第74話

 ゴブリン討伐を終えた冒険者一行は、オーリスへの帰路を急いでいた。

 集団の先頭には、ニコラスとアルベルトの二人。

 少し遅れて、ラスティアとミランが続き、多くのオーリス冒険者、フリクシンが最後尾で、衛兵とともに後方からの攻撃に対して警戒をしている。


 フリクシンは衛兵と言葉を交わすが、自分たちが力になることが出来なかったと、謝罪に近い言葉を口にしていた。

 何度か実戦を経験していたが、これほどの討伐に参加することはなかった。

 貴重な経験とともに、自分たちの実力不足を嘆いている。

 領主であるカプラスには、きちんと報告すると約束してくれた。


 ラスティアとミランが先頭から二番目なのは、冒険者ランクもあったが、ニコラスとアルベルトの二人だけでの話があるとラスティアが感じたので、この位置で他の冒険者達に会話が聞かれないようにしていた。

 アルベルトもラスティアたちが、壁になってくれていることに気付いているので、ニコラスとの会話に集中することができた。


 ニコラスはアルベルトに対して、銀翼メンバーの協力に改めて、礼を口にした。


「オーリスへの急用とは、リゼさんのことですか?」

「はい。私のことで、申し訳ないと思っています」

「しかし、それは――」


 ニコラスが話終わる前に、アルベルトが話し始める。


「王都での事件は私も知っていました。その事件を起こした人物が、オーリスにいたのは知りませんでしたが……。こういった事件が起こることを想定していなかった私の考えの甘さが招いた結果です」


 アルベルトはクランとは関係の無いリゼが、自分のせいで傷付いたことに心を痛めていた。

 そもそもアルベルトが、この事件のことを耳にしたのは、王都を旅立った後だった。


 この手の事件は、大なり小なり毎年起きている。

 だからこそ、クランの拠点に留守を守る者を必ず置いている。

 大手クランの場合、留守番専用の冒険者がいたりする。

 銀翼の場合は、交代で留守番をすることが多い。

 もっとも、実力が劣るメンバーはクエストの難易度や、日数などを考慮した場合、比較的に留守番になることが多い。

 クランとしても実力の底上げが必要なため、大型クエストを幾つかしたあとには、近場で少人数で対応できる難易度のクエストを受注している。

 銀翼は他のクランと違い、新規の冒険者を募集していない。

 現在のメンバーが連れて来た冒険者で、かつメンバーの半数以上が認めた冒険者でなければクラン入りはできない。

 実力不足のメンバー二人はランクBの冒険者であり、まだクラン入りして日が浅いため、クエストとは別にクランとして課題を与えられている。

 アルベルトは「大きくなれば目が届かなくなり、問題が起きやすい」と考えている。

 クウガやアリスも、同じ考えだ。

 多くても十五人くらいだと、アルベルトたちは考えている。



 銀翼は『ロックウルフ討伐』のクエストを受注していた。

 これは銀翼への指名クエストになっていた。

 鉱山の一部でロックウルフが出現して、希少な鉱石を食べていることや、鉱山で働く作業員達の妨害をしているため、鉱山を管理している領主から指名が入った。

 もちろん、領地内でのギルドに所属している冒険者に依頼をしていたが、クエストを失敗して戻って来た冒険者たちからの情報を確認したところ、予想していた難易度よりも高いことが判明する。

 鉱山と言うこともあり、最悪二組に分かれることを想定したアルベルトは、実力の劣るメンバー二人を留守番にして、八人態勢で挑むことにした。

 留守番の二人も足手まといなのが分かっていたので、逆らうことなくアルベルトの指示に従った。


 クエストの目的地『カルナン鉱山』のある『リーブルダム』領に向かう途中に立ち寄った『ディップル』という町で、アルベルトは顔見知りの商人から事件のことを聞いた――。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――数日前


