第230話

 職業案内所に来たリゼたちだったが、思いのほか人が少なく、以前に来た時と全然違っていた。

 多くの冒険者たちが冒険者ギルドのクエストから戻って来たばかりだからだろう。

 レティオールが所員に銀貨五枚を支払うと用紙を貰い必要事項を記入して、所員に渡す。

 記入内容を確認すると、水晶を目の前に移動させて触れるように言う。

 レティオールが左手で水晶に触れると、左手に紋章が浮かぶ。


「レティオールさんの現在の職業は剣士ですね?」

「はい」

「転職は上位職になりますか?」

「はい、上位職で御願いします」

「分かりました」


 転職と言っても上位職だけでない。

 今の職業に限界を感じたりする場合、全く別の職業への転職も考えられるため、所員は確認作業をしたのだ。


「レティオールさんの上位職は騎士に槍術士、斧術士と重戦士、守護戦士になります」

「守護戦士ですか?」

「はい。重戦士よりも守りに特化した職業になります。体力や防御、魔法耐性が向上しますが、敏捷や回避の能力値が下がります」


 ここバビロニアでの統計だと、ひたすら攻撃に耐え続け、何度も回復を受けたりする冒険者に多い職業で、攻撃回数よりも格段に攻撃を受けていることが、転職条件では無いかと、ここの職業案内所では推測していると教えてくれた。


「守護戦士で御願いします」

「承知しました。後ほど、簡単な質問をさせていただきますが、御協力頂けますか?」

「はい、構いません」


 所員は頷くと最後の確認をする。


「レティオールさん。最終確認になりますが、選択する職業は守護戦士で間違いありませんか?」

「はい、守護戦士で間違いありません」


 右手で目の前に表示されている『はい』に触れると浮かんでいた左手の紋章が光り形を変えた。


「これで終了です。このまま質問させて頂いても宜しいですか?」

「はい、御願いします」


 質問は簡単なものだった。

 まず剣士になった時期を聞かれる。

 それから自分の魔法特性や、冒険者活動やバビロニアの迷宮ダンジョンに入った時期などを大雑把に聞かれる。

 答えたくないことには答える必要はないそうだ。


「ありがとうございました。こちらは謝礼になります」


 質問を終えると所員は銀貨一枚を差し出した。

 特殊な職業になるための情報提供料なのだろう。

 実質、銀貨四枚で転職できたレティオールだった。


「そちらの方も転職希望ですか?」

「はい。上位職で御願いします」

「分かりました」


 レティオール同様にリゼも銀貨五枚を支払い、手渡された用紙に記入をする。

 所員の確認が終えると、水晶に触れるように指示を受ける。


「盗賊のリゼさんは、暗殺者に斥候、狩人と……えっ?」


 所員に表情が固まる。

 明らかに不自然な行動にリゼは不安になる。

 後ろにいたレティオールとシャルルも、所員の顔色が変わったことに気付いていた。


「どうしましたか?」

「し、失礼しました。リゼさんが転職できる上位職は、暗殺者に斥候、狩人としのびになります」

「忍……って、どんな職業ですか?」

「少々、御待ち下さい」


 所員は焦りながら座ったままで、別の所員に所長を呼ぶよう頼んでいた。

 異様な光景にリゼの不安は大きくなる。

 ここ職業案内所に置かれてあった本にも書かれてなかった。

 珍しい職業なのだろうが、自分にあっていない職業であれば珍しい職業でも転職する気は無かった。

 しばらくすると年配の所員が現れる。

 彼がこの職業案内所の所長なのだろう。

 所員の肩越しから水晶を覗き込むと、一瞬で表情が変わった。


「御質問は忍という職業でしたか?」

「はい、そうです」

「忍は暗殺者に似た職業なのは分かっているのですが、具体的な能力値の向上までは分かっておりません。なにぶん、転職した冒険者の情報が少ないので……申し訳ございません」

「その……水晶の画面を見ることは出来ますか?」

「はい構いません。どうぞ」


 所長の言葉に反応するように、所員はリゼが見えるように水晶を反転させる。

 右手でなぞるようにして文字を確認すると、 たしかに”忍”という文字が浮かんでいる。

 しかも忍の文字に触れると、薄っすらと光る。

 別の文字では光らない。


(これって……)


 リゼは似た経験を思い出していた。

 なにか自分に訴えかけているに違いないと感じていた。


「忍で御願いします」

「分かりました。その……大変珍しい職業ですので、いくつか質問をさせて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」

「はい」


 忍に転職したリゼへの質問は、レティオールの時よりも多かった。

 学習院に通わずに冒険者になり、初期職は盗賊を選択したこと。

 自分の魔法特性が闇属性と風属性に水属性だが、実質は闇属性一択だと魔法特性検査の結果も正直に話す。

 バビロニアでは単独ソロとして暫く活動して、数日前からこのパーティーで活動していると話を終える。


「武器は何を使われていますか?」

「冒険者になった時から小太刀です。最近、短刀も購入して使用しています」

「なるほど」


 年配の所員は頷きながら、リゼの内容を書き留めていた。


単独ソロとのことですが、エルドラード王国時代も同じでしたでしょうか?」

「はい、ほとんど単独ソロで活動していました」

「そうですか。クランには所属されていないのですね」

「いいえ。今はクランに所属しています」

「そうですか」


 クランに所属しながら単独ソロでの活動をしている。

 一見、矛盾にも感じたが聞いたことを湾曲しないように事実のみを書いていく。


「貴重な情報有難う御座いました」

「私からもお聞きしていいですか?」

「はい、なんでしょうか?」

「この忍という職業の冒険者は過去にどれ位いたのでしょうか?」

「詳しいことは分かりませんが、ここでは十何年と記憶に御座いません。記録としても数名の情報が残っているだけです」

「そうですか。ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ貴重な情報を有難う御座いました。こちらは御協力頂いた謝礼です」


 驚いたことに謝礼として出されたのは金貨一枚だった。

 それだけ貴重な情報だったということだ。


 立ち上がりステータスを開くと、能力値が上がっている。

 忍の職業値が影響していることは間違いない。

 ただ、これでもレベル換算すると四十には届いていない。

 珍しい職業だからと浮かれずに、今までと同じように経験を積むしかないと決意する。


 帰り道、シャルルの表情が暗かった。

 リゼとレティオールが転職……しかも特殊な職業だ。

 このままだと足手まといになると思い、不安になっていた。


「気にしている?」


 リゼはシャルルの気持ちが分かっていた。


「職業もレベルも肩書きの一つだから、気にする必要は無いよ。大事なのは自分の役割をきちんと分かっていることだと思うから」

「でも……」

「成長する早さは人それぞれだから、焦る必要は無いよ」


 リゼの優しい言葉がシャルルにとっては、辛く心に響いていた。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:四十一』(五追加)

 『魔力:三十』

 『力:二十五』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:百一』(十五追加)

 『回避:五十三』(十追加)

 『魅力:二十四』

 『運:五十八』(十追加)

 『万能能力値:零』

 

■メインクエスト

 ・購入した品を二倍の販売価格で売る。

  ただし、販売価格は金貨一枚以上とすること。期限:六十日

 ・報酬:観察眼の進化。慧眼けいがん習得


■サブクエスト

 ・瀕死の重傷を負う。期限:三年

 ・報酬:全ての能力値(一増加)


■シークレットクエスト

 ・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年

 ・報酬:万能能力値(五増加) 

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