第238話

 リゼたちが座ると、入って来た扉とは別の扉から叩く音がする。

 そして、一人の女性が入室する。

 肌の色がナングウやカリスに近いので、ドワーフ族ではないかとリゼは思いながら、頭を下げて挨拶する。


「彼女は、この部屋……ドワーフ族の宿泊部屋の専用従業員じゃ。名はイズンという。リゼちゃんが会ったイディオームとは親族にあたる」

「イズンと申します」


 綺麗な所作で挨拶をする。


「さてさて、では話でもしようかの」


 ナングウは顔の前で手を組みながら、静かに話し始めた。

 最初に、この部屋は宿屋とドヴォルク国が長年契約している部屋で、用事があり国外に出るドワーフ族は必ず最初にバビロニアへ立ち寄る。

 昔は種族差別が多く、宿に宿泊させてもらえないことも多かった。

 この宿屋は宿泊費は高いが、それ以上の価値があると連日満室だった。

 昔は、もっと小さな宿屋だったが評判が良く、業績も右肩上がりだったため、事業拡大として、宿屋を新たに建て直すことにする。

 ドヴォルク国が宿屋を立ち上げる時に資金援助をしたこともあったので、新しい建物にはドヴォルク国専用の部屋を一室用意して貰うよう頼むと、宿屋の主人は快く承諾してくれた。

 それから何年も月日は流れる。

 この宿を継ぐ条件として、この部屋を継続することと、一切の詮索や干渉をしないことが必須だった。

 たが現主人も代々受け継がれてきた恩を忘れずに、ドヴォルク国との約束を守り続けていた。

 

