第139話

再び地上へと戻ったリゼは来た道とは逆の方向へと足を進めた。

穴にいた白骨化した死体のグレックか、ザクレーロのどちらかが来たかも知れない方向だと思っていたからだ。

もちろん、その間もオーリスキノコの採取は忘れずに行う。

進むにつれて歩きやすいことに気付く。

道が舗装されているようだった。

つまり、人の往来があったので、自然と歩きやすくなっていたのだろう。

余計な体力を奪われずに済むが、先程のような落とし穴があるといけないので、リゼは慎重に歩き続けた。


しばらく歩くと岩を削って取り付けたような扉を目にする。

リゼは警戒しながら、発見した扉に向かう。

扉には窓があり、窓から中を見ようとしたが埃が酷く、中の様子を確認することは出来なかった。


「お邪魔します」


 誰も居ないことは分かっていたが、人様の家? に入るからか、

リゼは自然と言葉を口にしていた。

 家の中は、まるで宿屋の一室のようだった。

 机と寝床、そして本棚が幾つか並んでいる。部屋の四隅には透明な青い石が薄っすらと光っていた。

 本能的に触れてはいけないものだと感じ取ったリゼは、その石に触れないでいた。

 机の上には紙で何か書かれていた。

 どうやら業務日誌か、覚え書きの書類だった。

 他にも同じような書類が何枚もあった。

 リゼは一枚手に取って読んでみた。


 数日前に大きな揺れが発生して、この管理小屋への道が全て塞がれてしまった。

 この迷宮ダンジョン付近の地震なのかは、この管理小屋にいる私には分からない。

 揺れ以降は冒険者たちの姿も見かけずに声も聴かない。

 迷宮ダンジョンにいた冒険者たちは大丈夫なのだろうか?

 どちらにしろ冒険者ギルドから、このオリシスの迷宮ダンジョンの階層管理人を請け負ってから初めての出来事だ。

 あと一年でこの仕事も終わりだったというのに……。

 

 孤独な時間だけが過ぎていく。

 これを書いている今も小さな揺れと共に、外で大きな音がした。

 なにかが崩れたようだ。

 暫く待てば、私を救出するために冒険者ギルドが冒険者を派遣してくれるだろう。

 それまでの辛抱だ。

 幸いにもオーリスキノコが群生しているので、食料は確保できている。

 問題は飲み水だ。

 今ある飲み水では数日しか持たないだろう。

 外に出れば魔物が居る。

 この管理小屋は結界で守られているので、この階層の魔物では侵入はおろか、近寄ってもこないだろう。

 あと少しの辛抱だ……。


 リゼは手に取った紙の内容を読み終えると、次の紙へと手を伸ばす。

 読み終えると又、次の紙へ……リゼは机の上にあった全ての紙を読み終えた。


「……」


 リゼは読み終えた紙を見ながら感傷に浸る。

 昔、大きな地震が発生して、この付近全体が大災害になったことが知っていた。

 これを書いた人は、その当時の人で救助を待っていたのだろうと考えた。

 しかし、迷宮ダンジョンの外でも多くの死傷者が出ていたので、誰もこの人のことまで気がまわらなかった……いや、救助に来ようとしても来れない状況にあったのかも知れない。

 だが、この人は……その事実を知らない。

 この誰も居ない場所で、永遠と救助を待ち続けていたに違いない。

 リゼは違和感に気付く。

 この人の死体が無いのだ。

 大災害は何十年も前の話なので、白骨化した死体があってもおかしくはない。

 もしかしたら、助かったのかも知れないとリゼは思った時、足先になにか当たったことに気付く。

 しゃがむと、小さな骨が数個落ちていた。

 先程、骨を集めていた時に似た骨をみたので、間違いなく人骨だった。

 リゼは考えた末、一つの結論を出した。

 ここで文書を書いている人は無くなり数年後に偶然、この場所を発見した人が骨を回収して戻ろうとした時に、先程の穴に落ちて命を潰えたと――。

 これはあくまで、リゼの都合のいい解釈なので、穴で拾った冒険者プレートのグレックとザクレーロに当て嵌まるとは限らない。

 リゼは本棚にある本や書類を読むことにする。

 すると、この管理小屋にいた冒険者がザクレーロだということが判明した。


(ザクレーロさんの骨は……グレックさんのアイテムバッグの中?)


