第185話

 コウガたちは根城としている建物へと帰って来た。

 その建物は”金狼郭”と呼ばれている。

 大きな敷地に小さいが戦うことが出来る稽古場も常設している。

 警護のクエストが多い白狼や、大人数で討伐クエストで出かけることが多いため、金狼亭で寝泊まりする冒険者は少ない。

 もちろん、コウガや幹部であるマリックなど数人は、金狼郭で寝食を共にしている。

 大広間で過ごすことの方が多いので、会議する場所や、稽古が出来る場所を多く確保していた。


「おいおい……」

「これは驚いた」


 金狼亭の前で冒険者二人が言い争っている。

 一人は金狼の冒険者。もう一人は銀髪の少女だった。

 コウガとマリックは驚きを通り過ぎて呆れていた。


「どうしたんだ?」


 コウガがリゼと言い争う冒険者に声を掛ける。


「あっ、コウガさん。この冒険者がコウガさんに合わせろって! いないって言ったら帰ってくるまで、ずっと此処にいるのって言うので追い払っていたところです」


 コウガが戻って来たことを知ると、言い争っていた金狼の冒険者を無視するかのようにコウガに詰め寄る。


「こんな所まで、俺を追いかけてきてなんのようだ?」

「取り消してください」

「取り消す?」

「はい。クウガさんを弱いといったこと。銀翼を侮辱したことです」

「そんなことのために、一人で来たのか?」

「コウガさんにとっては些細なことかも知れませんが、私にとっては重要な……譲ることが出来ないことです」


 視線を外さずに見上げるリゼに、コウガも真剣な表情で応えた。


「他の二人は、どうした?」

「アンジュとジェイドはいません。私の独断……気持ちの問題ですから、二人は関係ありません」

「俺は事実を言っただけだ。吐いた言葉を覆すつもりはない」


 コウガはリゼを押しのけて横を通り過ぎる。


「取り消してくれるまで、私は動きません」

「勝手にしろ」


 鼻で笑うコウガは、そのまま金狼郭に入って行った。



 ――数時間後


「コウガさん。まだ、いますよ?」

「放っておけ。眠くなれば帰るだろうよ」

「そ、そうですよね」


 コウガは気にすることなく、クランの冒険者たちと酒と食事を楽しんでいた。

 すぐに諦めて帰るだろうと、軽く考えていた。

 コウガたちが食事している間も、金狼の冒険者が交代で侵入者を警戒して門の所で見張りをしていた。

 交代の際に伝達されることが、いつもと違っていた。

 そう、門の前で立っているリゼのことだ。

 声を掛けても返事は無く。

 動かずに門の奥を、ただ一点を見つめていた。

 陽が沈み、気温も下がっていたところに雨も降り始める。

 最後の見張りが扉を閉めるが、リゼは雨に打たれたまま立ち続けていた。


 最後の見張りをしていた冒険者が仕事を終えて、マリックに報告をする。


「思っていた以上に頑固者だな」

「さすがに、もう帰りますよね?」

「そうだと、いいんだが……」


 マリックは空を見上げる。


「しかし、あの銀翼の冒険者は一体なんなんですか?」

「そうか、知らないのか。彼女は、コウガに喧嘩を売りに来たんだよ」

「コウガさんにですか!」

「まぁ、最初に挑発をしたのはコウガなんだけどな」


 しかし、マリックの言葉は見張りをしていた冒険者の耳に入っていなかった。

 その前の「コウガに喧嘩を売りに来た」という冗談を真に受ける。

 銀翼の冒険者が、金狼のリーダーに喧嘩を売ったという事実。

 金狼の冒険者としては到底許せる問題では無かった。

 このことは金狼郭にいる金狼の冒険者たちに伝わり、リゼに対して悪い印象を植え付けた。


「銀翼め‼」


 話を聞いた冒険者の一人テルテードは、酔っ払っているのか怒りを露わにしていた。


「テルテード。お前、朝一の門当番だろう?」

「分かっているって! 明日に備えて、もう寝ろってことだろう」


 他の冒険者に促されるように、テルテードは文句を言いながらも与えられた寝床へと歩いていった。


 翌朝、昨夜の雨は止み、辺り一面は朝霧で視野が悪くなっていた。

 寝ぼけ眼で欠伸をしながら、門を開くテルテ—ド。


「うわぁ!」


 思わず叫んでしまったテルテ—ド。

 門を開けて目に飛び込んできたのは、雨に濡れて立ち尽くすリゼだった。

 テルテ—ドの声に反応した金狼の冒険者たちが門に集まって来た。

 朝早いため、集まってきた冒険者は多くないが、朝から鍛錬を積むために早起きしている冒険者は少数だがいる。

 リゼの姿を確認した冒険者の一人が門とは反対側に走って行く。

 その冒険者は前日に門で見張りをしていたので、リゼのことを知っていた。

 前任者から交代して、さらに後任者へ引き継ぐまで、目の前で立っていた姿を知っているからこそ、この状況を伝えなければという思いがあった。


 建物内に入ろうとすると、サブリーダーのマリックと、リゼと戦ったことのあるアンバーの二人を発見する。

 慌てて走っていた冒険者にマリックとアンバーも顔を向ける。


「マ、マリックさん!」

「なにがあったんだ?」


 普通でない行動に不穏な空気を感じ取ったマリックが、冒険者に鋭い眼光を向ける。


「銀翼の冒険者が!」

「……リゼか?」

「はい、テルテードが門を開けたら立っていたようです」

「立っていた?」

「多分、夜通し立っていたようです」

「夜通しって、昨夜は雨降っていただろう!」


 マリックと冒険者との会話にアンバーが加わる。


「アンバー。朝稽古は後回しだ」

「別に構いませんよ」


 マリックとアンバーは駆け足で門へと向かう。

 日課である朝の鍛錬を欠かさないアンバーは毎日、相手を変えていた。

 この日は、たまたまマリックが相手を務めてくれていただけの偶然だった。


「金狼を舐めるな!」


 門に駆け付けたマリックとアンバーは、一方的に殴り続けるテルテードの姿があった。

 倒れても立ち上がるリゼだったが、決して攻撃をしようとはしなかった。

 リゼを殴り続けるテルテードに無言で近寄ると、足音でマリックの存在に気付く。


「マリックさん。俺がこの不届き者に制裁を――」


 テルテードが言い終わる前に、マリックの鉄拳でテルテードが吹っ飛んだ。


「馬鹿が‼」


 マリックの気迫に誰も近寄ることが出来なかった。

 これほどまでに怒っているマリックを見たことが無かったからだ。


「コウガさんに……コウガさんに会わせて下さい」


 リゼは小さな声だったが、意思の強さが伝わる言葉をマリックにぶつけた。


「……入れ」


 マリックがリゼに応じる。

 見ていた誰もが文句や意見を言える状況では無かった。


「肩貸そうか?」

「いいえ、大丈夫です。一人で歩けます」


 リゼはアンバーの申し出を断り、一人で歩き始めた。

 途中でマリックからアンバーに、リゼの案内が引き継がれた。



「コウガ、入るぞ」


 マリックがコウガの部屋に一声かけてから入る。

 部屋の中では大きなイビキをかきながら寝ていた。

 マリックはコウガに蹴りを入れて起こした。

 睡眠を邪魔されたコウガは不機嫌に目を覚ます。


「問題が起きた」


 頭を掻きながら、コウガ以上に不機嫌な表情をマリックは浮かべていた。


「なにがあった」


 マリックの表情が普通でないと悟ったコウガは真剣な表情になる。


「テルテードの馬鹿が、門の前でリゼを一方的に殴り倒した」


 コウガが鋭い眼光でマリックを睨む。


「朝早いとはいえ、目撃者は何人もいただろう。このことが町中に伝わるのも時間の問題だ」


 門の前で一方的に殴る光景は通行人たちにとって、異様な光景だったに違いない。

 この類の話は人の耳に入るのは早い。

 テルテードが独断で起こした行動でも、通行人や聞いた人々は金狼の判断だと思っているに違いない。


「それでテルテードの馬鹿は、どうした?」

「知らん。俺が殴ったまま放置してきたから、門の辺りにいるだろう」

「そうか……それで、リゼは?」

「アンバーに稽古場へ案内させた」

「稽古場?」

「あぁ。お前が蒔いた種だ。きちんと対応しろよ」


 戦うことになると判断したマリックが、アンバーにリゼを稽古場へと案内させていた。

 それと、原因を作ったコウガに自らの手で解決しろというマリックの判断だった。


「あぁ、分かっている」


 コウガは真剣な表情で立ち上がる。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十六』

 『魔力:三十』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:二十一』

 『運:四十八』

 『万能能力値:零』


■メインクエスト

 ・敬える冒険者への弟子入り。期限:十四日

 ・報酬:戦術技術の向上、理解力の向上

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