第5回の前に……
第5回の講義の日。204室は講義が始まるのを待っていた。
部屋に入ってきたカンナは、パーマンを見つけ次第詰め寄り、机をバンと叩いた。
「あのさ、この前の日曜日。結局あんたメガネちゃんに何やったの?」
後ろにいた佑紀乃も問いかけた。
「そうそう、私もあれから気になってたんだよね」
「あ! まさかあんた……」
「な、なんだよ」
「メガネちゃんのこと、食べちゃったりしてないよね?」
パーマンの口がぽかんと開いた。
「んなわけねーだろ、バカかお前は」
「だってこの前、『成人か?』みたいなこと言ってただろ? 俺が自信つけさせてやる、大人にしてやる、みたいな? あぁ、キモ!」
「ったく、お前のその発想の方が引くわ」
カンナは顎を突き出し、パーマンの胸ぐらを掴んだ。
「あんたもしあの娘に手、出したら……覚えときなよ、一生子ども作れないようにしてやんから!」
カンナがパーマンの顔の前で、獣が噛みつくような仕草を見せた。
「なんでさ、お前はさそうやって俺の子孫を滅亡させようとするわけ? 大体さ、そういうのは本当にそれらしいことを俺がやってから……」
ドアががちゃりと鳴って、人が入ってきた。
一瞬カンナがそちらを見たが、また視線を戻した。
するとその人物がカンナの元へ近寄っていく。
「こんばんは、カンナさん」
カンナが振り返って、へ? という顔をした。
「あの、すいませんけど、どなた……ってあんたもしかして!?」
女性はにこっと笑顔を返した。
「メガネちゃん?」
メガネちゃんは恥ずかしそうに微笑みながら、こくりと頷いた。
佑紀乃も寄ってきた。
「えーーーっ! うそ? 全然イメージ違うわ」
二人が驚くのも当然だった。
まずメガネちゃんは眼鏡をしていなかった。いつもぼさぼさの黒髪はきれいなひし形シルエットに整えられ、サイドは今風に数本の髪を流れをつけて垂らす。
それだけではない、服装もいつもの白Tにデニムガウチョではなかった。
ボーダーのトップスにグリーンのフレアスカートとタイツ。おしゃれなショルダーバッグを抱えての登場に、一気に彼女周辺がキラキラしだした。
「どうです……か?」
「めっちゃ可愛くない? うわっ、ほんっとに別人かと思った」
「うん、すごくいいよ。やっぱり違うわ、こうしてみると」
パーマンが鼻の下をこすりながら、どや顔をした。
「……というわけだ」
「え? マジ? これあんたが仕組んだの?」
「まあな。お世話になってる眼科の先生がいるから、まずコンタクトを頼んだ。それから髪型はOCEAN 青山の
「ちょっと待って」
佑紀乃の目に力が入った。
「今、何さんって言った?」
「
「知ってるも何も……めちゃくちゃ人気で、予約すると2ヶ月待ちって聞いてるんだけど。何でそんな人が、いきなりお願いしますって言ってやってくれるの?」
「知らねーよ、知り合いなんだからしょうがねえだろ。ついでに専属のファッション担当の方もいらっしゃって、簡単にコーディネートしてもらったんだ」
カンナが目を丸くしながら、メガネちゃんの髪をさらりと撫でた。
「ってゆうかマジすげえ。テレビの番組みてーじゃん」
「あぁ、よく昼過ぎにやってるやつだろ『いつもパッとしないパパをかっこよくしよう』みたいなやつな。ただあーゆーのって結局本人とはそぐわないというか、背伸びしたファッションになるから長続きしないんだよな。メガネちゃんの場合あまり服に金かけたくないっていうから、これ全部ユニクロでまとめた」
『ユニクロ!?』
二人の声が思わず重なり、佑紀乃はそのままメガネちゃんのトップスをさわった。
「ユニクロか……確かに最近オシャレなの置いてるよね、あそこ」
「そう、プチプラコーデって言うだろ? 値段を抑えて且つ良く見せるってのが腕の見せ所だよな。うん、なかなかいいよ」
メガネちゃんは頬を真っ赤にして、顔を隠すと椅子に座り込んだ。
「そんな、あんまり見ないでください……まだ、なんかどうしていいか……」
佑紀乃はメガネちゃんの肩を叩いた。
「どうするもなんも、これがあなたの姿なんだから、いつものままでいいのよ」
「——はい、よろしくお願いします」
——っていうか、ほんとにめっちゃ可愛い、ちょっとキュンとしちゃった……
佑紀乃は心の中でそう呟きながらどうしても気になっていた一言を発した。
「でもさ……」
「はい?」
「やっぱり、その黒リュックは必要なわけ?」
メガネちゃんは後ろを一瞬振り向いた。
「え? あ……あの、何と言うかこれが無いと不安なんですよ、私」
パーマンが黒リュックを2、3度叩いて硬さを確かめた。
ぺしぺし、という詰まった音が響いた。
「今日も上等だな、こりゃ。半径1メートル以内に人がいるときはマジで気をつけろよ」
はい、すみません……とメガネちゃんは小さく呟いた。
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