RED ZONE

夏木黒羽

RED ZONE


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 この世界に魔法なんてものはない。

 アニメや小説、おとぎ話に出てくるような魔法使いや、魔法なんてあるわけないし、存在しない。

 何故かって?それは科学で証明されるからだ。

例えば火を起こすことに至ってもあらゆる化学反応式に当てはめてみてその発生までのメカニズムを理論づけている。

その意味では科学者達はある意味魔法使いなのかもしれないけれど。

けれどもこの世界には魔法なんていう奇跡はどこにも存在しない、あるはずの物ではない、そう思ってた。

 だけど、それはまだ自分が狭い一つの世界しか見ていなかったと深く思い知らされることになるなんてあたしはまだ思ってもいなかった…。


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 雀のさえずりが心地良く聞こえ、空気の澄んだ朝。五代(ごだい)茜(あかね)はあからさまなヤンキーと思われる女子高生二人にからまれていた。

「お前、風見(かざみ)野(の)の五代だろ!」

「さっきわざとぶつかって私たちに因縁つけたんだろ?」

 まったく何故こうも爽やかな朝だというのにもこの二人はこんなにも自分を憂鬱にさせるのだろうか。

「ここで会ったが百年目って奴?」

「あんたを倒せば私らの名も上がるってもんよ」

 そう二人はくねくねと茜の周りを取り囲む様に回りねぶるような視線で見つめる。

「悪いわね、先を急いでるの遅刻しちゃうの」

 至って冷静に茜は二人をやりすごそうと一歩足を出した。

しかし、一人が茜の前に立ち先へ進ませてくれないみたいだ。

「ったくよ~真面目ぶっちゃってさ~、あんたも私らと一緒の種類だろ?」

後ろから茜の肩に強く手が置かれた。

「まじでそろそろ行かないとセンセーがうるさいんだよ、ね? お願い!」

 茜は笑顔を崩さず目の前の一人に優しい口調で頼んだ。

 すると肩から力が抜けて楽になる。後ろの女子高生が手を離したのだろうか。

 諦めたのか? そう茜は軽く考えた。これなら今日は担任に小言を言われなくて済みそうだ。

「こんな大物行かせるわきゃねぇだろ!!」

 突然目の前の女子高生が拳を作り、茜のはなっぷし目掛けて一直線に放ってきた。

「おっと」

 ごく自然に横へ移動し、その拳を避ける。

 すると女子高生の拳と拳が嫌な音を上げて衝突した。

絶叫し悶絶する二人を尻目に見て茜はスカートを翻し走り出した。

まて! こら!、という大きな叫び声がしたが茜は後ろを振り返ることなくその場を後にした。


息を切らし、マラソンのランナーがゴールした時の様に、腰に手をつき茜は遅刻ぎりぎりで教室にたどり着いた。

「お、珍しいじゃん遅刻しないなんて」

 男子のクラスメイトが冗談交じりに彼女に声をかける。

「まあ……ね」

 肩で呼吸をするほど走った彼女を見て薄ら笑いを浮かべ彼は自分の席に戻って行く。

 教科書と筆箱と弁当箱しか入ってない通学鞄を床に投げ捨て、外を眺める。

茜の席は窓側の一番後ろの席なので居眠りしても良し、外を眺めても良しの最高のポジションである。

 ほどなくして担任の男性教師がいつもの間抜け面を引っ提げて教室へ入ってきた。

教室はいつもならまだ少し騒がしいのだが、今日だけは違った。

 まるでみんな何かに注目しているかの様に、ぴたり、と静かになったのだ。

外を眺めていた茜は何事かとゆっくりと教卓の方へと顔を向け、そして息を一つ飲んだ。

 担任の隣に知らない女子生徒がいたのだ。それも飛び切り美人。

髪の毛が雪の様に白く輝いていて、肌もここにいる全ての女の子が欲しいと思うほどの美肌でこれも輝いて見える。

 そんな白さの中の赤い瞳はこの教室にいる人間すべてを値踏みしているかのような威厳を持っていて自分たちとは違う人種なのか、と考えさせられるほどのスゴ味が出ている。

そうこうしているうちに担任が黒板に彼女の名前を書いていた。

セレナ・ランカスター

どうやら見た目通り日本人ではなさそうだ。

「初めまして皆さん、私(わたくし)、セレナ・ランカスターと申します。セレナ、とお呼びください」

 気品あふれる声に圧倒されかけるが、少女の花の様な笑顔に和まされる。

「へえ」

と思わず茜は笑顔と変な声を晒してしまった。

「え~彼女は留学生としてこの学校にやって来ました。なのでまだ日本の文化や生活に慣れてないと思います、なのでみんな仲良くするように」

 担任は相変わらずな間抜け面でそう全員に告げた。

「特に五代、いじめるなよ?」

 わざわざ担任に指名され、少しどきり、とした。

「う、うっせーよ!」

顔を赤くしてそっぽを向く。

ちょうど外はこれから体育のあるであろう生徒がグラウンドに出ているころだった。

「席は……ちょうど五代の隣が空いてるな、じゃ、五代よろしく、今日の連絡事項は特になし。それじゃ」

 それだけ言って担任はいそいそと自分の授業があるのか、足早に教室を後にして行った。

やれやれ、と鞄から教科書を取り出そうとした時、甘い、いい匂いがした。

「五代……さん?よろしくお願いしますね」

 茜の隣に座ったセレナが先程と同じ笑顔で茜に挨拶をした。

「あ、うん、よろしく」

 たどたどしく茜も挨拶を返す。すると、セレナの左手の薬指に赤い宝石のついた指輪がはまっているのが見えた。

まるで体の奥から吸い込まれる様な色で見たものを魅了するような不思議な感覚。

「ねえ、その指輪……」

 と言いかけた時、他のクラスメイト達が殺到し、とても聞ける様子ではなくなってしまった。

 みんな色々、「スリーサイズは」とか「どこの国から来たの」とか「日本で気に入った場所は」とかいろいろなことを聞いていた。

しかし、一つ引っかかったのは誰一人として指輪について触れなかったところだった。


 あっという間に放課後になった。茜は当たり前の様に授業中寝ていたのでもう眠気を感じさせないくらい目と頭がすっきりとしていた。

 あの留学生は誰かに連れていかれたのか、すでにいなかった。そして茜も特に学校に残る意味がないので鞄を持ち、教室を後にした。グラウンドで部活をしている人たちをちら見しながらずんずんと一人夕焼けの中を歩き、学校前の停留所に立つ。

このバスから茜はとある所へと向かうのが彼女の放課後の楽しみである。

 腕を組みただひたすらバスが来るのを待った。

思いのほか早くにバスが来てそれに乗り、なけなしの二百円を投入し、際後部座席を陣取る。

しばらくバスに揺られているとあっという間に終点になった。

『次は終点、図書館前』

 というアナウンスが入った。

だいたいここまで来るとバスに乗っているのは茜だけ。他の生徒も途中下車してしまい、まさか授業を全て寝て過ごすような彼女がそんな所へ行くとは誰も思うまい。

 バスが止まり、茜は腰を上げ軽やかに歩き、バスを降りる。

愛しの図書館はもう目と鼻の先に夕焼けを浴びて存在していた。

 本が、活字が思いっ切り誰にも邪魔されずに読める!

