第20話「帰還」


―――4日後、ロシェンジョロシェ病院。


『オミュミマイニュ』

『オミュウマイ』

『オミュマーイ』


 何か変な片言の連中が増えた。


 との報告が市役所のハンター達を統括する女性にされている頃。


 病院に担ぎ込まれたヒューリは絶対安静な感じに入院させられ、看護婦達に血を取られるのは宗教的にNGという建前で輸血も拒否するヤバい宗教関係者と思われている仲間達の下、何とか回復しつつあった。


 ちなみに脊椎の端が損傷していた為、医者は全治9か月を言い渡したが、奇蹟でも起こったのか。


 毎日食事して、横になって、仲間達がお見舞いに来て、傷口が見る見る塞がって、レントゲンでも脊椎の傷が完治した彼女はもう普通に寝台から起きて大丈夫な体になっている。


 医者は無論、途中から殆ど些事を投げた。

 包帯取り換えたら、ビタミン剤とご飯出しといて。

 あの患者だよ。

 血も取らせてくれないし、寝台に寝かせといて。

 リハビリ?

 ねぇ、君あの患者がリハビリいるように見えるの?


 という医者と看護婦の何とも言い難い会話が為されたかどうかは定かではないが、殆ど医者は良い面の皮であった。


 そうして、4日目の今日。


 殆ど傷口も塞がった少女は上司の治癒魔術の方陣を服の下の肌に展開され、自分でも自身の傷を手を当てて、能力で治癒し、傷も見えない綺麗な体となって看護婦に『良かったですね(汗)』と言われた。


 明日には退院だろう。


「これで全快だな」

「はい。本当にありがとうございます。フィー」

「隊員のケアも隊長の仕事だ」


「いや~それにしてもさすが大隊長殿。傷も跡形なく消えて、オレもこれ以上箔が付かずに済みましたよ」


「心臓や脊椎、脳以外ならそんなものだ。ベルの魔力で十分必要量には足りていたしな」


「そういや、坊主の姿が見えませんが?」


 病室でキョロキョロした傷だらけのナンパ男だったが、すぐにその姿を通路の先で見付ける。


 どうやら顔見知りになった看護婦に弄られているらしい。


 片言で話しているのに妙に受けが良いのだ。


「羨ましい……」

「はぁ……ディオ。少し外に行って来ていいぞ」

「え? それじゃ、お言葉に甘えて」


 イソイソと看護婦達をナンパする為、元英雄が病室の外に解き放たれた。


「いいんですか?」


「構わん。火傷と骨折を治してやったら、あの様子だ。我々の中で最も言語の上達が早くなるかもしれんし、別にいいだろう」


「?」


 意味があまり分からなかった少女が首を傾げる。


「それよりも復帰後の事だが、今はまたベルに頑張って貰っている。まだキチキョクの案件まで時間があるからな。仕入れた重火器と弾丸の複製と売却、野菜も納品を再開した。今はディオに仕切らせている」


「そうですか。良かった……」


「それで今は我々の装甲の見直しを図っているところだ。軽装は軽装だからな。動きやすいのは良いが防御力が今回の一件で足りないと分かった。全員の使う重火器を全て見直し。弾薬の火薬量、火器の軽量化、他にも私の剣に付いても今、どうにか調達出来ないか調べているところだ」


「ベルさんは働き者ですよね。本当に……」


「ああ、あの小さな体の何処からあのやる気が出てきているのだか。早めに戻ってやってくれ」


「は、はい」


「それと……あのゾンビの培養施設に付いてだが、唯一手に入れた金属を解析しているが、どうやら既存の金属元素や合金ですらないらしい。何処のどんな組織かは分からないが、強いゾンビをあの化け物の力で培養していたのではないか。または培養糟を護らせていたのではないか。という結論になった」


「一体、誰がそんな事を……この世界は……そんな事しなくても」


「ああ、滅び掛けている。今更、あんなものを使う必要もなく瀬戸際だろう。それを更に進めたい勢力があるのか。あるいは制圧や支配したい勢力があるのか。どうだったとしても、見過ごせない事は確かだ。アレが量産されてしまえば、この世界にまだいるはずの騎士団にも害が及ぶ可能性がある」


