ごった煮文章置き場

セルコア

行列のできるラーメン店で

 これは遠い過去でも、未来の話でもない、今起こっている話である……

 ある日金太が歩いていると……

 行列のできているラーメン屋に出会った。金太はちょうどお腹が空いていたので、とりあえずラーメン屋に並んでみることにした。とりあえず最後尾を探す金太……角を三回くらい曲がったところでようやく最後尾を発見。そこに並んで見ると、すぐに後ろから並びにきた家族連れが加わった。

 内心では「こいつらの後でなくてよかった〜」という思いが芽生えた。もちろん、この時点でかなりの待ち時間であることに変わりないのだが。

 とりあえず並んでいる間、スマホをいじって適当に時間を潰していた金太だったが、そもそもこの行列のできるラーメン屋の名前を知らないことに気づいた。名前を知らなければ調べることもできない。そこで、後ろの家族連れに声をかけた。

「ああ、この店は黄金龍って名前なんですよ」と非常にフレンドリーに教えてくれた。さらにその家族連れが言うには、

「この店、食いログで☆4.5なんですよね。どれだけのものか、ちょっと食べてみようってことなんですよ」

 というから金太の期待値マックスレボリューション!

 ネットで調べてみると、すごい情報がちらほら出てくる。黄金龍はラーメンチェーンだが、単純なフランチャイズではなく、全て直営店方式で経営されている。それはフランチャイズでは回転率や利益が優先されてしまうから、直営店でしっかりお客にラーメンとラーメンを中心とする世界観を店全体で演出するためである。

 ここまでの解説を読んだだけで、金太はとてつもなくすごいラーメンなんだろうなぁ、と想像した。まるで黄金のように輝くラーメンが想像できた。

 さらに読み進めていくと、黄金龍の創始者が紹介されていた。創始者が開発したラーメンと、その経営法はまとめて「黄金流」と呼ばれている。黄金比によって生み出された麺と具材の配列、スープに突っ込む具材の量などが決定されているらしい。店のデザインにも黄金比が取り入れられた。そうやって生み出されたラーメンの味はまさに黄金の味だったという。そんなラーメンを生み出した黄金龍は、またたく間にラーメンを高級料理へと押し上げた。セレブを中心に広まっていくが、やがてミシュランにも取り上げられたことによって、その人気は一気に爆発する。

 ラーメン店として初めてミシュランに乗ったのはもちろんのこと、最高評価の三ツ星をも獲得、一気にその名声は外食産業を超えて国際的に高まることになる。さらに創始者はテレビ番組「賢者の流儀」にも大々的に紹介。その職人気質な完璧主義的性格から生み出されるラーメンと、店舗経営手腕は国民的にも高く評価され、人気は絶頂に。

 しかしここで悲劇が起こる。創始者が難病で死んでしまったのだ。創業者は最後までキッチンに立とうとしたが、さすがに病状が進んでいたのでそれはかなわず、病室で息を引き取ることになる。これを気に黄金龍は創始者の精神を守って順調に業績を拡大している。当初こそ「あの味を守っていけるのか」という不安の声もあったが、やがてその声も店舗が広まってイクに連れてなくなっていった。


 金太がそこまでの情報をスマホで収集している間に、ついに金太の番まで回ってきた。思えばこの時点ですでに二時間は並んでいた。二時間も並んでいれば、さらに腹は減って、むしろ腹減りすぎて空腹感が麻痺してきたのだが、ようやく食べられることに期待感は更にマックス、さらに店から流れてくる匂いに家族連れの子供も反応して「おいしそうな匂い!」とか言い出すので、よだれが止まらなくなる金太。

 出てくる客の顔を見ると、みんな素晴らしい笑顔だった。


 ようやく、念願の入店。可愛らしい店員が愛想よく店に案内してくれる。家族連れと金太は、カウンターの並びの席に座ることになった。

 とりあえず豚骨黄金ラーメンを頼もうとする金太。

 しかし、家族連れのおっさんが親切に教えてくれた。

「ここではラーメンはコースで頼むのが普通なんだよ。単品だと普通のラーメンだからね。コースでないとこの店に来た意味ないよ」

 というわけで、金太もせっかく二時間も待ったし、何やら伝説のラーメンっぽいので、とりあえずコースで頼むことにした。二時間以上も待ったのだから、無駄にしてはいけない。これはラーメンを食うだけではない、創業者の意思を受け継いた、黄金のラーメンを食うんだから……!


