君を、ずっと、愛している。

「お兄さん、何したの?」


 怜人は背後から声をかけられた。

 警視庁に連行されると、すぐに留置場に入れられた。そこにはすでに「先客」がいたのだ。


 怜人の後に、議事堂で捕まった仲間たちが次々と連行されて隣の房に入れられる。

 怜人は鉄格子越しに「大丈夫か?」と声をかけたり、「彼、ケガしてるじゃないか。ちゃんと手当をしてあげてくださいよ」と看守に訴えかけていた。

 おびえて号泣している仲間には、「よく頑張った。ありがとう。僕の力不足で、申し訳ない」と声をかけてあげる。


 仲間と、「怜人さんもケガしてるじゃないですか」「それより、ほかのみんなは? 逃げられた人もいるのかな」と鉄格子越しに会話してると、急に声をかけられたのだ。

 部屋の隅で、50代ぐらいの恰幅のいい男が腕組みをして座っている。丸刈りで、目つきがやけに鋭い。


「あ、すみません。騒がしかったですか?」

「いや。なんで捕まったの?」

「まあ、ちょっと、国会議事堂を襲撃しまして」

「は? 国会議事堂を襲撃? 何のために?」

「法案を通さないためです」

「そんなことのために体を張ったの? えらいねえ、英雄だ」

「いや、そんなことはないですけど」

「それで、成功したの?」

「いえ、失敗したから、今、ここにいます」


 怜人の答えに男は爆笑した。

「そうかそうか。そりゃそうだわな。うまくいってたら、捕まらないか」

 その時、爆発音が響いた。

 怜人はとっさに頭をかばう。


「なんだ……?」

 火災報知器がけたたましく鳴り響く。

「おい、どうしたんだ?」

「なんだ、これ?」

 留置場にいる人の間に動揺が走る。続いて、2回目の爆発音。


「おいおいおい。逃げなきゃヤバいんじゃないの?」

「おーい、誰か、ここから出してくれえ」


 仲間たちが騒いでいると、看守が慌てて入ってきた。隣の房のカギを開けて、「こっちへ」と先導する。仲間は「怜人さんも、急いで!」と言いながら、駆けて行く。

 怜人の入っている房の鍵も開けられた。


「おじさん、早く」

 怜人が男を促して出ようとすると、「おっと。お兄さんは出られないぜ」と男に腕をつかまれた。看守が怜人の房に足を踏み入れる。

「お前っ……」

 怜人は目を見張る。

 看守は警官の制服を着ている白石だった。


「なんだ、助けに来てくれたんだ」

 怜人はホッとした顔になる。

 だが、白石は目をそらせて、背後の男にベルトを投げて渡した。

 後ろから素早く首にベルトを巻き付けられ、締め上げられる。


「ぐっ……」

 怜人はベルトをほどこうと、もがく。

「……悪い、怜人」

 白石は怜人を正視できず、うつむく。

「白石っ、どういうことだっ」

 怜人は声を絞り出す。


「時間ないから、早くな」

 白石は短く声をかけると、房から出ようとした。

「白……石っ」

 怜人は白石に手を伸ばす。白石の瞳は一瞬揺れたが、顔をそむけると廊下に出た。


「みは……る」

 ギリギリとベルトを締め上げる音と、怜人が必死に暴れる音が、ガランとした留置所に響く。

「美晴ちゃんは、大丈夫だ。オレが面倒見るから!」

 白石は絶叫するように言う。


 怜人の意識が遠のく。

 遠くに光がぼんやりと見える。その光の中にいるのは美晴だ。

「み……は……る」


 ――君を、絶対守るって決めてたのに。


 怜人は光に向かって手を伸ばす。美晴が微笑みかける。そのやわらかな、愛情に満ちたまなざし。


 初めて出会った、あのステージ。泣きながら懸命に訴えかける姿も。

 罵倒されてもひるまない強さも。 

 陸たちと無邪気に笑っている姿も。

 初めて一緒に過ごした夜、腕の中で自分を見つめる瞳も。

 初めて、朝陽の中で素顔を見た時も。

 二人で将来を語り合った夜も。

「愛してる」と囁く声も。柔らかな肌も、髪の甘い香りも。

 すべて、すべて、愛おしくて。


 二人で過ごした時間が、風のように駆け抜けて行く。光に向かって――。

 怜人はかすかに笑った。


 ――美晴、君を、ずっと、愛してる。君を、ずっと。


 やがて、怜人の身体から力が抜けて、床に崩れ落ちた。

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