第11話「紹介状」


 ゾンビ達の襲撃から二日。


 起きて食事をして横になり休養してという一日を過ごした三人は悪くは思いながらも横の教会のシスターがマンションの一室に辿り着けないよう結界を翌日には解いて外に出ていた。


 外ではてんやわんやの大騒ぎ。


 ついでに市街地であった荒くれと新参の一件もその直後の一歩間違えば、都市が滅ぶかもしれなかった事実上の存亡の危機によって有耶無耶となり、彼らが捜されるという事も無かった。


 前回で学んだフィクシーは相棒の大剣がギリギリ入るというのでベルの外套の裏にその剣を沈め、ヒューリもまた剣そのものを魔術に透明化して固定し、使わない内はちょっと変わった衣装コスプレのお姉さんとして都市に出た。


 都市を歩き回って数時間。


 人がいる場所をあちこち回って彼らが分かったのはこの異世界の人々が大陸中央諸国並みに人道的な人々もいれば、地方諸国並みに野蛮人も多いという事であった。


 治安の悪化はやはり避けられない運命らしく。

 不安が増大した故か。


 彼らが遭遇するだけで盗難事件に4度も出会った事は大いにヒューリを使命感に燃えさせ、その盗人は四回とも彼女の手によって捕まえられ、警察署へと連行された。


 さすが日に4度も盗人を連れて来た彼女に警察署の窓口は呆れていたが、犯罪者を捕まえれば、報奨が出る制度だったらしく。


 缶詰が4つ手渡され、事務手続きは簡素に終了。


 さすがに5度目は無いだろうと片言三人衆として微妙に知名度が上がった彼らはダウンタウンから離れて行政庁舎が立ち並ぶ一角から離れ、歓楽街らしいストリートに入っていた。


「昔から情報を集めるのは酒場と決まっている」


 案外と古い価値観を持ち出すフィクシーが構想を二人に話しつつ、立ちんぼの路娼が屯する場所を堂々と抜けていく。


 ケバイ意匠に煽情的な肢体をした美女からさすがにコレは無い無理というそろそろ熟女を通り越していそうな年齢の怪物染みた女まで。


 雑多な人々は美貌と若さだけで人が殺せそうな鋭い視線で二人を通り過ぎていくと睨み付け……逆にオロオロしているカワイイ男の子には目が合ったらウィンクという有様であった。


 一人、その狭間で元お姫様は痛ましい話だと思いつつも、この人達もゾンビさえ蔓延っていなければ、という気持ちになったらしく。


 大陸中央なら違法か、限りなく厳しい免許制な娼婦達の姿に何やら使命感を燃やしていた。


 まぁ、さすがに丸出しに近いコールガール相手にベルの目と良識を護るべく隠しているのは保護者染みていたが……。


 とにかく、そんな調子で彼らがまったく営業しているのが珍しいだろう昼時の酒場に臆面もなく入っていく様子は一部の区画の住民達からは物凄く反応に困る顔をされていた。


 こんなところに子供が来るなんて、というのが半分。


 でも、あの美貌なら一夜で大金持ちじゃないか、というのが半分。


 そして、こんなご時世だからこそあんな風に酒場にやって来る子供がいるんだという暗い時代への何とも表現し難い、諦めとも悔しさとも言えない良心めいた気持ちがほんのちょっと。


 カラン。


 そうベルが鳴って、薄暗くも背後に酒瓶が今時ですら大量に並んだカウンターに三人が付いた。


 バーテンが物凄く面倒そうな顔。


 倫理コード違反になるからさっさと出てって欲しいんだけどなぁ、という顔で18歳未満お断りだよ、と言おうとしたが。


『バーテンしゃん!! これかってくりぇにゃいっしゅか?』


 珍妙なニュアンスでゴトッとバーテンの前で大量の酒瓶と缶飲料が入ったバックが開かれた。


(―――まさか、こいつらで稼いでるのか? この歳で? いや、オレのオジキもそれくらいの歳にはヤバい橋を渡ってたって話だが……)


