第183話

 ギルマスと受付嬢がいなくなると、リゼも二人にかける言葉が見つからずにいたため、静寂な時間を過ごす。


「大丈夫っス!」


 ジェイドが叫びながら立ち上がった。


「兄貴たちは生きているっスよ。自分たちは誰よりも銀翼の強さを知っているじゃないっスか。自分たちが信じなくて……信じなくてどうするっスか!」


 自らを鼓舞するようにジェイドは言葉を繋いだ。


「そうよね。アリスお姉様は無敵ですもの!」


 アンジュもジェイドに感化されるように叫び、立ち上がった。

 リゼに心配を掛けないようにと、元気なことを装う。


「リゼ。本当にありがとう」


 改めてアンジュが頭を下げると、ジェイドも同じように頭を下げた。


「帰る場所がないと、アリスさんたちも困りますからね」


 リゼの言葉にアンジュが目から涙が零れ落ちた。

 だが、表情は笑顔のままだった。


「これから、どうするっスか?」


 真剣な表情でジェイドがアンジュとリゼに語り掛けた。


「そうね……違約金を払って、残金で銀翼館の家賃まで払えるか……よね」

「そうっスね」


 アンジュは銀翼の金庫番として、ある程度の収支を把握していた。

 先程、ギルマスが話した違約金と銀翼館の家賃を計算する。


「だいたい二年半から三年で銀翼館を手放すことになるわ」

「思ったよりも時間があるっスね」


 楽観主義というか、前向き思考というべきかジェイドの発言に、アンジュとリゼは救われる。


「でも、このままじゃ……」


 アンジュの言葉の意味を理解できないリゼだったが、アンジュの表情から何か考えているのだと感じた。

 考えるのを止めたアンジュは思い出したかのように、リゼと目を合わせる。


「とりあえず、これから宜しくね」


 アンジュがリゼに手を出したので、リゼが手を出す前にジェイドがアンジュの手を握る。

 驚くアンジュだったが、ジェイドの気持ちが分かったのか、何も言わずにリゼに視線を戻す。


「こちらこそ、宜しく御願いします」


 アンジュとジェイドの手に自分の手を重ねた。

 『シークレットクエスト達成』が目の前に表示された。

 その下に『達成条件:クランの加入』『報酬:シークレットクエストのクエスト条件表示』と表示された。

 リゼにとって、シークレットクエスト達成できたことよりも、アンジュとジェイドと本当の仲間になれたことの方が嬉しかった。


「一応、冒険者ギルド会館に出向いて、残金確認をした方がいいわね」

「そうっスね。それに担当の受付さんにもクエスト失敗の件は謝らないといけないっスね」

「そうね。依頼者への謝罪は冒険者ギルドからだから……それが私たちの役目ね」


 先程はギルマスたちの唐突な発言に、クエスト失敗の謝罪まで頭が回らなかった。

 少しだけ冷静になった今であれば、自分たちがすべきことを考えることが出来た。



 ギルド会館へと向かおうとする道中、街の人たちの視線を感じる。

 今までは有名クランだったため尊厳の眼差しだったかも知れないが、今日の視線はアンジュやジェイドたちを哀れむような視線だった。

 当の本人たちが一番感じていたが、二人とも堂々と街を歩き続ける。

 その様子を見ていたリゼは覚悟の違いを見せつけられた気がした。


 冒険者ギルド会館に到着すると、誰もがアンジュとジェイドに視線を向ける。

 そして、リゼたちに聞こえないように小声で話をしていた。

 アンジュとジェイドは、担当受付嬢に謝罪をすると同時に、戻って来て間もないギルマスにも、先程の非礼とクランとして、クエスト失敗した謝罪をする。

 リゼは隣にいて、アンジュに従うように頭を下げるだけだった。

 違約金の支払いと残金の確認。

 その作業中も、周囲からの哀れみの視線に陰口……有名クランだったため、嫉妬などもあったのかもしれない。

 普通であれば一度のクエスト失敗くらいでは、どうこう言われることは無い。

 だが、少数精鋭で主力冒険者たちの死亡……残っているのは見習いの冒険者だけ。

 名を上げようとするクランや冒険者たちにすれば、格好の的だった。


「おいおい、こんなところで何をしているんだ? ……って、クエスト失敗の謝罪か?」


 金狼のコウガが数人の仲間を連れて大声をあげながら、リゼたちに近付いてきた。

 馬鹿にしていることが分かっていたが、アンジュとジェイドは耐えていた。


「アルベルトたちが死んじまったんじゃ、銀翼もお終いだな。所詮、そこまでのクランだったんだろうな」


 コウガの言葉に、金狼の冒険者たちも笑っていた。


「そんなことありません!」


 リゼは自分でも驚くくらいの大きな声で反論して、睨みつけるようにコウガに視線をぶつける。

 その瞬間、コウガが笑った。

 馬鹿にしたような笑いでなく、優しい笑みを浮かべたのだ。

 リゼはコウガがわざと煽るようなことを言って、自分たちの意思を言葉にさせたのだと知る。

 だが、周りの冒険者たちはコウガの言葉をそのまま受け取っている。

 コウガはしゃがんで、リゼと目線を合わせる。


「クウガの奴も、焼きが回ったんじゃないか? だから簡単に死ぬんだよ」

「クウガさんは、すごい人です‼」


 陰口を叩いていた冒険者たちは、面と向かってコウガに啖呵を切るリゼに驚いていた。

 金狼のリーダーである自分に怯まずに意見をぶつける冒険者は、この王都でも多くはいない。


「まぁ、弱いから死ぬ。それだけのことだ。クウガが死んだという事実は、クウガが弱かったということだろう」

「そんなことありません」

「それよりも……リゼ、お前は銀翼に所属していないだろう。なにをそんなにムキになっているんだ?」

「私は銀翼のメンバーです」


 大きく名乗りをあげたリゼにコウガをはじめ、その場にいた冒険者たちが驚く。


「なるほどね。銀翼も半人前を入れるまで落ちぶれたってことか」


 反論しようとしたリゼだったが、自分が半人前と自覚していたので、コウガに対して何も言えなかった。


「俺たちも忙しいから。じゃぁな、弱小クランの銀翼さんよ」


 捨て台詞を吐いて、金狼たちが受付へと歩いて行った。


「リゼ。行こう」


 元気のないアンジュが俯きながらリゼに声をかけて、ジェイドと三人で冒険者ギルド会館から出る。

 いつものアンジュなら、銀翼の悪口を言われたら言い返すだろう。

 だが、相手が金狼のリーダーであるコウガということや、仲間が死んだという事実で、言い返すことが出来なかった。


「二人とも今日は、ゆっくり休んだ方がいいよ。気持ちが落ち着いたら、ギルドか宿屋に伝言を残して」

「うん、分かった」


 アンジュから覇気のない返事。ジェイドは黙ったままだった。


「じゃあね」


 リゼはアンジュとジェイドを銀翼館まで送ると、暫く銀翼館を見続けていた。

 気持ちの整理がついたリゼは、その足で別の場所へと向かった。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十六』

 『魔力:三十』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:二十一』

 『運:四十八』

 『万能能力値:零』


■メインクエスト

 ・敬える冒険者への弟子入り。期限:十四日

 ・報酬:戦術技術の向上、理解力の向上

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る