第134話

「その……今後のことを話させていただいても宜しいでしょうか?」


 フィーネは恐る恐るラウムの横にいるクリスパーの方を見る。


「はい、どうぞ」


 クリスパーは冷静に返答をする。

 フィーネは執事長の顔色を見る。


「私のことは気にしなくて結構です」


 フィーネは執事長が引退することを知らないため、自分の発言で執事長の怒りを買わないかと怯えていた。


「ありがとうございます」


 執事長に礼を言うフィーネだったが、怯える様子のフィーネを見て、ラウムたちは今まで周囲の顔色を見ながら生きてきたのだと憤りを感じていた。


「冒険者……になりたいと思います」

「それは使用人を辞めるということで宜しいですか?」

「はい」

「分かりました。いつ、辞められますか? 引継ぎが必要であれば、こちらとしても調整致します」

「……引継ぎはありません。そもそも、そのような仕事はしていませんから――」

「そうですか。執事長も、その方向で宜しいですか?」

「はい、フィーネの言うとおりになります」


 執事長はフィーネを虐げていた事実が、ラウムたちに知られることになる。

 そのことでラウムたちの印象が悪くなり、他の使用人たちへの影響を心配していた。


「それでは退職する具体的な日にちを御教え頂けますか」

「……不躾なお願いと知ったうえで、お話させても宜しいでしょうか?」

「私どもで対応出来るのであればですが」


 フィーネは冒険者になるうえで、領主代理でキンダルに滞在する期間だけ

、冒険者として特訓をして欲しいことを話す。

 もちろん、足りないかも知れないが追加で貰える報酬を全て差し出す。


「おい!」

「はっ、はい‼」


 野蛮そうな風貌のジョエリオから突然、声を掛けられたフィーネは怯えながら返事をする。


「冒険者になるってことは、新しい職業になるってことだろう。職業も分からないのに指導もへったくれもないだろう」

「ジョエリオ。フィーネが怯えています」


 威圧的な言葉を投げかけるジョエリオをクリスパーが注意する。


「しかし、ジョエリオの言うことも強ち間違っていませんね。どうなのですか?」

「……拳闘士です」

「なぜ、拳闘士なのですか?」

「私に合っていると思っているからです……いえ、拳闘士以外の選択肢はないと思っています」


 今までと違い、はっきりと答えるフィーネにラウムたちは驚く。


(金が無いから拳闘士か? それとも、スキルに関係しているのか?)


