第54話

「ウォルター。あそこの人は、リゼさんではありませんか?」

「ミオナお嬢様。申し訳御座いませんが、私はリゼ様とお会いしたことが御座いませんので、分かりかねます」

「あっ、そうでしたね。しかし、あの綺麗な銀髪は間違いなくリゼさんです」


 ミオナは嬉しそうな表情で話していた。

 冒険者のリゼ。

 ウォルターは、主人であるカプラスから話は聞いていた。

 迷子のミオナを助けたこと。

 両親に捨てられ孤児部屋にいたこと。

 そして、暴漢に襲われたこと。

 ミオナには、リゼが暴漢に襲われたことは話していない。

 これは、カプラスの配慮によるところだ。

 

 ウォルター自身も、リゼという冒険者は気になっていた。

 ミオナと同じくらいと聞いていたが、思っていた以上に華奢な姿だった。

 冒険者という響きから、勝手な想像をしていたこともある。


「リゼさーん!」


 嬉しさのあまり、隣にいたミオナが大声でリゼの名を叫んでいた。

 リゼがミオナの存在に気付いたのか、ミオナに向かって声を掛けた。


「おはようございます。ミオナ様」


 リゼは膝をついて、ミオナに挨拶をしていた。

 ウォルターは、ミオナと同じ年齢とはいえ、きちんと礼節をわきまえているリゼに感心した。

 学習院に通っている生徒でも、ここまできちんとする者は、生まれながらにして地位の高い家柄に生まれたものくらいだろう。

 仕えているミオナも、礼儀作法は知っている。

 長年、色々な人物を見ていると、心が態度に出ていると感じることが多い。

 上辺だけの挨拶を、嫌と言うほど見て来たからだ。


「リゼさん。お止め下さい」

「いいえ、領主様の御息女であるミオナ様に、無礼な振る舞いは出来ません」


 下を向いたままのリゼに対して、ミオナはどうして良いか分からない様子だった。

 ミオナが困った顔でウォルターの顔を見上げるので、ウォルターはリゼに声を掛ける。


「リゼ様。御顔をお上げくださいませ」

「はい」

「初めまして。私はカプラス様にお仕えする執事のウォルターと申します。以後、お見知りおきを」

「冒険者のリゼです。こちらこそ、宜しく御願い致します」

「リゼ様の御気持ちは十分に理解しております。ミオナお嬢様の我儘に少しだけお付き合いできませんでしょうか?」


 リゼはウォルターの言葉の意味を理解したのか、無言で立ち上がった。

 立ち上がったリゼをミオナは笑顔で話し掛ける。


「その、リゼさんも討伐に行かれるのですか?」

「討伐とは、なんでしょうか?」


 リゼは、何のことだか分からない様子で、質問を返した。


「ミオナお嬢様。その件は――」

「あっ、そうでしたね……」


 ミオナは偶然、ゴブリン討伐のことを知った。

 しかし、ゴブリン討伐は街の人々の不安を煽るので出来るだけ、口にしないようにと父親であるカプラスから言われていたのを、ミオナは思い出す。

 リゼは少し間を置き、ゴブリン討伐を言っているのか確認するように話し始めた。

 そして、自分はランクCなので参加資格が無いと、ミオナに説明していた。

 説明を聞いたミオナは、リゼの説明では分からなかったのか、隣のウォルターを見上げて、分かるように説明するよう目で訴えかけた。


「リゼ様の言われる通りです。今回の討伐はランクB以上の冒険者となっております」


 ウォルターは討伐条件や、詳細な内容を小声でミオナに話すと、ミオナは理解したのか嬉しそうに笑った。


 ミオナはリゼに顔を近づけて、学習院へ近々行くことを報告する。

 そして、その前にリゼ会いたかったことを伝えた。


「どうして、私に?」


 ミオナの言葉にリゼは戸惑っていた。

 ウォルターはミオナとリゼを見ながら、ミオナがここまで嬉しそうにする姿を見るのは久しぶりだと、嬉しくも思っていた。


「その……私には友人と呼べる人が居ないので、宜しければ私の……友人になって……いただけないかと……」

「お気持ちは有り難いのですが、立場が違いすぎます。学習院に行かれるのであれば、ミオナ様であれば何人も友人が出来ると思います」


