第218話

 町を歩くリゼ。

 その姿は明らかに浮いていた。

 スクィッドニュートの墨が付着した薄着とズボンで町を歩いていたからだ。

 一見、スクィッドニュートの墨に気付かなければ、バビロニアでの生活に困窮して武器と防具を売り払ったと思う者や、バビロニアに到着する前に襲われて身ぐるみ剝がされたと思う者。

 様々なことを想像しながら、リゼを見ていた。

 武器も防具もなければ迷宮ダンジョンに入ることは出来ない。

 思わず訪れた休日を有効に過ごそうと考える。

 フルオロからの招待状もアイテムバッグから取り出したので、バビロニアにいるリャンリーを探すことにした。


 まず、迷宮ダンジョンから持ち帰った冒険者プレートとアイテムバッグを冒険者ギルドに渡すついでに、リャンリーについて尋ねてみるつもりだった。

 当然の反応だが、冒険者ギルド会館に入ったリゼに視線が集まる。

 だが、そんなことに動じないリゼはクエスト発注の受付へと迷わずに進み、受付嬢に冒険者プレートとアイテムバッグを渡して事情を説明をする。

 アイテムバッグの契約解除は時間がかかるため、明日に出直すことになった。

 迷宮ダンジョンで行方不明になった冒険者の遺品を持ち帰ったため、受付嬢から感謝される。

 だが、このバビロニアで生まれ育った冒険者は皆無に等しい。

 そのため持ち帰った冒険者の身内は、このバビロニアにはいないことのほうがいない。

 だからか迷宮ダンジョン内で冒険者を殺す輩が存在する。

 合法で売れない物は非合法に売りさばくことが出来るのもバビロニアだからだ。

 受付嬢もリゼの格好が気になって仕方なかった。

 同じ女性でしかも、自分よりも幼い冒険者が……。


「お聞きしたいのですが、リャンリーさんという冒険者を探しているのですが、どの辺りによくみえますか?」

「リャンリーさんなら、ほとんど迷宮ダンジョンにいますよ。地上に戻ってきても、すぐに迷宮ダンジョンへ行くので会うのは、その数日を狙うしかないですね。宿は――少しお待ちいただいてもよろしいですか?」

