第86話

「ササ爺 それに、ローガンも飲み過ぎるなよ。明日の昼には、オーリスを出るからな」

「分かっているって‼」


 飲み過ぎているササジールとローガンをクウガは注意する。

 銀翼は『ロックウルフ討伐』のクエストに向かう途中だったからだ。

 アルベルトは領主であるカプラスの許可を取って、明日の朝にコファイと会う約束をカプラスの使用人を使い、ギルド経由伝えるため席を外していた。


「明日の午前は空いてしまいましたね」

「そうだな。でも急げば問題無いだろう」


 ラスティアに答えるミランは料理を頬張りながら、話をしていた。


「リゼ。明日の午前中は暇か?」


 クウガの質問にリゼは困惑する。

 暇ではないからだ――クエストを達成しなければ、暮らしていけない。

 だからと言って、クウガが何かしようとしていることを否定することも出来ないでいた。


「……なにか、ありますか?」

「俺が少しだけだが、相手をしてやる」

「相手?」

「あぁ、リゼの実力がどれくらいなのかを見るために、戦ってやるがどうだ?」

「稽古をつけてくれるってことですか⁈」

「まぁ、そういうことだ。お前もランクA冒険者相手に、自分がどこまで通用するか試したいだろう。もちろん、俺はスキルを使わないから安心しろ」


 リゼは心が躍った。

 自分の実力に不安を感じていたが、人相手に戦えば、自分の実力を体で感じられる。

 それがランクAの冒険者であれば、申し分ない。


「お願いします‼」


 考えるよりも先に言葉を口にしていた。

 その時、目の前に『ユニーククエスト発生』と表示された。

 リゼは久しぶりの『ユニーククエスト発生』だと感じながら、下にある『受注』『拒否』『キープ』の中から『キープ』を押す。

 表示も今までと変化しているのだと思いながら、平然を装い『キープクエスト』から、クエスト内容を確認する。

 ……リゼは内容を見て驚く。

 その内容とは『ランクA冒険者に傷を負わす。期限:十日』。

 そして報酬が『報酬(万能能力値:五増加)』だった。

 今の会話を聞いていたから発生したクエストだとしか思えなかった。

 しかも、今までは報酬が不明だったのだが、クエスト内容と同時に報酬まで表示されるようになった。


(あれ?)


 リゼは違和感を感じた。

 報酬は表示されているが、クエスト失敗による『罰則』は表示されていない。

 報酬に目が眩んで、効率の良いクエストを受注した場合、罰則が大きいことも考えられる。

 進化する際に、短期間から中期間へと変更になったのは知っている。

 しかし、リゼの目の前にランクAの冒険者が銀翼が去った後に現れる保証は無い。

 つまり……実質は、明日の午前中までの期限と考えなくてはいけない。

 リゼは悩みながらも、一撃くらいなら――と考えて、表示されている『受注』を押した。


「どうかしたか?」


 リゼの表情の変化を察知したクウガ。


「いいえ、なんでもありません。明日は宜しく御願い致します」


 リゼは悟られないようにと、必死で誤魔化した。



「お待たせ」


 アルベルトが戻ってきたが、横にはカプラスもいた。

 酔っ払いながらも全員立ち上がると、アルベルトがカプラスに感謝の言葉を述べて食事会を終えたのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 宿に戻ったリゼは明日のクウガとの戦いについて、いろいろと考えていた。

 正攻法で戦っても、通じないかも知れない。

 クウガの虚を狙った攻撃はないか……しかし、リゼの頭の中には幾つもの攻撃パターンがあるわけでは無いので、思い浮かばなかった。

 もう一度、ユニーククエストのクエスト内容を見る。


(ランクAの冒険者なら、誰でもいいんだ。不意打ちで、他の人たちに――馬鹿‼)


