第12話 約束




「ここがこの遺跡――いや、墳墓の中心部、玄室への入り口か……。やっぱりそうだよなぁ」


 深山は玄室の入り口を見て、困ったように息を吐いた。目の前にある玄室への入り口は対角の長さにして40センチメートルあるかないか。この程度の大きさの入り口では、熊と見間違えられることが日常茶飯事となっている深山のような規格外の身体が通れるはずもなかった。


 それより何より、墳墓は鬼門から入るようには普通は建造されない。考古学的な常識であった。先に行くものがいるからと、自分もついて行けると思う錯覚。深山は今更ながらに納得していた。


 そんな状況下で、玄室の中から深山に対して声をかけてくるものがいた。


「やはり来たのか?」

「ああ、来たぜ」

「深山と言うたか、初めて出会うたときからそんな気がしておったわい」

「奇遇だな、俺もだ」


 二人は厚さ30センチはあろうかという岩の壁を隔てて話をする。お互いの姿は見えてはいない……ただ、お互いの姿を想像することは出来た。


「お主もわかっておろうが、ここは墓じゃ」

「ああ。それも『生きている』墓、だな」

「わかっておるなら、出て行ってはくれぬか? お前さんのようなものを道連れにしたくはないのでの」

「残念だが、それは出来ない相談だな」

「なぜじゃ?」

「もう、もらっちまってるからな」

「なにを、じゃ?」

「カレーさ」

「そうか、カレーか」

「ああ、だからじいさんを……そしてじいさんの孫娘を連れて帰る、絶対だ」

「だが、もう……遅い」

「なに? それはどういう――」

「もう、おわりじゃ……そこからでも見えるじゃろう? 湖面に浮かぶ、が」

「銀の――月だと?!」


 深山は言われるがままに鬼門の――自分が入ってきた方向に顔を向けた。そこには、光の屈折を利用しているのか……たしかに月が、銀色に輝く月がもうその大部分をのぞかせていた。もう、5分と待たずにその姿はすべてをあらわすに違いない。


「銀の月が……なぜここにっ!」

「鬼門より招きしは死せる光、十分な陽の気をたくわえられないのであれば逆に陰の気を増やしてやればよい。キミカ……約束を破って、悪かったの……」

「っ!! やったのか! 鬼降ろしをっ!」


――――ゴッ!

――――――ガッ!!

――ドン、ドンッ!!!


 深山真一は渾身の力で玄室の壁を殴った!

 殴った! 殴った!!

 それでも岩の壁はびくともしない。

 逆に深山の拳からは血がしみ出していた。


「無駄じゃよ、石室においては鬼門の方角を強固にする……基本じゃったな?」

「なぜ……そんなこと、素人のじいさんが知っているわけがない! 鬼降ろしにしたってそうだ、こんなこと……一般人が知るわけがないっ! いったい誰が」

「フフフ、もし……もし、希美香きみかが目覚めたらよろしく頼む。あの娘は我が孫ながら良い子じゃ。天涯孤独ひとりぼっちはさみしいから、の」

「なにを……言っている! 死人は生き返らない! 死者は戻らない!」


――ゴシュッ!


 岩壁をたたく深山の左拳からいやな音がした。

 皮がめくれ、血管を傷つけたのか鮮血が吹き出していた。

 それでも二人を分かつ壁はびくともしていない。


「くそっ! 俺は……俺の力はこんなものなのかよっ?!」

「来たようじゃな?」

「何が……来た?」

「わしがヒトをやめるそのときが、じゃ」


 玄室のちょうど反対側から声がする。


――ここは石室のようですね、墳墓ふんぼだとするならば玄室ですか。

――――それより、深山はどこにいる?


「まさかっ!?」

「開けてすべてが完成する。本当はお主が開けるかと思うておったよ。そのためのカレー、それゆえの力仕事じゃ」


――では、開けてみますか?


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――っ!!」


 深山真一は心の底から叫んだ!

 しかし、無情にも……壁は音を立てて開く。

 それと同時に悲鳴はあがった!


「う、うわぁっ!」

「ば、ばばばばばけものだぁぁぁ――――っ!!!」

「な、なんだこいつはぁぁ!!」


 そして銃声が二発。

 しかし騒ぎは収まらない。


――ゴンッ!


