手が急激に津波の奥から垂直浮上して彼らの前に姿を顕す。
「ひ?!! お、おおお、大きい蠅?!」
ヒューリが思わずビクッとした。
それは少なくともムカデよりは小さいだろう。
だが、どう見ても15mは有りそうな丸い身体の甲殻を纏った蠅だった。
小さな蠅達の外見に巨大な装甲を付けて、更に脚を増やした感じだろうか。
攻撃的なギザギザとした甲殻から見た目は甲虫のようにも思えるだろうが、何分顔が乱杭歯の生えた蠅である。
「そ、それよりも今、魔力波動が!?」
少年が言っている合間にも次々に櫓から銃弾がその巨大蠅に向かって放たれた。
だが、その顔面寸前でドス黒く斑模様の輝く壁に遮られて、銃弾が軌道を逸らされ、地面や虚空へと突き抜けて消えていく。
「魔術方陣?! アレを弾いたって事は少なくとも大魔術師クラスの防御方陣ですが、オカシイです!! 法則制御や慣性制御レベルの方陣でもないのにどうして―――」
少年が対空する蠅を更に解析しようと櫓から身を乗り出した時、蠅の親玉が大きく口を開いて人間の悲鳴をダミ声にして数百束ねたような絶叫を響かせる。
途端だった。
次々に蠅の津波が親玉の周囲に集まっていく。
「―――?!!」
その群れが島中から集まりつつある時点でもう形は取っていたソレは巨大な方陣を背負う蠅の身体と頭部を無理やり人間のように変形させたような……極めて悍ましい光沢を放つ禍々しい人型へと変貌する。
『皆さん!! 櫓から飛び降りて下さい!!!』
瞬間的に状況判断した少年の声で一斉に血の気を引かせていた兵達が海面までの高度は考えたものの、すぐに飛び降りた。
少年もまた瞬間的にヒューリに腰を腕で抱えられてダイブする。
次の一瞬が命運を分けた。
見えざる櫓へと向けて、その巨大な蠅の彫像が手を翳す。
殺虫剤も届かない高度から一気に噴き出した蠅が櫓のある付近をまるで高速の弾丸の群れの如く吹き飛ばし、擬装が解けた構造材に群がって次々に黒く染めていく。
海面下へと瞬時に逃れた少年と少女は兵達に海面から出来るだけ遠ざかり、潜水艦の入り口となっているトンネル付近に集結するよう指示を出した。
海中を進めるのは全て魔力電池とヒューリが魔術具に込めた術式のおかげだ。
空気の入った球体。
海中で作用する小さな個人用の結界が多数、海面下から更に後方の海へと潜るようにして遠ざかっていく。
同じ結界に入っていた少年は超上空から島を監視させていた鳥型ゴーレムからの映像で相手を観察していた。
「この蠅……いえ、この新種ゾンビがもしもあの培養ゾンビと同じ素材なら……【シャウト】と……」
「ベルさん!! 来ますッ!! 逃げますか!!」
「垂直上昇!! 試したい事があります!! 100mまで一気に上って下さい!!」
全長50m程まで巨大化していた蠅の彫像。
否、蠅の邪神像とも呼ぶべきだろうソレが未だ島中から蠅を吸い上げつつ、真正面まで馬鹿正直に垂直に昇った結界に向けて次々に手を翳しては蠅の濁流を放つ。
ソレを急激な乱数回避で次々に虚空を逃げ回るヒューリの結界だったが、それもこれも基本的には少年の魔力があればこそだ。
根本的に空を飛ぶというような類の推力を得る動魔術の大半は極めて魔力の転化効率が悪い。
理由は純粋に1Gの世界において物を浮かべておくコストが高くつくからである。
法則を書き換えるクラスの魔術師技能やそもそも物理法則で飛ばない種族、魔術具の類が無ければ、延々と魔力を消費しなければならない。
「ベルさん!!」
「分かってます!! 殺虫剤を島全域に散布開始……あの二匹を起点にして島内を囲みます!! 後退して下さい!!」
少年がヒューリに島外へ出ろと叫ぶ。
その頃、島の外海に船型ゴーレムが黒猫と白猫を其々予定ポイントへと運んでいた。