 そうウキウキした途端に何かを踏んづけた。

「いってぇな!」

 女性の低い声。

 おや、どこかで聞いたことあるな。そう思い茜は視線を一つ落とした。

「どこに目をつけて歩いてるの!」

「ああっ!?」

 と、二人組の不良娘にからまれてしまった。

 しかもこの二人組は……。

「お前は風見野の五代!」

「ここで会ったが百年目って奴?」

 なんともまあ奇妙な縁だ。

こんな通学路を外れた上にしかも不良にはまったく縁もゆかりもない様なこの図書館前で遭遇してしまうとは、今日の茜の運は最悪なのだろうか。

「何でここに……」

 あきれた表情で茜は二人を見る。

「ここは私たちの狩場」

「そう、カツアゲというね」

 決め顔でそう言い二人は拳を握り、もうすでに戦う意思を茜にぶつけている。

朝とは違い茜も逃げる理由がないし、わざわざ騒ぎを起こす理由もなかったが、持っていた通学鞄を地面に投げ捨てていた。

「カツアゲとはいただけないね」

 静かに、冷静に茜は言って二人を挑発する。

「来なよ三下、自分の格ってのを教え込んであげるからさ」

 涼しげな表情でさらにそう続けた。

 するとそこまで言われてると黙っていられないのがこの二人。

山猿のごとく二人は茜に飛びかかった。

 悲しいかな、茜と二人とでは喧嘩の量が足りなかったのだろうか。

一人の放った拳は軽く茜の開いた手に吸い込まれる、そして腕を曲げ手を引いた。すると勢いをそのままに前へのめった不良少女の鼻に茜の握りこぶしが入った。

 それだけで十分だった。

後ろへよろめいた彼女は相棒にぶつかり、二人ともバランスを崩して転倒した。

「重い! 重い!」

 一撃でのびてしまった不良娘の下敷きになった子がわーわーと叫んでいる。

「まだやるかい?」

 ぎろり、と不良モード全開の茜に睨まれると、まだ意思のあるほうも戦意を喪失してしまった。

 やれやれと通学鞄を拾い、二人に

「これに懲りたら不良ごっこはもう辞めることね」

とだけ残して茜は図書館へと歩いて行った。

 しばらくして残された不良娘二人の前に一人、茜と同じ学校の制服をまとった少女が立っていた。

「先輩!」

 意識のあるほうがそう言って見上げた。

「ふうん……、確かにおいしそうね」

そう言って先輩と呼ばれた彼女は言って茜の去って行った方を眺めていた。

「先輩! あいつ何とかしてくださいよ!」

 半べそをかきながら懇願する不良娘。

その言葉を聞き、少女はにやり、と不気味に笑った。

「何とか……ねぇ」

 笑った口元に白く光る大きな牙が見えた様な気がした。


 少しごたごたで時間を食ってしまったが、茜は無事にお目当ての海外のファンタジー小説を読めていた。

 一枚一枚その手でゆっくり、ねぶるようにねっとりと文字を、そして文章を追っていき、空想し、本の世界を頭の中に作る。

その作業は誰もが本を読んでいる時に行っていることだが、奥が深く、そしてその世界は読み手によって変化する。

「ふう」

 しばらくして本を読み終え、余韻に浸り、本を元の場所に戻そうと席を立つ。

 次は違うシリーズでも読もうかと有名ミステリー小説に手を伸ばした時だった。

 白く綺麗な手と偶然手が当たってしまった。

 その手の主を見て茜は驚いた。

「あ、えっと、五代さん……、でしたっけ? どうもです」

 なんと、今日茜のクラスに転校してきたセレナ・ランカスターだったのだ。

セレナは少し驚きの入った表情で茜を見つめる。

 そんな反応も無理はないだろう。なにせ彼女は今日一日茜の寝顔しか見ていなかったのだ。授業を放棄するような人間が、学問の園といったこの場所にいる、ということはいささかギャップがあるのだろう。

「どうも」

 茜は対処に困り、ぶっきらぼうにただそれだけ返した。

「五代さんはどうしてここに?」

 真剣な眼差しでセレナはそう聞いた。

「なんだよ、あたしがどこにいようとあたしの勝手だろ」

 とまたぶっきらぼう発言が出てしまう。

 あちゃ~と、言ってしまった後に後悔したが、セレナは目をキラキラと輝かせていた。

「こ、これが俗に言うツンデレという文化ですか? 私(わたくし)はじめて見ました、感動的です!」

 子猫がかつお節を前にして座っているあの輝いた目をしていた。

 あれ? この子どっかずれてるのかな? と茜は不安に思った。

しかし何故だろうか、茜はセレナと対面するとやけに彼女のはめている指輪が気になる。

せっかくだし、聞いてみようかなんて軽い気持ちで口を開いた。

「ねえ、その左手にはめてる指輪お洒落だね、どこの雑貨屋さんで買ったの?その、教えてほしいなーなんて…」

 もちろん、アホの子である茜は深いことは考えもせずにそのままの意味で彼女の指輪を褒めた。

茜は、きっとその時他の子の様に「髪綺麗だね」とか、「肌白いね、羨ましい」とかそんな月並みなことを言っておくべきだったのかもしれない。

 茜のその言葉を聞いて先ほどまで輝いていたセレナの表情が消え、一気に真剣で恐ろしいと思うような表情になり、それを茜にぶつけていた。

中学の時から喧嘩漬けの日々だった茜が、怖い、逃げ出したいと思ったのは、初めてだった。

「これが、見えるのですか?」

 見えるのですか? とおかしな日本語でセレナは茜に詰め寄る。

 相変わらず指輪の赤い宝石は妖しく見る者を引き付けるように赤く、そして熱く輝きを放っていた。

「赤く、炎みたいな指輪があたしには見えるよ」

 戸惑いながらも茜はそう答えた。

「! 、それじゃあ、あなたが……」

 茜の言葉を聞き、何か思う所があるのか一瞬視線を落とした。

が、再び茜に視線を戻した。

「この指輪、何も言わずにもらってくれませんか?」

 神妙な面持ちでそう言って、綺麗で細い薬指から指輪を抜いた。

「えっ、でもそれってあなたの大切な物なんじゃ……」

戸惑い驚いている茜の手を取り指輪をはめようとするセレナ。

「お願いします! きっと私(わたくし)が持っているよりもあなたが持っていた方が良いんです!」

 必死の形相と迫力のある声に押されて指輪が茜の薬指に触れる。

 が、茜はそれを払いのけた。

「理由も分からないのにあたしはそれを受け取れない」

 当然のごとく茜はそうセレナに告げた。

するとセレナは捨てられた子犬の様な悲しげな表情で茜を見た。

 変な空気になり嫌な雰囲気になる。

「ごめん、あたし行くね」

 茜はそれだけ言って何か言いたげなセレナを残してその場を後にした。


 おかしい、何かがおかしい。

図書館を出た茜は違和感に襲われていた。

 今は夕方の六時半。まだ日が出ていてもおかしくない時間帯なのに怖くなるほど暗い。

 街灯も一つとしてついておらず、車も人も、何もかも存在していないかのように一切いなかった。

「どうなってんのよ……」

 

