第60話「対Z訓練」

 夕暮れ時。


 都市より60km程離れた大地の上で沙漠化、荒野化が進む川沿いの地点に見習い達は降ろされる事になった。


 前方2km地点にはシスコを襲う為に移動していたが、恐らく勝敗が決した為に黙示録の四騎士達の誘導が切られたと思われるゾンビ達が6000千体程。


 フィクシー以下教官役達は夕暮れ時の戦闘を遠間から見るだけとなっていた。


 夜間になる前に決着を急ぐかどうか。

 最初の関門はそれだろう。


 騎士見習い達の銃器に装填、支給された弾薬は全て視線誘導弾だ。


 目標を捕捉した見習い達は次々散開し、15人の班を編成すると三方向から同時に攻撃を掛けた。


『全隊斉射開始!! 半包囲から後退!!』

『クソッ、魔術師技能もう少し磨いておきゃ良かった!!』

『狙い甘いぞ!! 頭部の中心を狙え!! それが無理なら背骨だ!!』

『う、うぁあ……ッ!?』

『フルオートにすんな!? 弾が勿体ねぇだろ!?』

『あーもう滅茶苦茶だよぉ……死ぬんじゃねコレ(^-^)』


 視線誘導弾と言っても基本的には術師の処理限界に効果が依存する。


 要は一度に頭部を射抜ける数がまるで違って来る。


 3点バーストを使いながら彼らが交替しつつ射撃を繰り返して後退していくと。


 走って来るゾンビ達は分断され、2000規模に別れ、殲滅されていく。


 中には培養ゾンビもいたのだが、教練通り、強い敵には弾丸を集中させて確実に倒し、弾丸の殆どは外れる事なく頭部を射抜き続けた。


『強敵だ!! 近付かれたら一溜りもないぞ!!』

『優先的に技能が上の奴を宛がえ!!』

『動きが早いぞ!! 接敵されたら終わりだと思え!!』

『誰かどうにかして!! 何でもしますから\(^o^)/』


『ん、今何でもするって言った? じゃあ、夜の間は護ってね(´・ω・)』


 それからの2時間。


 夕闇になる頃には全ての敵の殲滅を完了し、遺品回収も含めて翌日にするという判断をしたらしい見習い達は野営を開始。


 光を使わず、暗視用の魔術のみで歩哨を15人ずつ立て、4時間程度の睡眠を取りながら一夜を明かした。


 途中、ハグレたらしき小規模なゾンビ集団が複数回襲ってきたが、視覚は対等で確実に一撃死させられる弾丸を用い、更に渡されていた消音機によって群れの誘因を防いだ為、野営自体はしっかりとなされた。


 翌日の明け方。


 最後の班を眠らせて小規模の護衛を残して、小規模なゴーレムを数百体生成した部隊はすぐに遺品を回収して、死体を一か所に集め、掘らせていた穴に埋葬して碑を立てた。


『七教会式の祈りでいいかな?』

『あ、オレ旧教会派なんだ。済まんな』

『はは、それならオレはザックリと無神論者だが?』

『神様ってホントにいるらしいけど、見た事ねぇよなぁ』

『神の【意匠】使うのが昔の術式ではデフォだったらしいぜ』

『実は神様が魔王にぶっ倒されたって噂もあったりするのだ』


 その後、ベルに渡されていた導線。

 少年のポケットに繋ぐ穴に遺品を全て納めて出発。


 教官側が見つけていた更に都市へ近い大規模集団7000個体規模の群れへと接敵。


 12kmの行軍の後。


 彼らは絶望的だが、微妙に倒せない数でもない相手を前にして撤退。


 要は追いかけっこを開始した。

 走りながら射撃。


 無論、止まりながらではない為、魔術での銃弾の誘導には高度な技能がいる。


 此処でようやく銃弾が枯渇し始めた班が出た。


 元々の規模よりも大きな群れを相手にして強敵も混じっていたのだ。


 普通に考えて通常よりも銃弾は消費していて然るべきだろう。


 また、距離を詰められる速度が速い為、魔力で身体強化を使いながらだとしても、そのリソース管理に失敗した班員が続出した事はやはり彼らの技量と経験の無さを物語っていた。


