第59話「訓練準備」

 対ゾンビ実戦研修当日。


 前日に清算業務は数日間お休みという事を各店主達に連絡した善導騎士団別動隊With見習い騎士達は明け方の紫雲の掛かる最中。


 薄ら開ける陽射しの下。

 完全装備で隊列を組んでいた。


 標準装備のスーツの上にはクローディオの装甲素材を参考にして、重要臓器と血管の上の部位に装甲を施した新型の軽装鎧。


 薄く小さな装甲を何枚も重ねて鎖帷子のように形成したソレは装甲というよりは戦国武将の鎧というような出で立ちであり、何処かアニメや漫画で出てくるカッコよさ優先のなんちゃって装甲にも見えた。


 女子はスカート状の部分が下半身を覆い上半身はヒューリの装甲を参考にしたドレス・タイプ。


 男子は特に肩などの装甲を増加した造りで装甲そのものが盾と一体化しており、壁役として重宝するよう設計が施されている。


『これが新装備……』

『色はクローディオ大隊長みたいのなんだね』

『色って変えられるのかなぁ?』

『その盾付けてあんまり至近で振り向かないでよぉ』


『ええと、拳銃のカートリッジが3本、サブマシンガンのカートリッジが8本』


 ゾンビは基本的に物量と速度で攻めて来る。

 それに対して後退しながら戦うには機敏な動きが求められる。

 男女共に装甲の重量は大人の0.7倍程度。


 しかし、装甲の表面積自体は倍以上という事になり、防御力は高い。


 それでも十分に見習いには重かったが、それに慣れて戦う為の訓練である為、誰もが装甲の上に羽織られた外套にぶら下がる重火器や弾薬の重みを認識していた。


『ぅぅ……食料とテント資材の入ったバックパックが重い』

『仕方ないよぉ~~雨に濡れて寝たくないし』

『長距離は魔力使用の行軍だから、今よりはマシだよ。たぶん』

『あ、魔力を節約しながらの移動も確か予定に……』

『(絶望したような顔)』


 教導隊からの戦訓は基本的には攻撃機会と攻撃方法が無くなったら逃げるしかないというもので一致する。


 此処からは弾薬や自身が背負うバックパック内の資材、食料の管理も重要になる為、計算が出来ないものは即座にお荷物となる。


 如何に敵を接近させずに撃ち倒すか。

 接近されたら後退しつつ相手を撃ち倒せるか。

 不用意に近付かれた場合にはサイドアームの拳銃。


 更に至近まで近付かれたら、剣撃によるヒット&アウェイ。


 装甲がデッドウェイトなのではという問いに対してクローディオなどは近付かれて歩けない誰かを車両も無く背負って逃げる時、お前を守ってくれるのはその装甲だけだと返した。


 防御力は常に不利な立場にある者が必要とする。


 そう断言するからこそ、装甲の重さは命の重さであると教官役達は説いたのだ。


 彼らは善導騎士団。

 人々を護る盾であり、剣である。

 だからこそ、装甲はそんな彼らの重要装備なのだ。


「見習い騎士諸君。副団長代行フィクシー・サンクレットだ。諸君はこれからこの世界において最大の脅威である対ゾンビ戦闘の実戦訓練に移る。標的とするのは5000前後の規模の群れだ。また、撤退戦を5000前後の群れで更に行う」


 訓練内容の主要部分がようやく明かされて、明らかに見習い達の顔が引き攣る。


「諸君らは僅か四十数名。1人100体前後倒さなければ、ゾンビの群れに沈んで死ぬ。無論、死ぬ寸前には助けが入る事になっているが、軽傷及び重症程度なら手は出さないからそのつもりでいて欲しい。致命傷を受ける時のみ、我々が瞬時のカバーに入る」


 それを聞けば、彼らとて決して自分達が楽な状況でゾンビ相手に戦えるわけではないと分かった。


「持たせた弾丸は一人頭400発。無駄弾を撃てば、すぐに尽きるぞ。撤退戦時には残った弾で対処してもらうからな。更に現地へは車両移動だが、都市への帰りは歩きだ。魔力量、励起率、睡眠の配分、食料と時間、全てを諸君らは自分で管理する必要がある」