少し不安気に帰り道を歩く茜。

先ほどから嫌な感覚しかしない。

早く家に帰りたい。

 その思いが彼女の足を速めるのだが、何となく風景も変わってないように見える。

そこで彼女は何かがおかしいことを本能で悟り、体力消費を抑えるため足を止めた

 その時暗闇が茜の退路を断つかのように降りたように見えた。

前方に二つの人影を発見した。

 それはゆらゆらと茜の方にゆっくり歩いてきた。

 その二つの影の正体は今日やたらと遭遇するあの二人だった。    

「なーんだ、びっくりした」

 ほっと胸をなでおろし、茜も歩を進めようとした。が、今までの経験や、野性的勘だろうか、このままのこのこと二人の方に歩いて行ってはいけない気がした。

 はっ、と二人の様子がおかしいのが分かった。

 二人の着ている服が赤く汚れている。ケンカをして汚れたものだと信じたい。

 が、その願いはどうやら届きそうになかった。

 二人とも目がイっていて、半開きの口から大きな白い牙がにっ、と見えていたのだ。

明らかに普通じゃない。

茜はそう察して逃げようとして後ろを振り返った瞬間だった。

「逃がさないわよ」

 すぐ目の前に金髪の若い同い年くらいの女性が立っていたのだ。

その雰囲気からすぐにこの人も普通じゃないと分かった。

肩の出ている黒いドレスを着てまるで闇の中に溶けているのかと錯覚してしまう。

そして瞳は赤く茜をただの獲物として認知しているかのように片時も視線をそらさない。

左耳に緑の宝石が修飾されたピアスをしていた。

「ごきげんよう」

 余裕たっぷりそうに口から大きな牙を二本見せつけるかのように、にやりと笑った。

 彼女の登場にもう茜は生きた心地がしなかった。

「さよなら!」

 逃~げるんだよ~、と言わんばかりに茜はわき目もそらさずに走り出した。

 しかし、あの女と不良娘二人が追いかけてくるのが後ろを見なくても分かった。

 三人はどうやら茜を捕まえるのではなく、彼女がいたずらに体力を消費するまで泳がせるつもりのようだ。

「何であたしなんだよ!」

 走りながら茜は自分の感情を爆発させた。

 その時何故だか図書館でのセレナの見せた真剣な表情を思い出した。

 ペース無視の全力疾走のせいで体全身が悲鳴を上げていた。

そろそろ奴らが仕掛けてくるだろう。

その通り、不良娘二人が奇声を上げて飛びかかってきた。

その飛距離からすでに二人が人間を辞めたのが分かる。

 冗談じゃない、こんな化け物どうすればいいんだ、と内心毒づきながら追撃をかわしながら道を曲がって路地に入った。

 現実はあまりにも無慈悲であった。目の前に塗り壁のようなコンクリートの壁がありそれを飛び越えるのは人間では不可能。

 まさに袋のネズミって奴だった。

「鬼ごっこは終わりよ」

 二人の従者を連れた彼女が茜にゆっくりと近づいてくる。

自分の人生があっけなく終わる、ということに対して茜はシニカルな笑みを浮かべ、ただ彼女たちがやってくるのを待っていた。

「あなたを死なすわけにはいきません」

 突如目の前に疾風のごとく現れ、白いローブをまとったセレナは細身の剣を構えて茜を守るように立っていた。

「お前はエルフの生き残りだな?」

 金髪の彼女は大きな牙を見せ、にやりと笑って不良娘二人をけしかけた。

二人はその辺にある鉄パイプを素手で引き抜いて襲い掛かってきた。

 セレナは剣の心得があるらしく上品で華麗な剣捌きで二人を相手する。

 しかし、狭い路地、一対複数のこの状況は茜が思うよりもセレナには負担の様で次第に押されてきてしまう。

 二人のケンカで鍛えたらしい戦闘スタイルは破天荒な物で、予測のつかない動きに対して、セレナは武術をするもの特有の型にはまった動きしかできていない。

小さい悲鳴を上がる、セレナは鉄パイプで顔を殴られ吹き飛ばされ、後頭部を建物で強く打った。

そして追い打ちとばかりに一人が得物を振りかぶり、倒れているセレナの頭部に目掛けて振り下ろした。

 茜が息をのんだ一瞬だった。

 「……」

 勝負は一瞬だった。

セレナが何か口を開き、唱えた瞬間剣が白く輝き、片膝立ちになり不良娘の腹部に剣を深く突き刺していた。

 へたり、とその場にへたり込んだセレナの服装が茜と同じ学校指定のセーラー服に戻ってしまった。

 しかし、敵はまだ二人残っている。

 茜は何も考えていなかったが、足はすでに地面を蹴っていた。

仲間がやられて激昂した不良娘が奇声を上げながら地面にへたれこんでいるセレナ目掛け走りながら鉄パイプを振りかぶった。

 「だあぁぁぁ!」

 いくら人間を辞めていても不意打ちには弱く、茜の体当たりにバランスを崩され派手に転がる。

 「大丈夫!?」

 へたり込むセレナの肩をつかみ揺すぶると、がしり、とセレナに腕を掴まれた。

そして、流れるように茜の左手の薬指にあの指輪がはめられた。

「呪文を…唱えて…、『スペル・オン』よ…、大丈夫、五代さんなら…できます」

 小さな虫のような声で咳込みながらも茜に耳打ちをした。

 それを聞いて茜は腹をくくった。

今やらなければ二人とも確実にやられてしまう、それに借りは作らない主義だ。

息を吐き立ち上がり、金髪女達をにらみ、左手を握りしめ、顔より高く拳を掲げ、もう一度強く手に力を入れた。

 「スペル・オン!」

 教えてもらった呪文を叫ぶ。彼女の言葉に、意思に反応したかの様に指輪の宝石は一段と強く、熱く炎を噴き上げ瞬いた。

 身を焦がすほどの炎に包まれ、服を燃やした。

身を包む炎が赤い繊維に変化しフードのついたセーラー服へ変わる。

火の鳥の様に炎から抜け出すと、赤く、紅く、朱いセーラー服と魔法使いのローブの中間のような物を身にまとっていた。

「すごい魔力ね……」

 セレナは信じられないような表情で茜を見ていた。

「そこのエルフと魔力が桁違いね」

 金髪女も茜に驚いていた。

 しかし、力の違いの分からない不良娘は鉄パイプ片手に奇声と共に茜のもとへ飛びかかる。

狭い路地裏で飛びかかるのは一直線の動きしかできない。

茜の耳元で、鉄パイプが空を切り裂く音がする。

回避は最小限に、そして不良娘がバランスを崩したところへ、先ほどの再現の様にはなっぷしへ握った拳を叩き込んだ。

 ごきり、と嫌な鈍い音と共に金髪女の足元に飛ばされ、ビクンビクンと痙攣していたが、ほどなくして動かなくなった。

「なかなかの物ね」

 金髪の女は満足そうに笑うと、瞬時に自身の倍近い長さの槍を出現させ、切っ先を茜に向けた。

「我が名はローズ・マリー!吸血鬼であり、この世界への切り込み隊長よ」

 名乗りを上げると、マリーは槍をふるい、風の刃を茜目掛けて放った。

かまいたちや真空波に似た刃のスピードは普通の人間のとらえられる動体視力の限界を超えていた。

 がしかし、今の茜にはその攻撃の軌道が見えていて、難なくかわす。

 マリーはほう、という顔で茜を見る。

「そこのエルフと違って、もうその石の力を物にしてきてるみたいね」

 そう関心した様子で言い放つと、大きな翼を広げた。

このままだと逃げられる。

茜はマリーの行動に勘づき、駆け出す。

 頭の中に何やら術式のようなものが浮かび上がる。走りながらその術式が何を意味するのか分かっていたかのようにつぶやく。

 「オープン!」

 すると左手が燃え始めたかと思うと、炎の中から片手剣のようなものが生成され、それを強く握る。

マリーを逃がすまいと飛び上がり剣を振った。

「お楽しみはまた今度ね?」

 そう言いマリーは茜の攻撃を軽々と槍ではじき、地上へ茜を叩き落すと、上機嫌に笑いながら漆黒の闇の中へ消えていった。

 舌打ちをしてしばらく恨めしそうに空を眺めていたが、いつの間にやら空に月と星と人気(ひとけ)が戻っていた。

 茜自身の格好もいつの間にか茜の格好も学校指定のセーラー服に戻っていた。

 ただ、あの不良娘二人の姿は見当たらなかった。そして、セレナはまだ壁もたれかかって座り込んでいた。

 このまま置いていくのも人としてどうなのかと思い、眠っているのか気絶しているのか分からないセレナを背負い夜の街の人込みへと踏み込む。

「いろいろと聞きたいこともあるしね」

 そう小さくつぶやき、セレナの吐息を耳にしながら自分の借りている愛しのおんぼろアパートへと家路についた。


       2


 夢だ。

それも最近見ることの少なくなったあの夢。

大きな炎が家を包み、ごうごうと大きく音を立てて燃えているのが分かり、体中の水分がすべて水蒸気になってしまうかと思うほどの熱さ。

今にも咳込みたくなるような煙の中、必死に出口へと向かう。

 しかしそこで茜はハッと気づく。

父と母がまだ二階にいるのだ。慌てて階段へと引き返し上を見上げるも、彼女はそこで愕然としてしまった。

 火の元はどう見ても二階であることが分かるほど、すでにそこは火の海になっていた。

自分一人では到底どうにかできるものではなかった。

「パパ……ママ……」

 失意からその場に崩れ落ちそうになる。

 が、その時火の中から、

「生きろ!」

「行って! 私たちのことはいいから!」

 と、両親の声が聞こえた。

まだ生きている。

心臓が大きく鼓動し大粒の汗が頬を伝う。

 しかしその淡い希望は目の前で儚く崩れ去った。

 突然大きく音を上げながら階段が焼け落ちたのだ。と、同時に消防隊員が突入してきて、茜を発見するや否や、ひょいと彼女を抱きかかえた。

 まだ二人上にいる、と言おうとするが上手いこと声が出せず、上に上るのをあきらめた隊員に連れられて家の外に出る。

脱出して三十秒も経たないうちに、大きな音を上げて家が燃え崩れ行くのだった。

 「パパ!ママ!」


 はっ、と自分の出した声に気が付き目が覚める。

寝ぼけてついつい叫んでしまったのか、と苦笑しながらゆっくりと上体を起こす。

畳の上で直に寝ていたからか体が痛い。

この家唯一の寝具である布団の上ではまだセレナが幸せそうに眠っていた。

 時計を見ると朝の六時。

今日は祝日なのでこんなに早く起きる必要はないのだが、何故だか二度寝をしようという気分にならず仕方なく起きた。

何故このタイミングで忘れかけていた夢を見たのか。

茜はふと左手の薬指で輝いている赤い指輪を見る。昨晩無我夢中でやったことだが、今でも昨晩のことはにわかにも信じられなかった。

何の因果か昨日自分は炎をまとって戦った。

 それも小説の世界の主人公の様に。あのローズ・マリーと名乗った女は?そしてあの二人の少女たちは?

