第188話
――リゼがコウガに二日続けて戦いを挑んだ翌朝。
昨日と一昨日のことを知っていた門の当番は「まさか?」と思いながら、門を開ける。
すると目の前には予想していた人物が立っていた。
「待っていろ」
冒険者は別の冒険者に、コウガへの伝言を頼む。
だが、リゼが来ることは想定済みなのかマリックが門の近くで待機していた。
冒険者からの伝言を引き継ぎ、コウガへと伝えていた。
昨夜、コウガは深酒しなかったためか、マリックが来る前に目覚めていた。
「リゼか」
「正解。でも、相手をするのは今日までだ。分かっているよな?」
「心配するな。クエストに影響があるようなことはしない」
明日よりコウガも含めたクエストが始まる。
コウガ不在の際は、今日帰ってくる白狼のリーダー”ナナオ”がリーダー代理を務める。
リゼの相手が出来るのも今日までということだ。
「それで、どうするんだ?」
「どうするって?」
「リゼの要求に応えるのか?」
「どうだろうな……まぁ、今日のリゼ次第だな」
コウガは何度も向かって来る久しい挑戦者との戦いが、今日で終わることを少し残念がる。
最後くらいは全力で戦いたいという気持ちもあった。
稽古場には、昨日以上にボロボロになったリゼが立っていた。
最初に言葉を発したのは、コウガだった。
「俺たちは明日よりクエストで町を立つ。お前のお遊びに付き合うのも今日までだ。つまり、どういうことか分かるな?」
リゼからの回答は無かった。
「それより……お前、ポーション飲んでいないだろう」
「コウガさんも、飲んでいませんよね。あくまで同等の立場で戦いたいと思っています」
「それは、お前の勝手な考えだろう。クウガやクランの名誉よりも、自分の考えのほうが優先てことか?」
リゼはコウガの言葉で、自分の愚かさに気付く。
最優先すべきことは、クウガと銀翼を侮辱した言葉を撤回してもらうだ。
それさえも忘れていた。
「そうですね。少し、お時間を頂きます」
リゼはアイテムバッグからポーションを取り出して、一気に飲み干す。
「有難う御座いました」
「別に構わん。それよりも全力で来い。いいか、全力だぞ」
「はい」
全力で戦う。
その言葉が頭の中で響く。
合図も無い状態だったが、リゼとコウガの視線がぶつかった瞬間、リゼが走り出す。
ポーションの効果か、動きが昨日とは格段に違う。
「拘束せよ”シャドウバインド”!」
リゼは隠していた魔法を使った。
意図的に魔法を使わずにいたが、全力の戦いを望むコウガに隠す必要が無かった。
影から具現化された棘に拘束されたコウガは驚く。
「おいおい、魔法まで使えるのかよ」
予想外の攻撃だったが、コウガの表情は嬉しそうだった。
「姿を現せ”ドッペルゲンガー”」
自身の影から分身を作り出す。
「ほぉ、面白い魔法だな。これは、ちょっとマズいな」
二人からの攻撃に少しだけ焦るコウガ。
(動くのは手首から先だけか……まぁ、十分だな)
コウガが口角を上げると、リゼの左肩に激痛が走る。
何が起こったのか分からないリゼだったが、その場でうずくまる。
コウガへの攻撃は影のリゼだけだったが、コウガは身体を少しだけ動かしてダメージを最小限にする。
(人間相手に、まともに攻撃をくらったのは、いつ以来だ?)
久しぶりに感じた痛みに嬉しさを感じる。
リゼが立ち上がると”シャドウバインド”の効果が切れる。
体が自由になったコウガに、リゼと分身の二人攻撃がコウガに通じることはなかった。
そして”ドッペルゲンガー”の効果も消える。
二人から一人になった瞬間、リゼは”ディサピア”を発動させて、自分の存在を一瞬だけ消す。
目の前からリゼが消えたことで、周囲を見渡すコウガ。
顔に痛みを感じた。
リゼの攻撃が当たったのだと感じたが、すぐに反撃をする。
「おい、今の攻撃って、まともに入ったよな」
「あぁ、その前に消えなかったか?」
「それより、なんだよ! あの魔法は!」
周囲の冒険者たちは、目の前の戦いに興奮していた。
そして、この場にいる誰よりもコウガが一番興奮していた。
「いいねぇ。ほら、もっと来いよ」
リゼを煽る。
だが、リゼは全力で戦っていた。
戦いの引き出しは残っていない。
リキャストタイム後も、魔法がコウガに通じるかは疑問だが……。
しかし、その後の戦いは一変する。
コウガの攻撃をリゼは見破ることが出来ずに近付くことが出来なかった。
見えない攻撃に戸惑うリゼ。
その正体はコウガのスキル【指弾】だった。
指先から弾いた物を的に当てることの出来るスキル。
手首に巻いている道具は一定の動作をすると、手の平に小さな玉を出せた。
コウガは、その玉をリゼに向かって放っていたのだ。
徐々にだが、コウガの攻撃に反応するリゼ。