 バーテンの内心はそんなものだったが、目を丸くしたのも数秒の事。


 話し掛けて来た一番年長だろうフィクシーに視線を向けた。


『ココジャなんだ。ウラの方へ』


 そう言われてバーテンに付いていく彼らは業務用通路を通されて事務所へと向かう。


 そうして、擦り切れた襤褸ソファーの前でバーテンと対面して座る事になった。


『アンタら、何モンダ?』


 まだあまりリスニング出来ないフィクシーだったが、不敵な顔で話を切り出す。


『かうにょ? かわないにょ?』

『チッ、買うよ。買う買う。まだノメンだろ』


 バーテンが相場表をテーブル横にぶら下げられていたファイルから取り出そうとするが、それをやんわりとフィクシーが止めた。


『おかにぇはイラニャイ。ジョーホー。ジョーホーにして」


『ジョーホーだと?』


『しょーよぅ!! オニャジュなカッコ、カッコのヤチュ、みにゃかったのら?』


『カッコ? ああ、恰好……つまり、ナカーマさがしてンノカ』


『しょうよぉ!! ナカーマ!! なかーま!!』


『ぁ~~~メンドクせぇ……チッ、ええと、ジョーホーヤのジュウショ。ばしょ、ワカル? バショオシエンゾ?』


『ジョーホーヤ? それ、それ!! ばしょ!! ばしょ!!』


『ああ、ワカッタワカッタ。イマ、ショウカイジョー書いてやんよ』


 サラサラと小麦色な再生紙に現在の酒場と情報屋がいる場所を書いて、更に人探しを頼みたいと自身の名前と共に一筆を入れたバーテンが差し出す。


『コウーショ、セリツ!!』

『これモラッテクぞ』

『ドージョー♪』


 上機嫌でフィクシーが片言の交渉を成功させたという威信を二人に見せ付け、世間知らずな二人はやっぱりフィクシーは最高の隊長だよと言いたげな目をキラキラさせた。


 そうして、バーテンが止める間も無く。

 三人がその場から再び歩き出して去っていく。


「ぁ、オイ。もう行っちまった……まぁ、いいか。どうせ見つからんだろうしな。このご時世だ。なんて分かりゃしねぇだろ……で、中身はどれどれ……ブッホ!?」


 彼が見たのはラベルこそもう擦り切れていたが、それでも読める10年もの以上のバーボンやウィスキーの未開封品だった。


「オイオイ……こりゃ一財産有りやがるぞ……こいつはマッカランか? こっちは本場のスコッチ……日本製のまであんのかよ……ぁ~~悪りぃ事しちまったか」


 どうせ見付からない両親や肉親の情報をまた高い情報料を払って聞く嵌めになるはずの若者達の事を思って、ポリポリと30代のバーテンの頬が掻かれる。


「しょうがねぇなぁ。次来たら何かサービスしてやるか。あいつらが生きてたらだが……あぁ~~夢見絶対悪りぃコレ……一本頂いちまうか。はぁ……」


 雇われな彼は瓶の中でも一番の安酒に手を付けて、近くにあったタンブラーにすぐ傍の冷蔵庫から出した氷をブチ込んでトクトクと琥珀色の液体を注ぐ。


「ぁ~~生き返る……上等じゃねぇか。もういい……どうせ客なんてこの時間来やしねぇんだ。ツマミだ、ツマミ!!」


 こっそり職場で出している乾物やナッツを出して齧り始めた彼は思う。


 あいつら、こんな人浚いが出る場所で大丈夫かな、と。


 しかし、世界が滅亡の瀬戸際となって十年以上。

 それを気に掛けてやるには世相も男も荒んでいた。


「生きてまた来いよぉ~~~っひく!!?」


 そんなに酒が強いわけではない男が夜に寝ているところを雇い主に発見され、呆れられたのは言うまでもない話であった。


 *


 情報屋の居場所をゲットした三人はまったく周囲の薄暗い雰囲気に呑まれる事なく……否、逆にそういう空気の方が逃げ出していくようなホクホク顔で順調に進む情報収集の最中であると堂々と区画を歩き回っていた。


