第4話 古都管理室

 僕は今、私鉄駅前にある庁舎ビルの片隅にいる。時刻は午後5時を少し回ったところ、学校であゆと別れてからすでに一時間が経っていた。太陽はその半分を西の山に沈めていて、その夕日の赤い色を受けて目的の建物も朱に染まっている。


 目的の場所の名は『古都管理室』。

 そう呼ばれる古都再開発推進機関が僕の目の前にあった。


 僕はこの一週間悩みつづけた結果を見るために、今ここにいる。父さんからの不思議な手紙――遺書によればこの中にいる平城山ならやまという人物に会えば自分の運命がわかるという。


「『運命が待っている』――か」


 僕はポケットの中に入っている何度も読み返した手紙を軽く握りながら独り言をつぶやいた。『運命』。二週間前までの僕ならそんなことを信じるような人間ではなかっただろうと思う。でも、両親の事故死。父さんからの不思議な手紙。など、今までの人生観を壊してしまうには十分すぎる出来事が僕を『運命』なんていう抽象的な言葉に引き込んでいく。


 僕はここに来なければならない、自分の運命と向き合うために。そんな勇気をくれたのは彼女――大城戸あゆの『自分の生き方は自分で決めたい』という言葉だったのも今となっては運命のひとかけらワンピースだったのかも知れない


 そして、僕は自分の『運命』と向き合うために『古都管理室』への扉を開いた。




 建物の中に入る。受付の女性に『平城山ならやま』という人に会いたいと話すと、まるで僕が来ることがわかっていたかのように一つの部屋の前まで案内された。その部屋の扉には資料室と白いプラスチックのプレートが貼り付けられている。

 案内してくれた女性は、数回ノックをして部屋の中に声をかける。部屋の中からは『あいてるよ』と言う男の声が聞こえた。


 女性は扉を開けずに、僕に一礼だけして元の仕事場所に戻っていった。こういう時って普通扉を開けて中まで案内してくれるものだと思っていた僕は、少し不思議に思いながらも、僕の『運命』を知る人物がいる部屋への扉を開けた。


――がちゃり。

 最初に僕を出迎えてくれたのは、視界を遮るほどの真っ白な煙だった。さっきの女性が扉を開けてくれなかった理由を僕は身をもって知ることになったわけだ。『一秒後の世界』は発動しなかった。ホント使えないな。


「ごほっごほっ……なんだよ…これ?!」

「ああ、悪い悪い。ちょっと待っていてくれ。今窓を開けるから」


――ガラガラガラっ。

 そんな窓ガラスをあける音とともに部屋に充満していた煙はすべて外へと出て行く。もしこの光景を外から眺めたら、火事だって誤解するほどその煙の量は尋常じゃなかった。


 煙が出て行くにしたがって視界が広がっていく。いったいどれくらいの量のタバコを吸えばこれだけの量の煙を溜め込むことが出来るのか、とそんなどうでもいいことを考えずにはいられなかった。そして、視界が6メートルほどに広がったときにやっと目の前に人の姿を捉えることが出来た。めがねをかけ、ヨレヨレのスーツを来た中年の男……彼が平城山という人物なのだろう。その彼が僕より先に口を開いた。


「ああ、日下部 透くさかべ とおるくんだね? 幹也みきやから話は聞いていたよ。まぁそこら辺の椅子の上の物をどかして適当に座ってくれ」

「父さんから聞いていた? それはどういうことですか?!」


 僕はこの目の前の人物が口にした事実に驚いて、勧められた椅子に座ることもなく詰寄った。僕は机の上のものが落ちていく未来を『視』ながらも、自分の一週間分の疑問をぶつけるべく机を叩く。その振動でやはり机の上の資料らしきものが音をたてて床に崩れ落ちた。


「あーあ、また綾乃ちゃんにどやされるなぁ。まいったまいった」


 床に落ちた資料を拾いながらも、口からタバコを離さないでそんなことを彼は言う。僕はそんな彼のズレた対応に苛立ちを隠せなかった。


「そんなことより僕の話を聞いてください! あなたと父さんの関係っていったい何なんですか!それに……僕の『運命』って」


 最後の方は相手には聞こえなかったかもしれない。僕は目の前の資料を拾い集めることに一生懸命な男が僕の悲鳴にも似た言葉を聞いてはいないのかと思い始めた。これじゃ、一週間も――


 その後の言葉を引き継いだのは彼だった。


「一週間も悩んだ挙句、勇気を振り絞って来てみれば、そこには運命どころかただのヨレヨレの親父がいただけだった……とでも言いたそうな顔だな」

「えっ…」


 目の前にはをはずして、先ほどとはまとっている空気すら変わってしまっている――そんな男がいた。僕はその瞳に射すくめられるように数歩後ろに下がってしまう。ちょうどそこにはソファーがあって、僕はそれに座る格好になった。


「ほらっ、はじめからそこに腰掛けていれば無駄なことをせずに済んでいただろ?」


 そう言ってから目の前の男はめがねをかけなおす。ただ、それだけのことで目の前の彼の印象ががらりと変わる。正直なところ怖かった。しかし、そんな僕の気持ちに気がついたのか、彼はにっこりと顔に微笑を浮かべて言葉を続けた。


「あらためて自己紹介をしよう。俺の名前は『平城山 圭ならやま けい』。まぁみんなは室長と呼ぶので、君もそう呼んで貰えるとありがたいな」


 そう言って、目の前の彼は一枚の名刺を僕に差し出した。確かにそこには『古都管理室室長・平城山 圭』の文字が書き記されている。とにかく、この目の前の彼こそが父さんからの手紙に書かれていた、僕の『運命』を知る人物だということなんだろう。


 訊ねてきた僕から問いかけるのはおかしなことだとは思うけど、目の前の彼に僕がここに来た意味を教えてもらうことにした。

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