 次々と謎が謎を呼び、頭脳労働より、殴り飛ばす系女子である彼女の脳みその情報処理能力は限界に達していた。

「う~ん」

 手で顎をしゃくり、探偵の様に考えるが悲しいことに何も進展しない。

まるで霧のかかっている街を自分の足だけで脱出しないといけないホラーゲームのような、靄にかかった感じで胸がいっぱいになる。「……」

 幸せそうに夢を見ているセレナを見ると少し壁ドンしたい衝動に襲われた。


 茜が起きて二時間後、セレナは起きた。

借りている高級マンションの天井でなかったことに驚いて一瞬心臓が飛び出しそうだったが、昨日吸血鬼たちと戦い、ローズ・マリーが撤退したことに安堵し気絶したのを思い出した。

ならばあの場にいた五代茜の家であると考えるのが妥当だろう。

頭を起こしてみるとまた心臓が飛び出しそうになった。

 今まで住んだことのない劣悪な環境が彼女を歓迎したからだ。畳はところどころ傷んでおり、ふすまもびりびり、まさに場末の寝るだけの家、という印象だ。

ふと、おいしそうな香りがセレナの鼻をくすぐる。

 ゆっくりと立ち上がり、滑りの悪い戸を開けた。

「あら、目が覚めたの?」

 リビングのブラウン管テレビでニュースを見ていた茜が起きてきあセレナに気づき振り返る。

「おはようございます」

 ぺこり、と礼儀正しくセレナは頭を下げる。

「ん、おはよう。まあ粗末だけど一応朝ごはん、あなたの分もあるから」

 茜は立ち上がり、台所に行ったかと思うとすぐにパンの耳をのせた皿を持ってきた。

「はい、朝ごはん」

 そう言ってセレナの前に置く。

ちゃぶ台の上に置かれたパンの耳の乗ったお皿。

和洋混同している。そして何よりこんな粗末な物初めて食べる。

というよりもご飯は使用人が作るのではないのか。

そう考えながら座り、パンの耳を一つ摘まんで口にした。

サクッとした歯ごたえがあり、ほのかに甘くおいしかった。

「美味しいでしょ?」

 にしし、と笑う茜。

胡坐をかいて座っているので彼女の下着がスカートの中から見え隠れするのが見え、少し恥ずかしそうにセレナはパンの耳を食べ進める。

量が量だったので十五分くらいで食べきってしまい、今現在二人は小さなブラウン管の映し出す番組をまったりと眺めていた。

「あなたはいつもこんな貧相な生活を?」

 出された水道水の入ったコップを持ち、ちびちびとセレナは飲みながら茜に尋ねた。

「貧相って、結構これでも気にしてるのよ?」

 苦笑いしながら、そうだよと答えた。

 そして、茜は表情を変えセレナを真剣な眼差しで見つめる。

「そろそろ昨日のこと、話してもらおうかな」

 水道水を飲み干し強くコップをちゃぶ台にたたきつけ、左手にはめている指輪を見せた

「この指輪はいったい何なの? それに昨日会ったあの女とかあの二人はどうなってしまったの?」

 矢継早に茜はまくし立ててセレナを質問攻めする。

「それに……あんたはいったい何者なの?」

 まっすぐ射るような目でセレナを見つめる。場が一気に冷たくなり、空気が重くなる。

「私はセレナ・ランカスター、留学生なんてものじゃありません、国単位ではなく世界単位でここにやって来ました」

 一つ一つ紡ぐように自分の素性を茜にさらけ出した。

「私の世界はこの世界とは同じようで少し違っていて、この世界でいう『科学』が私たちでは『魔法』だっただけで、そんな世界の人間にあたる種族『エルフ』の王族で、マリーのような別の種族と共に共生していました。」

 「えっ……」

 茜は突然のことに戸惑いを隠せていなかった。

「そうですよね、普通こんなこと言われてもピンときませんよね」

 セレナは申し訳なさそうに頭を垂れた。

「でも……そうじゃなきゃ昨日のことなんて説明できないし……それで?」

「ええ、そんな中、他の種族たちが結託して私たち『エルフ』を、次々と襲ってきました、あれは……とてもおぞましいものでした」

 辛そうな表情を浮かべたセレナを茜は見ていられなかった。

「幸いにも非力な私たちの奴らに対抗できる力の源は奴らに奪われずに済みましたが、奴らはほかの種族の魔力や生命力を奪い生きています、『エルフ』を狩り尽した後他の世界に移動する魔法を開発したみたいで……ひどいものでしたよ」

「ぜんぜん現実味のわかない話ね……」

「確かにそうですが、昨日会いましたよね。きっとまた他の奴らもやって来ます」

 二人の間に重い空気が流れる。

「でさ、その対抗できる力って何なのよ?」

 茜は気になりセレナに尋ねる。

「それは今あなたが指にはめているそれです」

 セレナは茜の言葉に答え、そうつぶやき指さした。

茜は指輪をまじまじと見つめる。

「その石が魔法を生み出すコアなのです。昨日彼女も持っていたでしょう?」

 そう言われるとそうだったと思い出す。

「まああれはあれが本体なので破壊するのは不可能ですが、とにかく昨日私はあそこで彼女たちを倒すつもりでした、特に彼女は私の仲間を滅ぼしたのですから」

「でも」

「ええ、私の小さくわずかな魔力では一体倒すのが限界で……」

 セレナはそう言ってうなだれる。

「五代さん、そこでお願いがあります」

 茜の背筋がピンとする。

「こんなこと頼みたくなかったのですが、あなたが私より強いのは事実です、お願いします、私の代わりに奴らを倒してください!」

 セレナは床に手をつき頭を下げた。

「自分勝手なのは百も承知です!けどもう私はあなたしか頼れないんです!」

 悲痛な声でセレナは懇願する。

「顔上げてよ、あたしだってそれはあんたのわがままだってわかってるよ。でもあたしがそれを断ったらあんた一人で未熟な力で戦うんでしょう?」

 確かめるように茜は聞いた。きっとこの子ならやりかねないという確信が茜にはあった。

こんな優しい温室育ちな子ほおっておけない、と世話焼きな悪い癖が出てしまった。

「はい」

 と力なさげにうなづくセレナ。しかし、目だけは覚悟を決めた力のある目をして茜をまっすぐに見ていた。

なるほど、不抜けた温室ではないみたいだ。茜はそこが気に入った。

「ここまで来て知らんぷりじゃあたしも居心地が悪い、乗りかかった船だ、襲われて顔も覚えられたし逃げるのはあたしの性に合わないし、これも何かの縁よ」

 からからと笑う茜、実際あれだけの力ならまた何かしら向こうからアクションがあるはずと算段していた。

 一度目の前で救えなかったもののあるトラウマからか目の前の救えそうなものすべて救いたくなってしまう。茜の悪い癖だ。

「ありがとうございます……」

 大粒の涙をセレナは流しながら感謝の言葉を言っていた。


 セレナが落ち着いてから本格的な話が再開した。

「マリーにあの二人は何かされたみたいだけど、あの二人はどうなったの?」

 茜はまだ未解決だった疑問をぶつける。

 その言葉にセレナは少し顔をしかめた後、口を開いた。

「彼女に血を吸われると、吸われたときに彼女の魔力が入るんです、それに侵され彼女の配下になり永遠の時を彼女に捧げるんです」

「じゃあ」

「ええ、昨日私とあなたで……」

「そう……」

 あの二人はもうこの世にいない、それを強く噛みしめながら、一歩間違えれば自分も同じだったと思うと鳥肌が立った。

「そのため五代さん、あなたにはその力を使いこなしていただきます」

 真剣な表情でセレナは告げた。

「けど使い方はたぶん戦っているうちに分かると思います」

 真剣な表情からあっさりとそんなことを言われて茜は拍子抜けした。

「え……そんなの買ったゲームを説明書抜きで進めて行けって言ってるような物よ」

 と茜は反論する。

「え? 今はデジタルの世界ですよ?本なんて時代遅れな産物に頼らずとも律儀に教えてくれますよ、ちなみにその指輪の中にあなたの知りたい情報は入ってます」

 思いがけない反論に言葉に詰まる茜だったが、セレナの言葉も嘘ではない。昨夜剣を出した時、頭にすんなり呪文が浮かび上がってきたからだ。

「何となく理解したかも」

 茜は感心していた。これはかなり使える、と。

「その石魔皇石は持ち主の魔力を限界まで高めるもの、そこで安定できるように私が調整していますがいずれ石が五代さん仕様になっていきますから安心してください」

 どうやら戦闘はからっきしでもサポートはばっちりの様だ。優れた選手は優れた指揮者ではない、また逆もしかり。

頭の悪い茜には万全すぎる頭脳が付いた。

「うん、だいたいわかったよ、何か分からなかったらすぐ聞くよ」

 そう言って茜は手を差し出す。

「サポートはお任せください、私の騎士(ナイト)さん」

 優しく微笑み返し、セレナは茜の手を握った。

      