『もうやだオウチ帰るぅうぅうぅ(;´Д`)』


『帰れねぇんだよ馬鹿!? クソッ、技量高いヤツに弾回せ!!』


『魔力切れだぁああ!! オレは死ぬッ!!』


『死なせるかよ!? 編成変えんぞ!! 幻術系得意な奴を大至急!!』


『そ、装甲外そう!? 逃げ切れないって!?』


『外したら死ぬぞ!? 混乱すんなッ、正気に戻れ!!!』


 枯渇した魔力はすぐには戻らず。


 だが、だからと言って班員を見捨てられもしない為、彼らは教官達も思っていなかったような思い切った戦術を取った。


 まだ魔力に余裕がある班員の一部を魔力や銃弾の枯渇した班員に付けて、不可視化させて退避させ、魔力の残存する人員で部隊を再編し、囮となって都市へ真っ直ぐに向かったのだ。


 その間に不可視化したままゾンビ集団から2キロ程離れながらもいつでも助けに入れる距離を維持した班が共に移動。


 こうしてゾンビ達の群れが縦に伸びる事も利用しつつ、潜在的には挟撃する形を取ったまま後退が可能となった。


 魔力、体力、技能、そして脱落しそうな班員から弾丸を受け取った者達は奮戦。


 30km付近まで何とかゾンビ達を切り崩しながら撤退する事に成功していた。


 しかし、そんな時だっただろう。

 新たな群れが彼らに近付きつつあった。


「ベル。ヒューリ。クローディオ。新種かもしれん。これを……」


 上空に上げている簡易の光の玉状の使い魔から送られてくる映像を見て、全員が目を細める。


 地表を奔る土煙。


 そして、その最中から出てきたのはどう見ても人間だったが……4足歩行のゾンビだった。


 だが、それだけではない。

 問題はその後方から出てきたゾンビだ。


「見慣れない量産されたみたいな奴が2体にこいつは……今、都市に駐留してる艦隊の連中か?」


 米軍の野戦服に身を包んだヘルメットを被ったゾンビ達があちこちに何処か焼き潰されたような穴を抱えながらカクカクとした状況で走っている。


 その周囲にいるのは培養ゾンビと同じで型には嵌めたような同タイプが2種類。


 1種類目は四足歩行で走るゾンビと一緒の走行方法を使っているのだが、全身から触手のようなものをウヨウヨと飛び出させている全身が赤黒い化け物。


 2種類目はその四足歩行の赤黒いヤツの背中にまるで正座しているかのような恰好で佇む黒いワカメのような髪型をして、両目と口内に大量のコールタールのような液体を満たされ、垂れ流している女性型。


