第34話「心の虜囚」
「やぁ!! 初めまして!! 異世界からの来訪者。僕はエヴァ。エヴァ・ヒュークと申します」
翌日、少年達が都市の商店や露店が集まる区画まで行くとアッサリと見付かった様子で複数台の軍用車両。
上に機関銃が装備されたソレに囲まれた。
部隊の代表者はこの街のトップが会いたがっているという旨の脅しと共にこの戦力は皆さんの護衛ですという白々しい言葉を述べて、キャンピングカーは都市の中央付近にある高層建築の1つの地下駐車場へと誘導され。
彼ら四人はそのままの足で未だ稼働しているエレベーターに乗って最上階に移動し、大きな木製の扉の先に招かれた。
40代という話だったが、どうにも男はナルシスト器質らしく。
自分の肖像画が掛けられた街を一望出来るオフィスでシャンパンなどを嗜んでおり、そのスーツ姿にも関わらず、個人そのものが極めて滲む姿は印象的という他ないだろう。
完璧に髪型をメッシュで決めた当人は悪人というよりは面白い白人の優男というような印象になっている。
フィクシーがチラリと横を見ると、そのデスクの横には人が縄で巻かれて転がり呻いている。
「その男は?」
「ああ、君達の事を隠していた当局のハンターの取り締まり役だよ。いやぁ、吐かせるのに苦労した。ああ、血を見る事は無いから安心してくれ。我が国。おっと、このシスコでは僕が法律だ。そして、死刑は存在しない」
ヒューリが表情こそ変えなかったが、かなり男を殴り倒したいのだろうな、というのが見て取れたベルが、その手を諫めるように拳の上へ重ねた。
「さ、座ってくれ。僕としては君達の世界に俄然興味があってね」
座った男は笑みを崩さず、手ずからシャンパンをグラスに注いで全員の前に置いて、自分もまた再び口にする。
「ヒュークさん。貴方の目的は?」
「おお、言っちゃう? 言っちゃう? あっちに人は話が早くて助かるなぁ」
フィクシーが瞳を細めたのを見て、男が一転して真面目な顔を作った。
「君達の世界への移民だ」
「ッ」
ヒューリとクローディオの表情が初めて僅かに変化する。
「不可能です。我々は例外的な事象でこの世界に飛ばされて来たに過ぎない」
「ははは、そっかー。まぁ、しょうがないよね。そこら辺は第一目標なだけであって、不可能なら別にいいんだよ。じゃあ、第二案。君達の力が欲しい」
男がまた適当なへらへらした笑みを浮かべて言う。
「不可能です。ヒュークさん。今のところ、貴方が我々に何を差し出せるのかがまったくの不明瞭な状況では」
「そりゃぁ、そうだ。しょうがないね。なら、色々とこの都市を見て回って貰おうかな。僕らが用意出来るものがどういうものなのか……断言はしないでくれるんだろ?」
「ええ、まぁ」
「君達の事ももっと知りたいが、まずはこうッ、互いの親交を深める必要があるよね? いいよ……オイ!! この方達を街に連れ出してやってくれ!! いつものあの車両じゃなくて、徒歩でいい!!」
男の大声に扉の外に待っていた数人の男達がやってくる。
その人種は多種多様だが、20歳前後と若い者が多く。
彼らは軍服こそ来ていなかったが、軍事教練を受けているのが立ち振る舞いから四人の誰の目にも明らかだった。
「ヒューク様。ただちに向かいます」
「ああ、金庫から幾らか持っていけ。あ、こいつらに言って貰えれば、何でも買えますから。それでは僕はこれで……これから大事な会議がありますので」
殆ど自分で喋って退場していく男はまるで嵐のように。
手をヒラヒラとさせて、ウィンク一つ扉の外に歩いて行った。
それと同時に横に転がっていた男が若者達に立ち上がらせられて、連れて行かれようとしたが、それにフィクシーが待ったを掛けた。
「彼には私達の友人から色々と話しが通されていると聞いている。彼をどうするのか知らないが、買い物の後で面会の場を設けて欲しい」
「……畏まりました」
男達の一人が頷いた。
そうして、男達がその50代くらいだろう髭を蓄えた黒人のハンター達の元締めらしい男を何処かへと連れて行く。
「参りましょう。何処に致しましょうか?」
「では……」
フィクシー達はその脚で再び商店などが並ぶ一角へと向かい。
果樹の種や野菜の種、他にもまだ見た事の無い武器や兵器、重火器類を何挺か購入する事になった。
そうして、昼時くらいは静かに食べさせてくれとの話をした後。
お勧めとされた店のテラス席で缶詰以外のメニューが並ぶのを見て、まだ食料はこうして売買される程度には余裕があるのかと感じながら、景観に気が使われ、ゴミ袋や瓦礫が撤去された通りを見つつの食事となった。
その後方には数人の男達が缶詰を開けながら、時折チラチラと四人を見ている。
「ぁ~~疲れた。あの野郎のお供連中が睨まれて、オレ達までその煽りを食うのは納得行かねぇよなぁ」
