第135話

 学習院との交流戦が終わって数日経って、普段通りの日常が訪れる。

 正確には学習院との交流会二日目に行われた模擬戦で、リゼの能力を知った冒険者たちが自分のクランやパーティーの勧誘が多くなった。

 リゼは毎回、丁重に断っていた。

 多くの冒険者はリゼが単独ソロに拘っていることを知っていたので、あわよくばという感覚で勧誘をしていたので、それ以上の勧誘をしてくる者はいなかった。


 武器にも慣れたリゼは、周囲の冒険者から認められたことで自信を持っていた。

 機は熟したとも考えて、オーリスに唯一ある迷宮ダンジョンへの挑戦を考えていた。

 自分の能力値の平均が三十以上になったからだ。

 迷宮ダンジョンへのクエストは能力平均値が三十以上になってからでないと挑戦をしないと、自分に課していた。

 以前に受付嬢のアイリから、やんわりと迷宮ダンジョンへのクエストを断られていたが、理由は単独ソロだったからだ。

 問題は他にもある。

 そもそも迷宮ダンジョンのクエストは、定期的に発注されているが、競争率が高く人気のクエストだ。

 しかし、今日は違っていた。

 前日と前々日に大型のクエストが大量に発注された。

 大人数でのクエストとなるので、臨時のパーティーを組んでクエストへと出発していた。

 そのため、昼過ぎにクエストボードへ貼り出された新しいクエストを受注する冒険者が少ない。

 リスクを避ける冒険者が残ったこともあり、臨時のパーティーを組んでまで迷宮ダンジョンへのクエストを積極的に受注する冒険者はいなかったのだ。


 神からの御褒美なのかと思いながら、リゼはクエスト用紙を手に取る。

 クエスト内容は『オーリスキノコの採取(二十キロ)』だった。

 オーリスキノコは、オーリスの迷宮ダンジョンにしか自生しないキノコで美味なため、需要が高く他の地域でも食されるオーリス名産の高級食材だ。

 しかし、迷宮ダンジョンは危険が高く冒険者でしか採取が出来ない。

 階層が深くなる程、年代物のオーリスキノコが自生している。

 採取するオーリスキノコは数でなく重さが基準になるので、小さなオーリスキノコを二十キロ採取してもクエストは達成する。

 しかし、オーリスキノコ一つの重さにより、買取価格が大きく異なる。

 追加報酬を得られるので冒険者は、より大きくて重いオーリスキノコを求めて、出来る限り深い階層へと向かう。

 当然、階層が深くなれば魔物の強さも比例する。

 それだけ危険度が増すので、無理をすれば二度と地上に戻れないことある。

 迷宮ダンジョンで倒した魔物は冒険者ギルドで買い取ってもらえるので、階層に関係なく、魔物討伐で金貨を稼ぐ冒険者もいる。

 迷宮ダンジョンの魔物が何処から現れて、どのような生態なのかは未だに解明されていない。

 謎の多い場所、それが迷宮ダンジョンなのだ。


「リゼ。迷宮ダンジョンは初めてよね?」

「はい、そうです」

「……単独ソロよね」

「はい」


 クエスト用紙を受け取ったレベッカは悩んでいた。

 クエストには人数制限の記載はない。

 一般のクエスト以上に迷宮ダンジョンでのクエストには自己責任の意味合いが強いからだ。

 レベッカにはリゼのクエストを拒否するだけの理由が無い。

 条件は全て満たしているからだ。


「くれぐれも無理をしないでね」

「はい、分かっています」

「約束よ」


 レベッカはクエストの内容をリゼに説明をする。

 オーリスのダンジョンまでは、徒歩数時間で着く。

 迷宮ダンジョンが出来たことで大きくなったのが、このオーリスだからだ。

 迷宮ダンジョンに入る期間に指定は無い。

 深い階層まで潜れば、それだけ日数が必要になるからだ。

 迷宮ダンジョンクエストは他にも調査系のクエストや、深い階層にしか生息しない魔物討伐して、魔石や素材を収集したりするクエストもある。


「説明はここまでだけど、質問はある?」

「有難う御座います。特にはありません」

「本当に気を付けてね」

「はい、無理をするつもりはありません」


 レベッカの心配を他所に、リゼは即答する。


 ギルド会館を出たリゼは不足している物を調達する。

 食料の干し肉に、ポーション等を自分の考えている以上に購入をする。

 冒険者になって初めて、オーリスを長期間離れるので、宿泊している”兎の宿”にも数日間は戻らないことを伝えて、部屋を確保して貰う。

 今回の迷宮ダンジョンクエストでの出費はかなり大きい。

 その分だけの収入が無ければ、迷宮ダンジョンクエストを受注した意味が無い。

 初めてだからという言い訳は出来ない。

 リゼが準備を終えて出発しようとした瞬間に、目の前に『ユニーククエスト発生』が表示された。

 暫く表示されなかったので一瞬、表示が出た時は驚く。

 リゼはすぐに『キープ』の表示を押そうとしたが、いつもなら表示されていない内容に手が止まった。


(キープの場合、達成報酬減?)