 注文を終えて、ようやく前菜がやってきた。サラダとつけ麺が合わさったようなセットだった。一口食べて見ようとしたところ、隣の家族連れからシャッター音が……そう、スマホで撮ってインスタに上げているのだ。危ういところだった。金太もすぐにスマホを取り出すとまずはその写真を取り始める。こうしてよく見てみると、ただ単に味だけではなく、見た目にまでこだわっていることがよくわかる。

 実際に食べてみると、野菜というのがここまで美味だとは思わなかった。

 普段食べていた野菜はただの草だったのだろうか。そう思うくらいによく美味しい野菜であった。さらにそこに麺とスープが絡み合う。これも野菜が麺を、麺が野菜を引き立てる、その仲人にスープがいる、という最高の組み合わせだった。シンプルだが、これ以上どこも変えられない。変えれば、すべての味が崩れ去ってしまうだろう。

 そう、つまり黄金比でできたラーメン、つまり黄金ラーメンだったのだ。

 だが、金太も食べながらある一抹の疑問を禁じ得なかった。


 これってただ単に美味しい野菜使ってるだけなんじゃね?


 そう、金太はよくよく考えてみれば、そもそもそこまでグルメでもなかった。三ツ星レストラン、なんて言われても、そもそもそんなレストランに行ったこともなかった。普段行くのは「すきモノ屋」くらいである。そこでネギたまたま牛丼の特盛を食べれば満足するような人間なのである。そんな金太は、果たして自分がこのような高級ラーメンを食べて、その味の良し悪しがわかるものなのだろうか、という疑問が芽生えるのは当然のことであろう。

「わぁ〜、おいしいよ〜!」

「あらまあ、野菜嫌いなのに、ちゃんと食べれてえらいね〜」

 隣の家族連れの様子を見て、金太は確信した。子供でもああやって食べているのだから、ここの野菜つけ麺前菜ラーメンは間違いなく美味だったということだ。間違いないのである。そこにいる子供の笑顔が何よりの証拠である。

 同時に金太の中では「料理って他人じゃなくて自分で食って決めるものだろ!」という自分がいたことも事実である。

 事実、美味しいとは思う。しかし、よくよく考えてみるとラーメンディナーで5000円である。5000円あれば、安いゲームなら二本くらい買えちゃう値段なのである。そんな値段を払っているのだから、そりゃうまいに決まってるわけだ。うまいのは当たり前であって、問題は5000円分の旨さがあるかどうかである。さらにこれだけの行列を並んで待たされるという時間の支出もある。

 そんなことを考えているうちに、メインのラーメンがやってきた。ラーメンを持ってきたのは、イケメンのオジサマで、黄金龍のマスコットが胸元にあしらわれたシャツを着ている。これがなんとなくシンプルでかっこいい雰囲気を醸し出している。さらにテーブルの上に置かれたラーメンの器のデカさに驚いた。

 しかし一番金太が驚いたのは、そのラーメンの器の中に入っていたラーメンの少なさである。干上がったダムを思わせる、そんなアンバランスさ。しかし、器の底のラーメンは、宣伝ではなく実際に黄金に輝いていた。そう、実際に。

