第145話

 兎の宿の前で、多くの男性がうずくまっていた。

 道端で寝ている人もいる。


(……なにが起きたの?)


 建物の中から聞こえる大きな声。

 リゼは恐怖心を抱きながらも、兎の宿の扉を開ける。

 リゼの目に飛び込んできたのは、いつもの知っている兎の宿とは違う光景だった。


「勝者、カリス!」


 ヴェロニカが大きな声で叫んでいた。

 その横には酒を飲み、上機嫌のカリスとナングウ。

 足元……いや、床には建物の外以上に多くの男性が転がっていた。


「おいおい、凄ぇな」

「次、お前行けよ」

「いや、お前こそ行けよ」


 笑いながら話す男性たちの脇を通り抜けて、カリスの所に辿り着く。


「何が起きているんですか?」

「おっ、リゼ。遅かったね」


 笑うカリスと、美味しそうに酒を飲むナングウ。


「リゼ。凄い奴と知り合いだな」


 ヴェロニカは店の売り上げが良いのか、カリスたち同様に上機嫌だった。


「それで何が起きているんですか?」

「それは、俺が説明する」


 ナングウに隠れていて気付かなかったのか、真っ青な顔のシトルがいた。

 下心満載のシトルは、カリスとナングウを連れて兎の宿を訪れる。

 女性と老人の二人だったからか、シトルは「好きなだけ飲み食いしな」と太っ腹な発言をする。

 しかし、食事は人並なのに、酒は浴びるように飲む。

 さすがのシトルも「もう勘弁してくれ」と、恥を承知で泣きそうな顔をしてカリスとナングウに頼み込んだ。

 カリスとナングウもシトルに対して、さすがに悪いと思ったのか、少しだけ支払うことにしたそうだ。

 しかし、カリスとナングウは飲み足りないのか、周囲にいた客に対して呼び掛けた。


「私と飲み比べの勝負に勝ったら、胸を直に触らしてあげる。その後は……ねっ!」


 妖艶な振る舞いで、周囲の客を惑わす。

 すぐにカリスに飲みの勝負を挑む男性が群がる。

 カリスの出した条件は、”先につぶれた方が負け”、”自分と同じだけの酒をナングウにも注文すること”、”負けた方が酒代を支払う”の三つだった。

 大酒呑みたちが、我先にとカリスに勝負を挑む。

 しかし、順番を決めても無意味だったことを、彼らは勝負に負けた後に知った。

 その様子を見ていたヴェロニカが、途中からだが審判をすることにした。

 誰もがカリスの勝負に釘付けで、他の注文が無かったからだ。


(……酒が足りるか?)