 さすがに現地民ではない為、地図を書かれても分かりづらかったのだ。


 それでも一時間程で目的地となる場所。

 情報屋がいるらしき店を発見した。


 どうやら薄暗い路地裏には似つかわしくないランジェリーの店らしい。


 外には恥も外聞もなくショッキングピンクのパンティーの絵柄が看板に掲げられている。


 ベルなどは一瞬で理解して、一瞬で視線を逸らしたが、単なる下着ならば、別に構わないというスタンスらしいヒューリはノータッチ。


 そのままズンズンとベルの手を牽いていった。


 シャランと戸口で硝子製のベルが鳴り、上からの陽光を天蓋から入れている内部の仄明るい様子が映し出される。


 そこにはカラフルな下着が山のように陳列されていた。


 このご時世によく此処まで集めたな、という感嘆の声が此処を知らない女性ならば漏れるだろうが、この世界の基準が分からない女性陣にしてみれば、大量のカワイイ下着が沢山ある場所でしかなかった。


「はーい」


 しかし、店内の奥から聞こえて来たキャピッとした声に違和感を感じた彼らが店員が出て来るのだろう出入口の方を向いて理解したのは……この世界のランジェリーショップの店員は皆、こういう人種なのだろうか、というものだった。


 筋肉モリモリマッチョメン。


 ついでに女装済みでメイクもバッチリなそっち系の店員が彼らに目を見張り、その素材の良さに思わずプルプルし始める。


(な、なな、何ぃいいいいい~~~この子達~~~ちょ~~~カワイイんですけど~~~と・く・に・カワイイおチビちゃんもいるわ~~~これは是非、“カワイイ下着”を穿かせてあげなくちゃねぇ(ニヤァ) んふ♪)


