第231話

 転職して数日が経つ。

 最初の数日は、思うように体が動かずに戸惑う。

 盗賊になった時とは勝手が違うと思いながらも、上がった能力値にも体が慣れていった。

 八階層までの討伐も難なく出来るようになっていた。

 だが、日を増すごとにシャルルの表情が険しくなっていく。

 転職したことで能力値が大きく上がったリゼとレティオールに比べて、劣っていることが明確になってきたからだ。

 回復役なので、そもそもの役割が違うから比べる物でもない。

 こればかりは、自分が納得しなければ解決しないだろう。

 なによりも、ハセゼラたちからへの恐怖が、いまだに克服できていない。

 何度か迷宮ダンジョンで鉢合わせるが、睨みつけたり聞こえるように文句を言うくらいで直接の接触はなかったが、そのうちに――と最悪なことも考えることも多くなっていた。


 いつも通りに討伐を終えて帰ろうとすると、三階層で多くの冒険者たちが騒いでいた。


「どうしたんですか?」


 リゼが騒いでいる冒険者に質問をすると、二階層でミノタウロスが出現したそうだ。


「どこかの馬鹿がサークル魔法陣を使って、ミノタウロスと一緒に戻って来たようだ」


 以前の冒険者ギルドに参加した冒険者たちはサークル魔法陣の転移先でミノタウロスと戦闘をした経験があるから、立ち入り禁止区域に入りサークル魔法陣でミノタウロスを連れて戻って来たと確信していた。