 リゼは考えられる可能性を導き出す。

 グレックの武器や防具を回収した際に、アイテムバッグもあったので同じように回収している。

 基本的には契約した所有者しか使用できない。

 だが特例として、所有者が死亡した場合のみ、所属していたギルドが契約解除を行うことが出来る。


(冒険者ギルドに戻れば、なにか分かるかな?)


 リゼは机の上に散らかっていた紙を整理して、情報を得るために本棚にある本を読む。

 すると、本の奥に隠されたかのように積まれた本を見つける。

 ……ブック魔法書だ‼

 しかも『闇の中級魔法』が二冊に、『雷の中級魔法』が五冊、『光の中級魔法』が一冊、そして『闇の上級魔法』が一冊だった。


(これって……)


 リゼはこの本を持って帰っていいのか悩む。

 他にブック魔法書は無いので、ザクレーロが個人的に収集したものだと推測は出来た。

 もしかしたら、他のブック魔法書は目に止まりやすい場所にあり、グレックがアイテムバッグに収納したかも知れない。

 リゼは悩みながらもブック魔法書九冊をアイテムバッグに収納する。

 ブック魔法書の所有者は発見者になるのだが、この場合はどうなるか分からない。

 もし、自分の物になれば……自分の魔法特性が『闇』や『雷』だったら……

 リゼの心の中の悪魔が囁いていた。

 リゼは頭を大きく横に振り、邪な考えを吹き飛ばす。


(これも持って帰った方がいいのかな?)


 リゼは整理した机の上の紙や、本棚にある本を見ながら考えて、全てを持ち帰る選択をする。

 資料として貴重な書類かも知れないと思ったからだ。

 持って帰ってから、どうするかは冒険者ギルドの判断に任せようと思っているからだ。

 なにより忘れられてしまっているザクレーロのことを思い出して欲しいと思っていたからだ。


 リゼはアイテムバッグに収納しがてら、簡単な掃除を始めた。

 ザクレーロの書類などから、この管理小屋に魔物が来ないことが分かったので、この管理小屋を拠点にしようと考えたのだ。

 これ以上進んでも岩で塞がれて行き止まりの可能性が高い。

 松明も残り少ないので、無駄に消費することが出来ない。

 これ以上の散策は控えるべきだと判断する。

 それに、ここで残り時間を消費して地上に戻ればクエスト達成となる。

 リゼは掃除をしながら、読み終えた本のみアイテムバッグに収納していった。


 管理小屋だけあって、このオリシスの迷宮ダンジョンについての情報が細かく書いてある。

 どうやら、昔はオリシスの迷宮ダンジョン迷宮ダンジョン入口と、上層から中層に入る時にも記載があったようだ。

 昔と今では上層と中層の区分けが異なっていたのか、この階層から先に進むためには、この管理小屋で名簿に名前を記載する必要があったそうだ。

 ここ何十年かで冒険者の実力が上がったことや、武器や防具の質が良くなったことで、中層が十一層からになったようだが、何年後かには中層が二十層とかからになっているかも知れない。

 リゼは興味深く日誌のような書類を読む。

 日誌とは別に、ザクレーロや管理小屋に出入りしていた冒険者たちの情報交換用紙もあるので目を通す。

 何度もオリシスの迷宮ダンジョンに入っている冒険者にしてみれば当たり前の情報かも知れないが、リゼにとっては新鮮で為になる情報だった。

 しかし、情報元が何十年も前なので今も同じかは定かではない。

 確認するには、リゼ自らが足を運ぶしかない。

 読み進めるリゼは、まるで冒険の物語でも読んでいるかのように楽しくなっていた。

 リゼは時間を忘れて読み続ける。

 そして、睡魔に襲われていることも気付かないまま、又も夢の中へといざわれてしまった……。



――――――――――――――――――――


リゼの能力値

『体力:三十五』

『魔力:十八』

『力:二十二』

『防御:二十』

『魔法力:十一』

『魔力耐性:十六』

『素早さ:七十六』

『回避:四十三』

『魅力:十七』

『運:四十三』

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