 ミオナは不安そうな表情で、またしてもウォルターを見つめた。

 ウォルターは少し笑いながら、ミオナやリゼたちと同じ目線迄、腰を落とす。


「リゼ様。御学友とは違い、冒険者であるリゼ様とミオナお嬢様は御友人になりたいのです。立場が違うことは重々承知の上、なって頂く事は出来ませんか?」

「……分かりました。友人と言っても、なにかする訳ではありませんが、宜しいでしょうか?」


 リゼはミオナの顔を見る。


「はい。有難う御座います」

「リゼ様。有難う御座います」


 ミオナとウォルターはリゼに礼を言う。

 しかし、ウォルターの中で、一抹の不安がよぎる。

 冒険者のリゼが死んでしまった場合のことを考えたからだ。

 もし、リゼが死んでしまったことをミオナが知った時、自分はどれだけミオナに対して、心のケアやフォローが出来るだろうか?

 勿論、自分だけでなく雇い主で、ミオナの父親でもあるカプラスも同じ思いだろう。

 生まれた時からミオナを知っているウォルターは、ミオナが強い人間で無いことは知っていた。

 これから学習院に通い、どのようなことを学ぶかはミオナ自身だが、今のミオナにとってリゼという存在は大きいものだと理解していた。



 リゼと別れて家に戻る途中に、ミオナが立ち止まる。


「ミオナお嬢様、どうかされましたか?」


 ウォルターが声を掛けると、ミオナは悲しげな眼をしていた。


「リゼさんは……本当は、どう思っているのでしょうか?」

「どうしてですか?」

「その……私が領主の娘だから、断ることが出来なかったのではないかと思ったのです」


 ウォルターは、ミオナが冷静になって立場の違いに気付き、後悔しているのだと知る。


「断ったら、この街に居られなくなると思って、渋々承諾したのでは……」

「ミオナお嬢様。そんなことありませんよ」


 落ち込むミオナに、ウォルターは優しい口調で否定する。


「お聞きしますが、リゼ様は……そのような方なのですか?」

「いいえ、そんなことありません」


 ミオナは、強い口調で反論する。

 ウォルターは笑顔になる。


「やはり、リゼ様はそのような方で無いと、ミオナお嬢様がよく御存じでは無いのですか?」

「そうですが……」


 幼少より、遊び相手は大人ばかりで、同年代の子供と会うのは、社交の場などでしかない。

 引っ込み思案で人見知りだった昔に比べれば、少しは成長しているが、不安なのだろう。


「ミオナお嬢様、大丈夫ですよ。リゼ様はミオナお嬢様が信頼して御友人になられた方ではありませんか」

「そうですね。私も冒険者の方々をよく知らないので、勉強する必要がありますね」

「……そうですね」


 ウォルターはミオナの言葉に、少し間をおいて答えた。

 ミオナが冒険者のことを調べれば、いかに過酷な環境なのかが分かるからだ。

 それは学習院に通えば、必然的に分かることだとも、ウォルターは知っている。

 オーリスの領主の娘とはいえ、国で考えれば立場的には、上の下。もしくは、上の中くらいになる。

 本来であれば、身の危険を案じる立場だ。

 安全な街であるオーリスとはいえ、執事一人引き連れて歩くなど、他の領地では考えられない事だろう。

 オーリスが他の領主たちと違うことは、自分の威厳を示す為、頻繁に人々の前に登場して顔と名前を覚えさせることをしていないからだ。

 街で暮らす人々にとって、自分たちの生活が困窮しなければ、領主が誰であろうとそれほど関心が無い。

 それにウォルターも年老いたとはいえ、元ランクBの冒険者だ。

 後ろにはミオナに気付かれないように、護衛が三人居る。

 問題が無ければ、姿を現すことは無い。

 以前にミオナがカプラスとはぐれた時も、気付かれないように近くで護衛をしていた。

 あくまでもミオナに気付かれないように護衛することが前提だからだ。


「そろそろ、御屋敷に戻りましょうか?」

「そうですね」


 ミオナの散歩の時間が終わろうとしていた。

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