 フィクシーが旅行の栞を一部ずつ見習い達に手渡していく。


「隊伍を組め。仲間を見捨てるな。負傷兵を運べ。泣き言を言うな。君達は人間だし、優劣が存在し、魔力の量も励起率もバラバラだ。だが、工夫しろ。どうすればいいのかは教えた。どう出来るのかは君達しか知らない」


 フィクシーが渡し終えて隊列の前に戻る自分と10歳も違わない相手を前に真剣な瞳を向けた。


「敵には増援がある可能性が高い。歩けない仲間を背負いながら戦えるか? 見捨てていくのも手だが、それは各班の班長に一任される。見捨てられた者は見捨てられる程度の人物として評価されるし、見捨てた者は見捨てた程度の人物として評価される」


 言われている事を本当に分かるのはこれから、それだけは誰にも分かっている。


「君達が騎士に相応しい程に高潔な人物なのか。それとも単なる子供なのか。騎士の皮を被った何かならば、その誰かは運が悪かったと私は素直に慰めよう。騎士見習いを止めても構わない」


 その言葉にさすがに周囲がザワついた。


「それでも君達を連れ帰るのが大人と騎士の役目だろう。無論、基地の部屋で縮こまっていても一行に構わん。だが、その場合は重要な決断に立ち会えず、その権利を有さないという事だけは教えておく」


 フィクシーの前で誰もが直立不動だった。


 言われている事を正確に理解出来ずとも、今致命的な言葉で彼らはようやく騎士団という温水プールのような空気から現実という冷水に突き入れられたのだ。


「また、ゾンビは人間ではない。だが、人間だった人々だ。脅威としてどのような残酷な方法で駆除したとしても構わないが、必ず頭の片隅に己がそうなる可能性を入れておけ。そして―――」


 フィクシーの利き手がスッと周辺地域のビルの一角を指差す。


『敵はゾンビだけとは限らない。知恵持つアンデッドやこの世界の人間とて、意思ある存在である以上は悪意も持てば、殺しにも来る。共にこの地上を歩いていく以上、それは避けられない事だ。そうなった時、どうするのかだけは決めておけ。その答えは君達の中にのみ存在する』


 現地語をわざわざ使いながら、翻訳した内容をチャンネル越しに見習い達に伝え、指を降ろした少女がキャンピングカーの開いた扉の奥へと向かう。


『対ゾンビの最後の訓練であるこの日程を消化した後、然るべき時期に対人対軍戦闘訓練を行う』


 その刺激的に過ぎる言葉を前にして彼らはただただ戸惑うばかりだった。


『今は全て分からずともいい。だが、忘れるな』


 フィクシーの瞳の輝きに誰もが圧倒されていた。


『戦うという事は、戦えるという事は、ただ誰かを護るだけではない。誰かを犠牲にし、犠牲にされるという事でもあるのだ』


 幼くして大魔術師となり、数多くの現実の冷たさを大人達と同様に味わって来た少女は言う。


 この世の中は絶対に善人の方が不利だと。


 人に虐げられるのが嫌ならば騎士などやるべきではないのだと。


『この世界の人々と対等に付き合っていくのならば、覚悟を決めろ!! お前達が騎士を名乗るならば、弱くて卑怯で謗り罵り貶め刺しに来る相手すら、いつかは護らねばならない時が来る!!』


 今時、聖人だってそんなのはやらないだろうと誰もが思い。


 しかし、騎士に求められるのはソレだと言われ。


 ああ、自分はまったく甘かったのだな、と胸の底に少女の言葉が刻まれる。


『ただ―――もしも単なる下種と愚か者が相手ならば指や腕、脚の一本や二本斬ってしまえ!!! 女子供を辱めようとする奴!! 人を弄ぶ政治家!! 人々を護りもせずに逃げ出す軍人!! 人の道に外れぬならば、その剣は正当だ!! その結果を考えての行動ならば、受け止められるのならば、お前達を私は支持する!! 真に人を傷付ける悪を前にしては抜き身の剣となれ!!』


 多くは見習い騎士になろうとなんてしなきゃ良かったと後悔した。


 そして、同時に自分達が曲りなりにも憧れていたソレの現実と気高さが何よりも身を引き締めるような、辛くとも手にしたい称号なのだと理解する。


 ―――了解しましたッッ!! 副団長代行殿!!! 大隊長殿!!!