 その内心を察した男の本能か。


 ゾクリと泡だった背筋から来る震えにベルが二人の後ろに隠れた。


『ここ!! じょーほーや!! ジョホーヤ!! 聞いた!!』


『アッラ~? そっちのオキャクさんなのぉ。いいわよ~~~ダッテ、カワイイし♪』


『カッコ!! オニャジュなカッコ、みにゃかったのら?』


 フィクシーが片言以上にニュアンスがおかしな言葉遣いで訊ねる。


『おにゃじ? ああ、オナジね。カッコ……ナカーマ。サガシテル?』


『そう!! そう!! オニャジュ!! ニャカーマ!!』


『フンフン? どうだったカシラ? ちょぉ~~っとマッテネ』


 店舗の裏側に入っていった女装マッチョ店員が情報端末を持って来ると。


 内部にある情報で気になる物をピックアップしてから、彼らにチラリと視線を向けた。


『タダジャナイノヨ?』

『わかってんよん!! こりぇ!!』


 ドスンとやはりバックが店員の前に置かれる。

 その中には大量の缶詰や酒瓶が入っていた。


「改めさせて貰うわねぇ~~」


 ザラザラと出て来た缶詰詰め替え無しの純正品。


 酒もそれなりに良い代物である事が分かった店員がハイどうぞと言葉の不自由な彼らにも分かり易いように端末内の情報を拡大して見せてくれる。


 そのあまり使った事の無い機器に少しだけ戸惑った三人であったが、店員が出した情報をジッと読み込みながら、ベルもまた自動翻訳で気になる項目が無いかを探す。


「……フィー隊長。ありました。コレ……もしかしたら騎士団のものじゃないですか?」


「何?」


 その項目内にある情報と画像には剣が複数転がっている丘と小さな天幕の群れがあった。


「この天幕と剣の形。間違いない!! 善導騎士団のものだ!?」


「や、やりましたね!! フィー!!」

「ああ、ベル。続きには何と?」


「は、はい。六か月前の情報だとあります。何処からか流れて来た正体不明の集団……半数以上が……シャンフリャンシュシュコ? の辺りにテントを張っていると」


「シャンフランシュシュ湖? それが騎士団がいる場所か。でかした。ベル!!」


「で、でも、この場所……」

「どうかしたんですか? ベルさん」

「その……北にまたかなり遠いです」

「フッ、何だそんな事か? そう大した問題じゃない」

 フィクシーが軽く肩を竦めた

「そ、そうは言ってもきっと大変ですよ?」

「構わない。お前達とならな」


 そう自信満々に言い切られてしまえば、もう他の2人に異議を唱える言葉など残っていなかった。


「……フィー隊長」


「まずは連絡が取れないか試してみよう。それがダメなら、此処からあの車両で移動だ」


 2人がコクリと頷く。


『ハナシはまとまったカシラン?』


 フィクシーが頷く。

 そして、自分達の仲間の可能性が高く。

 どうにか連絡は取れないか、と訊ねた。


 すると、女装店員が少し難しい顔をしてから、白紙に何やらサラサラと書き出して、バーテンがしたようにソレを差し出した。


 話に寄れば、今現在この場所と他の場所の通信を行う壁の外にあるキチキョクとかいう施設が破壊寸断されており、それを直す為に人を集めているとの話。


『ばうんてぃーはんたーヨ』

『ばうんちゃーはんらー?』


『ハンターよン。ま、トーロクしてらっしゃいな。ケッコー、オネーサンよいカラダしてるんじゃナイカシラ。ゾンビ、ズバズバ、オカネ、ガッポガッポよ』


 店員のサムズアップとナイスガイ的な白い歯が煌く。


『ジョンビ、ズババ、おかねガポポ』


 フィクシーの脳裏には旅の資金を集める自分達の姿。


 そして、もしも可能なら相手との通信が可能になる、という未来が朧気に想像できていた。


 ガシッと店員の手が取られる。


『アリュガトーウ!!』


『イイノイイノ。あ、ショウカイリョーはそこのコにコレを……』


 何やらゴソゴソとフィクシーに紙袋が渡されて、ショーカイリョーとやらの条件が耳元に提示された。


 ついでに何やらランジェリーらしきものの今時貴重だろう見本らしき書籍が渡され、一部開かれて、指差される。


『――――――ヨイ↑モノにみえりゅのん』


 何か劇画チックに固まったフィクシーが後ろでまだヒューリの後ろに隠れているベルを見つめた。


「?」


『ドウシ!!』

『おードウシよん!!』


 ガシッと女装店員と意気投合したフィクシーが何が何やら分からないまま眺めていたヒューリを引き込んでゴニョゴニョと説明し始める。


 そして、ヒューリが何か物凄く葛藤したような顔となってから、ニ、ニコォという微妙にいつもとは違う何やらやたら後ろに感情が籠ったような笑みになり、身の危険を本能的に感じたベルは後ろに後退った。


 しかし、すぐにそこはランジェリーの壁となって彼をその場に押し留める。


「ベ、ベルさん。これは仕方ない事なんです。で、ですから、フ、フフ……」


「え、え?」


「ベル。悪いが紹介してくれる条件はコレしかないんだ……誰も見ない。穿くだけ、穿くだけだ」


「え、え、あの?!」


 ニジリ寄る二人の後ろで罪深い領域に一般人を引き込んでシメシメみたいな顔をする店員がニヤリと笑った。


 その数十分後。

 少年は抜け殻状態で店を後にする。


 彼の下着はしっかりとランジェリーショップの店員がお勧めするものとなり、しっかりランジェリーショップの秘密のカタログに顔写真が乗せられる事になる。


 男の子だってカワイイ下着が着れるんです!!


 との謳い文句は一歩間違えなくてもかなりヤヴァイ代物だったが、女性モノの下着を見に来た上流階級の女性達が見目麗しい少年の姿にショップを御利用する頻度が上がり、自分の息子にカワイイ下着を穿かせて教育、一緒に女性と男性の垣根を超えてジェンダーな世界に向かうという流行が起る事になる。


 無論、そんな事は露程も知らない異世界産の少年はルールールーと涙目で新しい下着を自分の手で見付けなければならなくなるが、それはまた別の話であった。

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