クローディオが愚痴りながら、水を飲み干す。
「街の連中から睨まれてるって事は支持は然程じゃないんだな。だが、表立って何かを言う程でもないってところか?」
「恐らく、抵抗者の排除以外はまともに市政を取り仕切っているのだろう。そうでなくて、都市が未だに存在するものか」
「優秀なのね」
クローディオがフィクシーの考察に溜息を吐く。
「あーゆーのは後ろが真っ黒だな。オレの人生経験から言って……だが、かなり優秀なのは間違いない。部下連中を完全に掌握してやがる。政治も軍事も上手いと見た……」
「クローディオさん。上手いならそもそも反感は持たれてないと思います」
「かもしれんが、民間人の全員が反抗的なわけでもないだろう」
「それは……」
ヒューリが睨まれなかった露店などで男達に笑顔を向ける店主などを見た事を思い出し、口籠る。
「いいか? お嬢ちゃん……勘違いするなよ。あの男は為政者としては普通の部類だ」
「ふ、普通、ですか? とてもそうとは思えませんが」
「本当の独裁国家なら、オレ達は国民総出で歓迎されてるよ」
「―――ッ」
ヒューリが気付く。
確かに過剰な統制をされているという雰囲気は無かったのだ。
あくまで気に喰わない為政者の身内がやってきた、くらいの反応でしかなった。
「人間と同じだ。表裏や灰色の部分が存在する限り、為政者ってのはどっちの顔も本当でしかない。あいつは都市を護った英雄であり、反抗者を投獄する独裁者。だが、どちらも本当なら意見は真っ二つと静観で三つになる」
「それが良い状況ですか?」
「良くはないが悪くも無いな。本当に悪いとか、ヤバいのはああいう連中ではあるが、普通に独裁や王権でガンガン敵対者を皆殺しにしていくよかはマシだ。七教会のお題目である議会制民主主義もソレを滅茶苦茶に白くしただけで本質は変わらん」
「し、七教会の信者の人はあんなことしません!!」
「そりゃそうかもしれないが、オレはアレはアレでヤバいと思うぞ。真っ白過ぎて逆にオレはダメだね。民間が見るのは結果だ。そして、結果が灰色ならば、現状維持に傾く連中にとっては白だ。黒い部分だけ見てると脚を掬われるぞ」
「ぅぅ、何か言い包められてる気がします」
「そこまでにしておけ。敵が七教会だとは思わんが、予断が過ぎる事もある。ディオ」
ヒューリが割って入る。
「解ってるさ。我らが大隊長殿」
「なら、いい。とにかく、まずはこの街をあちこち見て回ろう。ベル、向かった先では解析を頼むぞ」
「分かりました」
四人が出て来た缶詰の中身に目玉焼きとパンが付いて来た昼食を軽く摂ってから、フィクシーが男達にリクエストを出す。
「君達の親玉が相手に見せて一番印象が悪いと思うだろう施設に連れて行ってくれ」
それに顔を見合わせた男達だったが、すぐに頷きが返った。
「では、監獄へ」
最初から相手が知っていると予想した男達が意外にも了承して自分達を連れて行く事を決めたのを見て、フィクシーは男達の上司の手強さを思う。
どうやら相手にするには聊か厄介な人物だとクローディオもまた溜息を吐いていた。
*
壁際の監獄。
そう呼ぶべきか。
都市の海側に近い入り江付近にその場所は置かれていた。
だが、彼らが驚くのはまず塀が存在しない事だ。
そして、昼時を過ぎた外からも普通に見える庭先には囚人服の男女が運動したり、バスケやらをしていた。
その様子は一見すれば、囚人服さえ来ていなければ、まったく監獄内にいるとは思えない。
「益々、今回の仕事が面倒なのが分かった」
「ぁ~~こういう類か」
フィクシーが渋い顔をして、クローディオもまた同じだった。
状況が呑み込めないヒューリとベルがどうなっているのかと首を傾げる間にも監獄内……玄関口に警備すらおらず、老年の女性の受付は耳が遠いのか。
青年達と何度か遣り取りしてから、何処かに内線を掛けた。
数十秒後。
施設奥から白衣を着た白髪のメスティソらしい老人が出て来ると青年達をチラリと見てから、何か遣り取りをして、四人の下にやってくる。
「初めまして。ワシはピーター・ウェストウッド。この監獄の所長じゃ。君達かね。この監獄を社会見学していきたいというハンターとやらは」
「ええ。ごきげんよう。ウェストウッドさん。私はフィクシー。フィクシー・サンクレット。この都市を見て回っている旅人のようなものです」
「旅人、か。良いじゃろう。ついて来なさい。案内しよう。と言っても、説明する事なんぞ然程無いがね」
青年達は入口で待っているという事でフィクシー達だけが老人ピーターに付いていく事となった。
「旅人さんよ。何が知りたい?」
「ここの現在までの成り立ちを」
歩きながら訪ねられて、フィクシーが静かに答える。
