タクマの危機

 2月に入り、レイナはマサじいさんとアミと一緒に、小さなビニールハウスで育てている野菜に肥料や水をあげていた。


 レイナは、「小さな勇気の唄」をずっと口ずさんでいる。アミもレイナに合わせて「あー、あー♪」と歌った。

「その歌、いいな」

 マサじいさんは手拭いで汗をぬぐった。

「いい歌でしょ」

「ああ。タクマには、曲を作る才能がある。ゴミ捨て場にいちゃ、もったいないな」


 中旬からは、畑にニンジンやジャガイモを順次植えていくことになっている。冬でも農作業は結構やることがあるのだ。


 先月大量に降った雪は、まだゴミ捨て場のあちこちに溶けずに残っている。そのせいで、朝や夜の冷え込みは一段と厳しい。


「後で、ジンのところの畑も見に行かんとな。まだ畦の作り方がなっちゃいないんだから」

 年末にジンとレイナが作った畦は、マサじいさん的には気に入らないらしい。ぎっくり腰が治ってから、ブツブツ言いながらやり直している。

 マサじいさんは左の脇に柄を挟んで、器用に鍬で畦をつくる。


「ジンおじさんに教えてあげてよ。見よう見まねじゃ難しいって言ってたよ」

「昔は、仕事は盗んで覚えろって言ってだな」

「盗んじゃいけないって、いつも言ってるじゃない」

「いや、そういう意味じゃなくてだな」

 そんなやりとりをしていると、トムが血相を変えてビニールハウスに飛び込んできた。


「大変だっ。タクマが、あいつらに絡まれてるっ」

 あいつらとは、ゴミ捨て場の作業員のことだ。マサじいさんは顔色を変えた。


「絡まれてるって、何をした?」

「何もしてないよお。鉄くずをおじさんたちに売ってたら、そのお金をよこせってあいつらが言って来て、タクマは渡せないって言ってるのに、ムリやり取っちゃったんだよ」

「子供だけで売ってたのか?」

「ヤスおじさんもいたんだけど、逃げちゃって……」


「トム、ジンを呼びに行けっ」

 マサじいさんは鋭く言い放つ。トムは駆け出した。マサじいさんはビニールハウスを飛び出し、レイナとアミも続いた。

 途中でレイナはマサじいさんを追い越した。

「レイナ、一人で行っちゃいかん!」


 マサじいさんの言葉を背中に浴びても、レイナは全速力で走った。

 作業員の中には、乱暴な輩がいる。何人もの住人が大ケガを負わされていた。あいつらは、子供相手でも容赦ないのだ。


 ――お兄ちゃん、お兄ちゃん。無事でいて。

 ゴミ捨て場の南口の門を出ると、搬入口の方で人だかりがしているのが見えた。作業員たちだ。


「お兄ちゃーんっ」 

 レイナが叫んで駆け寄ると、作業員たちはレイナを見て顔を見合わせ、立ち去ろうとした。

 人垣が割れると、誰かが横たわっているのが見えた――タクマだ。レイナは悲鳴を上げて、立ち止まった。


 タクマは、よろよろと立ちあがった。

 そして、去っていく作業員に向かって何かを叫び、よろめきながらも突進して行った。


「お兄ちゃん、やめて!」

 レイナは叫んだが、その声はトラックやショベルカーの轟音でかき消されてしまう。レイナは再び駆け出す。


 作業員とタクマはしばらくもみ合っていた。

 まわりで見ていた作業員が数人でタクマを引き離したが、それでもタクマはつかみかかろうとする。その男がお金を取ったのだろう。

 ――やめて、やめて、お兄ちゃん!


 一瞬、轟音が途切れて、タクマの悲痛な声が響いた。

「それは、僕のお金だ! レイナと」 


 しかし、それ以上は聞こえなかった。男がタクマの腹を蹴り上げたからだ。

 さらに顔や頭を何発も殴りつけるので、さすがにまわりの作業員が止めていた。

 

 男が殴るのをやめると、タクマを抑えていた作業員が手を緩めた。崩れ落ちかけたタクマを、男は突き飛ばした。

 

 タクマが体勢を崩しながら仰向けに倒れていく光景が、レイナにはスローモーションで見えた。


 そこに、搬入口から入ってきたダンプカーが――。

 レイナは息を止めた。


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