第78話

 『城壁周りの除草及び清掃』のクエストを終えたリゼは、ギルド会館へと戻る。

 同時に『両手の開閉(五百回)』も達成していたので、『万能能力値:一増加』の報酬も得ていた。

 リゼは『万能能力値』を得て上機嫌のまま、次のクエストを探すため、クエストボードに向かった。

 クエストが増えていることを願ったが、リゼの願いとは裏腹に貼ってあるクエストに変化はなかった。

 『城壁周りの除草及び清掃』も、以前はランクDのクエストボードには無かった。

 クエスト用紙の状態からも、新規でのクエストではない。

 もしかしたら、冒険者が少ないため、ランクBのクエストがランクCに貼られていたのかも知れないし、頻繁にあるクエストでは無いため、定期的に発注されるクエストだったのかも知れない――と、リゼは思いながらクエストボードを見つめていた。


(握力は戻っていない――むしろ、朝より弱くなっている)


 リゼは小刻みに震える手を見る。


 ランクCとはいえ、クエストは多くないので、リゼは一通り見たと思っている。

 念のため、何枚も重なっているクエスト用紙をめくりながら、クエスト内容を確認する。


(やっぱり、同じのしかないな……)


 小さくため息をつきながら、今の自分でも出来るクエストを見繕う。


(ランクBになれば、たくさんあるのに……)


 ランクBのクエストボードを羨ましそうに視線を向ける。


 リゼは先程のクエスト同様に、町中以外でのクエストを探していた。

 理由は銀翼のメンバーと顔を合わせるのは、気まずいからだ。

 当然、受注可能なクエストは少ない。

 選り好みが出来るわけではないことは、リゼも承知だ――。

 時間は、まだ昼過ぎだが、クエストを受注するには十分な時間だ。

 リゼも生活する上で通貨が必要なことは分かっているので、自分の都合でクエストを受けないことは、自分の首を絞めることだと分かっていた。


(これなら――)


 リゼはクエストボードから一枚の紙を剥がして、受付に持っていく。

 今は冒険者が少ないため、受付のアイリやレベッカたち受付嬢は、暇そうにしていた。


「これをお願いします」


 リゼはアイリにクエスト用紙を見せる。


「はい、魔核の仕分けね。確認だけど、いつもより報酬は少ないけど、いいの?」

「はい、大丈夫です」


 幾つかのクエストは、報酬が半分だとクエストボードに注意書きの紙が貼られていた。

 魔物を討伐する冒険者が、いつもよりも少ないのだから当たり前だろう。

 しかし、握力のない状態で出来るクエストは『魔核の仕分け』くらいしか無かった。

 報酬が少なくても、無いよりはマシだと、リゼは考えていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 『魔核の仕分け』を終えると、リゼは早々に宿へと戻ってきた。

 途中で、銀翼のメンバーであるササジールとオプティミスの姿を見かけるが、反射的に姿を隠してしまった。

 悪いことをしたわけではないが、何故か後ろめたさを感じていたからだ。

 クウガやアリスたちに会わないようにと、一目散で走っていた。


(出来るクエストをしようかな)


 リゼは保留にしているクエストを開く。


(これなら、前にもやったし大丈夫だ)


 リゼはクエストを受注して、腕立て伏せを始めた。


(あれ?)


 何度も腕立て伏せをしているが、回数を表す数字が増えない。

 反対に時間だけは減っている。

 リゼは受注したクエストを、もう一度確認する。

 受注したクエストは 『達成条件:指立て伏せ(二百回)』『期限:二時間』だった。

 リゼは自分のミスに気付く。

 勝手な思い込みで、腕立て伏せだと思っていたからだ。

 散々、酷使してきた指。握力は殆ど無い。

 もし、指立て伏せだと分かっていれば、絶対に受注しなかった。

 落ち込むリゼだったが、すぐにクエスト未達成による罰則が頭を過ぎる。

 指立て伏せという言葉を始めて聞く。

 だが、腕立て伏せを手の平でなく、指のみを支点とするのだと感覚的に分かったが確証はなかった。


(ミスしたことは仕方ない。とりあえず、クエストを達成しないと――)


 リゼは指を立てての腕立て伏せを始める。

 回数の数字が増えたことで、この動作が指立て伏せだと分かり安心する。

 しかし、握力のない指はリゼの思い通りに動いてくれなかった。

 十数回が限界だった。

 休憩を入れながらも、一回でも多く……と、リゼは気力だけで何度も指立て伏せをくり返す。

 残り時間が、十分を切っていたが、指立て伏せの回数は、百八十七回だった。

 リゼは最後の気力を振り絞り、残りの十三回を達成させた。


(……間に合った)


 床に顔をつけたまま、達成できた安堵感に浸っていた。

 そして、目の前に表示された報酬『力:一増加』に少し喜びながら体を反転させて、天井を見上げた。

 今日、獲得した万能能力値の振り分けを考えようと、ステータスを開く。


(あれ?)


 スキル『クエスト』の表示が点滅していた。

 リゼは『クエスト』の表示を押すと、達成率が『満』と点滅表示されていた。

 この表示は見覚えがあったので、リゼは迷うことなく『満』の表示を押すと、別の表示が現れる。

 『進化すると、今まで保留にしていたクエストは消去されますが宜しいですか?』

 リゼは自分のスキル『クエスト』が進化することに喜びを感じた。

 しかし、保留にしているクエストが全て消えてしまうことに、納得が出来なかった。

 自分の都合で後回しにしていたクエストを、そんな簡単に消去してしまっていいものなのか――と。

 リゼは表示を見ながら考えていた。


 ――表示を見つめ続けて、十数分経過していた。

 リゼは悩んだ結果、進化させる決断をした。

 一刻も早く強くなりたいという思いがあったからだ。

 リゼは、進化への選択ボタンを押す。

 『保留にしていたクエストは消去されました。今後、キープクエストとして上限十個までとなります』と、表示されるとその下に『次の三択から選んでください』と新しい表示が映った。

 『・クエスト難易度を上げる(達成報酬向上)』

 『・クエスト難易度を下げる(達成報酬低下)』

 『・クエスト内容を事前表示(達成報酬微低下)』

 リゼは、前回の時と同じだと思いながらも迷うことなく『・クエスト内容を事前表示(達成報酬微低下)』を選択して、表示を押す。

 『・デイリークエストの廃止』

 『・ノーマルクエストの出現率低下』

 『・各クエストの期限が短期間から中期間に変更』

 と表示される。


(デイリークエストが廃止‼)


 リゼは驚く。

 デイリークエストが廃止になれば、受注するクエストが減ることになる。

 そればかりか、ギルドでクエストを受注する毎に表示されるノーマルクエストも、毎回でなくなる。

 いままでよりも、スキルでのクエストが大幅に減る。

 つまり、簡単に強くなることが出来ないことを表していた。

 リゼは保留にしていたクエストを達成せずに、進化を選択したことを後悔した。

 保留にしていたクエストを達成していれば、今よりも強くなれていたと思ったからだ。


 表示が消えても、リゼは天井を見つめたままだった。

 再度、ステータスを開くと、今まで『保留』とされていた表示が『キープクエスト(残:十)』と変わっていた。

 キープクエストの上限が十なのも、いままでと違ってクエスト数が少ないからだと、リゼは考えた。


(デイリークエストも無くなって、ノーマルクエストも少なくなったとなれば、残りはユニーククエストだけだな……)


 ユニーククエストは出現する条件が不明だ。

 もしかしたら数日間、出現しないことも考えられる。

 強くなるために選択した進化で、自分の成長を止められた気がしたリゼは、呆然と天井を見続けていた。

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