第6話「牢屋秘話~ロシェンジョロシェ~」
ガシャン、と。
人類は分かりあえるんだ!!
という幻想は一瞬で消し飛んだ。
武装解除こそされていないものの。
三人は車両を降りてから案内されたところは明らかに牢獄であった。
しかし、それでもフィクシーが冷静だったのはこのアンデッド塗れな国家ならば、その状況が当たり前だろうと感じたからだ。
「恐らくは検疫の為に何日か拘留されるだろうとは思っていた。血液などが採られる場合も素直に従うように。さすがに危ないと感じたら反抗していいが、問題が無さそうなら大人しくしておくんだ」
「フィー隊長。寝床……は一つしかありませんけど」
「……しょうがない。誰か一人が壁際だ。武装解除されなかったという事は相手もこちらの意志を尊重する意図があるという事だ。安易に武器は向けないよう慎むようにしてくれ」
「は、はい!! フィーの言う事なら!! それにさっきの兵士の方々が何か恐々と扱ってくれていた事もありますし、悪い人達ではないと思います」
ヒューリが感想を述べる。
コンクリート壁な牢屋内部は清められてこそいるが、微妙に冷たかった。
そうして三人が牢屋に入れられて後、誰か一人から聴取したいという類の言葉を受け取った為、ベルが出向く事となった。
壁から然程離れていない二階建てでそれなりに大きな建造物の一角。
コンクリート製の建物はやけに分厚く壁が作られており、外観は高い塀がある為、刑務所に近かったが、それも全てが内部の人間を護る為の防備だと思えば、ベルにも理解出来た。
(やっぱり、アンデ……ゾンビに対する備えなのかな?)
内部の通路を行き来して数十秒。
通された部屋は嵌め殺しの窓と同時に電灯とテーブルと椅子が二脚しかなかった。
連れて来た警備の者が退出する。
その中で待っていたのは柔和な笑みの50代くらいの眼鏡を掛けたヒスパニッシュ系の男だった。
『初めまして』
その言葉にベルが同じ言葉を返す。
『僕はハワード』
『ボクちんはベリュだぞよ』
その微妙に表現し辛い何とも言えないニュアンスにハワードと名乗った男が教育が足りていないとの守備隊からの報告を再度内心で確認した。
『キミタチはドコから来た?』
『南!! 南からきたんじゃよ!!』
『ん、んぅ……南……南か……』
目を細めたハワードは知っている。
米国南端から中部に掛けては奴らの勢力圏であり、生き残る事はかなり難しい。
何度か彼ら米国も遠征をこの十数年でしていたが、その度に犠牲者が出ていた為、殆どの物資が未回収のままなのだ。
その当時、後に【
食糧の超長期保存技術の確立後の話。
未だ米国が激減したとはいえ、それでもまだ数百万人以上の自国民を養えているのは当時のデフレで余りに余っていた加工食品が自国領土内に危険さえ冒せば幾らでも取れる金脈として眠っていた事が大きい。
故に南部というパンデミック発祥の地から来たという話は真偽はともかく。
重要度の点では絶対に見逃せない話に違いなかった。
『君達は南のドコからキタ?』
『南のドコ? ち、ちけいノッタ紙、紙!!』
ゴソゴソとハワードにバレないようベルが地図を取り出して自分達が初めて行った街を指差した。
『ッ』
それにハワードが目を見張る。
(かなり、パンデミックの中核地帯に近い? まさか、あのパンデミックを受けて生き残った集落があったなんて、有り得るか? いや、待て……まずは詳しい事情を……)
ハワードが出来る限り柔和な笑みで色々と訊ね始めた。
―――君達は何処の国から来たの?
『ガリュオス!!!』
―――ガリュオスって何処にあるの?
『異邦人なウチュウにありゅんじゃね?』
―――南のあの街はガリュオスなの?
『ガリュオスからココそばに跳んできたのん!!』
ここら辺まで来て、ハワードは確信する。
やべーよ。
大変な仕事受けちゃったよ。
絶対、こいつらの親がいたら壁の中にブチ込むべきだよ、と。
「こほん」
―――他の2人の名前は?
『ふぃーエライ!! ヒューもっとえらい!!』
「フィーエライか、フィエライ? ヒューモットエライ? 何処の言語だコレ……まさか、また悪名高き異世界アニメか……クソ、世界が崩壊したからってアニメで子供を教育すんなって言ってんだろ!! ったく、ギーク連中はどうなってんだ……」
ゲッソリと愚痴るハワードにベルが不思議そうな顔で首を傾げる。
それに何でもない何でもないと取り繕って更に質問は続いた。
―――君達は何の為にココへ来たの?
『死ぬイヤ!! ナカマ!! ナカマ見る!!』
「………生存の為に来て、仲間を探している、のか……?」
調書に書き込んでいくハワードの顔は冴えない。
―――君達の他にナカマはドコにいるの?
『シラナイ!! ミツケル!!』
―――此処が何処だか知ってる?
『ロシェンジョロシェ?』
「発音が……何か言語的に別言語から直接意味分からない単語を繋ぎ合わせてるというか。英語も奇妙な発音が混ざるせいでロクに……チッ、独自に素人が言語でも造って教育してたのか……ぁあ、めんどくせぇ……児童福祉局に専門家依頼した方が早いか。赤子レベルから言語学習が必要だな。矯正しないとまともに話せんぞコレは……」
早口なのでベルには何を言っているのか分かっていなかった。
『ロ、ロシェンジョ、ロシェのハワード。ナカマ』
ハワードがそう言いながら良い笑みを浮かべる。
―――何歳?
『15!! フィーエライ17!! ヒューモットエライ14!!』
それに感激した様子で腕が握られた。
「15? 嘘だろ……ぅ……凄い軽い……こんなちっこいのは栄養が足りてねぇのか。ぅ……こんなになっちまうまで……子供を何だと思ってんだ!! こいつの親ッ、生きてたら殴ってやりてぇ!?」
歳の割りに確実に数歳年下の子供と思われているベルの想像される家庭事情に同情したハワードが涙を堪えて、グッと正義の拳を握った。
その様子にベルはこんなにも親身に仲間を探す姿に感動してくれているのだろうかと現地人の良心性に胸が一杯になった。
ちなみに少年が小さいのは完全に純粋な本人の体質だったりするが、誰もそれに野暮なツッコミを入れる者は無かった。
『ダイジョブ。ハワード、ナカーマ(/・ω・)/』
もう可哀そうな子供達を助けるオジサンの気分でハワードが分かり易いようプライドも何も投げ捨てて、ボディランゲージで味方ダヨーとアピールする。
それに感激したベルもまた同じポーズを取った。
『ナカーマ(/・ω・)/』
2人の奇妙な遣り取りを見ていた黒人の警護が外側の小さな覗き窓で内部を見てから、良い話だとハンカチ片手にウンウン頷いた事は調書には載らないプライスレスな話に違いなかった。
そうして、ベルとフィクシーとヒューリの三人は検疫が終わるにしては恐ろしく速い1日後にビスケットと水を供給されつつ、何か妙にケバイ児童福祉局のオバサンに連れられて、ロシェンジョロシェの中でも割りと治安の良い区域にある教会傍の崩れ掛けたマンションの一室に三人で住める事になったのだった。
無論、教会のシスターが幼児教育用の教材を片手に訊ねたが、そこには誰も存在せず。
ドアノブには“後でカエル”という歪んだ文字の粗末な板切れの看板だけが下げられる事となる。
例え、哀れな子供相手でもそこまで暇ではない公的機関の人々が彼らを気に掛けるようになるのはまだ先の話であった。
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