何とも傍目にはカワイイお船に乗った猫ちゃんであるが、二匹はおぇ~という顔でゴーレムの小さな船体の上でグッタリしていた。
どうやら船酔いなようだったが、ベルからの連絡があったので仕方なく自身の周囲に魔導方陣を展開する。
少年の技能を広範囲に展開するのは魔導用のビーコンだけでも出来るが、使い魔である二匹は少年の魔導の処理を同時に並行して負担する。
少年を頂点とした海中の3点が高速でディミスリル・ネットワークで組織化され、島を囲んだ大規模な導線として形成される。
原始変換クラスの大規模な錬金技能の行使によって周辺海域から大量の水がベルのポケットを経由しつつ、単一の殺虫用の液体となって鳥型ゴーレムであちこちに仕掛けた導線から急激に噴き出した。
細い水圧カッターのような水柱が島内で数百本。
猛烈な速度で空気中に殺虫液を散布する。
しかし―――。
「き、効いてるはずなのにどうして?!!」
ヒューリが海上スレスレで静止させた結界内で少年の見ている映像に驚く。
巨大な蠅の邪神像は悶え苦しんでいたが、決定的な効果は及ぼせなかったらしく。
ただ、島内の蠅の流入速度が遅くなっただけだった。
次々に蠅は死んでいるが、それを上回る速度で蠅が島中から湧き出しているのだ。
「やっぱり、あの蠅は【シャウト】と同じなんです!!」
「そ、それって増えるヤツですよね!?」
「はい。恐らく、あの蠅一つ一つがソレと同じ機能を持っていて、無限に増えてるんです。あの蠅の親玉の方陣が強力だったのは蠅の大群が魔力のリソースになってるからなんじゃないかと」
「そ、そんなのどうしようも!? だって、つまりは無限に増える蠅が無限に魔力を供給してるんですよね?!」
「はい。でも、僕と同じです。恐らく蠅の親玉が瞬間出力出来る魔力には限界があります。それに方陣で防御するという事はあの中核になってる個体を複製出来ないのかもしれません」
「……一撃であの親玉を消し飛ばせばいいって事ですか?」
「さっきの声……恐らく圧縮言語。蠅の大群を統括する機能と防御機能に特化されてるなら、ソレが無くなった瞬間に指示が無くなって蠅の行動に支障が出るかもしれません。やるなら、供給量が絞られた今しかありません!!」
『ベル様。準備は出来ています』
少年の声はハルティーナには聞こえている。
今まで後方で待機していた少女は少年達より更に後方の海上に立っていた。
「僕が親玉の位置を解析します。ヒューリさんはその位置の内部を剥き出しにする一撃を。ハルティーナさんは親玉を破壊して下さい」
『「了解!!」』
「お二人に純粋波動魔力を転化励起済みで送ります。全て物理量にすれば、威力だけで魔力波動は抑えられます。この戦いに気付かれる前に決着を付けます!!」
少年が魔導方陣を海面に展開する。
それとほぼ同時に2人の少女は自らの首に掛けた魔力電池に急速に魔力が充填され、溢れ返り、自分達の肉体へと充足していくのを感じた。
彼女達が扱える限界量を全て見極めて許容量ギリギリまで注がれた魔力の影響か。
二人の虹彩がどちらも白と黒、勾玉めいた二つの色を絡み合わせて、瞳孔が其々の髪の色、黄金と紺碧に輝く。
『概念域より内在魔力を抽出。認識力を三次切り替え』
そう呟いた時、少年の方陣がゆっくりとその象形を消して、空白が滲み出した。
『「ッ」』
二人の少女が感じ取る。
その空白が何かを。
死、とは……世界に出来た余白。
概念魔力とは高次領域に積もる現実世界の残渣だ。
少年の魔力は死の具現であると同時にその余白の何もないに魔力という何かを入れる行為に他ならない。
パキッと少年の周囲の方陣から溢れ出した空白に罅が入る。
常の魔導とは違う耀き。
今は黄金と紺碧の光。
二つの転化光が混じり合い。