 宿泊の有無に関係なく、宿泊費が見込めるので商売としては問題無い。

 維持管理はドヴォルク国から派遣される。

 今はイズンが、その役を担っている。

 イディオームがリゼに渡した通行石は、ナングウたちへのメッセージも込められていた。

 万が一、リゼがナングウたちに出会えば、通行石を見せるという期待だった。

 リゼも分かってはいたが、二人ともドヴォルク国出身のドワーフ族だと改めて話す。

 そして野暮用というのは、旅先で偶然出会ったドワーフ族から国の状況を聞く。

 二人は相談して一旦、国に戻ることにしたそうだ。


「まさか、リゼちゃんがイディオームと会っているとは思わなんだがな」


 ナングウは目尻を下げて、嬉しそうに話す。


「それで、リゼちゃんはドヴォルク国に来る資格があるが、一緒に来るかい?」

「えっ!」


 突然の誘いに戸惑う。

 もちろん、ドヴォルク国には行きたい。

 だが、今は一人ではない……レティオールとシャルルがいる。

 簡単に回答できるはずがない。

 悩むリゼの横で、レティオールとシャルルは視線を合わせると無言で頷く。


「悩んでいるなら、行ってきなよ」

「そうよ。私たちなら大丈夫だから」


 自分たちを救ってくれたリゼが、自分たちのことで悩んでいる。

 そのことが分かった二人は、悩んでいるリゼの背中を押す。

 正直、リゼが居なくなって大丈夫だとは思っていない。

 だが今は、この言葉こそが正解だと自信を持って発言した。


「……ありがとう。ナングウさん、少し考えさせてもらってもいいですか?」

「それは構わんが、明朝には出発するから、考えられるのは今晩だけじゃぞ。行くにしろ止めるにしろ、結論が出ないのであれば、今晩はここに泊って考えるほうがよかろう」

「はい」


 悩みながらも頷くリゼだったが、ドヴォルク国へ行きたい気持ちは強かった。


「リゼ。悩む必要無いよ」

「そうそう。行きたくても、簡単に行ける国じゃないんだから、行くべきよ」


 レティオールとシャルルの言葉に、リゼは「二人も一緒に」と言いたかったが、先程のナングウの言葉が頭を過ぎる……そう、「資格」だ。

 もし、レティオールとシャルルも一緒にということであれば、最初に話をするはずだ。

 それを口にしないということは、誰でもドヴォルク国に入国できないと言っているのだろう。

 自分の場合は運が良かっただけで、イディオームに出会わなければ、自分のその資格がなかった。


「二十日から五十日ほどで、バビロニアに戻って来る予定じゃから、それほど長くはないじゃろう」


 悩むリゼの姿を見て、ナングウはドヴォルク国での滞在期間を教える。


「リゼ。僕たちは宿に戻っているよ。リゼの宿泊はキャンセルしておくね」

「戻ってきたら、私たちの強さに驚かないで下さいね」

「ちょっ……」


 自分が答えを出す前に、レティオールとシャルルが話を進めた。

 全力で否定できない自分がいることに気付き、言葉を詰まらせる。


「ありがとう」


 二人へ感謝の言葉を口にすると、二人は笑って応える。


「じゃぁね」


 レティオールとシャルルは、リゼを残して宿屋へ戻って行こうとする。

 二人の優しさに感謝しながら、少しの間の別れを惜しみながら見送った。


 リゼの表情からもドヴォルク国へ行くと、ナングウは確信する。

 それはカリスも同様だった。

 そして、リゼの口からも「行きます」という言葉を聞く。

 ナングウが明日の出発についてイズンに話を振る。

 イズンは詳しい説明を簡潔に終える。


「ナングウ様。リゼ様がいらっしゃいますが、いつもの話はどうされますか?」

「そうじゃの……まぁ、いいか。報告してくれ」

「かしこまりました」


 イズンは肩から掛けていたアイテムバックを机の上に置くと、収納していた物を取り出して、机の上に並べる。


「今回は、この六点になります」


 机の上に置かれた物は、全て異なっていた。

 民芸品の人形や、意味不明な置物などだった。


「あと一点、気になった物がありましたが、他の人に購入されたようです」

「そうか……それは仕方ないの」

「はい。売れ残っていると店主から聞いてましたので、誰も購入しないだろうと思っていた私の落ち度です」

「まぁ、そんない気にすることもなかろう。ちなみに、どんな物じゃった?」

「はい、苔の生えた玉石です」


 イズンとナングウの会話にリゼは心当たりがあった。


「あの……その苔の生えた玉石って、これですか?」


 リゼはアイテムバックから、骨董市で購入した丸い苔の生えた石を両手で取り出して机の上に置く。


「はい、これで御座います。まさか、リゼ様がご購入されていたとは……もしかして、鑑定の力などをお持ちでしょうか?」

「いえ、ちょっと気になったというか……触ったら光った感じがしたというか……」


 どう伝えたら良いか分からなく、うまい言葉が出て来なかった。


「ほほぅ……」


 ナングウは、リゼの拙い言葉でも言いたいことが分かったようだ。

 それは説明を聞いていたカリスや、イズンも同じだった。


「それは一種の能力というか、才能じゃ。今後も同じような現象があれば、手に入れたほうがよいじゃろう」

「そうなんですか……あの、お聞きしてもよろしいですか?」

「ん、なんじゃい?」


 リゼは自分のクエスト報酬である慧眼について聞くことにした。


「慧眼とは! もしかして、リゼちゃんは慧眼持ちなのかい?」

「いいえ。ちょっと、聞いたことがあったのですが、意味が分からなかったので……」

「そうかい」


 ナングウは慧眼について説明をする。

 慧眼とは物事の本質や、隠された一面を見抜くことに優れている力だと教えてくれた。

 鑑定とは似て非なるものだと教えてくれるが、今のリゼでは理解できなかった。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:四十一』

 『魔力:三十』

 『力:二十五』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:百一』

 『回避:五十三』

 『魅力:二十四』

 『運:五十八』

 『万能能力値:零』

 

■メインクエスト

 ・購入した品を二倍の販売価格で売る。

  ただし、販売価格は金貨一枚以上とすること。期限:六十日

 ・報酬:観察眼の進化。慧眼けいがん習得


■サブクエスト

 ・瀕死の重傷を負う。期限:三年

 ・報酬:全ての能力値(一増加)


■シークレットクエスト

 ・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年

 ・報酬:万能能力値(五増加) 

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