ニコマート店長達の本音
不死川は来月のシフト希望を書き込んでいた。
もうかれこれ5年間も続けた作業、慣れたものだった。
他のバイト生は店長から何度もつっつかれてやっと出すシフト希望。
不死川はここ数年、店長から依頼を受ける前に全て提出している。
その紙を持って、バックヤードへ向かう。そのまま店長の机に置いて帰る、それだけのはずだった。
聞くつもりはなかった。だが、奥から聞こえて来たのは、店長と店長の妻の喋っている声だった。
「……だってもう5年もうちで働いてくれているんだよ? それを何で今更——」
「だから5年も付き合ってあげたんだから、もういいんじゃない?」
「お前、どういうことだ、付き合ってあげたって」
「……もう社会貢献は十分だってことよ。だってあなたあの人雇ってるの憐れみからでしょ? どうせどこも雇ってくれないからって」
「何言ってるんだ、お前は。不死川君はしっかりやってくれてるじゃないか、お客さんからの信頼も厚いんだぞ? 俺は別に彼をボランティアで雇ってるつもりはないの」
「そんなこと言ったってお客さんの評判、知ってるでしょ? あの怖い店員さんがいるから来づらいって言う人もいるのよ? だってほら、『ニコマート』なのに全然ニコっとしてないって。まああの顔でニコッとされても気持ち悪いけどね」
不死川は部屋の前で、その漏れ出る会話から何度も立ち去ろうと思った。だが、そこを敢えて動かなかった、いや動けなかった。
「だーかーら、『ニコマート』のニコは笑顔のニコじゃないって何度も言ってるだろ? ニコマートのニコは『二個』のニコ! 心と体の二個を癒す場所、って意味だって」
「そんなのあなたしか知らないわよ! 第一看板にスマイルくんみたいなの載ってるじゃない」
「あれはあくまでイメージだ。名前とは関係ない」
「それに今回の強盗事件、あれからうちの売り上げかなり落ちてるじゃない」
「……それは不死川君とは関係ないだろ」
「でもあなただって知ってるでしょ? ネット上のあの噂。不死川さんの事で結構炎上してるのよ? うちまで関係してるって思われたら正直迷惑だわ」
ガチャン。
不死川がふともたれかかった体重でバックヤードのドアが閉まった。
その音を、さっ、と見つめる店長夫婦。
「……あぁ、不死川君。そこに居たんだ、今日もお疲れさん。どうした?」
不死川は書き終えたシフト希望表を握りしめた。
「……いえ、何でもありません。ご挨拶にと思って。今日もありがとうございました」
深々と頭を下げ、そのままバックヤードを後にした。
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