 どちらも乳白色の培養ゾンビと同じく、顔の口元が巨大な蟲のような乱杭歯になっていた。


 どちらも衣服らしいものは着ていない。

 女性型は体表は乳白色と青白い斑模様で不健康そうな色をしている。


「見た事無いのがウジャウジャ……こりゃ、あいつらには辛いな。オレ達が先に接敵しよう。教官連中には見習い共を回収させて、ただちに都市へ帰還させる」


「総員出撃だ」


 フィクシーの声にベル、ヒューリ、クローディオが頷いた。


 キャンピングカーが加速する。

 数km先で不可視化して見守っていたので急行は可能。


 時速50km程で荒れ野の抜けて群れの近くまで移動した彼らがすぐに車両を止めて全員が降車。


「行きますッ」


 ベルが叫んだ瞬間。


 その外套の内側から噴き出した長い長い金属製の紐が蛇でも這うかのように虚空を高速で駆け抜け、数百m以上の長さを囲う楕円を形成。


 その真下に次々とブロックや土嚢などが落ちて来て、即席の堡塁となった。


 更にその壁の前方に移動していく紐が中央付近からザラザラといつもの鉄片地雷を全域にばら撒いていく。


「ベル」

「はい!!」


 フィクシーの求めに応じて彼女専用とクローディオ専用の対物ライフルがベルの外套の中からヌッと出てきたかと思えば、瞬時に堡塁に設置された。


 クローディオの蒼とフィクシーの白。


 どちらも同じ形だが、大きさと使われているパーツと弾丸が其々に違う。


 クローディオのは軽量で連射が効く取り回しの良さが本質であり、フィクシーのは一撃一撃の威力と防御力、近接戦用の盾が付き、鈍器も兼用する超重量な大剣の銃版と言ったところだろう。


 2人が互いにライフルの前で寝そべり狙撃態勢を取る。


「ヒューリさん。お願いします」

「はい。任されました!!」


 ベルがクローディオとフィクシーの背後に上空からミニガンを落して設置する。


 配置に付いたヒューリが頷いた。


「戦闘開始です!!」


 ベルの声と共に超長距離の狙撃戦が開始された。


 目標7km先。


 しかし、クローディオにはまるで関係が無い。


 視線誘導弾ならば、正しく地球が丸い事を理解出来る地平線の終わりまで彼が銃弾を外す事など有り得ないのだ。


 最初の5連射が火を噴いた。


 音速を超える弾丸というよりは砲弾と言いたい口径の鉛玉が空を裂いて跳び。


 数秒後に前方の四足歩行の赤黒い化け物にヒット。

 何をさせる事もなく次々に弾け散らせた。


「誘導します」


 ベルが昼間でもよく相手が集まるようその場で発煙筒を取り出して炊いた。


 色はよく見えるように黒だ。


 その合間にも地面に投げ出されたワカメな女性型の頭部にフィクシーの狙撃が狙い違わず突き刺さって弾け散らせ、その奥の敵までも貫いていく。


 相手が次々に仲間を踏みつけにして彼らの下へと進行する。


 しかし、3kmを切った時点でその数はクローディオとフィクシー相手に半減しており、1800程いる数もヒューリのミニガンで掃討可能範囲かと思われた。


 しかし、鉄片の地雷が起爆する寸前。

 ワカメの下の顔が巨大な響きを虚空に奔らせる。


「何だ?!」

「コイツはッ」


「う、耳がキィンてします。ベルさんは大丈夫ですか?」


「は、はい。これは魔力波動、ですよね。一体……それにさっきから、魔導の魔力波動の通信帯にノイズが……」


 地雷地帯に次々と化け物達が突っ込んでいく。

 しかし、その時彼らが見たのは驚きの光景だった。


 その群れの背後に次々と黒い瘴気のようなものが立ち込め始め、内部からズルズルと赤黒い触手の化け物とワカメがワンセットで次々に湧き出す。


「な?! 召喚した!? 解析……魔術方陣でも魔導方陣でもない……空間の歪みそのものが形成されている?」


 フィクシーが次々に出て来るワカメをクローディオと共に狙い撃ちにしていく。


 だが、それよりも絶叫の方が早い。

 一鳴きで1セットの自分と同じ個体と相棒を呼び出すゾンビ。

 極めて何か間違っている。


 群れは即座に厚みを増し、1km至近まで迫ってきており、先行する通常の四つ足は消えたが、今度は背中の召喚ゾンビを失った赤黒い四つ足触手が大量に先行して触手と四つ足を使い分けて進軍を開始している。