 だから金太はすぐにスマホを取り出すと写真を撮ってインスタに投稿した。それから高級そうな材質で作られた金属の箸を取って食べ始める……

 食べてびっくりした。今まで食べていたラーメンと、そこまで変わらないような気がしたからだ。ラーメンといえば、味が濃いものである。金太はジャンクフードやファーストフードで育った世代なので、味が濃いものがすきだった。だからラーメンがすきだったのだが、これは今まで食べたラーメンとは違った。

 首をひねりながら食べているが、隣の家族は口々に「なんておいしいの!」「う〜ん、ラーメンの宝石箱やぁ〜!」と称賛しまくっていた。

 金太は正直「そこまでのものか、これ……?」という疑問を持ったが、それをここで口にするのは甲子園でジャイアンツを応援するようなものであることは直感的に理解していたので、なんとなく家族と調子を合わせて「いやー、ほんと、おいしいですよね」などと言っておいた。

「あ、君もわかる?」

「わかりますよ」

「やっぱわかるよね。ここでラーメン食べたら、もう二度と他のラーメン食いたくないっていうか、ラーメンの概念が変わっちゃうよね」

「そうっすね」

 なにがそうなのか、このときは全くわからなかったがとりあえずそう相槌をしておいた。

 しばらく、家族連れと何やら世間話のようなことをしているうちに、人を楽しい気分にさせるラーメンってすごいんじゃね? 感が金太の中にも湧いてきた。

 最後に出てきたのは、デザートのラーメンアイス。これはパフェのような感じを想像していただくとわかりやすい。上の部分は普通の(とはいえ、かなり高級なつくりなのだが)パフェだが、下層部分がラーメンなのだ。

 しかし、ラーメンと言ってもちゃんとこのデザートに合うような黄金比率で調整されたデザート用のラーメンである。

 金太は恐る恐るラーメンパフェに銀色のスプーンを差し込んでいく。すくって食ってみると、たしかにうまい。ラーメンなのにデザート、という固定観念を覆すものであることは間違いなかった。

 だが、その固定観念を覆す必要ってある? という疑問も同時に芽生えた。別に普通のスポンジなりムースなりを使っても問題ない。ラーメンに置き換えるほど、ラーメンがうまいか? と問われれば、

「う〜ん……」と唸ってしまいそうになる。

 しかし隣の家族連れはラーメンパフェを美味しそうに口に運んでいた。子供のほおについたクリームを母親がスプーンで取って、また口に入れてあげている。

 とても微笑ましい光景に、思わず金太も「こんなにみんなを笑顔にするパフェがまずいわけないよな」という気持ちが芽生えてきた。

 しかし、それに対して「結局5000円払う価値あるの?」という気持ちも同時に出てきたが、今はとりあえず置いておくことにした。


 デザートも食べて腹一杯になった金太は、椅子にもたれかかって天井を見上げた。するとどうだろう、今までラーメンが黄金に輝いていたのは、店内照明のおかげだったのだ。

「うまくできてるなぁ〜」

 という感想と同時に、

「ただの照明か……」

 という感想も湧いてきた。


 とりあえず、金太はようやくお腹いっぱいになった。しかも行列に並んだおかげで、帰ってからやりたいと思っていたゲームもできない。しかも新作ゲーム一本ぶんくらいの5000円+サービス料1000円を取られてしまって後悔の念も押し寄せてきた。

 とりあえず、金太は金を払って黄金龍を後にした。


 家にたどり着いた金太を待っていたのは、大量のインスタの通知だった。

「え、マジで食いに行ったんですか? 羨ましいなぁ! 写真見ただけでよだれ出てきました!」

「この店のラーメンはラーメンを超越したラーメン、超ラーメンですよね!」

「スーパーラーメンマンになるんやぁ〜!」

「この漂う気品はまるで宝石のようですね!」

「飯テロマジ勘弁……」

「金太さんもついに黄金デビューですね!」

 他にも数え切れないほどの「いいね」とコメントが来ており金太はとても誇らしい気持ちになった。まるで自分が何事かを成し遂げたような、そんな気がしたのだ。昨日までは明らかに違う、何か特別な自分になったような気がした。