 二階層にいた冒険者が犠牲になっていることや、戦おうとする冒険者の多くが、以前の冒険者ギルドからのクエストに参加しているからか、ミノタウロスの脅威を知っていた。

 そのため、行くのを躊躇っているようだった。


「……ちょっと、様子を見て来るから待っていてくれる」

「僕たちも行くよ」


 レティオールはリゼと一緒に応援に向かうつもりだが、シャルルは恐怖からか俯いたまま、返事をすることはなかった。


「レティオールはシャルルと一緒にいてあげて」

「でも……」

「お願いね」

「うん、分かった」


 半ば強引だと思ったが自分も無事に帰ってこれる自信はない。

 今のシャルルだと確実に死ぬと思っていた。

 行こうとするリゼを止める冒険者もいたが、リゼは振り払うように二階層へと走り去った。


 二階層は地獄絵図のようだった。

 あと少しで地上に戻れると、余力を残していない状況で襲われたのだろう。


「大丈夫ですか?」


 駆け付けたリゼが声を掛けると、見覚えのある顔があった。

 リャンリーとジャンロードだった。


「おぉ、リゼか! 丁度いい。そこの一体頼むわ」


 楽しそうに戦うジャンロード。

 リゼの視線で確認出来たノタウロスは、全部で三体だった。


「ミノタウロスは三体ですか?」

「そうだ」


 どうやら、二人がミノタウロスを引き付けている間に戦えない冒険者を一階層へと逃がしたようだ。

 迷宮ダンジョンの魔物の特徴を把握している。

 魔物は今いる階層より下に行くことは無い。

 下には自分より強い魔物が存在していることを本能的に知っていたからだ。

 ジャンロードは一階層へと続く階段前で、二階層から出さないようにミノタウロスと戦っていた。

 そのため必然的に一人で二体相手にしているリャンリー。

 リゼはジャンロードの言葉に従い、リャンリーの応援に入る。


「下の階層に回復魔術師か、治癒師はいたか?」

「私の仲間に回復魔術師がいます。多分、他にもいたと思います」

「私の仲間……そうか」


 リゼが単独ソロでないと知り、自分の助言が役に立ったと思うリャンリーは嬉しそうだった。


「倒れている冒険者がマズい。早めに回復する必要がある。呼べるか?」

「……呼んでみます」


 リゼは一旦、三階層への階段前に移動して叫ぶ。


「回復魔術師か、治癒師の方に御願いがあります。二階層で倒れている冒険者の治療をして下さい。ミノタウロスは私たちが引き受けます」


 リゼの必死な訴えに何人が応えてくれるか不安だったが、出来ればシャルルには来てほしくないと、自分勝手な考えが頭を過る。

 三階層にいる冒険者たちの多くは、ミノタウロスの怖さを知らないリゼだから無謀に挑んでいると思っている。

 好き好んで死地に赴く馬鹿な冒険者はいない。

 三階層から上がってくる冒険者の安全を確保するため、出来るだけ離れた位置で戦闘をする。

 しかし、時間が経てど三階層から姿を現す冒険者はいなかった。


「やっぱり、駄目か。一人でも上がってくれれば……」


 リャンリーも諦めてかけていた。


「リゼ‼」


 レティオールとシャルルが階段から姿を現す。


「そこで倒れている治癒師の治療を頼む。そいつの意識が戻れば、なんとかなるから頼む」


 リャンリーが倒れている仲間の治癒師の治療を優先的にするよう指示をする。

 レティオールはシャルルを守るように陣取る。


「二人ともありがとう」


 素直に感謝の言葉を口にする。

 勇気を持って二階層に来てくれたことが嬉しかった。


「リゼ‼」


 リャンリーがリゼを呼ぶ。


「とりあえず、二人で一体倒すぞ」

「はい、分かりました。なにか手はありますか?」

「気を練るから少しだけ時間が欲しい。でも二体を相手には出来ないだろう」

「どれだけ時間を稼げばいいですか?」

「……四分いや、三分でいい」

「分かりました」


 リゼはリャンイーと反対側に移動して、二体のミノタウロスを攻撃する。

 自分に気が向いた瞬間に一体にシャドウバインドで拘束する。

 その間にリゼはもう一体の相手をする。

 全力で攻撃をするが致命傷を与えることは出来ない。

 武器である斧の一撃はリゼにとって致命傷になる。

 だが攻撃は大振りなので、冷静に対応すれば回避は簡単だった。

 シャドウバインドの拘束時間が切れると、再び二対一になる。

 すぐにドッペルゲンガーを発動させて、一対一へと戻す。


(倒さなくてもいい……そう、時間を稼ぐだけでいいんだ)


 リャンリーとシャルルに気を向かわせないように、位置を確認しながら戦う。

 ドッペルゲンガーの効果も切れると、リキャストタイムを気にしながら、再び二対一で戦う。

 ジャンロードはミノタウロスとの戦いを楽しんでいるのか、ミノタウロスを圧倒していた。

 リャンリーとジャンロードは仲間なので、ジャンロードの性格を知っている。

 戦いを楽しむタイプなので、ミノタウロスをいたぶりながら倒すため、自分たちの応援にくることはないと確信していた。


「へぇ~、面白い戦い方をするな」


 リゼの戦い方を見て興味を示す。

 今までに見たことのない戦い方だったからだ。

 ミノタウロスと戦いながら、自分がリゼと戦ったらと想像していた。


 運の良いことにミノタウロスの斧が、もう一方のミノタウロスの肩に刺さる。

 共闘という意識がないミノタウロスは、攻撃をしたミノタウロスに敵意を向けた。

 時間稼ぎということであれば、問題無く実行できている。

 その間、シャルルは治癒師の意識が取り戻すまで回復させることに成功させていた。

 意識を取り戻した治癒師は深い傷を負った仲間を回復させていく。

 シャルルも治癒師の指示に従い、倒れている冒険者の治療を行う。

 本当に一瞬だった。

 リゼがシャルルたちを見た数秒間にミノタウロスは斧をシャルルたちに向けて投げつけた。

 レティオールが盾で防ぐが、重い斬撃に体ごと吹っ飛ばされる。

 シャルルもレティオールと一緒に後方へと飛ばされた。

 投げつけた斧を取りにシャルルたちに近付くミノタウロス。


「拘束せよ”シャドウバインド”!」


 リキャストタイムを終えたシャドウバインドで、ミノタウロスの動きを止める。


「上出来だ‼」


 リャンリーは動けないミノタウロスに向かって殴り掛かろうとする。

 その右手は黄金の光を放っていた。

 二体のミノタウロスを直線上に捕らえる位置にくると、手前のミノタウロスに向かって思い切り殴り掛かる。

 黄金の光がミノタウロスの体を貫通して、後ろのミノタウロスの右腕も破壊した。


「僕たちは大丈夫だから」


 リャンリーとシャルルは立ち上がり、無事なことをリゼに伝えた。


「ジャンロード。そろそろ遊ぶのも終わりだ」

「ちぇ、仕方ねぇな」


 リャンリーの声に反応して、ジャンロードがミノタウロスを倒す。

 手負いのミノタウロスはリャンリーとジャンロードの敵ではなかった。


「もういないよな?」

「一応、奥を確認して来る」


 リャンリーはサークル魔法陣のある立ち入り禁止場所に入っていった。

 治癒師は優秀で次々と、倒れている仲間を治療させていく。

 その分、シャルルは自分と比較して自信を無くす。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:四十一』

 『魔力:三十』

 『力:二十五』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:百一』

 『回避:五十三』

 『魅力:二十四』

 『運:五十八』

 『万能能力値:零』

 

■メインクエスト

 ・購入した品を二倍の販売価格で売る。

  ただし、販売価格は金貨一枚以上とすること。期限:六十日

 ・報酬:観察眼の進化。慧眼けいがん習得


■サブクエスト

 ・瀕死の重傷を負う。期限:三年

 ・報酬:全ての能力値(一増加)


■シークレットクエスト

 ・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年

 ・報酬:万能能力値(五増加) 

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