私は、負けない。

楽屋のモニターから漏れてくるステージの歓声が、ひときわ大きくなった。

「スティーブの登場ね」

 アンソニーがつぶやく。


 レイナは笑里の胸に顔を埋めていた。

 笑里は優しくレイナの背中をなでている。

 アミも一緒にレイナの膝に顔を埋めて泣いていた。


 スティーブのところで相談していた裕が楽屋に戻って来た。

「少しは落ち着いたかな」

 レイナは顔を上げた。その瞳からは、尽きない涙がこぼれ落ちる。


「それにしても、むごいことをするわね」

 レイナが握りしめているバレッタを、笑里はなでた。

 飛び散ったビーズは裕が拾い上げて、ハンカチの上に載せてある。


「直せるかしら」

「ああ。どこかに頼んでみよう」

「でも、直してもらっても、もうお兄ちゃんにもらったバレッタじゃない」

 レイナはかすれた声で言う。

「そうだね、完全には元に戻らないかもしれない」


 裕はしゃがみこんだ。

「でも、レイナの心には、タクマ君との思い出がある。それは消えることも、壊れることもない。そうだろう?」

 レイナは濡れた目で裕を見る。


「ミハルさんは、何て言ったんだっけ? タクマ君を最期に見送るときに」

「――歌ってって」


 ――レイナ、歌って。タクマ君に届くように。天国にいるタクマ君に届くように。タクマ君は、あなたのそばからいなくなるなんてことは、絶対にないから。絶対に、あなたのそばにいるから。だから、歌って、レイナ。空に向かって。


 あのときのミハルの声と、頬を包んでくれた手の感触が蘇った。

「ママに会いたい……」

 レイナは身体の底から声を絞り出す。


「そうだね。今日は、ミハルさんのために歌うんじゃなかったかな」

 レイナはハッとした顔で、裕を見る。

「ママに……」


 ――そうだ。ママに見てもらいたくて、今日は出ることにしたんだ。ママは、どこかできっと、見てくれてる。


「よっほーい。ただいまあ」

 トムが楽屋に戻って来た。

「お帰りい。気持ちよくダンスしてたわねえ」


「見ててくれたの?」

「ええ。モニターでね。拍手喝采だったじゃない」

「まあね。あのジョージって人の歌もうまかったよ」

「とっさに、あれだけ合わせて踊れるんだから、たいしたもんよねえ」

 アンソニーはトムの頭を「偉い、偉い」となでた。


「レイナは?」

「だいぶ落ち着いたわよ」

 裕はレイナの目を見つめる。

「歌えるね、レイナ」

 レイナは裕の目をまっすぐ見つめ返した。

 一筋の涙が流れ落ちたが、その瞳には強い光が宿っている。


 ――歌おう。ママのために。こんなことで、負けてられない。


「さ、メイクを直しましょうか」

 アンソニーが気分を盛り上げようと、陽気な声を上げる。


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