 いままで必ず『受注』『拒否』『キープ』が表示されて、その中から選択をしてきたが、今回は何も表示されていない。

 リゼは戸惑いながらも、以前にも強制的に受注をしたことを思い出す。

 少しでも早く強くなりたいリゼの指は『受注』を押そうとする。

 しかし、罰則のことが頭を過ぎってしまい、押すことが出来なかった。

 クエスト内容を確認出来ないことが、こんなにも不安になるのかと再認識する。

 リゼは不安を振り払いうかのように、『受注』の表示が出ている前に指を置きを目を瞑ると、意を決して指を押し込む。

 目を開くと目の前に表示されたクエスト内容は『現アイテムで迷宮ダンジョンに三日間滞在』『報酬:(万能能力値:三増加、素早さ:二増加)』だった。

 一度に二つの能力値が報酬に提示されたことは無いので、リゼは驚きとともに強くなれる喜びを感じていた。

 それに達成率がもう少しで『満』になるので、自分のスキル『クエスト』が進化する。

 リゼは、その進化に期待をしていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――リゼは迷宮ダンジョンの前に来ていた。

 オーリス唯一の迷宮ダンジョンである”オリシスの迷宮ダンジョン”。

 迷宮ダンジョンの入口には、迷宮ダンジョンを守る何人もの衛兵が立っていた。

 入り口を、じっと見つめるリゼを不審に思ったのか衛兵同士が会話をしすると、リゼに近寄り声を掛ける。


「オリシスの迷宮ダンジョンに何か用か?」

「はい。オリシスの迷宮ダンジョンクエストを受注しています」


 リゼは冒険者の証であるプレートと、冒険者ギルドでクエストを受注した書類を衛兵に見せる。


「……確かに。それで仲間は後から来るのか?」

「いいえ、単独ソロです」

単独ソロだと‼」


 衛兵が驚きのあまり声を上げる。


「どうしたんだ?」


 声を聞きつけた衛兵が、何事かと近寄って来た。


「いや、この冒険者が単独ソロ迷宮ダンジョンに入るそうですよ」

単独ソロって、なんの冗談だ‼」

「いや、冒険者ギルドからの書類も確認したが間違いないです」

「しかしだな……」


 衛兵はリゼの顔を見る。

 まだ幼さが残るリゼを冒険者でなく、自分の娘と重ねていた衛兵は心配をしていた。


「まぁ、俺たちが心配しても仕方がないでしょう。俺たちは俺たちの仕事をしましょう」

「それはそうだが……」


 最初に声を掛けた衛兵が、年上の衛兵に仕事に関係のない感情に振り回されず、仕事に戻るように諭していた。

 衛兵たちはリゼを迷宮ダンジョンの入口まで案内をする。


「じゃあ、これに名前を記入して」


 差し出されたのは、迷宮ダンジョン出入りを管理する書類だった。

 書類を受け取ったリゼは、名前の後に迷宮ダンジョンに滞在する予定日数を書こうとする。


「その……迷宮ダンジョンに入る時は、何処でも同じなのですか?」


 記入の手を止めて衛兵に質問をする。


「いいや、迷宮ダンジョンに入る冒険者を管理するのは、此処オリシスの迷宮ダンジョンだけだろう。オーリスキノコの乱獲を防ぐ意味合いもあるが、冒険者を大事にしている領主様の意向が大きい」

「それは迷宮ダンジョン都市バビロニアでは、管理していないということですか?」

「バビロニアに限ったことではない。オリシスの迷宮ダンジョンが特別なだけだ」


 迷宮ダンジョンに入るのは自己責任なので、領主としては迷宮ダンジョンを管理している立場から警備と不測の事態に備えているだけだった。

 リゼは記入した用紙を衛兵に渡すと、滞在日数を見て驚く。

 単独ソロで三日も迷宮ダンジョンに滞在するなど自殺行為に等しいと感じたからだ。

 しかし、冒険者に意見を言う権利はない。

 衛兵は平然を装う。

 リゼは冒険者として、いや生まれて初めて迷宮ダンジョンに足を踏み入れる。



――――――――――――――――――――


リゼの能力値

『体力:三十五』

『魔力:十八』

『力:二十二』

『防御:二十』

『魔法力:十一』

『魔力耐性:十六』

『素早さ:七十六』

『回避:四十三』

『魅力:十七』

『運:四十三』

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