「排除しなければならないと?」


「まだ、何も分かっていない状態だ。相手の規模も正体も……故に我々がやる事も変わらん。ただ、頭の片隅には置いておけ」


「はい。フィー……」


 扉の先から少年がようやく解放された様子でヒューリの下にやってくる。


 その手には花束こそ無かったが、小さな花型の小麦菓子クッキーが入った透明な袋が持たれていた。


「あ、あのコレ……明日には退院なのに華を持って来ちゃ悪いかなって。今日のおやつ時にでも食べて下さい」


「あ、ありがとうございます。ベルさん!!」


 後ろの和気藹々とした若者達の会話を聞き流しつつ、部屋を出たフィクシーが何やら笑われている元英雄の下に向かう。


 病院の広い待合室で看護婦に手を振っていた男が長椅子に座り、その横にフィクシーも座った。


「お嬢ちゃんは良さそうだ」

「ああ」

「坊主も夜眠れないって顔だったのに現金なもんだ」

「ああ」


「そういや知ってるか? ハンターの教本に書いてあったんだが、ゾンビの腐肉でオレらの臭いが確率で誤魔化せるらしい。ただ、視覚が残ってると誤魔化せないんだと」


「ああ」

「……フィクシー大隊長」

「ああ、分かっている。話せばいいのだろう?」


 ベルから貰った温い缶飲料を飲みながら、クローディオが視線も合わせずに横の女傑へと呟く。


「訊く暇も無かったが、アレは何なんだ? 坊主が良い奴だってのは分かる。だが、あの事象と魔力……アレは普通じゃない。いや、


「………」


「本能的に分かる。アレは坊主が言っていた死ってやつだ。いつもオレ達に付き纏う気配、感覚だ。だが……あんなのを制御出来る人間はいねぇ。それにあの事象に対して出て来た魔力が


「使われているのだろう。常に消費されているから、ああも少ないのだ。恐らくは……」


「消費されている? 何の大儀式術だって話になるぞ。そもそもどんな魔術なら、あの莫大な量の魔力を消費し続ける事が出来るって言うんだ?」


「本人が言っていただろう」


「何?」


「まだ、ヒューリには言っていないし、本人に確認したわけでもないが……あの死の概念によって概念域から魔力を引き出す術式は恐らく常に発動している。それをわざわざこちら側に存在する純粋波動魔力に転換するのに通常空間へ固定化しているのだろう。概念域とのチャンネルを持つ魔力体系は稀だ。だが、高次領域と常に接続して無事な術師など存在しない。そんなのは正に神の位か。神を超える者……超越者の最上位の連中か、各種族の頂点存在、後は……神域の魔導聖女ハティア・ウェスティアリアくらいなものだろう」


「なら、坊主は何だって言うんだ?」


「確かめる術もないが、前に聞いた話では南部の呪い師の一族だったらしい。それも死の研究をするようなガチガチの、な」


「それはまた……」


 男にも分かる。

 そんな一族がまともなわけがない。


 どんな研究をしていたとしても非道外道の類だった事は想像に難く無かった。


「だが、彼の一族はもう存在しないそうだ。あの大災害に巻き込まれて……との本人の言葉を信じるなら、もう誰も術式ソレを調整出来ない。そして、彼だけが残った……管理者のいない死そのものだけが……」


「死そのもの?」


「概念魔力の形質に死というのは今のところ公には認められていない。また、それに到達した術師や研究者の話は過聞にして聞かない。ならば、答えは二つだ」


「……嘘か真か、ってか?」


「恐らく嘘でも本当でもない。その魔力形質はあるのだろう。二度観測したから分かる。アレは確かに死から魔力を生み出す概念域と非常に深く繋がり続ける魔力だ」


「なら、どうして嘘でも本当でもない?」


「自分で言っていただろう。人間に扱えるような代物じゃなかった。だから、それは存在してはいても、存在しないも同じだ」


「―――」


「あの子の体はいつも少しひんやりして毛布で熱くなり過ぎた体には心地良かった……まるで……抱き枕のような……」


 男が缶飲料を全て呷って、天を仰ぐ。


「胸糞悪りぃ……あいつは……何も悪くないだろ……」


「ああ、悪くない。ただ、生まれが悪かっただけだ。大災害が存在しなければ、家族とて死ななかっただろう。そして、同時に全てが幸運でもあったに違いない……」


「幸運? それを幸運と呼ぶのか? 大隊長殿」


「仕方なかろう。私は魔術結社の娘だ。そして、一族の悲願が一族最後の生き残りたる者に託され、華開いた……それは呪いかもしれないが、失ったモノを再び手に入れられる祝福……それを我々はもう享受してしまっている」


「否定したところで意味もない、か」

「あの子達の笑顔が何よりの証明だ」


 2人の瞼には少年少女の笑い合う姿があった。


「……お嬢ちゃんには伝えるのか?」


「いつか、自分で気付くだろう。その日にその時にあの子が選ぶ道を我々が閉ざす事は……それだけは無いと願いたいものだ……」


「はぁ……ぁ、そういやそろそろ水やりの時間だな。小官は畑の世話の任務を続行します!! 大隊長殿」


 兵隊染みた離脱術で男が話を打ち切った。

 戻ろうとした彼女が病室前に辿り着くと。

 扉の隙間を覗く看護婦達で埋め尽くされていた。

 何事かとそれに混ざった彼女は目撃する。


「は、恥ずかしいですよ。ヒューリさん……」


「ふふ、でも、今だけ……お願いです。本当に感謝してるんですから……私……」


 胸元に顔を抱かれた少年が頬を朱く染めながらも、一応まだ病人の少女に為されるがまま、その感謝とやらを受け取っていた。


『ミニャーダ、ミニョーだ!!!』


 現地語で叫んだ彼女の大声に看護婦達がさすがに罰が悪そうな顔で散っていく。


 そして、驚いた表紙に自分の胸元にギュッと少年を抱き締めた少女はモガモガ言っている少年の事も忘れて、グッと拳を握って親指を突き出した上司のサムズアップを前に朱くなり、ハッと少年を離すのだった。

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