「はい」


 受付嬢は他の受付嬢に話を聞いていた。


「お待たせしました。ここから少し遠いですが微笑みの宿というところだそうです」

「そ、そうですか。ありがとうございます」


 まさか自分の宿泊している宿のいるとは夢にも思わなかった。

 ほとんど迷宮ダンジョン内にいるのであれば、安い宿でも問題ないのだろうと勝手な推測をする。


「魔物の買い取りは、ここで出来ますか?」


 アイテムバッグは手元にないが、スワロウトードの素材が入っている。


「この町の冒険者ギルドでは素材や魔核の買取は行っておりません。買取は商業ギルドになります」


 バビロニアは迷宮ダンジョンの登録料や入場料で運営が成り立っている。

 逆に言えば、迷宮ダンジョンの業務だけで手一杯なのだ。

 それ以外の業務にもクエストの発注なども行っているが、片手間の業務だと冒険者ギルドも本腰をいれていない。

 町の清掃は冒険者でなく、商業ギルドが雇っている清掃の専門職が何人も毎日、清掃を行っている。

 冒険者には出来るだけ迷宮ダンジョンから素材などを持ち帰ってもらうほうが、町としては潤う。

 商業ギルドとしても手数料が多く入ってくるため、冒険者ギルドがより多くの冒険者を迷宮ダンジョンに入場されるため、それ以外の業務を出来るだけ請け負っていた。

 バビロニアは特殊な町だと言われている所以の一つだ。

 商業ギルド会館の場所を聞いて、最後の質問をする。


「あと、魔物図鑑は借りることが出来ますか?」

「魔物図鑑……ですか?」


 受付嬢は首を傾げながら再び、他の受付嬢に聞いていた。

 魔物図鑑の存在は知っている。

  だが、自分が受付を初めて「魔物図鑑を借りたい」という言葉を聞いたのは初めてだった。

 冒険者ギルドで管理しているはずだが、実物を見たことがないため、不安になり同僚や先輩の受付嬢に助けを求めた。

 戻って来た受付嬢は意外な言葉で、リゼの問いかけに答える。


「バビロニアの迷宮ダンジョンに生息する魔物図鑑であれば、銀貨五枚で販売しています」


 受付嬢の言葉に他の冒険者たちも驚いていた。

 長年、ここバビロニアにいる冒険者でさえ知らなかったのだ。

 まず、魔物図鑑で予習をして迷宮ダンジョンに入る冒険者など皆無に等しい。

 バビロニアにおいては学習院もないので、迷宮ダンジョンの情報も多くは習わない。

 学習院で教わった魔物の情報にしても、ほんの上辺でしかなかった。

 何度も魔物と遭遇して戦い得た経験こそが財産で、それを仲間に伝承していくことが当たり前だった。


「ただし、十年以上も改訂されていませんので、情報はかなり古いですがどうされますか?」

「購入します」


 リゼは即答する。

 すると、どのような内容が書かれているか気になった冒険者たちも面白がり、購入を希望し始めた。


「すみません。なにぶん在庫の数が少ないので御了承願います」


 まさかの魔物図鑑の購入者殺到に戸惑いながら対応する受付嬢。

 リゼは一番最初に購入を申し出たので、優先的に購入することは出来たが、他の購入者たちは抽選になる。

 魔物図鑑の表紙には“魔物図鑑(バビロニアの迷宮ダンジョン版)”と大きく書かれていたが、オーリスで見た魔物図鑑と比べて、とても薄く頁数も少ない。

 埃を被っており、紙の色も変色していたことから、かなり長い間放置されていたことを物語っていた。

 リゼの他に購入した冒険者は早速、読み始めて笑っていた。


「おいおい、これ二十階層までしかないぞ」

「二十階層まであれば十分だろう?」

「問題は中身だ。どんな情報だ?」

「嘘だろう。今と出現する階層が全然違うじゃないか!」


 好き好きに面白おかしく話していた。

 最終的には話題になる面白い本という感じだった。

 一時、バビロニアの領主が新しい収入源になると思い、冒険者ギルド協力のもとで魔物図鑑(バビロニアの迷宮ダンジョン版)が製作された。

 しかし購入するほどの価値はなく、時代とともに情報自体も古くなり、予想していたほど売れなかったため、改訂版なども出ず最初に制作された本のみ在庫品として残っていた。

 今回の販売で、全ての魔物図鑑が売れてしまったため、これから魔物図鑑(バビロニアの迷宮ダンジョン版)を購入することは出来ない。

 貴重な一冊をリゼは手に入れたことになる。

 リゼも少し離れた場所で魔物図鑑を読みながら、魔物図鑑を購入した別の冒険者たちの会話を聞いていた。

 二十階層までしかないということは、この図鑑が発行された十年以上前は、冒険者たちが行けたもっとも深い階層だったのか……それとも、安全に行けた階層だったのかが分からない。

 もし当時、確認された階層でもっとも深いのであれば、フルオロから聞いた話と重ね合わせると今は三十五階層だったはずなので、十年ほどで十五階層は深くなっている。

 ただし、安全に行ける階層ということであれば、今とさほど変わりない。

 リゼにとっては、どちらでもよいことだった。

 どちらかといえば、図鑑の魔物情報と異なっている発言のほうが気になっていた。

 昔、聞いた話では魔物が階層を移動することは滅多にないので、なにか移動しなければならないような状況があったと考えるべきだ。

 リゼは魔物図鑑の出現階層については信じないと決めて、魔物図鑑を閉じる。


 冒険者ギルド会館を出たリゼは微笑みの宿に戻ることにした。

 リャンリーに会えるかもしれないという、微かな望みに期待して――。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十六』

 『魔力:三十』

 『力:二十三』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十六』

 『回避:四十三』

 『魅力:二十四』

 『運:四十八』

 『万能能力値:零』

 

■メインクエスト

 ・迷宮ダンジョンで未討伐の魔物討伐(討伐種類:三十)。期限:三十日

 ・報酬:転職ステータス値向上


■サブクエスト

 ・防具の変更。期限:二年

 ・報酬:ドヴォルグ国での武器製作率向上


 ・瀕死の重傷を負う。期限:三年

 ・報酬:全ての能力値(一増加)


■シークレットクエスト

 ・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年

 ・報酬:万能能力値(五増加) 

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