        3


 茜とセレナが志を共にして打倒ローズ・マリーを掲げて二週間が経過した。

彼女とは遭遇してはいないが、彼女のしもべである下級の吸血鬼たちとは何度も戦ってきた。

おかげでようやく剣の腕が上達してきたが、やはりまだとっさのところでは手が出てしまう。もちろん魔法の扱いもなかなかうまくなってきたと自負している。

 茜とセレナは今宵もまた吸血鬼狩りをしていた。

難なく倒した吸血鬼から片手剣『ワンダリング』を引き抜きながら小さく息を吐いた。

「今日もあいつじゃなかったわね」

 赤いローブが瞬時に学校指定のセーラー服に戻る。

茜は不思議に思っていた、何故こんなにも雑魚しかよこさないのか。

「でもこの感じだと奴に近づいてきたのかもしれません」

「かもね」

 実際ここ数日は二人の生活圏内で吸血鬼が現れているのだ。

「しかも配下はすべてうちの制服を着ていますし、なにかあるのでしょうか」

「さあ、とにかくなんにせよ気をつけなきゃいけないね」

 二人はその場で少し考え込んでいたが、明日も学校があるということで思考することもそこそこにそれぞれ家路についた。


 翌日。

 週の初めであり最高に嫌な曜日である月曜日が始まった。こんな日はサボっておいしいメロンパンを食べに行きたかったが、お財布と学生の身分が許してくれなかった。

整えていないぼさぼさの肩まで伸びた髪を揺らしながらぼんやりと歩いていると、セレナと偶然出会ったのでともに行くことになった。

片や身なりの整った万人の認める美少女と薄汚い不良少女のコンビは朝の人込みでも目立つようで、視線が背中に刺さるのが分かる。

茜はもうその視線には慣れていたが、セレナの方はまだ慣れておらず、どこかそわそわしているようだった。

 この学校は少し変わっていて、新入生が入ってから生徒会役員を決めるらしく今現在通学路で立候補者がはきはきと演説をしていた。

まったくご苦労様ね、と茜は思いつつ演説をスルーし、応援者のビラまき攻撃をガン無視していたが、隣の相方は人がよろしく、手渡された紙を全てもらってしまっていた。 

 無事教室にたどり着き暇な時間で茜は図書館から借りた本を読み進めていた。

 隣はと言うと、応援者の執拗なビラ攻撃に敗れ、大破寸前だった。

「なーんで全部もらっちゃうのさ、そんなの鉛筆転がして決めればいいじゃない」

 本から目を離しからかい半分に茜はそう言った。

「いえ、この学校の政(まつりごと)を託すのですから真剣に選ばなければ……」

 なんともまあ意識の高い発言、さすがお嬢様だっただけはあるな、と茜は納得し話を合わせることにした。

「で、どう?いい人とかいるの?」

「そうですね…」

 とそれぞれの紙を見て本気で悩むセレナ、大多数の生徒に彼女の詰めの赤を煎じて飲ませたいくらいだ。

「この人はなかなか誠実そうかと」

 と言って大山(おおやま)勤(つとむ)という男子生徒の広告を見せる。

確かに生徒会長をやりそうな教科書通りのオーラを放っている。

「この方もいいですね」

 次にもう一枚広告を茜に手渡す。

今度は女子生徒だった。しかも茜の面識のある人物だった。

 「美(み)月(つき)…麻里(まり)…」

 彼女の変貌ぶりに思わずにやけそうになるも広告の写真を見る。黒髪ロングの清楚ぶった少女がにこやかに笑っていた。

「何をそんなににやけてるんです? ついに五代さん頭が……」

「そんなかわいそうな物を見るような眼をしないの!」

 顔を真っ赤にして机をバンバンとたたいて抗議をする茜。学校が倒壊するのではないかと思うほどの揺れがしてクラスメイト達が青い顔になっている時だった。

「あっ! いたいた、やっほ~」

 えっ、と静まり返って一同が教室の扉の方へと注目する。そこには写真の本人がいたのだ。

「げっ」

 とっさに茜は視線を外す。

静まり返った教室の中を麻里は堂々と歩いて茜たちの前で止まる。

「久しぶりね茜ちゃん、一年たってたけどこの学校にいたんだね!」

 満面の笑みで茜の手を掴み、腕を激しく上下させた。

「相変わらずね、今はいい子ちゃんしてるのね」

 気まずそうに答え、助けを求めセレナの方を向くが突然のことにフリーズを起こしていて救援は見込めなかった。

「何でここに? 違う教室でしょ?」

 自分の運命は自分で切開かなければいけないことを悟ると麻里に立ち向かった。

その時また一人教室に他クラスの者が入ってきた。

 アイドルの追っかけのような空気を醸し出す男で、彼の周りの温度が五度くらいは上がりそうで、そんなのが麻里の後ろに立つ。

「フヒヒ……、美月さん、早くしないとまずいですよ、フヒヒ……」

と眼鏡を光らせながら生理的嫌悪を感じさせる話し方で麻里に告げる。

「そうね」

 そういうと頭のチャンネルが切り替わったのかと思うほど別人の顔をしていた。

「皆さん! 私は二年C組の美月麻里です。ご存知の通り今回の選挙に立候補しました。この私の大好きな学校の良さを皆さんに共有してもらい、さらに上の高みへと指導していくために全力を尽くす所存です! そのための案も複数考えております。どうか私、美月麻里に皆さんの学校生活を託してはもらえませんでしょうか?」