「触手型か……要塞線などに取り付かれたら昇られそうだな」


 フィクシーがクローディオに召喚ゾンビの対処を任せ、数秒だけライフルを撃つのを止めた。


 すると、ライフルのチャンバーに装填されている弾丸に魔力が急激に込められ始めたのを全員が感じる。


「どうするつもりだ?」


 クローディオがミニガンの掃射の最中に訊ねる。


「ああ、お前の真似事だ。前にやっていただろう。私はお前程に動体視力が良いわけではないが、この距離なら何ら問題ない」


「ああ、そういや騎士の誘因を気にして使ってなかったが、アレをそのままにもしておけないか……オレもやろう。タイミングはそちらに任せる」


 クローディオも狙撃を止める。


 そして、ミニガンと地雷のみで相手が大地に散らばっていく最中。


 3400程に増えていたゾンビの群れが500m至近まで接近。


「行くぞ!!」

「おうとも!!」


 フィクシーとクローディオが同時に引き金を引いた。


 蒼と朱。


 二つの色の弾丸がまるで螺旋を描くようにして真正面から相手を物量で押し潰そうと迫る群れに突っ込んでいく。


 後方から次々に現れる黒い瘴気からの召喚は叫びと共に留まる事を知らない。


 だが、その地雷に弾ける群れの先端。

 ゾンビ達の中心に二色の猟犬が襲い掛かる。


 視線誘導弾で数を減らされていた召喚ゾンビの頭部を次々に貫いて貫いて貫いて蒼と朱の閃光が虚空に焼き付き、複雑な軌道を描きながら瘴気をも打ち貫いて内部から出る瞬間の召喚ゾンビの側頭部を消し飛ばしていく。


 これで相手がもう増える事は無い。

 ミニガンの掃射は未だ止まらず。


 赤黒い触手ゾンビも頭部を貫かれて地雷に消し飛ばされ、粉々に散っていった。


 2人もまたライフルをそのままにサブマシンガンに切り替え、今度はベルと共に三人で掃射を開始する。


 彼らが数マガジンを撃ち尽くす頃。

 その荒野にはただただ死体だけが転がる事になっていた。


 しかし、この時もまたチャンネル間の長距離での通信は妨害されており、彼らは見習い達に別の暴威が襲い掛かっている事など知る由もなかった。


 *


 ロス外壁まで15km地点。

 途中、教官達の助けが入った後。


 見習い達は攻勢に転じて撤退から防衛へと陣形をシフト。


 武器弾薬の供給を車両から受けた後、何とか全員が一息吐いていた。


 しかし、フィクシーを筆頭とする四人が新種のゾンビとの戦闘に入ったという報を聞くや応援に駆け付けるべきという生徒が複数人出たが、すぐに冷静な生徒や教官達に諫められ、現実を知る。


 そう、今普通のゾンビにすら苦戦する彼らで足手纏いが増えるのは明らか。


 的を提供する程度の話。


 しかし、悔しそうにする者達を前にして軽い口調で現在教師役を拝命する男は言ってのける。


「はは、そう気を落すなって。足手纏いにだって、それなりの役割がある」


 笑顔で言い切るウェーイにこの人は一体何を言っているんだろうという顔になった見習い達だが、彼は事も無げに肩を竦めた。


「オレはハッキリ言ってお前らより足手纏いだが、後方でやれる事はあると思ってる。というか、そもそも使えないと烙印を押されたところでやらなきゃならない事は変わらんでしょ。もし、フィクシー大隊長達が負けたら、敗北したら。あるいは死んでしまったら、その時にさ。お前ら後輩を護るのはオレちゃんの役目なわけだよ。まぁ、足しにもならんだろうけど」


 そう言われて、彼らは気付く。

 青年はジットリした汗を浮かべていた。


「いやぁ、マジで震えて来やがった!? でも、しょうがないでしょーよ。お前らよりは年上で教官役なんだもんよ。お前らだって、オレらが死んだら、今度は自分で考えて都市の連中を護らなきゃならん。逃げ出してもいいが、この世界じゃ逃げ場所が無い……お分かり?」


 ウィンク一つ。

 彼らの前で青年が大きく溜息を吐く。


「フィクシー大隊長が覚悟決めろって言ってただろ。どんなに逃げたっていいし、怖がったっていいさ。役に立たないなら隠れてるのだって手だ。でも、それで自分の代わりにさ。誰かが頑張ってんだよ。そいつらが死んだら、そいつらの代わりになろうとする奴がいなきゃ滅びるしかない」


