第115話
リゼは緊張しながら、ギルマスであるニコラスの部屋に入る。
事情を知らないニコラスは、クリスティーナとリゼが突然、部屋を訪れたことに少し驚いていたが、クリスティーナの表情を見て何かを感じ取る。
「まぁ、こちらに座ってください」
ニコラスに言われる通り、リゼはクリスティーナが座った横に座る。
「なにかありましたか?」
「はい、実は――」
クリスティーナは先程までの一部始終をニコラスに話した。
ニコラスは、クリスティーナの話を顔色一つ変えずに聞いていた。
「そうでしたか……リゼ、その髪飾りを見せて貰えますか?」
「はい」
リゼは髪飾りを机の上に置いた。
「申し訳ないけど、これはこちらで処分させていただくよ」
「はい」
賄賂とみなされた物だから、処分されても仕方がない。
リゼはニコラスの言葉を理解していたので納得する。
「受付長。この髪飾りを、アイリの贈り物に入れておいてくれるかい」
「はい、承知しました」
クリスティーナはニコラスの意図が分かっていたかのように、机の上から髪飾りを手に取ると、ニコラスの机の横にある綺麗な花束に取り付けた。
リゼはクリスティーナの行動を見て、呆然とする。
「しかし、受付長も人が悪いですね」
「そんなことはありません」
ニコラスはクリスティーナが、リゼや冒険者たちの思いを無下にしないようにと折衷案を考えて、リゼをニコラスの部屋へと誘導した。
賄賂を没収したうえで、ギルドとしての贈り物であれば問題無いと考えたのだ。
クリスティーナから話を聞いたニコラスも、クリスティーナの考えが分かったので、余計なことは言わずにクリスティーナの案に乗った。
「私からきちんとアイリには渡しておくから、安心していいわよ」
先程までの表情とは変わり、優しい笑顔でリゼに話し掛けた。
アイリも一度見ているので、花束の髪飾りがリゼからの物だと分かるはずだ。
「今回だけですよ。事前に何かを贈りたいのであれば、私に相談して下さい」
「はい、分かりました。すみませんでした」
項垂れるリゼを見て、気の毒に思ったのかニコラスは立ち上がり、リゼに話し掛ける。
「ギルドという大きな組織にいる以上、規則は絶対に守らなければならない。しかし、規則により個人の思いなどが潰されるようなことは間違っていると、私は思っている」
「そうですね、私も同意見です。しかし、リゼを世話している期間に、冒険者ギルドの規約本を読ませなかったのは、私どもの落ち度です」
「たしかにそうだね。今後は気を付けよう」
ニコラスとクリスティーナはリゼが、アイリに示した感謝の気持ちは間違っていないのだと話す。
冒険者ギルドの規則は、ギルド会館内に設置されている本棚に置いてある。
しかし、読む冒険者は皆無に等しい。
ほとんどの冒険者たちは、先輩冒険者からの助言や、経験をしながら覚えている。
リゼは他の冒険者との交流を避けている傾向があるため、情報に乏しい。
冒険者として戦闘能力や採取能力が長けるだけではなく、冒険者ギルドの規則などを知らなかった自分は未熟なのだと、リゼは痛感する。
「その――規約本は借りたりできるのでしょうか?」
リゼは思い切って規約本が借用できるかを確認する。
「ギルド会館からの持ち出しは禁止です。今、読みたいのであれば、以前にリゼが使用していた部屋を開けますが読まれますか?」
「はい、御願いします」
「分かりました。ではギルマス、私はこれで失礼致します」
「うん、ありがとう」
クリスティーナが退室すると、ニコラスと部屋に二人きりとなった。
リゼは話し掛けることなく、時間が過ぎるのを待つことにする。
「随分と頑張っているようだね」
「えっ、いえ……そんなことありません」
「相変わらず謙虚だね。もうすぐ、学習院との交流会があるから、リゼにとって同世代と話が出来る機会でも設けようか?」
「学習院との交流会……ですか?」
リゼは、そのような行事があることを知らなかった。
同時に一抹の不安を覚える。
「その学習院との交流会は、どのような生徒が参加されるのでしょうか?」
「そうだね。入学して三年目以上の生徒が対象になるね」
リゼの頭の中で、ある人物が浮かんでいた。
異母兄弟である上の兄『チャーチル』だ。
チャーチルはリゼよりも、年齢が三つ上だ。