「アルベルトさんに銀翼の皆さんではありませんか! お久しぶりですね」


 アルベルトたちを見かけた商人のネクタールが声を掛けた。

 銀翼とネクタールは、王都で利用する店の一つで、遠征した先でも偶然出会った時は不足した物を購入したりもしている。

 小さな町だ品数が少なかったりするため、買い占めに近い状態になるため、多くは購入できない。

 ネクタールは商品の買い付けを終えて、王都に戻る途中にディップルに寄っていた。


「ネクタールさん、お久しぶりですね」


 王都の店でも、ネクタールが店頭に立つことは稀だ。

 重要な買い付けは、自分でするという信念があるため、数ヶ月に一度は自ら買い付けに出ている。

 王都に戻っても、在庫管理確認やら事務処理などの裏方の仕事があるからだ。

 ネクタールのとっても、有名クランとの付き合いはメリットが大きい。

 商品の購入もそうだが、クエスト先での話などを聞くことで、情報を得ることができる。


 ネクタールと銀翼のメンバー達は、いつも通りの会話や、不足しそうな物を購入したりしていた。


「そういえば以前に、アルベルトさんに付きまとって、王都を追放された女性がいたのを覚えていますか?」

「……覚えているよ。何回か、関係の無い人が被害に遭われていたしね――。それが、どうしたのかな?」


 アルベルトはネクタールが突然、この話題をしたことに違和感を感じるとともに、嫌な予感がした。


「実は王都を追放された先でも、捕まったらしいですよ」

「そうなんだ。彼女が考えを改めてくれていることを、願ってはいたのだけど……無理だったんだ」

「なになに、あの狂信的なアルベルトの信者が、別の冒険者に心変わりして捕まったの?」


 アリスが、アルベルトとネクタールの会話に入って来た。


「いいえ、アルベルトさんと親しくしていたとかで、ならず者の男を雇って二人で暴行したそうですよ」

「へぇ、今でもアルベルト一筋なんだ!」

「はい、そうみたいですよ。なんでも、被害にあった女の子も冒険者だったようですが、かなりの重傷を負って救出されたときは、意識がなかったそうです」


 ネクタールが発した「女の子」という単語に、アルベルトだけでなく銀翼のメンバーの顔付きが変わる。


「ネクタールさん。その事件が起きた町ってのは?」

「オーリスです」


 町の名前を聞いて、被害者がリゼだと確信する。


「もう少し、詳しく聞いてもいいですか?」

「はい、構いませんよ。ただ、私もオーリスに滞在していたのは数日だったの、その後の事までは分かりませんが……よろしいですか?」

「御願いします」


 アルベルトたちは、ネクタールから事件の詳細を聞く。

 ネクタールも事件の夜や、明朝での町の噂などを知っていることを話した。

 話を聞いていたアルベルトたちの表情が曇る。

 ネクタールがオーリスを出発する時も、リゼは目を覚ましたという情報がなかったので、その後のことは分からないと話を終えた。


「ありがとうございます。……これ、少ないですが情報料です」


 アルベルトはネクタールに銀貨を数枚渡す。


「いえいえ、頂くわけにはいきません。この銀貨を今度、うちの店で使って頂ければ結構ですので」


 ネクタールは受け取ろうとしなかった。

 受け取らない理由は、今までも情報料という名目で通貨を受け取ったことはあるが、それはクエストに向かうためによる町の治安や情勢などを教えたときだ。

 今回はクエストとは無縁の情報だ。

 このような情報で報酬を貰えば、今後も雑談で得た情報に対して、自分も報酬を支払わなければならないと思ったからだ。

 受け取ろうとしないネクタールに負けた形で、アルベルトは銀貨を引っ込めた。


「では、またなにか御座いましたら、宜しく御願い致します」

「えぇ、ありがとうございます」


 ネクタールと別れた銀翼のメンバーたちの表情は暗かった。


「……間違いなく、被害に遭ったのはリゼだな」


 クウガが最初にリゼの名を口にした。


「えぇ、そうね……」


 アリスが険しい表情で答える。


「完全に僕の落ち度だ」

「いや、お前のせいじゃないだろう。俺たちだって、予想もしていなかったからな」

「たしかにそうですね」


 クウガとラスティアは、悔やむアルベルトを気遣った。


「クランのほうにも、連絡が入っているんだろうが……」


 オーリスで起きた事件は、王都にも関係しているので報告書があがる。

 報告書には先程、話を聞いたネクタールの情報よりも、より詳しい内容になっている。


「……アルベルト。お前の判断に任せる」


 悩んでいるアルベルトに、クウガは声を掛けた。

 クウガの言葉で、少し気が楽になったのか、柔らかい表情になる。


「少しくらい寄り道しても、問題無いでしょう」

「そうそう、クエスト達成までギリギリってわけでもないしね」


 ラスティアとアリスが、アルベルトの思っていることの背中を押すような発言をする。


「オーリスの酒は、美味かったしの」

「たしかにそうだな」


 ササジールとローガンも同調する。


「俺たちに気を使うな。お前だけの問題じゃないだろう。クランとして起こした問題だ!」


 ミランがアルベルトの背中を叩く。


(リゼって、たしか……クウガやミランのお気に入りって、言っていた子だよね?)


 今回のメンバーで唯一、リゼのことを知らないオプティミス。


「はいは~い。僕もオーリスに行きたい!」


 オプティミスは、意味なく手を挙げて発言をする。


「みんな、ありがとう……」


 アルベルトはメンバーに礼を言う。


「少し遠回りになるが、オーリスに寄ってからカルナン鉱山へ向かう」


 アルベルトの決断に、メンバー全員が了承した。


 オーリスに行くため、馬を購入することにする。

 カルナン鉱山もしくは、王都で馬を売却することを前提としている。

 馬の管理費は、思っている以上にかかる為、使用しないのであれば売却したほうがよいからだ。


 しかし、人数分の馬を購入することは出来なかった。

 購入出来た馬は全部で五頭だった。

 しかも、そのうちの三頭は早くても明日にならないと用意できないと言われる。

 歩いて行くよりも馬の方が断然に早い。

 かといって、都合よくオーリスに行く商人などがいるわけがないし、その場合は他の町や村による可能性も高いからだ。

 馬小屋の主人には、出来るだけ早く用意してもらうように交渉をする。

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