炎にも似た揺らめくものが少年の全身を包んだ。
その握り締められた拳が滲む空白を真上から叩き割る。
『高次領域の流入を開始、概念域露出、逆固定20秒ッ!!』
黒いものが濁流のように溢れ出し、まるで光の速さかという速度で少年が猫達と共に張った結界内の地表を完全に覆い尽した。
だが、ソレは外界たる現世に一滴たりとも零れていない。
そうなっていたならば、恐らくその吐き出されるナニカに宇宙までもが浸食されるだろう。
海上では猫達が物凄く虹色の川を垂れ流したそうにしていたが、舌を出して猫虐待反対とでも言いたげにダレている。
『我が死は頚城にして、在りし日を示す静寂。永久より来たりて、永久に陰らず……不滅の死を嘆くは華か……
巨大な黒の濁流が島の上へ上へと競り上がっていく。
まるで呑み込まれるのを嫌がるように下半身を捨てた邪神像が上空へと浮かび上がる。
その胸の中央、少年から送られてくるターゲットアイコンが二人のマスクに投影された。
『万願は証されん』
少年の声が今だけは別の何かであるかのような錯覚。
その言葉の意味を考えるより先にヒューリの対物ライフルのチャンバーが内部からの輝きに陽光の如き猛烈な閃光に溢れ―――4発。
この世のものとは思えぬ嘶きにも似た咆哮。
そのマズル・フラッシュが結界内の黒の地表を映し出すように一筋の
攻撃本体である銃弾が巨大な方陣を割り砕き、割り砕き、割り砕き、ほぼ連続して埋め込まれた先の3つが砕いた修復直前の傷跡を貫いて……甲虫の如き胸元の装甲を巨大なクレーターと化さしめる。
絶命にも等しい絶叫。
破損した方陣の修復が開始され。
が、それより先に少年達の後方にいた少女がスタートする方が早かった。
距離5km。
その島の虚空に浮かぶ邪神像はソレが突き刺さった事を知覚しなかった。
『招演奏拳―――【
クレーターの中央。
一直線にただ己の肉体を動魔術で砲弾と化し、単なる人間には絶対に不可能だろう20Gの慣性に耐え切った拳がその加速で得た運動エネルギーを全て再生し掛けている傷口に叩き込んだ。
『ぁ゛ァ゛ア゛ァ゛あ゛ア゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛ァ゛ッッッッ!!!!!』
いつも冷静な少女の口が裂けそうな程の雄叫び。
クレーターが瞬時に数倍まで広がり、まるで棒で菓子の生地を伸ばすように波打ちながら中央から弾け飛び、碧い少女の拳が叫びと同時に蟲の眉間へとメリ込んでその肉体をも引き延ばしながら中央から全ての細胞を均一に全て丸く丸く単なる塵の輪になるまで消し飛ばした。
途中、猛烈な再生能力による復元の如き作用があったにも関わらず、それらは全て細胞に引き起こされる多種多様な症状の為に最後まで全うされなかった。
ある細胞は燃え上がり、ある細胞は凍り付き、ある細胞は麻痺し、ある細胞は過剰な酸素の供給によって侵され―――碧い少女が奔らせた拙い術式が“素人”の魔術であるにも関わらず、全ては混沌として降り掛かる禍の
それが刹那の出来事。
ただ海上の少年と少女が見たのは少女が過ぎ去った後に広がる黒い輪と中央の何もない空間と突き抜けた少女が置き去りにしてしまった割れて海底まで見えた水壁の断崖。
空気を割った雷鳴の如き響きを残して、空は晴れ上がった色だけを見せていた。
全ての黒が消えていく。
空中から落ちた全ての粒子が……黒いソレに絡め取られてから―――世界の恒常性による復旧……紅蓮の炎によって焼き潰されていく。
蠅の一欠けらすら残らぬ清々しい空気と再び静けさを取り戻した島には死の影など無いかのようであった。
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