『全隊乗車開始!!』


 次々に市庁舎側から借り受けた兵員輸送用の軍用車両へと見習い騎士達が載り込んでいく。


 キャンピングカー内で待っていたベル達もまたフィクシーの言葉を聞いていた為、その顔を見つめざるを得なかった。


「フィー隊長。今のって……」

「最低限の警告だ。我々自身への。そして、相手へのな」

「……中央諸国だとかなり過激な方だと思いますけど」


 ベルが苦笑しながら、喉が渇いただろうと缶飲料を手渡す。


「相手も分かっている。これは警告だ。そして、警告を無視して何かをしようとするならば、我々とて黙ってはいない。そういう宣言だ」


 コクコクと炭酸飲料を飲み干して、微妙な顔となった少女がゆっくりと後方スペースに腰掛けた。


「フィーって時々、キレる若者みたいな感じですよね」


「これでもまだ十代なのだが……」


 ヒューリの言葉にフィクシーが自分だってまだ若いと主張する。


「でも、怒る時は怒りますよね?」

「ま、まぁ……色々あるのだ。大魔術師にもなると色々とな」


 少年は激する少女もまたいつもとは違った趣があって綺麗だけどなぁ、との感想はおくびにも出さず。


 不可視化したゴーレムでキャンピングカーを発進させる。


 丁度車両の中で朝飯となった騎士見習い達は喝を入れられた後だというのに何処かさっぱりとした表情であった。


 それは自分達を束ねる者の姿が、その言葉が、確かに騎士を体現していると分かってしまう故か。


 響く言葉の重さとは裏腹に彼らの覚悟は確かに決まったのだ。


『………』


 ドローンに向けて指差され。


 ついでに指向性の音波を伝達されて、声までバッチリ聴いた米軍と自衛隊の英語が分かる監視班の面々は何とも言えない顔となっていた。


 女子供を辱めようとする奴。

 人を弄ぶ政治家。

 人々を護りもせずに逃げ出す軍人。


 少なくとも世界最大の戦力を持つ彼らには全て心当たりがある。


 軍人の性暴力事件などそれこそ米軍にとってはいつもの話。


 大勢の人々を食い物にして弄ぶ政治家は日本にもアメリカにもいる。


 そして、何よりも逃げ出す軍人そのものであった米軍と護りに行かなかった軍人である自衛隊員にはその言葉が何よりも突き刺さる。


 監視班の班長が( ´Д`)=3という顔をした。


「米がこれで安易に誘拐なんぞしたら、戦争だろう……」


「あのお嬢さんの言っている事は過激だけど正当性があるわ。まぁ、日本じゃ絶対犯罪だけど、治外法権要求してるらしいし」


「実際に黙示録の騎士を撃退してるとすれば、自衛隊も警察権力も恐らく拘留出来ず拘束出来ない。米軍でも恐らく騎士クラスと対等に戦える連中相手は無理だ」


「米軍はこれで躊躇するでしょうか?」


「躊躇はしない。だが、本国の政治家が名指しで騎士達に殺されたりする事があれば、それがどうしてなのかはこれで確定的だ。容易には後ろ暗い手も打てないだろう……」


 班長が過激なアニメ的な容姿の少女の演説を上に報告する自分の立場に気が重くなった様子でどっかりと椅子に腰を下ろした。


「引き続き偵察用にUAVの使用許可を取って来る。ドローンの帰還限界距離までは追ってくれ」


「了解です」


 翼を授かりそうなエナジードリンクを一気飲みした後。

 班長は部屋を出ていき。

 班員達は再びコーヒー片手の監視へと戻るのだった。

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