学習院に入学してからは、一度も会っていない。
与えられたスキルも【二刀流】だと、父親たちから聞いている。
間違いなく交流会に参加するはずだ。
呼び起こされる両親と兄たちからの虐待……。
「どうかしましたか?」
リゼの様子がおかしいと気付いたニコラスが、リゼを気遣う。
「その……交流会とは、どのようなことをするのでしょうか?」
「そうだね。冒険者と生徒の模擬戦や、クエストへの同行や、食事会が多いね」
「それは、冒険者全員が絶対に参加しないといけないでしょうか?」
「そんなことは無いね。冒険者でも実力がある者を私が選別している。学習院からも教師が同行するから、それほどの危険はないからね」
学習院の教師は引退した冒険者が多い。
ランクBでも学習院の生徒たちでは、太刀打ちが出来ない実力者が多いので、大多数の教師はランクBの冒険者になる。
ランクA冒険者が教える授業は人気があり、成績優秀な生徒しか受講できないそうだ。
冒険者のランクは引退しても色褪せない称号なのだと、ニコラスの話をリゼは聞いていた。
リゼの様子から、リゼは学習院との交流会を避けようとしていると、ニコラスは感じる。
孤児部屋に送りられたことを考えると、親族がオーリスの学習院に通っているのだと推測できた。
「実力的にも模擬戦や、クエストの同行にリゼが選ばれることは無いです」
ニコラスの言葉に、リゼの表情が和らぐ。
「担当が変わることに不安はありますか?」
「……いいえ、大丈夫です」
「そうですか。この町のギルマスとして、なにかあれば相談に乗りますよ」
「ありがとうございます」
ニコラスの好意はありがたいが、ギルマスと話をすること自体、滅多にあることではない。
事実、リゼが孤児部屋を出てから、ニコラスを見たのは数回しかない。
簡単に相談が出来るような人物では無いことくらい、リゼでも分かっていた。
それよりもリゼは、学習院との交流会で兄……いや、元兄であるチャーチルと会うことを危惧していた。
家族と縁を切り、一人で生きていくと決めたリゼだったが、簡単には元家族との関係を切ることは出来ないのだと思う。
「……その、相談では無いのですが宜しいでしょうか?」
「えぇ、構いませんよ」
「ギルマスは名匠について、なにか御存じでしょうか?」
「名匠ですか――」
ニコラスは思いがけない質問に戸惑ったが、表情に出すことなく回答をする。
「三大名匠という言葉を聞いたことはありますか?」
「はい、フリクシンさんから聞きました」
リゼの回答に、フリクシンがリゼに何かを吹き込んだのではないかと、ニコラスは勘繰る。
「カシムとスミスにオスカーの三人だが、彼らが何処に居るのかは、私も知らないし、今も現存しているかさえも分からない」
「そうなのですか……」
「しかし、彼らの制作した武器や防具の多くはドワーフの国『ドヴォルグ』から流れてきたものだということは間違いない」
「そのドワーフの国にいるということでしょうか?」
「いいや、それさえも分からない。ただでさえ、ドヴォルクとは国交があまり無いからね」
「ドヴォルクに行くことは可能なんですか?」
「それは可能だけど、長い道のりになるよ」
ニコラスは立ち上がり壁に貼ってある地図の前に立つ。
「ここが私たちのいるオーリスだ。王都がここだ。そしてドヴォルクは、ここになる」
ニコラスが指差す先は、王都までの距離の何十倍という距離だった。
「行く行けないであれば、答えは行けるだ。しかし、生きて行けるかと聞かれれば、
私は行けないと答えるだろう」
「そうですか……」
「名匠に武器や防具を使いたいと思うのは、冒険者としての夢だというのは私も理解出来る。しかし、そのために命を落とす危険を覚悟してまで手にする程のこととは思えない」
弱い冒険者ほど、強い武器や防具に憧れる気持ちを持っているとニコラスは知っている。
今のリゼも同じなのだと思い、ギルマスとして助言をしていた。
しかしリゼは、ニコラスの話を聞いて名匠に武器を製作してもらうことが絶望的だと確信する。
そして、クエスト失敗による罰則を覚悟するのと同時に、どうして無理なクエストを強制的に受注させられたことに、少しだけだが怒りを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます