ブランド品の装飾人間

ちびまるフォイ

ブランド品にふさわしいひと

「人の一生は一級品にふれることなく終わってしまうのがほとんど。

 これは非常に人生における損失だとは思いませんか」


「いや、まあ……どうでしょう」


「死ぬほど美味しいものを1度は食べてみたくないですか?

 涙を流すほど美しい景色を見てみたくはないですか?

 そういう貴重な感動の入り口が一級品であるのです」


「はあ」


「たとえば、私のこの胸に入っているハンカチ。

 ブランドの一級品ですが値段だけの価値があります。

 肌触りもいいし、汚れもけしてつかない。完璧です」


「たしかに……すごいきれいですね。見た目でも」


「でしょう? この時計もブランド品。

 このスーツも、この髪ジェルも。なにもかもブランド。

 一級品の良さを味わうと、もう価値観を戻すことができません」


「それで、本当に俺がここにある一級品の品々を使っていんですか?」


部屋には今しがた紹介されていたスーツだのハンカチだのはもちろん、

ブランド品の寝具やブランド品のバッグまで並べられている。


「もちろんですよ、試験員No.002。

 あなたに一級品の良さをわかってもらうだけでなく、

 あなたを通して他の人にも良さを伝える宣伝塔も兼ねていますから」


部屋に一人だけ残された後で品々を物色した。

ブランド品にうとい自分でも名前だけは聞いたことがあるものばかり。


「すごいなぁ……金ピカだ。これがブランド品かぁ」


普段接することのない高級ブランド品の数々を好きに使える。

さっそく使ってみると、男の言葉もあながち間違いではなかったと感じる。


「この洋服ぜんぜんチクチクしない。

 それにこの時計はめちゃくちゃかっこいいな」


ブランド品に包まれると自分が別の人間になったような気分になった。

特に用もなかったが人通りの多い道を歩くようになる。


行き交う人々を品定めしては自分より劣るなと勝手に比較して心でニヤニヤしていた。


「よっ、ひさしぶり」


声に振り返ると旧友が肩を叩いていた。


「ここで会うなんて珍しいな。今なにしてたんだ?」


「ん? いや別に? ふらふらしてただけだよ」


俺の顔には「ブランド品に触れてくれ」と文字が浮き出そうだった。

遠回しに褒められたい欲求がうずいてくる。


「あれ? お前のその格好……」


「うん! うんうん!!」



「ブランド品一色でクソダサいな」



「は、はああ!? だ、ださくねーし!!!」


「いやいや、どうみても品がないよ。全身ブランド品じゃん。

 "私ブランド品に囲まれたいですぅ"っていう浅ましさが全面に出てるよ」


「う、うるせぇ貧乏人!! 別にブランド品選んだわけじゃないし!

 本当に良いものがわかる人間が行き着く先の一級品が

 たまたまブランド品だったってだけだ!!」


「うそつけぇ」


「貧困な価値観のお前には、ブランド品をけなすことでしか

 自分の自尊心を保てないんだな! あー! かわいそうかわいそう!!」


ブランド品で固めることの何が悪い。

固められない人間が「全身ブランドだとダサい」という価値観を勝手に持ってるだけじゃないか。


「ふんっ……一級品の良さもわからない下民どもめ……」


帰ろうとしたときだった。

肩にかけていたかばんを後ろからやってきた男にひったくられた。


「あっ!?」


あまりに突然で不意をつかれたために、

みるみる小さくなる盗人の背中に手を伸ばすことしかできない。


「お、俺のブランドバッグーー!!」


叫んだそのとき。

レーザーポインタがどこからか照射され盗人の背中に当たる。


音はしなかった。


盗人は前につんのめるように倒れてもう起き上がることはなかった。

近くにいくと盗人の背中は弾丸で穴を開けられていた。


「し、死んでる……」


「こんにちは、試験員No.002」


「うわっ?!」


男が近くにやってきていた。


「こ、これ……あなたが殺したんですか!?」


「めっそうもない。私はただの試験員ですよ。

 それより盗まれたあなたのバッグいくらだと思います?」


「ひゃ、100万……くらい?」


「2億です。今死んだこの盗人が一生働いても

 臓器をぜんぶ売っても到底届くことのない金額。

 そう、この男の一生よりも価値のある品なんですよ」


「だから殺したんですか!?」


「だから私は関係ないんですって。命令してもいない。

 あなたは何十人にも監視されていて、ブランド品が盗まれれば

 その監視者たちが自動で動いているというだけです」


「まったく気配感じない……」


「今後は奪われないように」


この1件があってからというものすっかり怖くなってしまい引きこもりがちになった。

また盗まれて自分以外の人間が殺されるのをふせぐのはもちろん、

もし自分が壊してしまったら一生をかけて弁償できる気がしなかった。


「もし壊しちゃったら……」


レーザーポインタが当てられるのだろうか。


怖い。

怖い。


怖すぎてもう使えない。


「ちわっす。新しいブランド品のお届けっす」


「え? そんなの頼んでないけど」


「なに言ってんすか。試験員には定期的に新モデルが送られる。

 それを使ってこその宣伝塔でしょうよ。ここ置いておきやす。

 あ、この古いモデルは回収しまーーす」


「ちょっ……待っ……!」


届いた新モデルはデザインも一新されていた。

新しく届いたブランド品は最先端すぎて使い方もよくわからない。


下手なことをして台無しにしてしまったらと思うと……。


「あああ、こんなの恐れ多い。一級品なんかじゃなくていい。

 汚しても壊しても気にならない二流三流の模造品がいい!」


次の配達のときに俺は耐えかねて配達員を捕まえた。


「君、まってくれ!!」


「なんすか? 旧モデルのブランド品が良いってのは駄目っすよ」


「あの男に伝えてくれ! 試験員No.002はもう限界だと!

 俺はもう普通の、自分の身の丈にあった生活がしたいと伝えてくれ!」


「いいっすけど……もったいなくないっすか?

 どれも最高級品。ここを止めたらもうこの生活には戻れないんっすよ?」


「いいから早く!!」


一刻も早くこのブランド生活を終わらせたい。

配達員が去っていくとやっと解放される安心感でいっぱいになった。


びりっ。


お花畑でいっぱいだった脳内をつんざく嫌な音が聞こえた。


「うそ……?」


おそるおそる確かめると、ブランド品のハンカチを破っていた。

顔から血の気が引いていく。


ハンカチ1枚でも俺の人生でまかなえるとは到底思えない。

間の悪いことに男はすぐにやってきてしまった。


「配達員から呼ばれたので来ましたよ。おや? そのハンカチ……」


「ちがうんですっ! こ、これは……」


「見事に破れていますねぇ。でもよかったじゃないですか。

 実はそのハンカチは偽物ですよ」


「え……? に、偽物?」


「実はこのブランド品はすべて偽物と本物が混在しているんです。

 違いのわかる人間をあぶりだすためのものだったんですよ」


「な、なぁんだ……よ、よかった……安心しました……」


「それと話は聞きましたよ。ブランド生活を止めたいんですって?」


「はいそうなんです! もうこんな生き詰まる生活まっぴらで」


「それはちょうどよかった。あなたを解放する予定だったんですよ」

「そうなんですか!?」



「ええ、試験員No.003だけがブランド品に順応できたので

 ほかのはちょうど廃棄する予定だったんです」

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