第174話

 冒険者ギルドまで行くと、既にジェイドがクエストを受注していた。

 勝手な行動に後から来たアンジュから怒られていた。


「そんなに怒らなくても……難しくないクエストっスよ」


 ジェイドはクエストの受注用紙を見せる。


「ふ~ん、たしかに悪くないクエストね」

「そうっスよ」


 ジェイドが受注したクエストは『キラーエイプ討伐(十匹以上)』だった。


(キラーエイプ!)


 リゼが唯一討伐したことのある魔物だ。

 あの時は無我夢中で倒したが、偶然が重なっただけで明らかに実力不足だった。

 キラーエイプは人型とはいえ、猿に近いこともあり倒すことが出来た。

 実力は確実に上がっているが、人を殺した今での状態では……。


「場所も遠くないので早ければ、今夜遅くには戻って来られるっスよ」

「……よく三人で受注出来たわね」

「自分とアンジュの名前出したら、受注出来たっスよ」

「はぁ……まぁ、いいわ。早く出立しましょう」


 冒険者ギルドはクエストに人数制限をしていない。

 しかし、クエストを発注する時には、討伐人数などを聞かれることもある。

 実力が伴わなければ、発注しないからだ。

 銀翼のメンバーがアンジュとジェイド以外はいないと知ったうえで、受付嬢が発注したということは、二人とも実力がある冒険者だと冒険者ギルドが把握していることになる。

 リゼは今回のことでも、二人との実力差を痛感していた。


 歩きながらアンジュとジェイドは、お互いに相手よりも多く討伐出来るかを議論していた。

 二人とも負ける気が無いので、徐々に強い口調に変わっていく。

 