 普通の倍……いや、四倍以上の酒量にヴェロニカは別の意味で危機感を感じていた。

 旦那であるハンネルも状況は理解していたので、ヴェロニカと視線を合わせながら、会話の無い確認を何度も行っていた。

 結局、誰もカリスに勝利することが出来ずに、挑戦者待ちの状態になっていた。


「そう……ですか」


 シトルの説明に戸惑いながらも、酔った様子の無いカリスとナングウに驚いていた。


「さぁ、次の挑戦者はいないのかい?」


 ヴェロニカが男性たちを煽る。

 しかし、怖気づいた男性たちは、挑戦者として名乗り出すことはなかった。


「どうやら、ここまでみたいだな」

「ん~、残念‼」


 タダ酒を飲めなくなったカリスは肩を落とす。

 勝負が終わったことで、男性たちは散り散りに去って行く。


「まだ、お酒飲めるんですか?」

「うん、余裕よ」


 リゼの問いに笑顔で返すカリス。


「そうですか。では、お約束通りにリトルワームの魔石を売った通貨分を奢らさせていただきます」

「やった‼」


 大喜びするカリス。

 ナングウの目尻も下がっていた。

 リゼはヴェロニカに通貨を渡して、追加で酒の注文をする。


「つまみはどうする?」

「え……っと、カリスさん。どうしますか?」


 返事に困ったリゼはカリスに問い掛ける。


「適当に二品くらい頼もうかな。それ以外はリゼの食事だね」

「私は大丈夫です」

「遠慮しなくてもいいわよ。リゼのおかげで酒が飲めるんだからね」


 陽気なカリスに反論することもなく、リゼは食事を御馳走になることにした。


「それ以外は全部、酒でいいのかい?」

「もちろん‼」


 この会話を聞いていたシトルや男性たちは、自分たちが到底敵う相手では無かったことを痛感した。


 厨房に戻ったヴェロニカは早速、カリスの酒を用意する。

 酒樽には、ほとんど酒が残っておらず、底をつく寸前だった。

 まさか一週間分として仕入れた酒が、ほぼ一日で無くなるなど考えてもいなかった。


「俺は先に帰るわ」

「はい、お気を付けて」

「あぁ……」


 追加で注文した酒が来る前に、意気消沈のシトルは足取りが覚束ない様子で、先に帰って行った。

 シトルが帰ったことを皮切りに、他の男性客たちも帰っていく。

 床に転がって酔い潰れている仲間を背負って帰っていく姿は、本当に敗者のようだとリゼは黙って見ていた。


 注文した酒などが届くと、変わらぬ様子で飲み始めるカリスとナングウ。

 リゼは会話をしながら、食事をとっていた。

 

「ここでしたか!」


 タイダイが兎の宿に入って来た。


「本当に探しましたよ。まぁ、酒の飲める場所なのは間違いなかったですけど……」

「悪いね。これ飲んだら戻ろうと思ったんだけどね」

「別にいいですよ。……って、相変わらずのようですね」

「そう?」


 惚ける仕草をするカリス。

 タイダイの話だと、旅の道中でも同じように町で勝負をしてタダ酒を飲んでいたそうだ。

 負けた腹いせに暴力に出る者もいたそうだが、力でもカリスには勝てないので、散々な目に合った者もいたそうだ。


「そういえば、リゼは弟の店のお客だったようだね」

「えっ?」


 タイダイの言う弟の店が、リゼには分からずに首を傾げる。


「あぁ、俺はグッダイの兄なんだよ。グッダイ道具店は知っているだろう」

「はい」


 リゼはグッダイの名が出たことで、タイダイが誰かに似ていると思っていたのがグッダイだと分かり納得する。


「これからも、弟の店を贔屓にしてやってくれ」

「はい」


 リゼがタイダイに返事をすると、ナングウとカリスが立ち上がる。


「じゃぁ、帰ろうかの」

「そうね」


 カリスは背伸びをして、体をほぐしていた。


「又、どこかで会えたら声を掛けて頂戴ね」

「はい、分かりました」


 自称旅人のカリスとナングウと再会する確率が、どれだけなのかはリゼには分からないが、出来ればもう一度会いたいと思える二人なのは確かだった。

 店の外までカリスたちを見送る。

 カリスとナングウは、何度も振り返り手を振ってくれたので、リゼも手を振り返した。


 店内に戻ると、ヴェロニカが忙しそうに後片付けをしていた。

 何人かはまだ、床に寝たままのようだが、ヴェロニカは気にする様子も無かった。

 翌日、聞いた話だと最後まで床で寝ていたのは、兎の宿の宿泊客だったらしい。


「ヴェロニカさん」


 ヴェロニカの作業が一段落したと思ったリゼは、ヴェロニカに声を掛ける。


「ん、なんだいリゼ?」

「あの……これ」


 リゼはヴェロニカに立て替えてもらっていた武器や防具の借金分の通貨を渡す。


「……分かった。逆に気を使わせてしまったようだね」

「いいえ、そんなことありません。本当に助かりました。ありがとうございます」


 リゼはヴェロニカに頭を下げる。

 そんなリゼの頭をヴェロニカは笑顔で撫でていた。


「リゼ。冒険者として慣れてきたんだろうけど、その慣れが一番危険だということは肝に銘じておくんだよ」

「はい」


 元冒険者として、先輩冒険者としての忠告だった。



 翌日、兎の宿での出来事は町中の噂になっていた。

 その場に居合わせなかった人たちは、信じられない様子だった。

 そして、「俺なら!」とカリスに挑んで勝つ気になっている愚かな男性たちも多数いたのだった……。


――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十五』

 『魔力:十八』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:十一』

 『魔力耐性:十六』

 『素早さ:七十八』

 『回避:四十三』

 『魅力:十七』

 『運:四十三』

 『万能能力値:三』


■メインクエスト

 ・王都へ移動。期限:一年

 ・報酬:万能能力値(三増加)

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