 拳闘士の上位職である武闘家のジョエリオはフィーネを見ながら、拳闘士を選んだ理由を詮索していた。

 戦闘職であれば剣士と並んで人気職の拳闘士だが、金銭的な理由で安易に拳闘士を選ぶことを、ジョエリオは良く思っていなかった。

 武闘家として誇りを持っていたからだ。


「俺が適正を見て、相応しいと思ったら指導してやる!」

「たしかに武闘家のジョエリオが適正ですね。フィーネも、それでいいですね」

「はい、御願いします」


 フィーネが授かったスキルは【剛力】だった。

 普通よりも力が強く、ちょっと強く握っただけで皿が割れたりする。

 気にしている時は力の加減を調整できているが、驚いていたりして感情の変化があると力が暴走する。

 そのせいで失敗も多く、マリシャスから嫌われていた。

 生まれる土地が違えば学習院に通い、冒険者として活躍が出来るスキルだ。

 スキル【剛力】を持つ者は冒険者の中でも少ない。

 攻撃力は勿論だが、鍛え方次第では防御力も上げることが出来る。


 ジョエリオはフィーネを中庭に連れ出していた。

 ラウムたちも同行している。

 フィーネの適性を確認するためだ。

 屋敷内からは使用人の多くが「何が始まるのか?」と、遠目で見ていた。


 久しぶりに体を動かせるため、嬉しそうに体を軽く動かすジョエリオとは対照的に、完全に委縮しているフィーネ。


「いつでもいいぞ」


 フィーネに向かって、軽く手で煽る。


「はい」


 ジョエリオに向かって行くフィーネだったが、いままで戦った事など無いフィーネの攻撃はお粗末なものだった。

 人を殴ったり蹴ったりしたことがないため、戦闘の基礎が出来ていない。

 必死なフィーネは避けられようが転ぼうが、ジョエリオに向かって行く。

 しかし、熱意だけでどうにかなるものでもない。

 フィーネの攻撃を簡単に受け止める。


「リゼが自分の身を犠牲にしてまで、助けようとした理由が分からねぇな」

「……どういうことでしょうか⁈」


 ジョエリオは学習院との交流会模擬戦で、前領主の息子チャーチルとリゼが戦ったこと。

 そしてリゼを挑発するために、チャーチルがフィーネを商品にしたこと。

 リゼが激高して、チャーチルの一方的な提案を受け入れたのだと、フィーネに伝える。


「そんな……リゼお嬢様が――」


 使用人の自分のために、身を犠牲してまで戦ってくれたリゼに対して申し訳ない気持ちだった。

 フィーネは、自分のことよりも他人を思いやるリゼの性格を知っている。

 不甲斐ない戦いをしていた自分に憤る。


「――私の全力を受けて貰えますか。それで不合格となっても構いません」

「いいぜ。そういうのは、俺も嫌いじゃないしな」


 ジョエリオは嬉しそうに笑う。

 その表情を見て、ユーリはため息をつく。

 怪我をした場合、治療をするのは自分だからだ。


 フィーネは呼吸を整えて、拳に力を込める。

 自分のために戦ってくれたリゼに恩返しが出来ること。

 それは以前と同じようにリゼの側にいることだった。

 冒険者として未熟な自分では、リゼに迷惑が掛かる。

 無理をしてでも強くなり、リゼの隣に立てる冒険者にならなくては――。

 年々、少しだけ力の調整が上手くなっているがフィーネ自身、全力で力を込めることは初めてだった。

 呼吸が整ったのを確認すると、目を閉じてリゼのことを思い出す。

 自分のミスで体罰を一緒に受けさせてしまったこと。

 そして、年上で使用人の自分をいつも気遣ってくれたこと。

 これからの人生はリゼのために使うと決めた昔のことを――。


「行きます‼」

「おぅ、いつでも来い!」


 ジョエリオは嬉しそうに手招きをする。

 フィーネは思いっきり踏み込むと、地面が削れて土煙が舞う。

 この一発の攻撃は、リゼへの思いだ! とフィーネは出来る限りの力を右の拳に乗せた。

 ジョエリオはフィーネの拳を避けることなく、左手で受け止めると衝撃音が周囲に響いた。


「ど、どうですか?」

「そうだな……とりあえず、及第点のレベルには達しているな」

「それじゃあ!」


 ジョエリオは右手でフィーネの頭を撫でる


「そういうことだ。明日の朝から稽古をつけてやる

……って、その前に職業案内所で拳闘士の登録か。明日は一緒に職業案内所に行ってやる」

「ありがとうございます」


 頭を下げるフィーネの頭をもう一度撫でると、ラウムの元へと戻って行った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「痛ってーーーー‼」


 ジョエリオは左手を押さえながら叫んでいた。


「ったく、馬鹿正直に受けたんでしょう」

「いやいや、力を確認するには素直に受けた方が分かるだろう」

「これだから脳筋は嫌なのよ」


 ジョエリオを治療するユーリは、ジョエリオの馬鹿さ加減に程ほど呆れていた。


「それで、どうだったんだ?」


 ラウムが揶揄うように、ジョエリオに質問する。


「あぁ、多分だが肉体強化系のスキルだろうな。拳闘士に成りたがっているのは強ち間違いじゃないな」

「強くなりそうか?」

「さぁな。それは本人次第だろうな」

「ジョエリオ。そう言いながら、嬉しそうな顔してるぞ」

「面白そうだからな。久しぶりに素手の攻撃で痛みを感じたわけだし――それよりもラウム。お前も、そう思っているんだろう?」

「まぁ、ジョエリオと同じだ」


 新しい玩具でも与えられたかのように笑い合っていた。



――――――――――――――――――――


リゼの能力値

『体力:三十五』

『魔力:十八』

『力:二十二』

『防御:二十』

『魔法力:十一』

『魔力耐性:十六』

『素早さ:七十六』

『回避:四十三』

『魅力:十七』

『運:四十三』

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