「そこまで言うなら、勝負っス!」

「望むところよ!」


 売り言葉に買い言葉だが、二人は嬉しそうに勝負を待ち望んでいるようだった。


「そうそう、リゼに忠告しておかないとね」


 アンジュが気になることを言い始めたので、リゼは真剣に耳を傾ける。


「魔法師以外の職業が魔法を使うことを、良しと思っていない冒険者が多くいるわ」


 職業によって、”職業スキル”というスキルが存在する。

 職業スキルと、自分のスキルのみで強さを追求する冒険者からすれば、魔法を習得するのは邪道だと思っている。

 強くなるためであれば、なんでもして良いという思考だと思われているのだろうと、アンジュは私見を述べた。

 ジェイドも、その考えには一定の理解を示しながらも、強さに正道も邪道もないと話す。

 魔法書を購入出来るということは、それなりに裕福だと思っている妬みも入っているのだろうと、笑いながら補足していた。

 魔法を習得したからと言って、強くなれるとは限らない。

 確実な武器や防具を購入した方が良いと、考えるのが一般的だった。


「魔法を使えることが知られると、変な輩に絡まれることは覚悟しておいた方がいいわよ」

「うん、分かった。ありがとう」


 自分で……いや、スキルに従い魔法を習得したとはいえ、自分の意志で習得したことには変わらない。

 リゼは、言い訳するつもりはなかった。


「それで、習得した魔法は使えそうなの?」


 アンジュの質問に、リゼは首を傾げていた。

 魔法師として、アンジュはリゼに魔法を使用するうえでの注意事項などを教示していた。

 先程、リゼが質問をした魔力枯渇は命に関わるため、魔力量は常に把握しておく必要がある。

 それと、もうひとつリキャストタイムだ。

 魔法は連続で使用することは出来ない。

 短ければ数秒だが、長ければ数時間は同じ魔法を使えない。

 昨夜、ステータスを開いた時、魔法の横に書いてあった数字がリキャストタイムだったことを知る。


「詠唱を唱えている時間も頭に入れておくと、最短で魔法を使うことが出来るわよ」


 魔法名を言い終わった瞬間が、魔法発動時間になるということらしい。

 名前が通っているような魔法師は、リキャストタイムを計算して戦闘をしている。

 アンジュも実行をしているが、まだ完璧に使いこなせていない。

 戦闘をしながら、ステータスでリキャストタイムと魔力量を確認する。

 知っていても、誰でも簡単に出来る芸当ではない。


「ちなみに、スキルにもリキャストタイムがあるっスよ」


 話を聞いていたジェイドが、仲間に入れる話題に変わったのか楽しそうに話す。


「それよりも、キラーエイプは繁殖期なんで、生殖活動が活発になるので、二人とも気を付けた方がいいっスよ」

「それは、あんたも同じでしょう」


 繁殖期のキラーエイプは体毛に薄っすら桃色に変わる。

 色が濃ければ濃いほど、凶暴になっている。

 通常時よりも二割から五割ほど凶暴になり、異性の人間を襲う習性がある。

 襲われた冒険者は激しいトラウマを植え付けられて、冒険者を引退した者もいた。

 この時期になると付近の村や、通行する人々への被害も増える。

 冒険者ギルドは間引きも含めて年に二回、繁殖期に合わせてクエストを発注していた。


 以前討伐したキラーエイプよりも、今回の討伐相手は強い。

 魔物に繁殖期があることは知っていた……が、本では知り得られなかった情報。

 魔物により特徴が違っていることや、繁殖の時期などは実際に経験してみないと分からない。

 いろいろな不安要素が重なり、リゼはアンジュとジェイドの足手まといにならないか? と考えていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 思っていた場所よりも遠い場所でキラーエイプを発見する。

 リゼは知っているキラーエイプとは毛の色が違うことを、改めて認識する。


「どうやら、この向こうにある村に移動しているようね」

「……あれ、メスの集団じゃないっスか?」

「そうよ。黙っていても寄ってくるから良かったわね」


 目視で四匹のキラーエイプは全てメスのようだった。

 本来はつがいで行動するキラーエイプだが、番の相手を見つけるまでは同性同士で合流して行動をする。

 運良く異性のキラーエイプを見つければ問題無いが、見つけられないと人里を襲ったりする。

 異性同士でも数が異なると、キラーエイプ同士で争いが起きることもある。


「じゃあ、ジェイド。よろしくね」


 アンジュが大きな音を出すと、キラーエイプたちが一斉に振り返る。

 ジェイドを見つけたキラーエイプは我先にと、ジェイドに向かって走り出した。

 貞操の危機を感じたのか、ジェイドは身震いをしながら戦闘態勢をとる。


「お先に」


 迎え討とうとするジェイドに声を掛けて、アンジュは脇へと移動する。

 リゼは後れをとったと思いながら、アンジュとは反対方向に移動して、突進してくるキラーエイプに向かって攻撃を仕掛ける。


「拘束せよ”シャドウバインド”!」


 試していない魔法を最初に発動させた。

 突進してくるキラーエイプの影から棘が出てキラーエイプの体に絡みついた。

 リゼは小太刀を抜き、標的にしたキラーエイプに攻撃をする。

 頭に殺した時の情景が浮かぶ。

 しかし、リゼは振り払うつもりで、小太刀でキラーエイプを斬り付けた。

 同時に、”シャドウバインド”の効果が切れる。

 欲望よりも怒りが勝ったキラーエイプは、ジェイドの方に行くことなく、リゼと対峙する。

 魔法も試したいが、基本的に身体能力で魔物を倒したいと思っているリゼは、地面を蹴り、キラーエイプに向かって行く。

 以前に戦った時と同様に、リゼの早さに追いつけず、必死でリゼを捕まえようとしていた。

 急所でもある首元に小太刀を深く差すと、噴水のように血が飛び出す。

 手で血を抑えるキラーエイプを更に斬り付けると、膝から崩れ落ちて前のめりで倒れた。


(なんとか……倒せた)


 視線をアンジュとジェイドの方に向けると、アンジュの前に黒焦げになったキラーエイプが二匹倒れて、ジェイドは拳でキラーエイプを貫いていた。


「私が一匹リードね」

「まだ、これからっス」


 勝負をしているジェイドは、アンジュにリードされて悔しそうな表情をしながら、言葉を返していた。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十五』

 『魔力:二十八』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:十九』

 『運:四十五』

 『万能能力値:零』


■メインクエスト

 ・魔力の枯渇(三回)期限:十日

 ・報酬:体力(一増加)、魔力(二増加)

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