「ふむ。いいじゃろう。まずは最初の部屋に行こうか」
「最初の部屋?」
老人は答えず。
そのまま施設奥に向かった。
案内されたのは明らかに手術室だった。
「囚人はまず此処で宣誓をさせられる」
「宣誓、とは?」
「この監獄には4つのルールがある。そして、それはこの監獄内で囚人達が逃げられない事を端的に理解させる為のものだ」
「具体的には?」
「一つ。逃げ出した場合、彼らは二度と公的な支援は受けられない。一つ。逃げ出した後に当局に発見された場合、壁外追放処分もしくはバウンティーハンターとなる事が義務付けられる。一つ。逃げ出さない限り、彼らの2親等内の親族には公的扶助が出る。一つ。この監獄内にいる限り、死んだ後その死体は公的検体として当局によるゾンビ及び医学的な研究と医者の育成の為に使われる」
「随分と良心的なこって」
クローディオが何やら溜息を吐く。
「そんなッ!? ゾンビって!? ゾンビにされちゃうんですか!?」
思わずヒューリが老人に食って掛かった。
「いいや、死人をゾンビが損壊してもゾンビにはならん。これは確かめられた情報だ。だが、ゾンビの肉体や通常の死体との違いなどの研究で使われとるそうだ。死後に臓器が健康であれば、移植手術用のドナーにもなる事が決められている」
「……でも、此処にいる人達は戦いたくないって言ってただけなんですよね?」
「ああ、そうじゃよ。戦う事を拒否した連中じゃ。戦う事を選んだ者からすれば、白い目で見る理由には十分じゃろ」
「それは―――」
ヒューリが老人の言葉に詰まる。
「あの若造は人間心理をよく理解し、利用するのが上手い。此処の連中が逃げ出した過去の件数は家族がいる場合に限っては0件じゃ」
「………皆さん。家族の為に……」
「それに此処にいる限りは飯は心配せんでいい。多くも無いが少なくも無い。さっきバスケしとったじゃろ? ちゃんと健康も考えられとる。まぁ、強制労働は付くが、壁の内壁の補修くらいじゃ。それもあいつらが体を壊さん程度に週5じゃよ」
「ご老人。概略は分かりました。それでどうしてここで宣誓を?」
フィクシーが訊ねる。
「あの男が定めた法によって、囚人には背中に番号が付けられる。入れ墨でな」
「ああ、そういう事ですか」
「お嬢さん達に敢て言うとするなら、此処は心の牢獄なんじゃ」
「心の牢獄……」
「あいつに反抗する気力を極限まで削ぐ為のな。奴はそれが最も自分の地位と権力を安泰にする方法だと知っておるんじゃよ」
「ならば、子供達の件は?」
「知っとるのか。ああ、だが、都市の連中は大概疑っておらんよ。この牢獄があるからな。あのタワーの中で教育されておると思っとるはずだ。実際、お前さんらを送って来た連中も元々はこの牢獄の中の家族じゃ」
「なッ……」
ヒューリが思わず、固まる。
老人が手術室から出て中庭が見える部屋から外を指差す。
すると、何人かの青年が中庭から駆けて来て、泣きながら彼らに縋る壮年や中年の男女を前に何やら応対していた。
「この牢獄の中には3割くらい、昔の自分の行い……逃げ出した時の事を後悔するもんもおる。あの時、一緒に戦っていれば、とな」
「そんな……牢獄に入れられてるのに……」
ヒューリが何処か打ちのめされたような顔でその親子の再開を複雑そうに見る。
「あの男は人の心を操るのが上手い。ワシは好かんし、都市の半数程度の者も内心は良く思っておらん。だが、後の半数は奴が正義であると信じ、あるいは奴のやっている政策を支持、もしくは無言で是認しておる」
「……ご老人。あなたはどちらですか?」
「ワシか? ワシはこの牢獄の第一号虜囚じゃよ。あの男と取引してな。今はこうして看守の真似事なんぞをしとる。最初の頃以外、此処は虜囚そのものによって治められるようになった。奴は奴が定めたルールが守られている限りはワシらには干渉せず、ちゃんと物資は届けてくれるからな。ある意味、此処は囚人が囚人によって造る監獄なんじゃよ」
「……よく出来た構図だ。ですが、その割には彼の事がお好きではないようで?」
「あの男は優秀じゃが、悪魔じゃ……まぁ、もしも、あのタワー内部を見学する事があったら、出来るのなら確認してみるといい。奴の本当の顔をな」
「本当の顔……」
老人はそれ以降、当たり障りの無い施設の説明を続け、二十分程で見学は終了となった。
「………」
フィクシーがその間ずっと黙っていた事を誰も口に出しはしなかった。
その後、監獄を出ると中からは何人かの男女が彼らの周囲の青年に手を振っていた……それに青年達も手を振り返し、そうしてタワーへと四人は何処か微妙な面持ちで戻る事となったのだった。
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