ピアットにて
メガネちゃんは約束の20分前にはもうピアットに着いていた。
駅前のロータリーに面したイタリアンレストラン、ピアットは昼はランチ、夜はディナー。その他カフェ、飲み会としても使える地元では人気の店だった。
客が入ってくる度に、入り口をじっとみる。そしてまた視線を戻す。
……ゆきりんさん、来てくれるかな……
カランカラン、ドアが開く音が鳴った。
佑紀乃だった。
「ゆきりんさん!」
大声をあげながら、メガネちゃんが手を振った。
その姿を呆然と瞬きを数回してから確認する佑紀乃。
そのまま軽く手を挙げると、メガネちゃんのテーブルへ向かった。
「早かったね、ふあ〜」
「いえ、そんなことありません! それより……」
「何?」
「あの……きっと読んでませんよね、私のお話……」
さっ、とやってきた店員に二人ともランチセットを注文した。
その後、佑紀乃は持っていたノートパソコンを開き、電源を入れる。そしてピンクのUSBから読み込んだファイルを開いた。
佑紀乃の目がウサギの様に充血していた。
「ゆきりんさん……目が」
「え? ああ、あまり眠れなかったから」
そうなんですか……と心配そうな顔を浮かべるメガネちゃんだったが、
——あんたの13万字のせいでしょ! ったく!
と軽く心の中で佑紀乃は唸った。
「読んだよ、昨日」
「ほんとですか?」
「うん」
「どの辺りまでですか?」
「どのって……全部」
突然メガネちゃんは立ち上がった。
「全部ーーーー!?」
その大声に辺りが一瞬振り返った。
我に返ったメガネちゃんが、恥ずかしそうに再び席に着いた。
「ちょっとだけでも良かったのに……」
「そんなこと言われたって、あれだけ一生懸命頼まれたら、中途半端なことはできないでしょ、それに……」
「それに?」
佑紀乃は一つあくびをした。
「面白かったよ。つい気になって最後まで読んじゃった」
メガネちゃんの顔色が青ざめた。
「……うそ、うそに決まってます! だって私の書いた話、ぜんぜん華がないし、バトルシーンも無いし、地味で単調で……」
「いや、単調な話ほど、中身が無いと伝わらないんだよ。それが出来てるってことはテーマがしっかりしているんだよ」
「でも……結局書いてて、一体何を伝えたいのか全然わからなくなっちゃったし……」
早速セットのドリンクが運ばれて来た。
佑紀乃はアールグレイ、メガネちゃんはジャスミンティーだった。
「そんなことないよ、十分伝わって来たよ。それぞれの章で仲間になるキャラクターってさ、さりげなく勇気と愛と、友情。それから強さと優しさを表しているんだよね、それらが最後みんなで集まって、最後ミルキーに呪いをかけていたデーモンと戦い、勝つ。ミルキーは最初何もできない娘だったけど、まっすぐな気持ちがあれば人を動かすことができる、それによって大きな壁も乗り越えることが出来るんだ、って。私にはそう届いたけど」
……うそ、うそ……
うわごとのように、まるで魂が抜けた様にだらりと椅子にもたれかかった。
「でもね、やっぱりまだ分かりにくいところはいくつかあった。例えばこの前先生が言ってたみたいに名前が似てるとか。ルーシアとランシアは姉妹だったけど口調も似てるし性格も似てるから、どっちがどっちか分からなくなった時があた。あと、4人以上集まったシーンはほぼ毎回誰が喋ってるのか分からなかった、とかかな。気になったところ、コメント入れておいたから」
そう言いながら、佑紀乃はパソコンのディスプレイで、コメントを入れた箇所を見せた。
そうこうしているうちに、前菜のサラダが運ばれて来た。
佑紀乃はパソコンをシャットダウンすると、USBを抜いて、メガネちゃんに渡す。
「この話、私は好きだよ。後もうちょっと頑張ったら売れるかも、なんてね!」
メガネちゃんは急に立ち上がった。左手にUSBメモリーを握ったまま。
「ど、どうしたの?」
メガネちゃんの目がまん丸になった。
「……う、売れる? まさか……そんな……」
そのまま持っていたUSBが手のひらからこぼれた。
勢いよく重力に導かれ、そのまま細長い物体がジャスミンティーの中にぽちゃん。
「あーーーー!!」
急いで取り出したが、もう時すでに遅し。
「メガネちゃん、バックアップ取ってる?」
「バック? なんですか、それ」
「データを他にも残してるか、ってこと!」
「え、いや……多分ここにしか……」
「ということは……」
佑紀乃の額から血の気が引いた。
——もし開けなければ、13万字が……?
その後黙り込む二人。
しばらくして美味しそうな本日のパスタ「贅沢ベーコンのカルボナーラ」が運ばれてきても、どちらともしばらく手をつけられないでいた。
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