大切な約束

 ささやかな誕生日パーティーを終えてから、ジンとトムは連れだって帰って行った。


 レイナとタクマはアミを小屋まで送る。今日はヒロが戻ってきているようで、小屋には明かりがついていた。

 アミは顔を輝かせて、レイナの手を振りほどいて小屋に駆け込んだ。


「あんなお父さんでも、一緒にいたいものなのかな」

 レイナが言うと、「アミには他に頼れる大人がいないからね。あんなお父さんでもすがりたいんだよ」と、タクマは大人びた発言をする。


 タクマは、「山のてっぺんに行こう」とレイナを誘った。

 二人とも足元を懐中電灯で照らしながら、転ばないようにゴミの山を登る。


「うちのママだって、マサじいさんだって、アミと一緒に暮らしてもいいって言ってるのに」

「でも、どんなに優しくしてくれても、他人は他人だから。甘えられないし、気を遣うもんだよ」

「だって、いつも一緒にいるのに」


「そうだけどね。何て言うか、それだけじゃないんだよね、家族って言うのは。レイナは、ミハルさんがずっと、一緒だから、その辺が、分からない、かも」

「ふうん。難しくって、よく分かんない」

「難しい、よ、ね」

 タクマの息が切れている。レイナはそれ以上会話するのをやめた。

 

 ゴミの山のてっぺんに着く。

 タクマはゼイゼイと荒い息をしながら座り込んだ。身体が弱いうえに病み上がりなので、一気に登ったのはかなりキツかったようだ。

 レイナは背中をさすろうとしてやめた。タクマは自分がいたわられるのを嫌がる。


 夜空を見上げる。空の色は鈍く、星一つ見えない。

「去年は、流れ星がたくさん見えたのにね」

 白い息はたちまち暗闇に溶けていく。


 夜にここに登ると、街の光がよく見える。街は色とりどりの光に包まれている。高層ビルやマンションから漏れる灯り、ネオンサインのどぎつい灯り、道を行きかう車のヘッドライト。


「僕、今、お金を貯めてるんだ」

 タクマがポツリと言う。

「ちょっとずつだけど。いつか、ここから出て行くために」

「出て行くって……街に行くの?」

「うん。街に帰るの」

「そっか……」


 タクマは5歳まで街で暮らしていた。父親が亡くなり、家賃を払えなくなって追い出されてから、母親とゴミ捨て場に移り住んだのだ。

 タクマが、いつかここからいなくなる。レイナは今まで想像だにしていなかったので、とっさにどう返したらいいのか分からなかった。


「レイナも一緒に行こうよ」

 タクマはゆっくりと立ち上がった。

「レイナが15歳になったら、一緒に街に行こう」

「えっ、私も!?」

「うん。レイナだって、ずっとここで暮らすつもりはないでしょ? 街に行きたいでしょ?」

「それはそうだけど……」


「二人で街で暮らせるように、お金を貯めてるんだ。だから、一緒に暮らそうよ。後二年あれば、かなり貯まると思う」

「でも、でも」

 レイナはうろたえた。


 タクマとここを抜け出して、街で暮らす。それは夢みたいな話で、どう受け止めればいいのか分からない。タクマが真剣にそんなことを考えていることに驚き、嬉しくもあった。


「でも、ママはどうするの? マヤさんだって」

「母さんには、いつか街に戻りなさいって、いつも言われてるんだ。母さんのことは気にするなって。街でお金を稼いでから、連れ戻しに来てくれればいいって」

 タクマは目を伏せた。


「母さんは体が弱いから、一人にするのは心配だけど。でも、街で僕が一生懸命働いたら、すぐに連れ戻せるかもしれないし」

「そっか……」


 レイナは手袋をしていても指先が冷たくなっていくので、両手に温かい息を吹きかけた。

 ――うちのママはどう思うんだろう。


「ミハルさんには、いつか、僕から言うよ。だから、一緒に行こう」

 タクマはまっすぐレイナを見つめる。

 ――キレイな目。

 レイナは一瞬見とれた。


「僕、初めてレイナに会った日のこと、覚えてるよ。僕とママがここに来たとき、僕は『こんなところ嫌だ、家に帰りたい』って泣いてたんだ。そしたら、レイナがバナナをくれた。『あげる』って」

「そうだっけ? 覚えてないなあ」

「レイナは3歳だったからね。あのバナナで、元気が出たんだ。あのときから、僕は……」

 タクマは恥ずかしそうに俯いた。


「ずっと、一緒にいたいって、思ったんだ」

 レイナはいろんな想いがいっぺんに込みあげてきて、どうしたらいいのか分からなかった。顔が熱くなる。


 ようやく、「私も、お兄ちゃんと一緒に、街に行きたい」とかすれた声で言った。

「ホントに!? よかったあ」

 タクマは顔をほころばせた。レイナはタクマを正視できずに、足元に目を落とす。


「これ、誕生日プレゼント」

 タクマは革ジャンのポケットから小さな紙袋を取り出した。紙袋を開けると、今まで見たことのないものが出てきた。


「これ、何?」

「バレッタって言って、髪を留めるものなんだ」

「バレッタ?」

 レイナは懐中電灯の明かりで照らした。真ん中にはビーズでつくった赤い花があしらってあり、その両サイドはパール系のビーズやカラフルなビーズが敷きつめられている。

「キレイ……」

 レイナはうっとりとバレッタに見入った。


「使い方は、ミハルさんが知ってると思う」

 タクマは照れくさそうに言った。

「今はこんなものしかプレゼントできないんだけど……食堂のおばさんに頼んで、買って来てもらったんだ」


「すごいっ、こんなキレイなの、初めて見た!」

 レイナは興奮して何度も「ありがとう」とお礼を言う。

「よかった、喜んでもらえて。レイナにはきっと似合うよ」

 タクマはやわからな笑みを向けた。


「そろそろ帰ろうか」

 タクマは手を差し出す。レイナは迷わずにその手を握り返した。

 二人は手をつないで山を下りた。離れないように、しっかりと互いの手を握りしめながら。

 

 レイナは小屋に戻ってから、ミハルにバレッタを見せた。

「あら、素敵なプレゼントをもらったのね」

 ミハルはレイナの髪をとかし、後頭部の髪をまとめてバレッタをつけてあげた。


「どう? こんな感じで使うの」

 合わせ鏡で、レイナに見せてあげる。

「やっぱ、キレイ」

「そうね。タクマ君、いいセンスしてる」

 レイナは自分がちょっと大人になったように感じた。


 その日の夜は、枕元にバレッタとミハルがプレゼントしてくれた本を置いた。ミヒャエル・エンデの『モモ』という本だ。明日から、ちょっとずつ読もうとレイナは本の表紙を大事そうになでる。


 明かりを消すと、いつもは真っ暗闇になるのに、アミとトムが作ってくれた黄色い星がぼんやりと浮かび上がる。レイナは歓声を上げた。


「キレイねえ」

「これって、ずっと光るのかな」

「そうじゃない? これから毎晩、星を見ながら眠れるのね」

――明日は、バレッタをつけてお兄ちゃんに会いに行こう。

レイナは星の数を数えているうちに、すとんと眠りに落ちた。

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