くだけちる想い

 本番30分前。


 レイナはアンソニーの手で見違えるように変身した。

 今日の衣裳はネイビーの袖なしワンピースで、スカート部分がシースルーになっている。腰のリボンベルトを、笑里が結んであげた。


 アミはうっとりとレイナを見上げている。

 トムも、「レイナ、キレイだよ。お姫様みたい!」と興奮している。

「アンソニーがキレイにしてくれたの」

「だからあ、元々、あなたは美しいんだって」

 アンソニーは返す。


 楽屋の外が騒がしい。

 様子を見に行った笑里が、

「ヒカリは、まだもめてるみたいよ。事務所はヒカリに出てもらいたいって頼み込んでるのに、ヒカリは『帰る帰る』ってゴネてるみたい」

と呆れ顔で言った。


「リハーサルをしときながら帰るなんて言ってるのか?」

「それがね、スティーブと一緒に歌うのはナシになったんだって。ステージが始まる前に1曲だけ歌うことになったみたい」

「それじゃ、前座扱いってことか」

「そうなるわね」

「そりゃあ、女王様は納得しないでしょうねえ。怖い怖い」


 そのとき、スタッフが楽屋に入って来た。

「西園寺先生、ちょっと曲順が変わったみたいで。スティーブさんに確認してもらっていいですか?」

 裕は「分かった」と席を立った。


「そろそろ、私たちは客席に行ったほうがよさそうね」

 笑里はアミをうながした。

「じゃ、後でね。トム君も楽しんでね」

「もっちろん」

 アミは「あー」とレイナに抱きつく。

「うん、頑張るからね」

 レイナはアミの頭をなでた。


 笑里たちが出て行くと、すぐに別のスタッフが来た。

「あの、君、トム君だっけ? どのタイミングでステージに出るのか、監督が確認しておきたいって」


 トムが困ったようにレイナを見ると、「じゃ、私が一緒に行ってあげるわ」とアンソニーが引き受けた。


 楽屋の中は、レイナ一人になった。

 レイナは改めて鏡を見る。

 まるで魔法にかかったかのような自分の姿。


 ――前にステージに立った時から、いろんなことがあったな。


 今日もアンソニーが目立つ位置にバレッタをつけてくれている。

 バレッタを触って目を閉じた。


 ――お兄ちゃん。今日も見守っていてね。ママもきっと、どこかで私の歌を聞いてくれてますように。


「先生は? どこ?」

 ふいに背後から声がして、レイナは驚いて目を開けた。


 いつの間にかヒカリが楽屋に入って来ていた。その目は吊り上がり、真っ赤に充血している。

 ヒカリはドアを閉めた。


「先生は?」

「えっ……と、スティーブさんのところに行ってる」

「そう」


 ヒカリは腕組みをして、レイナに歩み寄る。レイナは思わず後ずさった。

「あの日、先生があんたを連れてこなければ……っ」

 ヒカリの目は怒りでメラメラと燃えているようだ。


「で? 先生と寝たの?」

「え? 寝た?」

 レイナは戸惑う。ヒカリはフンッと鼻で笑った。


「先生が、あんたみたいなガキと寝るわけないか。私のことは気に入ってたみたいだったけど。私にはその気はなかったけどね」

 レイナには何の話なのか、さっぱり分からない。


 ヒカリはレイナの顔をのぞき込んだ。

「どうやって、先生に取り入ったの? ねえ?」

 レイナは、誰かを呼びに行こうと思った。


 そのとき。

 ヒカリはレイナのバレッタに目を留めた。

「そのバレッタ。私のライブのときもつけてたでしょ? 大切なものなの?」


 レイナは何も答えられない。ヒカリは手を差し出した。

「ちょっとだけ、見せてもらっていい?」

 レイナは首を振った。


「ちょっとだけだってば」

「ダメ。これは渡せない」

 レイナはキッパリと断る。すると、ヒカリの顔が引きつった。


 ヒカリは強引にレイナの頭を押さえつけて、髪からバレッタを外してしまった。


「ちょっ……」


 レイナが取り返そうとすると、ヒカリは高く掲げて、「へえ~、キレイねえ。誰にもらったの? 先生?」と蛍光灯に翳す。


「違う、先生じゃない。タクマお兄ちゃんにもらったの!」

 レイナは手を伸ばすが、ヒカリは背が高いので、届かない。


「ふうん、そうなの」

 ヒカリは意地悪そうな笑みを浮かべる。

「こんなチャチなバレッタ。子供のオモチャじゃない」


 レイナが「返して」と手を差し伸べると、「あ、手が滑っちゃったあ」とヒカリはバレッタを落とす。 

 レイナは小さな悲鳴を上げる。


 そして。 

 ヒカリはヒールで思いきり、バレッタを踏みつけた。ビーズが粉々に飛び散る。

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