第13話 死者は始者

 増水していく部屋の中には深山と鬼、そして少女の亡骸だけが残されている。

 周囲を見渡すその瞬間さえも、鬼の攻撃が止むことはない。

 むしろ鬼は、他に誰もいなくなったことを喜んでいるかのようにすら、深山には思えた。


「じいさん、俺の声が聞こえるか? この墓はもう終わりだ! これ以上続けて何になる? 鬼降ろしもただの伝説にすぎない、所詮は歴史的背景にのみ裏付けされただけの――」


 そこまで言ったとき、にゃあ、と猫が鳴いた。

 いつの間にやら猫が、いた。

 あの白猫だ。

 そして深山真一は信じられない光景を目にした。


「なんだと――寝返り?!」


 そう、上月源一郎の孫娘である上月希美香は死者を寝かせる祭壇の上で寝返りをうっていた。


「鬼降ろしが……成功したっていうのか?!」


――――どばすっ!

――ぐはぅっ!


 その驚いている一瞬の隙を鬼は見逃さなかった。

 鬼の拳が深山真一の胸板を裂く!

 その衝撃で壁際まで一気にはじき飛ばされ、肺の中の空気が強制的に押し出された。


「かはっ! ぐぅ……」


 鬼は吹き飛んだ深山に一瞬だけ視線を向けた後、ゆっくりと新たなるターゲットへと歩き出した。そのターゲットは祭壇で生き返った眠る少女――上月希美香こうづき きみか! 鬼がまだヒトだったときの実の孫娘。


 神話の鬼は、好きだから喰らうという。

 そしてこの鬼も己が愛しきものから喰らうというのか?!

 自分を捨ててまで成そうとした目的を、自らの手でその結果をふいにしようというのかっ!!


 一歩、また一歩と、鬼の歩みはまるで映画のワンシーンのようにゆっくりと進む。

 深山真一はまだ立ち上がれない。

 座り込んだ状態で腰のあたりまで水につかっていた。

 足に力が入らない。

 なんとか腕を伸ばして立ち上がろうとして――何かに手が触れた。


 バッグか?

 それは、上月源一郎の鞄であった。

 硬い感触が手に触れる。

 何かないか?!

 奴の動きを封じられるものは?!


 深山真一はあわてて中身をぶちまける。

 そこには柳刃包丁、そしてここ、大町市の有形文化財として保存されているはずの銅戈つるぎがあった。


――鬼姫伝説で皇子が鬼を殺すときに使った武器はなんだった?!


 深山の脳裏に伝説の一節が鮮明によみがえる。

 木箱に入れられた鬼に打ち付けたもの、そして鬼を殺したもの――。


 そして、鬼と一人の少女の姿が重なり合った。


 深山真一は、手に取った銅戈つるぎを鬼に向かって投げつけていた。

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