夢の終わり

 ディズニーリゾートで遊びつくして、6日目の夜に西園寺家に戻ってきた。


 翌朝、レイナはいつも通り、6時に目が覚めた。二人が亡くなった娘に用意していた子供部屋を、レイナは使わせてもらった。

 リビングに降りると、裕と笑里はまだ起きてないようだ。


 外を見ると、運転手の森口が車の手入れをしている。

 レイナは出発のときに着ていたいつもの服に着替えて、顔を洗い、外に出た。


「おっはよう、森口さん!」

「おはよう。レイナちゃん、早いね」

「うん。いつもこの時間には起きて、水汲みに行ってるんだ」

「そう……」

 森口は何とも言えない表情になった。


「ハイ、これ、お土産!」

 レイナは背中に隠していた包み紙を差し出した。

「えっ、私に? わざわざお土産を買って来てくれたのかい?」

「うん。っていっても、お金を出してくれたのは笑里さんなんだけど……。選んだのは、私だよ」

「ありがとう。開けてみてもいいかな?」


 森口は包み紙を丁寧に開ける。

 ミッキーの小さな柄が入っているえんじ色のネクタイで、「へえ、こりゃあいい。上品なネクタイだ」と森口は喜んだ。


「似合うかい?」

 首元に当ててみる。

「うん、似合う! カッコいいよ」

「そうかい。さっそく使わせてもらうよ」

 森口は嬉しそうにネクタイを箱にしまった。 


「ディズニーランドはどうだった?」

「楽しかったよお。全部の乗り物に乗ったの!」

「へえ、そりゃすごい」

 レイナはシンデレラ城のミステリーツアーや、生まれて初めてジェットコースターに乗って死にそうになった話などを、嬉々として聞かせた。

 森口は車を洗いながら、ニコニコして聞いている。


「そうだ、私をゴミ捨て場に送ってくれる?」

「まだ先生たちは寝てるでしょ? 起きてから一緒に行ったほうがいいんじゃないかな」と森口は戸惑った。


「でも、二人とも疲れてるみたいだし。起こすの悪いから。早く、ママにお土産を渡してあげたいの! 明日はレッスンがあるから、黙って帰ってごめんなさいって、そのときに二人に謝るから」

「でもねえ」

「お願い! 早くママに会いたいの」


 レイナにキラキラした目で言われて、森口は頭を掻いた。


「まあ、先生たちは8時過ぎにならないと起きてこないし。それまでに帰ってくればいいか」と、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


********


「あなた、大変!」

 笑里に揺り起こされて、裕は「うーん」とうっすらと目を開けた。

 見ると、血相を変えた笑里が顔をのぞき込んでいる。


「どうした?」

「レイナちゃんが、いなくなっちゃったのよ」

「え?」

 裕は飛び起きた。


「部屋を見に行ったら、ベッドにこんな書置きがあって」

 笑里はメモを渡す。


『ゆたかせんせい えみりさん

ママにあいにかえります。

ごめんなさい。あしたのレッスンにはきます レイナ』

 つたない字で書いてある。


「まずいじゃないか」

 裕がベッドから降りると、「あ、森口さんが帰って来た」と窓の外を見て、笑里が言った。


 二人がガウン姿で駆け寄ってきたのを見て、森口は目を丸くした。

「おはようございます」

「レイナは? レイナはどこだ?」


「ああ、今、ゴミ捨て場に送ってきたところなんです。ママに早くお土産を渡したいからって懇願されて……お二人を起こしたくないからってことだったので、お二人には何も言わずに送って来ました」


 裕の剣幕に気圧されながら、森口は答える。

「なんてことだ……」

 裕はしゃがみこみ、笑里は「どうしましょう」とオロオロとしている。


「何か、レイナちゃんに伝えなきゃいけないことがあったんですか? 明日もレッスンがあるって言ってましたけど」


 森口が困惑していると、「ああ。大事なことを伝えなきゃいけなかったんだ」と裕は力なく言った。


「すぐにゴミ捨て場に連れて行ってくれないか?」


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