 肩を竦めてサラリと言ってのけた彼が汗を拭う。


「男子。お前らだって男の子でしょ。女子や年下くらいは庇ってやれよ。女子も普通より力持ってんだから、子供や女やお年寄りの最後の盾はお前らなんだぜ?」


 教官達が唖然として青年を見る。

 しかし、それにも気付かず。


「本当に凄いヤツなんかオレが見る限り、この中にはいない。お前らはオレよりは使えてもフィクシー大隊長やクローディオ大隊長、ヒューリちゃんやベルには成れない」


 彼は自分の後輩達に笑い掛けた。


「でも、だから、訓練したり、戦術考えたりするんだろ。そもそも騎士なんてお伽噺の騎士よりも名も無く死んでいく連中の方が多かったんだ。オレ達は“そういうの”なんだよ。でも、絶対に“そういうの”がいなきゃ今、戦ってくれてる四人みたいな奴らだって戦い続けられたりしないんだ」


 アフィスが四十数人全員に一気に治癒の術式を掛ける。

 大きな魔術方陣は数秒で途切れた。

 ドサッとアフィスは背後の車両に凭れ掛る。


「オレはこれで打ち留め。後は任せるかんな。見習い騎士諸君」


 急激な魔力の欠乏でフラフラしながら、自分でトラックの中に這うように入り込んだアフィスを見て、の顔には思わず笑みが浮いていた。


『ウェーイ先生カッコ付いてないよ!!』


『ホント、使えないなぁ……オレ達が護ってやるから寝ててよ。先生』


『あ、先生って言っちゃダメなんだっけ? じゃ、ウェーイで』


『ウェーイ。ありがとー』

『頼りにならないなぁ……まぁ、護ってやりますか♪』


 笑顔が戻った見習い達を前にして教官役の教導隊の誰もがアフィスの評価に内心で前と同じように二重線を引いてからこう付け加える。


 戦力にはならないが、後方に不可欠な人物、と。

 そうして、全員が乗車後。

 トラックが走り始めて数分。

 残り5km地点まで来た時だった。

 いきなり、トラックの列がスリップして緊急停車する。


「どうなってる!! 車両の故障か!?」

「い、いえ、地面が滑っていてッ!!」

「なにぃ!?」


 教官役の一人が地面を見下ろす。

 すると、その地面が微妙濡れていた。

 いや、それのみならず。

 まるで腐食でもしているかのように石が溶けていた。


「―――総員、戦闘準備!! 周囲もしくは地中に何かいるぞ!! 石が溶けている事から推測して何か強烈な酸、もしくはアルカリ液に類するモノを使う可能性有り!! 頭部を不可視化した方陣で防護!! 更に呼吸も術式代替しろ!!」


 一瞬で酸を用いるようなゾンビを想像した教官役達が続けて車両から降り、地表に脚を降ろすと同時に脚の裏から音響の反射で地下構造を探るレーダー染みた術式にて地下を探索。