 一瞬でも、卑怯な手を考えていた自分を叱咤し恥じる。

 正々堂々とクエストを達成しなければ、自分は父親と同じようになってしまうと思えたからだ。

 リゼは恥じる気持ちを消すように、小太刀を手に取ると素振りを繰り返し行った。

 素振りの最中も目を瞑りながら、クウガの攻撃を想像する。

 いつの間にか、素振りは自分の中のクウガとの模擬戦に変わっていた。

 クウガの戦いを一度も見たことがない。

 あくまで、リゼの想像だ。

 クウガの職業『暗殺者』は、自分の職業『盗賊』の上位職だ。

 しかも、冒険者ランクも格上ダッシュ。

 いつしか、リゼは自分が負けるイメージしか想像しなくなっていた。

 それをリゼは、当たり前ように受け入れていた。


(クウガさんに私の攻撃が一回当たれば……)


 想像のクウガとの模擬戦を止めたリゼは、小太刀を見ながら、そう思っていた。

 その時、腕に薄らと小さな古傷が浮かんでいた。

 その傷は暴漢に襲われた時のものだった。

 リゼは思い直す。

 敵わない相手だからと言って、諦めてしまっていたこと。

 そして、あの時の力が無かった自分の不甲斐さを……。


(はぁ……また、勝手に諦めていた)


 大きくため息を漏らす。


(また、お母さんに叱られちゃうな)


 母親が今の自分を見たらと考える。

 そして、以前に母親から言われた言葉を思い出した。


「リゼ。自分の可能性を潰すのは他人じゃないのよ。自分自身だと言うことを覚えておきなさい」


 実際、母親はリゼとの暮らしのなかで、何事にも諦めずにいた。


「リゼは、なんでも悪い方に考える癖があるみたいだけど、そんなふうに考えると本当になっちゃうから、もう少しだけ物事を楽観的に考える努力をしてみたら」


 リゼも、母親の言っていることは分かっている。

 これまで何度も母親の言った通り、考えを改めようとしていたが、そう簡単に変わるものではない。


「楽観的……か」


 リゼは小太刀を仕舞い、窓の外を見る。

 夜空を見ながら、母親の顔を思い出していた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――翌日。


 ギルド会館の中にある闘技場

 既にクウガは闘技場の端で、軽く手足を動かしていた。

 観覧者はアリスとローガン、ミランとオプティミスの四人。

 そして、オーリスの冒険者ギルドから、フリクシンが責任者として立ち会っている。


 一方のリゼは緊張しているのか、準備運動しているが、思っている以上に体が動かない。


(落ち着け‼︎)


 何度も何度も、平常心を取り戻そうと、心の中で呟いた。


「リゼちゃーん‼︎ クウガの馬鹿なんか、コテンパンにやっつけちゃっていいからね!」


 楽しそうにリゼの応援をするアリス。


「そうだ、そうだ!」


 横にいるミランも、嬉しそうにアリスに同調していた。


「おい、クウガ。アリスやミランに言われたい放題だぞ!」

「クウガが負けたら、面白いのに」


 ローガンやオプティミスも笑っていた。

 クウガを茶化す銀翼のメンバーたちの声でリゼの緊張は、さらに高まってしまう。


「リゼ!」


 名前を呼ばれたリゼはクウガを見る。

 クウガはリゼと視線が合ったと同時に、訓練に使われる木製の短剣をリゼに向かって放り投げる。

 回転しながら飛んでくる木製の短剣をリゼは、落とすことなく受け取った。


「最初は、これで様子見だ」

「はい」


 リゼは短剣を握りながら、小太刀との重さを確認する。


(……問題無い)


 小太刀との比較を終えたリゼは、手に馴染むようにと短剣を何度も握り直す。


「準備はいいか?」


 リゼが短剣の確認を終えたことを確認したクウガが、リゼに声を掛ける。


「はい」


 リゼが返事をすると、クウガの表情が変わる。


「いつでも、いいぞ」


 クウガはリゼに真っ直ぐな視線で開始の合図を口にした。

 リゼもクウガの目を見ながら、一呼吸する。


「いきます!」


 リゼはクウガに向かって行った。

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