 声、呼吸法、そして演説するときの動き方、すべて見事としか言えなかった。

彼女のゲリラ演説で茜のクラスメイト達は堕ち、大歓声を上げていた。

「茜もよろしくね!」

 そう言って茜の手を取り、握手をする。

顔を至近距離に近づけられ、その美貌に思わずドキリ、としたが自分にそっちの気はないと言い聞かせる。

 その時彼女の豊かな黒髪の隙間から左耳に緑のピアスをしているのが一瞬見えた。

「それじゃ行くわよ多田!」

 と言って生理的嫌悪する男子生徒を引き連れ帰っていく。

「ものすごい人でしたね、知り合いでしたのですね」

 セレナは茜の顔をまじまじと眺め、興味津々な表情をしていた。

「ただの悪友よ」

 それだけ言うと先ほど握られた手に違和感を覚える。

 そこにはメモのようなものが握らされていた。

おや、とメモを見る。

「それは?」

 セレナも気が付いたようで、身を乗り出しながらそれを覗き見る。

「うーんと、……、『今日放課後に私のクラスで待つ、麻里』って、ええ!?」

 赤面しながらセレナは叫び立ち上がった。

「ここここ、これって……その!ええ!?」

「セレナ、落ち着いて、みんなの視線が痛いから」

 茜はいたって冷静にセレナにツッコミを入れ、紙切れを丸めて窓から投げ捨てた。

「どうするんです?」

「行くしかないでしょ? きっと小説より面白いわ」

 茜はそれだけ言うと、朝のホームルーム間近なのに机に突っ伏した。

「えっ、そろそろ始まりますよ」

「今日移動教室ないでしょ?放課後になったら起こして」

 それだけ言い、茜は意識を手放した。

西日の厳しくなる中、帰りのホームルームが終わった。

クラスメイト達がまだ残ってわいわいと談笑している中、茜は自動的に目を覚ました。

驚いた表情でセレナは茜を見る。

「これが体内時計よ、さ、行くわよ」

 自分の鞄を持って先に行く茜を追いかけるようにセレナも教室を後にした。


 西日を浴び、二人は彼女の待つ教室にたどり着く。人払いがされており、扉が閉まっていた。

「めんどくさいことじゃなきゃいいけど」

 茜はぼやきながら戸を開ける。

 夕日で部屋が輝いて見えたがそれも一瞬のことですぐに目が慣れる。そこに麻里だけが教卓のところで立っていた。

「来てくれたみたいね」

 笑いながら麻里が迎える。

「うん」

 それに答えるようにうなずく。

「それで用事ってなによ」

 めんどくさそうにあくびをしながら聞いた。

「あなたに個人的な頼みがあるの」

 真剣な表情で麻里は茜に言う。

「お願い? ああ、あなたに投票すればいいのね? 分かった分かった」

 まずは軽くジャブでけん制をする。しかし麻里はその言葉を聞いて大爆笑をした。

「あはは、それは別にいいのよ、どうせ茜ちゃんは白紙で提出するつもりでしょ? そんなことじゃないわ」

「じゃあ早く話してよ」

 まったく失礼なことを言う人だ、とむすっ、として茜は言う。まあ彼女の言うことで間違いはないが。

「相変わらずせっかちちゃんね、まあ私もあんまり時間が取れる状況じゃないしね。最近ここの生徒が失踪してる、って噂聞いたことない?」

「さあ、聞かないけど」

 即答だった。

「あら、まあそういう話があってね、実際のとこあるのよ」

 その言葉にピンときたのか、セレナの顔色が変わった。

「きっとあいつよ」

 ぼそり、と麻里に聞こえない声で茜に耳打ちする。

茜もそういわれてここ数日のことを思い出す。

「その話の失踪者がね、今のところ私の支持者ばっかりなの」

 困ったように麻里は言った。その言葉に二人も顔を見合わせた。

「でもあたしたちだってマッポじゃないし何も力になれないよ?」

 苦笑いしながら茜は言った。

「茜ちゃん、私はこれがほかの候補者の仕業じゃないかと踏んでるの、だからここで自由が利くのはあなたたちしかいないのよ」

 なるほど、と茜は納得する。他の生徒はみんないろいろと青春を謳歌している、暇人であり、彼女の旧友である自分に白羽の矢が立つのは仕方のないことだ。

「仕方ない、できる範囲でやってあげるわ」

 甘ちゃんだな、とまたお節介を焼いてしまう自分に毒づきつつも彼女の頼みを受ける。

「えっ」

「本当に!?私、嬉しいわやっぱり持つべきものは旧友ね!」

 困惑するセレナを空気に麻里は満面の笑みで盛り上がり茜を抱きしめた。


 そのあと麻里から必要な情報を聞くとすっかりあたりは暗くなっており、セレナと二人仲良く通学路を歩いていた。

「五代さん、あなた何を考えてるんです?」

 怒り気味でセレナは言った。

「何って何さ」

とぼけたように茜は言ってセレナの方を見る。

「どう考えてもこの事件あいつが絡んでます。それなのに何も考えずに安請け合いしてしまうなんて……」

 あきれ気味に言うセレナの言葉も茜にはどこ吹く風だ。

「ま、やばそうだったらその時考えればいいでしょ?何にせよあいつに会わなきゃいけないし、こっちからモーションをかけるのは悪くないと思うのよ」

 にしし、と得意げに笑う茜を見てセレナは一つため息をついた。

「守りに入るのはあたしに合わない、ま、あんたが慎重になるのも分かるんだけどね」

 セレナに初めて見せるやる気の入った表情のまま左手を空高く掲げた。

指輪の石が赤く恒星のように輝く。

「明日から忙しくなるね」

 そう意気込んだ瞬間だった。

男性の叫び声と共に夜空の星々が消え、暗闇の世界が突如現れる。

「五代さん、近いです!」

 魔力を感知したセレナと共に二人は走った。

静かな住宅街の中、二人は尻餅をついた男子高校生の姿と、ローズ・マリーに抱き着かれて血を吸われている女子高生の姿を目にした。

その光景はあまりにも現実離れしていて、住宅街とのギャップが激しかったがすぐ現実であると思い起こした。

「セレナ! 男子の方頼む!」

 そう叫ぶや否や走り出し、指輪をはめている手を強く握りしめる。

体全身が熱い炎に包まれ、瞬時に赤いローブの魔法使いの姿へと変わった。

「ん」

 血を吸っていたマリーは茜の強大な魔力に気づき、女子高生の首元から口を離した。

そこへ茜が手にした片手剣が振るわれるが、マリーの持つあの長槍に止められる。

「この間より腕を上げたかしら?」

 それでも依然と余裕そうな表情を浮かべ茜の一撃をいなされる。

行き場を失った全開の力は近くのコンクリートの壁を豆腐の様に破断した。

「そりゃ、あれだけ雑魚を倒せばね」

 剣を持っていない方の手から火球を放つ。

弾丸の様に放たれたそれは一直線にマリー目掛けて飛んで行ったが、彼女の目の前で音もなく消えた。

「え?」

 茜は驚き目をぱちくりとし、固まる。

「隙あり!」

 お返しだと言わんばかりの空気弾が茜の腹部にクリーンヒットし大きく吹き飛ばされ電柱に強くたたきつけられる。

「五代さん!」

 男子高校生を介抱していたセレナが悲鳴の様に叫ぶ。

「ぐぬぬ」

 お腹を片手で抑えつつも立ち上がるがダメージが大きくもう足に来ている様だった。

「その小娘は次の満月の晩、つまり明日、我が同胞となる。その前に私を倒さなければ間に合わないぞ」

 そう言って大きな翼を開く。

「一つ大きなヒントをやろう、私はお前たちの近くにいる」

 面白そうに笑ってマリーが飛び立っていくのを茜たちはただ見ることしかできなかった。

「ふざけやがって!」

 武装解除し毒づきながら三人のもとへ駆け寄る。

苦しむ女子高生の手を力なさげに握る男子生徒、俗に言うリア充だろうか、こんな状況になってしまっては爆ぜてしまえ、なんて言えない。

「ん?」

 男子高校生の顔を見て茜は何かに気づく。

「もしかして、あなた大山勤君?」

 朝、セレナに見せられた選挙のビラの男子と顔が一致したのだ。

ならば彼女は彼の応援者の小山(こやま)望(のぞみ)だろう。

「あいつの目的は何なんだ……」

 茜は空に輝く星たちに向けそう小さく言い放った。


 望はセレナの呼んだ救急車に運ばれ、すぐさま集中治療室に入れられる。

難しいことは分からないが、恐らくここの医療では手に負えないだろうということは分かっていた。

 三人は暗いロビーで座っていた。

「……、何があったのか教えてよ」

 うつむき覇気のない勤に茜はそう言葉を投げる。

「ちょっと、五代さん……」

 何か言いたげな表情で茜に詰め寄ろうとしたセレナだったが、そこで勤が口を開いた。

「残りの選挙の日程について話してたらこんなに遅くなってしまったから二人で帰っていたんだ。その時にあいつが現れて『選挙を降りろ』って言って、断ったら襲われそうになって望が俺をかばって……」

 辛そうにそれだけ話した。

「なんで……、なんで望が…なんで選挙を辞退しなきゃいけないのさ!」

 大声で叫ぶ彼の声が空しく響くだけだった。

 そうして勤は泣き崩れた。

「五代さん、彼は今まともな精神状態じゃないわ…ここは引き揚げましょう」

 セレナは茜の腕を掴み泣き崩れる勤を置いてその場を後にした。

 

「大山君、かわいそうでしたね……」

 茜のぼろアパートに集まるや否やセレナは口を開いた。

「はやくあいつの正体を突き止めないと……」

 最悪の事態を想像し、茜は息をのんだ。

「私、彼女の目的が何となくですけど分かったような気がします」

「えっ」

 セレナの言葉に茜は驚きを隠せなかった。

「ここまで私たちの通う生徒たちが襲われている」

 セレナの言葉を黙って聞きうなずく。そのなれの果ての吸血鬼たちを倒してきたのは彼女なのだから分かっている。

「被害を受けた方たちは今日美月さんの言っていた彼女の支持者…これだけなら彼女の何かあると思い分かりませんでした。けど今日あの二人が襲われてはっきりしました」

 どや顔で言いながら自分の鞄を開け、生徒会立候補者のチラシの入ったクリアファイルを出した。

「? 生徒会候補者のチラシじゃないか」

「もう!あなたはどこぞのワトソン君ですか! 鈍い人ですね、彼女は私たちの近く、つまりこの中にいるんですよ」

 間抜けな表情の茜にそう言葉をたたきつける。

そこで初めて茜は豆鉄砲をマシンガンでくらったような表情になる。

「え、でもなんであたしたちの、しかも生徒会を狙うのさ!」

「さあ、それは分かりませんが、彼女は間違いなくこの中にいます」

 セレナは強く茜に言う。

「それで何人いるのさ、候補者は」

「四人、つまりまだ会っていないのは二人です」

 そう言いセレナは二枚のチラシを見せた。

知らない顔だった。いかにも体育会系な日焼けした肌と白い歯のマッチした野球少年、そしてあと一人はオカルトとかが好きそうな、茜とは一生縁のなさそうな根暗そうな少女だった。

「山崎将(やまさきしょう)と八草みゆき……」

 ふーん、とチラシを見て茜はうなずく。

「こっちはなさそうね」

 そう言って茜は山崎のチラシを破く。

「え、五代さん何してるんですか」

「だってマリーは女の子なのよ!?こんな魔力もくそもあったようなもんじゃない脳筋があいつなわけないじゃない」

 その言葉がセレナのツボに入ったらしく吹き出しながらも赤面しながら、

「ツボに入っちゃったじゃないですか! 急に面白いこと言うの禁止です!」

 と怒りながら笑うというかくし芸を披露してくれた。

「とにかく明日勝負をかけるしかないわね」

 茜は大爆笑しているセレナを放置しみゆきのチラシを見る。

愛想なさげな表情を浮かべる彼女の左耳にも緑の宝石のついたピアスをしているのを発見しかすかにあたりをつけた。


 翌日、これといったこともなく授業が終わった。すでに校内には誰が流したのか、大山小山の二人があの事件に巻き込まれたことを話の種にしていたが、茜とセレナの二人はそれをスルーしていた。

「確かオカルト部の部長だったよね?」

 昨日麻里に聞いたことを思い出しながら二人に縁のない部活棟と呼ばれる場所に来ていた。

 部室の集まっているこの棟の一番奥の日の当たらない場所に『オカルト部』という看板を発見した。

「ここみたいですね」

 禍々しいオーラを放つ扉に息をのんだが、時間がないので意を決して茜が戸を開けた。

中はすべて締め切られており、異臭がし、床にはおどろおどろしい術式のようなものが描かれていた。

「何なのここは……」

 驚愕しつつも茜は足を踏み入れていく。

「私の世界の学者の部屋みたいです」

 その後ろをセレナが平然として続く。

本棚で部屋が仕切られており、その奥へと進むと怪しげな水晶をのぞき込んでいる、黒いローブをセーラー服の上に羽織っている死んだ目をしたような女子生徒が座っていた。

「あなたが八草さんで?」

 勇敢にも茜がそう話しかける。

 きろり、と目だけ二人の方を向け、いかにも、と答えた。

こんなにも負のオーラを放つ彼女が何故生徒会に、と疑問だったが聞きたい気持ちをぐっとこらえた。

「ここに何の用?」

 冷たく直線的な声で二人に聞くみゆきの口元はどこか笑っていた。

左耳にはやはり緑の宝石のついたピアスがついていた。

「八草みゆきさん、あなたは生徒会立候補者の一人なのですよね」

 セレナがみゆきに聞く、彼女は相変わらずただじっと値踏みするかのように二人を眺めていた。

「無言は肯定と受けます。それでほかの候補者たちの関係者が何者かに襲われているのはご存知で?」

「ええ、知ってるわ」

 静かにゆったりとした口調で答えるみゆき。

「つい昨日も、大山さんたちが襲われていて、美月さんの支持者も襲われているの」

「ふーん、それで私に何か?」

 冷たくそう答えるみゆき。

「それで、ってあんた!」

 冷たい言葉に怒り、殴りかかろうとする茜をセレナが制する。

「私たちは犯人を捜しているの」

「警察でも何でもない君たちがかい? ふん、そんな探偵ごっこなんてその辺の小学生とでもやってるといいさ。私は忙しいんだ」

 そう言いフードを外す。

端整な顔立ちと共にピアスが露わになる。

「私はこれから家でやることがあるんでね」

 それだけ言うとみゆきは席を立つ。

「待って、まだあたしたちの話は終わってない」

 茜はみゆきの進路を塞ぐ様に移動した。

「どいてくれる?」

 死んだ魚のような目で茜にガンを飛ばすが、彼女のマジのガン飛ばしの前に少し顔が引きつった。

「その犯人がさ、ちょうど左耳につけてたのがさ、あんたと同じ緑の石の入ったピアスだったのよ」

 その言葉にはっ、となり、手でピアスを隠す。

「何か心当たりがあるのね?」

 そう言ってみゆきの手を掴む茜。

「ちょっと五代さん、待ってください!」

 急にセレナに声をかけられ驚く茜。

 その一瞬の隙を突かれてみゆきに押し飛ばされ、本棚にたたきつけられ雪崩が起きる。

「私はまだ死ぬわけにはいかないんだ!」

「ちょっと!」

 叫びながら走り去るみゆき。

「追って!」

 落盤した本棚の中から茜の声がする。

その声にうなずいてセレナは彼女の後を追いかけた。


       4


 夕日もそろそろ落ちかけ、あたりが不気味な紫色に包まれる時間。ついに二人の追いかけっこは終わろうとしていた。

「もう逃がしません」

 息も切れ切れに、みゆきを追いかけ屋上の扉を開ける。

ぜえぜえと肩で息をしながら屋上の真ん中で立っているみゆきのもとへ歩を進める。

「来ないで!」

 みゆきはセレナの方を見て何かにおびえたような目つきで恐怖したような口調でそう言った。

「? 何におびえてるんですか?」

 不思議に思いつつセレナはみゆきの方へ歩み寄る。

そしてちょうどみゆきのいたところへセレナがたどり着いた時だった。

「きっと私におびえてるんじゃないかな」

 ぞわり。

その声を聞いただけで緊張が走り、手足から体温が急速になくなっていくのが分かる。

「あれ? エルフちゃんだけ? あの子はどうしたのかな?」

 声だけが闇の中で響く。

どこだ、セレナは五感を研ぎ澄ませ四方八方を見回すが声の主を発見できない。

「おや? もしかして私を探してるのかな?」

 ぞくり。

威圧感を感じた方を振り向く。なんとみゆきの隣に美月麻里が立っていた。

もう嫌な予感しかしなかった。

「なーんだ、もうゲーム終了かーやっぱり影武者なんてうまくいかないね」

 それだけ言うと麻里は面白そうに豊かな黒髪をかき上げ、左耳をセレナに見せる。

「ねえ、これ何色に見える?」

 満面の笑みでピアスについている宝石を指さし聞く。

セレナには憎むべき敵、ローズ・マリーのしていたピアスと同じものだった。

「あの子は緑って言ってたけどあなたはどうなの?」

「うそ……、そんな……」

 ここで改めて自身のことを思い知らされる。

「や~ぱり、あなたその程度の魔力だったのね、白に見えるんでしょ?」

 あはは、とセレナを笑い飛ばす麻里。

「それじゃあ守れるものも守れないよね」

 セレナをなじり、隣にいたみゆきの首元にガブリつく。

苦悶の表情を浮かべ、体が激しく痙攣しているのをセレナは遠くか確認した。

「ごちそうさま」

 麻里は口元をぬぐい、みゆきを離すと彼女は力なく倒れた。

「この子に初めて正体がばれた時は危なかったよ」

「え?」

「君がここに来る前に私はすでにここにいたのさ」

 そう言い、麻里は倒れているみゆきをつまらなさそうに見る。

「こっちのことをたくさん教えてもらったよ、まったく、この世界は最高さ」

「どういうことですか?」

「食料を一つの場所に保管してくれてるからわざわざ探し回らなくてもいいからさ」

 そう嬉しそうに麻里は言う。

「しかもこの中にはとびっきりの魔力を持った者もいるし、パラダイスさ!」

 その言葉にセレナははっ、とした。

「それはあたしのことかな?」

 扉を蹴破り、茜が参上しセレナのそばに駆け寄る。

「話はだいたい聞いた、あんたそれで生徒会長になってここの人間すべて食べてしまおうってことだったのね」

 胸を張り麻里と対峙する。

「その通りよ魔法使い、五代茜さん」

 麻里は面白そうに満面の笑みを浮かべる。

「さて、私の宿題は今日が締め切りだけど、ちゃんとできるのかしら?」

 挑発的な発言を茜に投げつける。

「宿題? ああ、あたしはいつもそういうのぎりぎりでやるタイプだからさ、いまからやってやんよ」

 茜は麻里の言葉を打ち返し左手を強く握る。

「スペル・オン!!」

魔法発動の呪文を叫び左手を天に向け突き上げる。

指輪の赤い宝石から発せられる赤い炎に包まれる。すぐに炎がはじけていつもの赤い戦闘服に変化する。

左手には片手剣『ワンダリング』が握られている。

「まさか麻里が犯人だったなんてね!」

 そう言い先手必勝とばかりに小さな火球を麻里目掛けて放つ。

「この子もなかなかの魔力の持ち主だったわ」

 二人の目の前から消えたかと思ったが、給水タンクの上に満月を背に見下ろすように立っていた。

「あなたはどうやら魔力の強い人間を引き付ける体質の様ね」

 そう言うと強い突風が吹き、茜とセレナは一瞬麻里から目を離した。その一瞬で彼女はよかった。

そこには、月よりも輝く金髪と闇夜に溶け込む漆黒のドレス、見る者すべてに威圧感を与える赤い目を持った吸血鬼の親玉、ローズ・マリーが自身の身長の倍もある長槍を持って存在していた。

「さあ、満月の夜、私とともに死のワルツを踊りましょう」

足場を蹴って弾丸の様に二人のもとへ向かう。

とっさに茜はセレナを突き飛ばしていた。

「うわっ」

 マリーに掴まれ、屋上から地上へと真っ逆さまにダイブしていく茜。

「五代さん……」

 その場にへたり込みセレナは祈った。


「痛たたた……」

 中庭の茂みの中へダイブした茜は体のあちこちを木や枝でひっかいてしまった。

服についた木々を燃やすとゆっくり立ち上がった。

校舎と校舎の間の狭い空間で戦うのは危ないが、どこから奴が来るか分からないのでうかつに動けない。

「やれやれ」

 軽く剣を一回振り、体のどこにもダメージが来ていないかを確かめる。幸いにもローブの力に守られていてダメージはなかった。

 ほっとしたのもつかの間、急に校舎のガラスが割れた。

「!」

 はっと上を見上げるとたくさんの影がガラス片と共に飛んでくる。

 舌打ちをして力を込めて剣をふるった。

次々と切っ先から炎の斬撃が繰り出され、空からやってくる黒い影たちを切り裂いていく。

黒い体液と共にごとりごとりと分断された下級吸血鬼が降ってきては焼失した。

 「手下か…、あんまり気分のいいもんじゃないわね」

 とにかくここにいては袋のネズミだ、そう感じ走り出した。

しかしどれほどいるのか、彼女のカリスマ性にひかれた者たちはみなこうなってしまったのかと思うほど次々空から降ってくる。

 そろそろ中庭の出口に差し掛かってきたところで、目の前に大きな影が二つ見えた。

「うん?」

 目を細め確認しようとしたが、暗闇の中だったので確認できなかったが、一つ鼻がひん曲がるほどの異臭がした。

「まさか……」

 前を見ると、マリーの隣にあの小太りの生理的嫌悪を感じるあいつがいたのだ。

「フヒヒ……」

 眼鏡を光らせ、荒い息と共に茜に襲い掛かる。

「うわっ!?」

 思っていたよりも速いスピードだったので対応が遅れ剣がはじかれる。

空中で剣は真っ二つに折れ、刃が地面に突き刺さった。

「フヒヒ……アカネタンハアハア……」

「ひっ!?」

 おぞましい言葉を耳にして茜は柄にもなく小さな悲鳴を上げた。

しかしこいつらを倒さなければ、小山望も、八草みゆきも救えないと自信を奮い立たせ拳に炎をまとわせ強く殴りつける。

「は!おらぁ!」

 炎の拳はかなり手ごたえがあったが、効いている感じがしない。

「その子は私のガードマンとして有能なのよ? あなたに倒せるかしら?」

 小悪魔的な笑みを浮かべながらマリーは言った。

「殴ってだめなら斬るだけよ!」

 キモオタ吸血鬼の台風に様な一撃一撃をかわしつつ再度剣を生成し、構える。

「バインド!」

 そう叫ぶと鎖のような炎がキモオタ吸血鬼をとらえ縛り上げる。

「我々の業界ではご褒美です!」

 とおぞましい言葉を耳にし鳥肌になりつつも魔力を剣に集中させる。

「クリムゾンカッター!」

 指輪の宝石が一段強く輝き魔力が解放され、剣が炎に包まれる。

一歩踏み込みやり投げの要領で剣を投げると、吸血鬼の腹部に深く突き刺さった。

声もなく燃え上がり朽ち果てた。

「へえ、やるじゃない」

 そしてあとは大将を残すのみ。

漆黒の衣に身を包んだ彼女は長槍を軽々と振り回し、構えた。

「パーティーにしては前座がありすぎたんじゃない?」

 軽口をたたき茜もまた剣を生成し、構える。

「お待たせいたしました、ここからが本番よ!」

 今までの吸血鬼たちの数倍上の速さで地面を飛ぶように動き、圧倒的リーチで茜を責め立てる。

 今までのとはやっぱり違う。

その猛攻の前に茜は防戦を強いられる。

「ほらほら、他の子を倒した時はそんなじゃなかったでしょ?」

 余裕そうに槍をふるい、的確に茜の動きを読み茜を猛追するマリー。

「くっ」

 苦しそうな表情でマリーについていくのが一杯一杯だ。

「どうしたの? そんなもんじゃないわよね!」

 そう言うとさらに槍の速さ、切れが増し、太刀筋が徐々に見えなくなってくる。

「うわっ」

 とうとう一撃を食らい、吹き飛ばされ校舎の壁を少しめり込ませ、背中に大きな衝撃を受ける。

力を失った手から剣が落ち、乾いた音を立てる。

「なーんだ、がっかりね」

ゆっくりと歩み寄り、壁にもたれかかる茜の首筋に槍の先を突きつける。

「もっと私を楽しませてくれると思ったけど期待はずれだったわ」

「くっ……」

「殺してしまうのはもったいないわね、私、あなたみたいな生娘の魔力が大好きなのよ」

「それは……お断りだね!」

 血の混じったつばをマリーの頬目掛けて吐きかける。

「! 、このっ!」

 どごっ、と一発マリーの拳が茜の腹部に入る。

「ふん、まあいいわ、あなたもあのエルフのようにこの世界が私たちの物になるさまを絶望しながら見届けるといいわ」

 そう言ってマリーは背中を向けた。

「セレナの……世界……?」

 ああ、今やっとあいつの気持ちが本当に分かった

 きっとあいつもまた自分と一緒だったんだ。

一回、目の前で守れない悔しい思いをしたから、それを償うように他の物をまた守ってそうして自分が傷ついて、あの日あいつに救われた時もそうだったんだ。

またここでおねんねしたらまたあの時みたいに誰も救えないでまたもやもや不完全燃焼な生活をしなければならないのか。

今ならまだあの人たちを救える。

「だから……動いてよ、あたしの体……!」

 全身から力が抜けていたのが嘘みたいに今、茜の体は熱く燃えている。

「ん?」

 茜のオーラに気が付いたのか、マリーは再び茜の方を振り向いた。

「だああああああ!!!」

 獣のように拳を構え茜が飛びかかる。

「なっ!?」

 突然のことに対応できず顔面にパンチが入る。

「あたしとのタイマンはまだ終わってない!!」

 そう叫びながら茜の心に呼応するように拳から炎が吹きあがる。

「へえ、私の顔を傷物にするなんてね」

 顔の傷を撫でて嬉しそうにマリーは笑う。

「けど気力だけじゃ実力差は埋まらないわよ!」

 再び茜を苦しめた超スピードで襲い掛かる。

「アップ!」

 呪文を唱えると両足に魔法陣が刻まれる。

「!?」

 マリーは茜のいた場所に会心の一撃を入れたつもりだったが、手ごたえがなかった。

「はあ!」

 マリーの顎を蹴り上げ、体が宙に浮く。そしてそこへサンドバッグを殴りつけるかのようにパンチを連続で撃ち続ける。

「だああ!」

 渾身の右ストレートがさく裂し、今度は逆にマリーが校舎にたたきつけられるが、すぐさま復帰しマリーは槍の五月雨を降らす。

茜はそれをかわしつつ、魔力を解放する。

「クリムゾンセイバーーー!」

 はじける炎と共に必殺の一撃を放つ。

が、マリーも負けじと魔力全開の風の一撃を槍に乗せ放つ。

二つの技がぶつかり合う。

互いの力が拮抗して一歩も譲れない、譲らない状態。

少しずつ、茜の力が押してきている。

 マリーの胸に一撃入る。が、彼女の火事場の馬鹿力によって押し返され後方へ茜ははじかれる。

 しかしそこで冷静に体勢を直し、校舎の壁を蹴った。

「はああ!」

 再度魔力を全開にし、炎をまとった両足で先ほどマリーに傷を負わせた胸部を蹴った。

するとマリーは悲鳴を上げて倒れた。

「あたしの勝ちね……」

 倒れているマリーを見下ろす茜。

「私の負けね」

血を吐き、全身から力の抜けたマリーは笑っていた。

「あなたは……まだまだ強く……なるわ……」

 そう言うと咳込んだが、また話し出した。

「私だけで終わりじゃない……まだほかにもいるんだから……」

 そう言うと体が炎に包まれ、消えた。

「来るなら来い、あたしがみんな守ってやるから」

 そう言い足元にマリーのつけていた緑のピアスが落ちていた。それを拾いポケットにしまうと今度こそ体力の限界が来た。

茜は崩れるようにその場に倒れこんだ。


       5


 あれから一週間が経った。

あの後会長は大山君が就任し、波乱の選挙は終結した。

八草みゆきは事件のショック

からか、一切マリーについて覚えていなかった。

 今茜とセレナは屋上でお昼を食べていた。

「はー、今日も暇ね」

 大好きなメロンパンを頬張りながら茜は言った。

「平和が一番ですよ」

 豪華な手作り弁当を食べながらセレナは答える。

「敵も取ったし、帰らなくていいの?」

 お茶を飲みながら茜はセレナに聞いた。

「ええ、もうあそこの世界はもう奴らの物ですし、居場所がありませんから」

 まずいことを聞いてしまったと、悲しげなセレナを見て思ったが、まあ、よしとして置いた。

「今日も図書館に行こうかなー」

 そう言って延びながら空を見る。

「あーかーねーさん、だめですよ?」

 ジト目で茜を見つめるセレナ。そのセレナをおや、という表情で見る茜。

「これから定期テストがやってくるんですから勉強しなきゃダメです!」

「えっ」

 茜の頬を嫌な汗が伝った。

「私がいるんですから赤点なんて許しませんよ?」

 にっこりと笑顔の圧力をかけるセレナ。

「い、嫌だ! あたしは自由気ままに本を読むんだ!」

 そう言って立ち上がり、逃げ出した。

 その時茜の左耳のピアスが太陽の光を浴びきらり、と光った。

「だめですよ!茜さん、待ちなさい!!」

 そう言って笑いながら茜の後を追ってセレナも走り出した。



             了


                     




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RED ZONE 夏木黒羽 @kuroha-natsuki

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