 数百m地下にまでビッシリと何かいる事を理解して、顔を青褪めさせた。


「車両を出せぇえ!! 地中に大量の動体反応を確認!! 総員掃射準備!!」


 一瞬で車両後方へと跳び上がって戻った男達がすぐに動かせと急かして車が猛スピードで荒野を駆けた瞬間。


 ゴガガガガガガガガッッッ。


 そう音をさせて地中から何か黒く湾曲したカタールのような何かが無数に突き出し始めた。


 それは次々にトラックの振動を追い掛けるようにして突き出していたが、滑った場所を抜けるところまでしか出てくる事は無く。


 しかし、すぐにその巨体が地中から這い出し始める。


「何だぁ?! 蟲ッ!? いや、蟻か!!?」


 見習いも教官役も同時に驚いていた。

 全長2mはありそうな巨大な黒光りする昆虫。

 何処でも見掛けるような造形の生物。


 蟻。


 そう蟻としか言いようの無いものが土を首を振って払い落したかと思えば、一斉に彼らへ向けて動き出し始める。


 その動きは極めて速く。

 時速で20kmは出ているだろう。


「蟻……マズイ?! 都市の壁を昇られて内部に入られたら、面倒な事になるぞ!! 少しだけ速度を落せ!!」


 教官役達が相手の形状から即座にチャンネルで会話を開始し、すぐに結論へと至った。


「これよりあの蟻共の足止めだ!! 随時地中からの襲撃には我々が対応し、指揮を執る!! 班を3班に分割!! ゾンビと同じく頭部を狙え!! だが、蟲は頭部が無くてもしばらくは動く!! 頭部破壊後も3m以内に近付かせるな!!」


『了解しました!!』


「降車準備!! 安全確認の後、鶴翼陣を敷くぞ。ゾンビ達と基本は一緒だ!! だが、相手の速度に注意せよ!! 距離800から確実に当てられる者以外はサイドアームに切り替えろ!! 接近してきた奴らを狙い撃ちにしてやれ!!」