俊敏さを生かしてコウガの攻撃をかわして、距離を詰める。
そして、リキャストタイムを終えた”シャドウバインド”で再度、コウガを拘束する。
コウガも読んでいたのか、手の中には何個も玉を忍ばせていた。
両手で【指弾】を出すことで、先程以上の玉がリゼに襲い掛かる。
先程同様に”ドッペルゲンガー”で追撃する。
コウガの狙いは【指弾】でリゼを近付けないことと、魔法の発動時間を終えるまで耐えることだった。
「コウガさんでも、あんな顔するんですね」
観戦していたアンバーが、隣のマリックに質問をする。
「楽しいんだろう?」
「楽しい……ですか」
「昔はコウガに戦いを挑む奴が多くいたが、今では皆無だろう」
「それはリーダーに挑むなんて……」
「それがコウガを退屈にさせている理由だよ。金狼……いいや、銀狼は戦ってなんぼのクランだろう。それが仲間内、クランのリーダーであるコウガも同じだ。コウガから戦いの誘いを受けても、お前はともかく、他の奴らは断るだろう」
「そりゃ、そうでしょう……でも、マリックさんの言おうとすることも、良く分かります」
アンバーは嬉しそうに戦うコウガを見ながら、マリックの言葉の意味を噛み締めていた。
自分が戦って、コウガからあの笑顔を引き出せるのだろうか。
槍を握っていた手を強く握った。
「コウガ。時間だ」
マリックが時間切れを告げる。
「そうか、残念だが仕方ないな。リゼ、楽しかったぞ」
「まだ、終わっていません」
諦めないリゼは最後の攻撃に出る。
本当であれば”ドレイン”を使うはずだったが、攻撃が当たらなければ意味が無いため、使うのを後回しにしていた。
そして、陽が上った今の時間でも、自分たちの影しかないこの場所で”シャドウステップ”は使えない。
全力を出し切るしかない。
魔力も残り少ない……最後の攻撃というのは、時間に関係なかった。
リゼは”シャドウバインド”と”ドッペルゲンガー”を同時に発動をする。
「くっ!」
魔力が減ったことで頭に痛みがある。
だが今は些細なことだ。
リゼは自分の目の前に分身を置いて、姿を隠すように後ろを走る。
コウガも【指弾】で応戦する。
分身がジャンプすると、後ろにいたリゼの姿は無かった。
着地と同時に自分に向かって来る分身を無視して、左右に視線を送る。
拘束された状態で、分身の攻撃を受ける。
かわしたはずの頭に激痛が走ると、視界にリゼの姿があった。
(なにが起きた)
状況がのみ込めないコウガに”シャドウバインド”の効果が切れる。
目の前には魔力枯渇したのか、リゼが倒れている。
額を触った手に血が付いていた。
「コウガさん‼」
頭を割られたと思ったアンバーたちがコウガの所に集まって来た。
「騒ぐな。たいした怪我じゃない。それより、最後に何が起きた?」
コウガは戦闘を観戦していた冒険者たちに尋ねる。
だが、誰もが影の分身がジャンプした瞬間に、リゼの姿が消えていた。
次の瞬間には、かなり上で小太刀を打ち下ろす体勢のリゼがいたとのことだった。
この時、リゼは影で出来た分身であれば”シャドウステップ”が有効だと思い、最後の賭けにでた。
分身がジャンプしたと同時に、自分もジャンプして”ディサピア”と”シャドウステップ”を発動させて、分身を踏み台にして上空から打ち下ろした攻撃をした。
だが、攻撃が当たる寸前でリゼは魔力枯渇のため、意識を半分失っていた。
コウガにリゼの攻撃が当たったのは、リゼの執念だった。
「そうか……」
話を聞き終えたコウガは納得したのか、すっきりとした表情だった。
「リゼを客間に運んでくれ。そうだな……」
「俺が目覚めるまで付き合うから、安心しろ」
周囲を見渡そうとすると、マリックがリゼの付き添いを名乗り出た。
「俺が運びますよ。リゼを運ぶのは俺の役目ですからね」
「そうだな」
二日続けてリゼを宿まで背負ったアンバーが、今日もリゼを背負い客間へと運んだ。
「明日からのクエストに参加する奴に言っておく。会議は予定通り行うから、遅れるなよ」
コウガは言い終わると、稽古場から去って行った。
残された冒険者たちは、リゼとコウガの戦いに触発されたのか、稽古場に残っていた。
――――――――――――――――――――
■リゼの能力値
『体力:三十六』
『魔力:三十』
『力:二十二』
『防御:二十』
『魔法力:二十一』
『魔力耐性:十六』
『敏捷:八十四』
『回避:四十三』
『魅力:二十一』
『運:四十八』
『万能能力値:零』
■メインクエスト
・敬える冒険者への弟子入り。期限:十四日
・報酬:戦術技術の向上、理解力の向上
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