 そう、あの創業者に近づけたのかも……そう考えながら、金太はベッドに眠りについた。今までにないほど高揚しつつも、安らかで心地よい気分だった。


 後日、金太は「黄金龍」をネットで調べてみた。

「ラーメンに革命を起こした最強のラーメン!」

 確かに、予想以上のものが出てきた。ラーメンがこういうのもありだとは思わなかった。

「ラーメンだと思わないでください、これは最高のディナーなんです」

 そりゃそうだろうね。あの値段なんだもの。

「このラーメンを食うとエネルギーが体に満ちるのを感じます」

 確かに、今は健康な状態であると感じる。

 金太が一番目を引いたのは、あるブログである。

「黄金竜のラーメンって最初はよくある高級ラーメンかなって思ってたんですよね。特に味が薄いところは、食い足りなさを感じていました」

 金太はそこでうんうん、と激しく頷きながら、PC画面をスクロールしていく。

「でも、逆に考えたらこの薄味は素材を活かした料理では必要なんですよね。むしろ調味料をドバドバ注ぎ込んだラーメンってそりゃ塩と脂たっぷり注げば美味いのは当然。だって人間の味覚は塩や脂を美味いと思うようにできてるんだから。

 でもこの黄金龍の黄金ラーメンは違います。そういう”ごまかし”を一切やってないから、薄味で十分うまい、いや、むしろ薄味でなければならないんです。ここにきづけるようになれば、あなたのグルメレベルもワンランク、いや、ツーランクくらい上がってるでしょう」

 ここで金太は手を打った。

 そうか、俺があのラーメンを物足りないと思っていたのは、俺のグルメレベルが低かっただけなのか!

 そのブログはさらに続ける。

「創業者が命をかけてまで完成させたと言われる黄金ラーメン。今もメニューは少なく、非常にシンプルです。それは創業者の思いをちゃんと受け継いでいるからなんです。むろん、後継者の方たちも頑張って新しいメニューを開発したり、経営をしています。特に野菜などの食材に関してはそうです。創業者は無理やり生産者に対して値切ったりしていたそうですが、後継者たちはなるべく生産者たちにも黄金龍の精神を受け継いでほしい、支えてほしいということで、無理な値段交渉はしないようにしています。さらに使っている食材の環境負担にもこだわっています。

 そして新しいメニューも少しづつですが、開発してます。もともとあれだけ完成されているラーメンなのだから、ほぼ改善するところはないと言っていいでしょう。しかし、それでも後継者は創業者から受け継ぎつつも、さらに発展させようという熱意を持っています。

 わたしもこのようなラーメンを食べることで、その精神を支える手助けになれればと思っています」

 読み終わった後、金太は納得した。

 そうか、そういうことだったのか。俺は食っていたのは、やはりただのラーメンではなかったんだ!

 俺は黄金のラーメンを食うことで、黄金の精神を食っていたんだ!

 俺があのとき店で感じた疑問は、全部俺がレベルの低い状態だからだったんだ!

 はやくレベルアップしなきゃ……また早くあのラーメンを食って、レベルを上げていかないと!


 一年後、ネットの片隅にあるブログがあった。

「黄金龍信者育成計画」

 これは黄金龍信者が黄金龍を良さを徹底的に分析したブログで、今では黄金龍信者なら知らないものはいない程である。

 無論、金太の財布はやせ細ったが、最高の気分だった。なにせ世界最高のラーメンを食って、その味をちゃんと理解できるのだから。ラーメンに関して自分が世界一とまでは言わない。流石にそれくらいの分別はある。しかし、一般人と比べると、自分のラーメンレベルは遥かに卓越していることは確信していた。

 金太は今日もまた、黄金龍でラーメンを食い、ブログを書き、インスタに投稿する。

 本物を食ったことのない一般人が、早く黄金龍ラーメンを食べるようにと祈りながら……


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