第55話
ニコラスとフリクシンは、ランフブ村まで馬を走らせていた。
大人二人が乗ったことで、馬への負担が大きくなったのか、走る速度も落ちていた。
「ギルマスとしては、どう考えている?」
「どうとは?」
「ランフブ村についてだ」
「本心で言えば、虚偽の報告が無かったと思いたいですね」
手綱を握るニコラスを後ろから見ながら、フリクシンは「それは俺も同じだ」と心の中で呟いた。
「討伐隊は、どうなっている?」
「ポンセルの情報であれば、オーリスの冒険者で対応は可能かと思うが――」
「他のギルドへ依頼をした所で、到着まで数日必要になります」
「確かに……そうだな」
ニコラスは以前より、地方ギルドが抱えている問題だと思い話をしていた。
地方で腕を磨き、自分に自信を持った冒険者は王都へと活動の場を変えるからだ。
オーリスは中規模都市なので、冒険者の流出はそこまで多くは無いが、ランクAの冒険者が在籍していない事は気にしていた。
今回のような事があった場合、ランクAの冒険者が居るだけで、冒険者たちも心強くなっていたと思う。
「……見えてきましたね」
ニコラスが、前方にランフブ村を発見する。
フリクシンは自分を落ち着かせるように、数秒だけ目を閉じて、深く呼吸をした。
ランフブ村に到着すると、ニコラスの存在に気づいた村人が頭を下げる。
ギルマスとして、何度かランフブ村に来ているので面識がある。
村の入口で待っていると、初老の男性が姿を現す。
彼がランフブ村の村長ヤコミルだ。
「ギルマスが、直々にとは……どうしましたか?」
「ランフブ村からのクエストについて直接、確認したいことがあり伺いました」
「ゴブリンの討伐でですか?」
「そうです。お聞きしていたゴブリンの数は勿論ですが、色々とお聞きしていた情報と異なる点が多いので、確認に来ました」
「はぁ……」
ヤコミルは、気のない返事をする。
ニコラスは状況を話し始めると、後ろで話を聞いていた村人たちの表情が変わっていく。
自分たちの村に脅威が迫っていることを感じたからだ。
ニコラスは、ランフブ村からの情報で討伐に向かった冒険者が死んだ事も、冷静に話した。
最後までニコラスの話を聞き終えたヤコミルは、表情を変えることなく冷静に言葉を発した。
「勿論、守っていただけるのですよね」
クエストは発注したから、その金額で村を守れということだ。
勿論、村からの発注なので優先度も高いクエストになる。
それを見越したうえでの発言なのだろう。
「善処は致しますが……」
ニコラスは、明確は返事はしなかった。
この言葉に、後ろの村人たちから文句が飛び交う。
村長であるヤコミルも、村人たちを制止するようなことはしなかった。
「うるせぇーーーーーー‼」
フリクシンの怒号が響き渡った。
「黙って聞いていれば、言いたい事ぬかしやがって!」
フリクシンは、村人たちを睨みつけるように見渡す。
村人たちもフリクシンの迫力に押されて、黙ったままだった。
「そこの柵の傷は、明らかに矢で傷付いたものだろう。それも一か所じゃないな、複数ある」
「これは、村の者の練習した時についたものだ」
フリクシンの言葉に、ヤコミルは即座に反論した。
「村人の畑が近くにあるにもかかわらず、この村では村に向かって矢を放つのか?」
「……」
フリクシンの言葉にヤコミルは目線を伏せて黙る。
「同じように斧や剣の傷が、ここから見えるだけでも、村の中に幾つかあるがどうしてだ?」
フリクシンは、後ろの村人たちに問い掛けるように、睨みながら話す。
誰もフリクシンに言葉を返そうとしなかった。
「それがどうして、ゴブリンアーチャーや、ゴブリンナイトの仕業だと言い切れるのですか?」
ヤコミルが、必死で反論する。
「……どうして、ゴブリンアーチャーや、ゴブリンナイトの仕業だと分かるのですか? 先程の説明でも、私は一言もゴブリンアーチャーとゴブリンナイトの事は話していません」
ニコラスは説明する際に敢えて、ゴブリンアーチャーとゴブリンナイトの事は伏せて話をした。
村人の反応を確認する為だ。
「明らかに虚偽報告ですね……フリクシン、戻りましょう」
「そうだな。虚偽報告の場合、クエスト自体が失効だし今後、何があってもギルドが依頼を受けることは無いからな」
ヤコミルたちランフブ村の村人たちの顔色が変わる。
「待ってくれ。何かの間違いだ……俺たちの知らない間に、ゴブリンが増えただけかも知れないだろう」
「確かにそうかも知れませんが、それは調査隊に任せるだけです。時間が掛かりますから、ゴブリンたちから身を守ってください」
「そんな……無責任だろう‼」
「そうだ、そうだ!」
ヤコミルの言葉に同調するように、村人たちからもニコラスたちへの非難の言葉が浴びせられる。
「無責任? その言葉は、そのままお返し致します。ギルドは、信頼があってこその関係です。最初から、本当の情報を頂ければ、未然に防げたかもしれません。虚偽の内容で依頼したのであれば、その代償を負うのは当然でしょう」
ニコラスは強く怒りを込めた言葉で、村人たちを圧倒する。
この時点でニコラスは、ランフブ村が虚偽の報告をしたと確信したからこそ、とれる態度だ。
ニコラスの言葉に落胆する村人は、その場に座り込んでしまう。
希望が無くなった。いずれ、ゴブリンに殺されてしまうと未来を想像してしまったのだろう。
「手違いであれば、追加で報酬を払うから……」
「虚偽の依頼をした人の言うことは信じられません」
ニコラスにすがろうとするヤコミルだったが、ニコラスに一蹴される。
「フリクシン、戻りましょう。時間の無駄です」
「あぁ、そうだな」
フリクシンとニコラスは馬に乗り、ランフブ村から去った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フリクシンとニコラスが去ったランフブ村では、重い空気になっていた。
「村長、どうするんだ? あんたが問題無いと言ったから、俺たちは従っただけだ」
「俺だけが悪いのか? お前たちだって、支払う報酬が少なくなると喜んでいただろう」
「それは、村長が絶対に上手くいくと言ったからだろう!」
「そうだ、そうだ。俺は嘘を付く事には反対だったんだ‼」
「私も反対だったわ!」
村人たちは、ヤコミルのせいでこのような事態になったのだと、ヤコミル一人を責め立てていた。
ゴブリンに襲われる恐怖。
オーリスからくる調査隊からの尋問。
そして今後、ギルドが依頼を受けてくれないことによる不安……。
誰もが、この村に絶望しか抱かなかった。
例え、村長であるヤコミル一人に罪を押し付けたところで、状況が変わるとは思えない。
ギルドへの発注は、村として依頼したものだ。
村として依頼する場合は、村人の半数以上の賛成する署名が必要だからだ。
ギルドには、その署名が残っている。
ランフブ村の人々たちは知らないだろうが、この世界には同じような村があった。
しかし、その殆どが今では廃村となっている。
理由は様々だが、魔物に襲われたり、村人同士による抗争、絶望しかない村からの移転などだ。
口論をしている村人の中には、ランフブ村から移転しようと考えている者も何人かいた。
生まれ育った村を出るのは心が痛むが、家族共々死ぬよりはマシだと考えているのだ。
どちらにしろ、ランフブ村の人々は、これから夜が訪れる度、ゴブリンたちから襲られる恐怖と戦いながら夜を過ごすことになるだろう。
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