震える心

 家に戻り、裕と笑里に片田と会ったことを話すと、二人はみるみる顔が険しくなった。

「それで、片田は何て言った?」

 レイナは片田から言われたことをそのまま伝えた。

 二人は「あいつは、ホントに」「なんてことを」と憤る。

 

「ねえ、ホントなの? 仕事がなくなったって」

 裕は「ああ……すまない、話さなくて」と目を伏せた。

「自分のアルバムを出せないだけでもショックなのに、これ以上、僕らのことで心配させたくなくて」

「ホントなんだ……」

 レイナはソファにへたりこむ。


「どうしよう……どうしよう……私のせいで」

「違う、レイナ。君のせいじゃない」

 裕はレイナの目線にしゃがみ込む。


「悪いのはあいつだ。片田なんだ。レイナのやっていることに、間違っていることなど、一つもないんだよ。ゴミ捨て場で歌うのも、ゴミ捨て場の人たちを元気づけたいって思うのも大事なことだ。それをやめてしまう必要なんてない」


「でも、誕生日のライブはもうやめたほうがよくない?」

「いや、それはない。やるべきだ。こういう状況になったからこそ、やるべきだ」

 レイナが笑里を見ると、「その通り」とばかりにうなずく。


「でも、そしたら、先生たちが」

 レイナは涙声になる。

「僕たちのことは気にしなくていい。何とかなるから。だから、レイナはレイナのやりたいようにやればいいんだ」

 裕は優しく言い聞かせる。

「レイナちゃん、大丈夫よ。私たちは大丈夫」

 笑里がレイナを優しく抱きしめる。レイナは笑里の胸に顔をうずめた。



 片田に会った一週間後。

 レイナは地下のレッスン室でタクマのピアノを弾いていた。

 この1年、裕からピアノの弾き方を教えてもらい、つたないながらも「小さな勇気の唄」を両手で弾けるようになった。

 いつも弾くたびに、タクマがピアノを弾きながら歌ってくれた、あの幸せなひとときを思い出す。

 だが、その映像は、だんだん鮮明ではなくなってきている。


「お兄ちゃん」

 レイナはつぶやく。

「まだ、レイナのそばにいてくれてるんでしょ?」

 レイナは時折、ピアノの前で耳を澄ませる。タクマが何かを語りかけてくれるんじゃないかと、期待して。だが、どんなに集中しても、何も聞こえてこない。 


「お兄ちゃん、私、どうすればいい? 私がいると、みんなに迷惑かけちゃうみたい」

 ピアノの蓋に頭を乗せて語りかけていると、裕が「レイナ、いいニュースだ」とレッスン室に入って来た。


「スティーブが全面的に協力してくれることになった。スティーブが契約しているレーベルにかけあってくれて、アメリカでアルバムを発売できるようにしてくれたんだ。だから、一枚目も二枚目も出せるよ」

「ホントに?」

 レイナはパアッと顔を輝かせる。


「よかったあ。大好きな曲ばっかだもん。二枚目も絶対に出したかったの!」

「スティーブのバックバンドに演奏してもらえることになりそうだしね」

「どこでレコーディングするの? アメリカ?」

「それはまだ決めてないんだ。音源さえもらえれば、日本でもレコーディングできるし。レイナはどっちがいい?」

「どっちがいいかなあ。アメリカに行ったらトムに会えるし」


 二人が高揚しながら話していたとき、アミがレッスン室に飛び込んできた。

「あー、あー」

 何か起きたらしく、真っ赤な顔をして、腕を振り回して何かを伝えようとしている。

「どうしたの?」

 レイナが聞いても、「ううう~」と話したくても話せないもどかしさで、余計に焦っているようだ。


「水でも持ってくるかな?」

 裕が上に行こうとすると、「だ……ち」と、やっと言えた。

「団地? みんなが住んでるところ?」

 レイナの言葉に、アミは何度もうなずく。

「団地で何かあったの?」

「なく……った」

「え? 何?」

「だち、な、い」


 レイナと裕は顔を見合わせる。

「なんだろ?」

「団地で何かがあったみたいだから、とりあえず行ってみたほうがいいんじゃないかな」

 アミはレイナの手を強く引っ張る。

「うー、うー」

「分かった、分かった」

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