 見習い達より先に降りた隊員達が先頭で地中がまだ安全な事を確認しつつ、一直線に向かって来る巨大蟻の軍勢に向けて陣形を用意させる。


「敵甲殻が一発で抜けない場合は更に続けて同じ場所に着弾させろ!!! 蟲由来の蟲殻装甲はそれでどうにかなる!!」


 どうして、初めて出会った敵相手にそんな風に冷静な判断を下せるのか。


 そう思った見習い達は多い。

 その不思議そうな顔に彼らは肩を竦めてみせた。


「爺さんや父親に聞いたんだよ。昔は戦争で使い魔や魔獣、亜人や異種相手に派手にやってたのさ。大陸中央だって地方と同じく血塗れだったのは変わらん」


 そして、彼らが蟻相手に800mを切った瞬間、次々に視線誘導弾を喰らわせる。


「やはり、一発じゃ無理か。弾数計測!!」


 すぐに何発頭に叩き込めばいいのかが数えられ、合計10発という結果が出た。


 それも6cm圏内に当たった時のみ貫通すると。


「マズイな。総員、後退しつつ撃て!! 弾薬が持たない!! 撃ち尽くすと同時に車両に乗って壁内部へ迎え!! 守備隊と合流し、相手の性質を伝えろ!!」


「きょ、教官達はどうするのですか!?」

「我々は遅滞戦闘だ!!」


 早くも自分の分のマガジンを使い果たし、視線誘導弾を上手く使えていない者達から得たマガジンも使い果たした者達がたった5名。


 迫って来る蟻の大群を相手に片方の腕に盾を繋いで前に出る。


「あの四人が来るまで壁まで後退しながら戦う。お前達はあの男と共に態勢を立て直せ。銃弾は騎士団本部に腐る程置いてある。行け!!」


 決して死ぬ気は無いと教官達の瞳は言っていた。


 見習い達が銃弾を撃ち尽くすと同時に後方車両に走り出し、最後の一人が乘って次々に壁へと向かっていく。


 そして、蟻が100m至近まで迫るに至り、教官達の誰もが大きく溜息を吐いていた。


「倒せるでしょうか?」

「顎に気を付けろ。挟まれたら、装甲以外は切れるぞ」


「不可視化確認。消臭術式なんて女子供以外に使う事になるとは……」


「蟲の殺し方は?」

「関節と頭部。脚には気を付けろ。でしたか?」


 男4人に女1人。

 全員が其々の獲物。

 帯剣、湾曲刀、斧、双剣、棍棒を構える。


「では、一暴れと行こうか。蟻酸に注意せよ」


「「「「了解」」」」


 距離10m。


 瀑布の如く押し寄せる蟻の大群を前にして彼らは正面からツッコミ。


 そして、消えた。


 *


「スゲェ。スゲェよ。あの人達ッ!!」


 車両が離れていく間も彼らは教官達の戦いぶりを見ていた。


 見えざる不可視化。


 そして、相手に悟られずに敵の先行する群れが次々にその首を斬られ、脚を失い、進軍速度を落としていく。


 とにかく遅滞の為に太い首回りではなく。

 脚が重点的に狙われた為。


 後続は先行した群れが擱座かくざして障害物となった場所を動かなければならず。


 その中で次々にまた脚が叩き切られていく。


 数分もせずに彼らが壁に到着すると。


 もう異常を察していたらしい守備隊が完全武装で車両までも用意していた。


 また、その隣には魔術師技能の無い人間には単なる弾丸にしか過ぎない大量の視線誘導弾の入ったカートリッジが詰まった箱。


 次々に見習い達は弾薬を補給していく。


「どうやら想定外の敵のようね」

「あ、バージニア女史でしたよね」

「貴方はアフィスだったかしら? あの子達は?」


「今は新種を。そうしていたら、ゾンビではない相手に出会ってしまったようで。現在、教官役達が遅滞戦闘に務めています。戦力を貸してくれとは言いません。我々が戻る時、扉を開けていて下さいますか?」


「……ふふ、軽い男だと報告があったけど、貴方も十分に騎士ね。今、戦力を壁に配備中よ。ただちに出撃して頂戴。壁際までくれば、相手はこちらで叩くわ」


「ありがとうございます」


 アフィスが頭を下げ、完全に弾薬を補給し終えた者達に再度の乗車を命令。


 そして、自分は車両の助手席へと収まり、再び門が開くと同時に出撃していく。


「さぁさ、守備隊の本領発揮のお時間よ!! 此処はあの臆病者達が護って来たわけじゃない事を見せてやりましょう!! 総員配置に付いて頂戴!! 騎士達を迎えるのに邪魔な蟲の駆除と行きましょう!!」


 通信機にそう言葉を流して、女もまた自身の愛用のサブマシンガンを肩からベルトで下げてインカムを装着し、壁を昇っていく。


「現場指揮は私が取ります。隊長、よろしいわね?」


「ああ、救国の女神たる貴女程に士気の上がる指揮官もいませんよ。バージニアさん」

 目出し帽で完全武装の男が大きく頷いた。


「こうしているとあの日みたいね」


 漸減戦術によって数を減らしたゾンビ達を壁際で食い止めた都市最後の大決戦の日、バージニアもまた壁際で戦っていた。


 戻って来ない息子が戻ってくる事を信じながら。


「ですが、今回はまだ戻ってくる連中がいる。扉を開けてやれる時間もある。戦いましょう。我々はその為に生き残ってきたのだから」


「ええ、良くってよ。人ならば、まだしも……蟲に喰われるなんてごめんだものね!!」


 バージニアが銃を天に突き上げる。


 それと同時に壁際の男達も鬨の声を上げた。


 それを後方から確認していた自衛隊や米軍には動きこそあったが、守備隊からの応援要請にすぐ答えられるようにしているのみで、未だ沈黙を保っていた。


 そんな最中、米軍の一部の部隊は騎士団本部へと潜入を試みるも全ての隊員が虚空に不可視化した簡易の物見櫓の上に立つ碧い少女の視線の前に内部への潜入を諦めた。


 お留守番係に任命されたハルティーナは超然、泰然とした己を演出しつつ、睥睨する視線であらゆる部隊に一瞥をくれて追い返していたのだ。


 しかし、その内心は外側とは違ってまるで荒海である。


(どうか、皆さん……ご無事で……)


 ドローンや監視カメラにも睨みを聞かせながら、少女はスナイパーや部隊員の乘った車両などにも冷たい視線を向け続ける。


 その明らかにゴミを見るような冷たい顔にドローンや監視班の人員もスゴスゴと少女の視線から消えていくのだった。

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