「何が? いったい……いったい何が起こってやがるんだ?! 今から戻っても間にあわねぇ! どうすれば――――」


――タスケテ……。


「なんだ……今の声は?」


――――オネガイデス、タスケテクダサイ……。


「助けるったって、どうやって! 俺の力じゃ……どうすることも!」


――大丈夫、あなたになら出来ます。そしてゲンイチロウもそれを望んでいます。


「あんたは……いったい?」


――あなたの中に元々ある力を……チャクラを回します。お願いです、源一郎を助けて……。


チャクラを……回す? そりゃいったい――――」


 身体の中に熱いものが脈打つ!

 深山真一は、自分の中で何かが高まっていくのを意識した。


「なんだってんだこの力は?! これなら……いけるかっ?!!」


 深山は昔、どこかで見た覚えがある精神統一の方法を思い出していた。

 身体の中の熱くたぎるものにあわせて、空気を鼻から取り込み、肺の裏側を通り、気は下腹部……丹田に溜め、腹を通って口から空のみをはき出していく。

 それを何回も繰り返す。


 部屋の中から奇声と銃声が交互に聞こえる。

 これが聞こえているうちはまだ大丈夫だ。

 あせるな……あせるんじゃないぞ、俺よ!

 心の中で、はやる気持ちを抑えながら次第に気を充実させ、練り上げていく。それは螺旋のイメージ。


 いけるっ!!!


「はぁぁぁぁぁああああ――――――――っ!!!」


 右拳一点に集中した気は、とてつもない爆発力をもって岩壁を破壊した。ただ、それは岩壁のみならず、石室の至る所にひび割れを起こし……そこから次第に水がしみ出しはじめる。人間が繰り出せる破壊力をあっさりと超えていた。


「ふぅ、人間やれば出来るもんだな、さてと――フン。なるほど、化け物か」


 この状況にあっけにとられている3人、そしてゆっくりとこちらに振り返る偶像としてのいっぱんてきな鬼。その体躯からだは深山と比べても遜色ないほど赤黒く膨張しふくれあがり、頭には角のような出っ張り、そして見る影もなくなった……衣服であっただろう、布の切れ端。

 イメージとしてのみ存在する丑虎うしとらの鬼がそこに、いた。


「み、深山……なんなんだこれは! これもお前の仕業かっ?!」


 真っ先に口を開いたのは高柳であった。


「なんだといわれても困るな。どちらかといえば俺が聞きたいくらいだ。言うなれば……さっぱりわからねぇよ」


 口調はおちゃらけてはいるが、その目は全くわらってはいない。

 この男をして、そんな余裕はかけらもなかった。


 鬼は、ゆっくりと深山との距離を縮めていく。

 深山も視線を鬼からはずせない。

 いったいこの鬼はどこから出てきた?

 それに……じいさんはいったいどこに?


――源一郎を救ってください!


 再び、少女の声が深山の脳裏をよぎる!


「まさかっ! この鬼が……じいさんだってのかよ?!」

「深山さん危ない!」


 鬼の手が深山の肩をかすめる。

 間一髪、吉崎さとるの声のおかげで避けられた。

 だが次第にしみ出してくる水の量が増えている。このままではここもすぐに水没してしまうだろう。

 そう想像するのは難しくなかった。


「さとるっ! その警官とおっさんを連れて先に逃げろ! ここは俺が何とかする!」

「でも、深山さん!」

「大丈夫だ、これでカレーの代金はチャラだぜ?」

「仕方ありません……わかりました。あなたには意味のない言葉かもしれませんが、お気をつけて」

「ありがとよ」


 二人を引っ張りながら、入り口の方へとゆっくりと進んでいく吉崎。高柳はそんな状態の中、深山に向かって叫んだ。


「深山!」

「なんだよ、おっさん! 愚痴なら後にしてくれ、今は余裕がないんでな」

「一つだけ言っておく! お前を学会から追放するのはこのわしだ! だから……それまで死ぬんじゃねぇぞ」

「ははは、肝に銘じておくよ」


 これでまた、深山には死ねない理由が出来た。


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